川神 九鬼ビル 一室
「つーわけで、これからよろしく頼むぞ!小次郎!」
「うむ、こちらこそ宮仕えは慣れぬがその務め果たして見せよう、帝殿、いや帝様。」
「いやいや、父上。いささか唐突過ぎはしませんぬか?」
笑顔で対峙する、2人を見て揚羽が言う。
以下回想
小次郎とヒュームの立ち会いが終わり、その場はひとまずの落ち着きを見せた。
しかし、刀を鞘に戻しその場を立ち去ろうとした小次郎に帝が声をかける。
「おい、どこに行くんだ?」
その声に小次郎が立ち止まり、帝へと近づく。
そして、一礼をすると言った。
「いや、申し訳ない。世話になっといて礼も言わずに立ち去ろうとは、無礼であったな。」
「いや、そういう意味じゃねえよ。お前はこれからどうするのかって聞いてんだ。なあ、佐々木小次郎?」
その問いに、思案する表情を見せる。
そして、一度、空を見上げて言った。
「さてな、この身はもとより名と剣の腕しか持たぬ身。しかし、とうの刀がこれではな。なれば、成り行きに身を任せる他あるまい。まあ、久しぶりの海が見える地。潮風に吹かれ、行き着く先で野垂れ死ぬのも、また一興よ…。」
「ほう…。まさに剣豪って感じだな。だがな、それは認めなられねえ。九鬼の願いは民の幸福だ。ましてや、この俺が認めた男が、俺の目の届く場所で野垂れ死まれちゃあ困る。」
「む…。」
その言葉と表情に小次郎は顔をしかめた。
「まあ、ついて来い。時間はあるんだろう?」
「?」
そう言って、歩く帝に小次郎は不思議に思いながらもついて行った。
しかし、何人か周りの人間達は、どうやら帝が何をしようとしているのかわかっているようで、各々の異なる面もちだった。
連れてこられたのは、最初に小次郎が通された一室だった。
しかし、そこにいるのは帝をはじめとした九鬼家の者。厳密には帝、局、揚羽、英雄である。
そして、そばに控える従者達も先ほどと比べ減っている。ヒューム、クラウディオ、マープル。そして、これまで一言も話さなかった、色黒の男、序列第4位のゾズマ・ベルフェゴール。そして、英雄の専属である忍足あずみだ。
「さて、ものは相談なんだが、佐々木小次郎。お前、九鬼で働いてみる気はねえか?」
「何?」
帝の言葉に小次郎以外の者が、やはりか、と言った顔をする。
だが、実際にその言葉が出ると驚きを隠せない者もいたようで、マープルが口を開く。
「本気ですか、帝様?こんな、素性のわからない男を…。」
「素性ならわかってんじゃねえか。佐々木小次郎だよ。」
と、当然のように帝は言った。
その言葉に誰よりも小次郎自身表情には出さないものの、驚き目を見開く。
「そういう意味ではなくてですね…。」
「確かに、九鬼が認めたとはいえ、ここにる佐々木小次郎にはわからないことが多すぎる。」
マープルの言葉に揚羽が付け加える。
しかし、帝はそんなことは些細なことだとでもいうように、言った。
「九鬼が求める人材の条件は2つ。九鬼の理想に共感し、忠誠を誓えるかだ。お前等だってそうだったろ?」
「それは…。」
その言葉にマープルや揚羽のみならず、全員が黙る。
そして、帝は再び小次郎を見て言った。
「どうだ、佐々木小次郎…。俺達の仲間になってみないか?九鬼が目指すものは民の幸福、それだけだ。それに共感し、九鬼を支えてくれるなら、好きにやって良い。」
「ふむ…。」
小次郎は考える。
確かに、このまま外へ出ても正直いって何も問題はない。
それこそ、どこで野垂れ死ぬとも後悔はない。
のだが、それでは許さぬと目の前の男は言う。
正直、この身は佐々木小次郎と名乗ったものの、自分でも定かではない。いつか言ったように、“佐々木小次郎”と言う役柄を演じるだけの、無名の剣士だ。
しかし、今に限って言えば確かに自分は佐々木小次郎以外の何者でもない。なにより、先刻、ふとこの男に言った自分の望みはそれだった。そして、この男はそれを叶えてくれた。
ならば、今の自分の存在はこの九鬼帝あってのものとも言えるのかもしれない。
不確かな存在なれど、それに報いることなく立ち去るのは、自分の美意識に反してしまう。
(はてさて、どうしたものか…。)
『だが。その私にも唯一意味があるとすれば…。』
ふと、小次郎はいつか自分が言った言葉を思い返す。
それは、冬木で自分を破った金髪の美しい青い騎士に言った言葉だった。
(私の意味…。あの時、私は自らが託す願いなどなく。故に強者と立ち会えることが意味だった。だが、今は…。)
今の自分の意味は何か。
小次郎はなぜ、自分がここにいるのか分からない。
人の幻想が作り出したこの身はサーヴァントとして一度呼ばれた。しかし、今は自分が何なのか分からない。
サーヴァントとしてなのか、それとも別の何かなのか。それすらも分からないため、小次郎は今の自分の望みが分からなかった。
しかし、消える前にふと思ったことある。
自由。己が剣の自由。
では自由とは何か。このままここを離れ、気ままに生き、出会った強者と立ち会う。
それもまた自由かも知れない。だが、それは犬畜生と何ら変わらない。
(ならば、一度託してみるか。)
そう思い、小次郎は刀を抜く。
その突然の行動に周りにいた従者達が身構えるが、帝がそれを手で制す。
そして、おれた刀を差し出し小次郎は言った。
「九鬼帝殿。一度はなくしたこの名、そして我が剣、ひとまずは貴殿に託そう。それが、私を私たらしめてくれた貴殿に出来る、佐々木小次郎の今の精一杯の感謝だ。」
その言葉に九鬼帝が笑う。
そして言った。
「お前の名と剣。確かにこの九鬼帝が預かった。なあに、合わなきゃさっさとどこへでも行くと良いさ。だが、川神は退屈しない街だぜ。」
回想終了
「さて、とは言ったものの。小次郎はどうするべきか?」
「まったく、そこまでは考えてなかったにですか?」
帝の脳天気な声に揚羽が呆れる。
「フハハハハ!まあ良いではないですか姉上!父上らしい!」
「うむ、帝様の突飛な考えには肝を比されるが、それもまた懐の大きさ故のこと。」
と、英雄と局が揚羽をたしなめる。
そして、それに納得したのか今度は揚羽が小次郎を見て言う。
「だが、確かに小次郎の処遇をどうすべきか…。戦闘に関しては何も言うことはないが、従者部隊はそれだけではつとまらん。もっとも、一番下から始めるというのも手ではあるがな。かといって警備など配属するのも…。」
「従者部隊に入る場合はそうですね。どのような者であれ例外なく扱わなくては他の者に角が立ちます。」
「しかし、あずみ。小次郎の力量を持ってすれば、すぐにでも上に行くだろう?」
「はい。ですが英雄様、小次郎の場合基本的な従者としての細かい業務の方で問題があるでしょう。あくまでも、我々は九鬼家にお使いする身なので。」
と、3人が思案していると意外な人物から提案があった。
「では、こうしてはいかがでしょう。佐々木小次郎を武士道プランの守護として用いるのは。」
「ん、ヒューム?」
そういったのは、先ほど小次郎と立ち会ったヒューム・ヘルシングその人であった。
誰よりも意外な人物の提案にその場の全員が驚いた。
「どういうことだい?」
「何、武士道プランは現状において九鬼家の重要な事案。クラウディオがその任についてはいるが、より万全を期すためならコイツの力は有用だ。それに、佐々木小次郎として生きていくのならコイツ自身にとっても九鬼にとっても、その方がどうとでも言える。そう考えたまでのことよ。」
マープルの疑問にそう答えるヒューム。
そして、その案に帝はいち早く納得した。
「そりゃいい!武士道プランの英雄達の護衛を伝説の剣豪が担うか!良いね~、面白そうだ。」
「しかし、あくまでもクラウディオの補助と武士道プランにおけるプラスの影響を考えてのことです。その間に佐々木小次郎にはクラウディオから従者としての在り方を学ばせます。」
「うむ、それならば我も安心だ。」
「私もかまいません。」
と、全員がヒュームの案に賛同する。
しかし、マープルだけはどこか不満げであった。
「何だ、マープル。言いたいことがあるなら良いな。」
「ここであたしが何を言っても、この雰囲気じゃ決まりでしょう。何より帝様の中で答えが出ているのなら、あたしゃ何も言いませんよ。」
「そうか、なら決まりだな。」
そう言って、帝は再び小次郎を見て言う。
「佐々木小次郎、そういうことだ。お前は今から九鬼家において重要な事案とそれに関わる者達の守り手になってもらう。まあ、詳しい話はクラウディオあたりに聞きな。何はともあれ、これでお前も俺達、九鬼の一員だ。歓迎する。
「うむ、よく分からぬが、故あって守るのは慣れているのでな。死力を尽くして御身に仕えよう、帝様。」
そう言って、頭を下げる小次郎。
周りの者達も声をかける。
「さて、今日はもう遅い。明日から本格的に働いてもらうことにして、小次郎はもう休め。」
「うむ、忝い。いや、承知つかまつりました。」
そう言って、あずみに連れられ部屋を出る小次郎。
そして、部屋を出るときに小次郎はヒュームに言った。
「ヘルシング殿。ご配慮感謝する。」
「ヒュームでかまわん。この俺相手に“ここまで”やってのけたんだ。当然と言えば当然のこと。だが、半端は許さん。それだけは覚えておくのだな。」
そう言って、小次郎は意味深な笑みを浮かべ部屋を出た。
side out
小次郎がいなくなり、室内が静寂に包まれる。
すると、帝がヒュームを見て言った。
「おいヒューム、もう良いぞ。」
「何のことでしょうか?」
帝の言葉にしらを切るヒューム。
英雄や局は帝が何を言っているのか分からなかった。
しかし、クラウディオや揚羽などはどうやら何か察している。
「ここにはお前が気を使うような奴はいないはずだ。」
「ヒューム、帝様もこう言っておいでです。」
クラウディオに言われると、ヒュームは一呼吸おいて張っていた気を解いた。
すると、いきなりヒュームの背中が裂かれ、そこから血がにじんだ。
そして、主達の前であるというのにヒュームが膝をつく。
「ぐ、グゥ…。」
「こ、これは!!」
目の前の光景に英雄が目を疑う。
自分達に仕える精鋭部隊、九鬼家従者部隊、その序列第零番に位置し、圧倒的な実力を誇るヒューム・ヘルシングが血を流したことにも驚愕であったのに、今は目の前で膝をつき唸っている。
おそらく一生見ることは叶わなかったであろう光景。いや、そもそも想像すらもできなかった光景がそこにはあった。
「やはり先ほどの佐々木小次郎のものですか?」
「ああ…。」
傷ついたヒュームをクラウディオが介抱する。
流石は“ミスター・パーフェクト”といったところだろう。
ヒューム自身の驚異的な回復力もあるのだろうが、傷の血がとまった。
すると揚羽がその傷を見て言う。
「まさか、ヒューム・ヘルシングに一太刀入れるとわな…。」
「いいえ、揚羽様。一太刀ではございません。」
「何?」
「ヒューム卿のジェノサイド・チェーンソーは攻撃に反応して無敵で割り込む、一撃必殺の技でございます。彼の最後の剣技が一太刀のもとに相手を斬り伏せるものならばこうはならないでしょう。しかし、これは…。」
クラウディオがヒュームの傷を見て言い留まる。
揚羽もまたその傷を見た。
「これは…。頬の傷を合わせると2カ所か…。」
「では、ヤツの斬撃は2本だったと!!」
英雄が声を上げる。
しかし、それを聞きヒュームが口を開く。
「3本だ。あの時、奴の太刀筋は3本あった…。」
「なるほど、では小次郎はあの一瞬で3連の斬撃を繰り出したというのか?確かに、やるな。しかし…。」
揚羽はそれでも納得はしなかった。
確かに小次郎の剣技は凄まじいものである。
しかし、それでもなおヒュームであれば全ての斬撃を防ぐことが出来るはずと思ったからだ。
だが、目の前のヒュームは傷を負っている。
「連撃ではない…。」
「む!?」
「もしあの最後の攻撃がそうであったなら、私はこのようなことになっておりません。ですが、あの時のあれは…。」
そして、ヒュームは自分が見た信じられないものを皆に説明した。
それはまさに常軌を逸したものであった。
「あの時、私の目の前には3本の刀があったのです。それは3連続のものでなければ、ほぼ同時などと言うものではなく、完全に同時の内にあった…。俺はそれに気づかず、一刀目をジェノサイド・チェーンソーで断ち切った。しかし、気づくと目の前には2本の刀があり、気付ばこの様よ…。」
「3つの太刀が同時にだと…。」
ヒュームの言葉に揚羽が目を見開く。
周りの者も同様に驚いているが、それにかまうことなくヒュームは続けた。
「正直、この程度ですんでいるのは、それでもヤツが全力ではなかったからだ。ヤツの刀は俺と立ち会う前から歪んで曲がっていた。おそらく、以前に相当の強者と戦ったために出来たものだろう。もし、そうでなければこの首は今ここにないでしょう。」
「ヒューム卿にここまで言わせるとは…。」
「だが、3つの太刀を同時に下すなど可能なのか?物理的にそんなことは不可能のはずだ。」
と、局と英雄が言う。
すると、それまで黙っていた帝が口を開く。
「だが、実際にそうだったんだろう。でなけりゃ、ヒュームがこんなことになってねー。」
「はっきり言って、人間の所行とは思えん。神速を誇る剣聖黛といえどもこんなことは出来ないだろう。」
揚羽が真剣な表情で語る。
そう、小次郎が最後に繰り出したあの攻撃ははっきり言って決して人の技ではなかった。
ほぼではなく、同時に3本の太刀を出すなど現代において出来る者は誰もいない。
出来るとすれば、それは想像や空想、あるいは妄想の類だ。
「“燕返し”か…。佐々木小次郎此処に極まりって感じだな。」
「まさに魔剣といったところでしょう。」
帝の言葉に揚羽が同意する。
すると、治療を終え、いつの間にかいつも通りの格好に戻ったヒュームが全員に向けていった。
「はっきり言いましょう。佐々木小次郎は強さの壁を越えたものです。しかし、真にヤツの恐るべきは人の身で繰り出したあの剣にあります。単純な身体能力であるならば他の者も拮抗する、あるいは秀でる者もいるでしょうが、刀を持った ヤツに勝る者はいない。それこそ、あの技は何人も回避不能の絶技です。」
「「「…。」」」
世界最強の男にここまで言わせる佐々木小次郎と名乗る人間。
ヒュームの言葉に全員は驚愕するよりも、恐怖を覚える。
すると、マープルが帝に向き合って問う。
「よろしいので、帝様。そのような者を本当に九鬼に迎えて。」
「何だよ、蒸し返す気か?良いじゃねえか、回避不能の魔剣。それこそ、そんなヤツが武士道プランに関わってくるなんて、アイツ等にはお誂え向きだろう。世界の九鬼に伝説の佐々木小次郎あり。面白えじゃねえか!」
「そうですか…。じゃあ、あたしから言うことは何もありませんよ…。」
そう言ってマープルは部屋から出ていった。
部屋に残された者達の間に静寂が生まれる。
「予想外な展開になりましたな、父上。」
「ああ、だが面白くもなってきたな。もうすぐ武士道プランも本格的になる。そんな時に佐々木小次郎を名乗る男が現れ、九鬼に身をおくことになるんだ。」
「ですが、もし佐々木小次郎が九鬼に反旗を翻したら?」
帝の言葉に英雄が言う。
しかし、帝度は相も変わらず笑顔で言った。
「そん時はそん時だ。九鬼は負けねえ。そうだろ?」
その言葉に全員が頷く。
ヒュームもまた真剣な面持ちであった。
「しかし、ヒュームはよくもまあ、そんなんなってたのにここまで気取られずにいたな?」
「他の従者達もいたのです。傷が開くことのないよう筋肉に力を入れ無理やりふさぎました。」
「その点は流石としか言いようがありませんね。出血が目立つものの、見た時にはもう傷は癒着しておりました。」
クラウディオがヒュームを見て言う。
しかし、赤子と侮っていた者にこれ以上ないほどの痛手を負ったのも確か。
ヒュームも内心は穏やかではなかった。
「ま、お前でも油断できねえヤツがいるってこった。最上幽最あたりなら試練とか危機と言いそうだが、精進するこったな。なんと言おうと、お前がうちのの最高戦力ってことは変わらないんだからな。」
「今はその言葉を受け止めておきましょう。」
そう言って目をつむるヒュームに帝は笑った。
「さて、これからどうなるか楽しみだ。」
川神の街に新たな風が吹く。
それは新たな人物の到来と共にやってきた。
その名は佐々木小次郎。武の聖地に新たな激動の始まりでもあった。
to be continued
改めまして
自己紹介させていただきます。
†AiSAYでございます。
まずは皆様にこのような稚拙な文章を読んでいただけていることを、深く感謝いたします。
また、評価をしていただいた方々にもお礼を申し上げます。
さて、前回の小次郎とヒュームとの戦闘に関して様々なご指摘を頂きました。
本当にこのような拙文に真摯なお言葉をいただけて、感謝の気持ちでいっぱいです。
正直、前回の結末は筆者も悩んだ末の者でした。
fateにおける英霊に果たして生身の人間が勝てるのか、筆者も正直無理だろうと思っているのが本心です。
ですが、ご存じの方もいるように「真剣で私に恋しなさい!」という作品に出てくるキャラクター達は常識破りな人物ばかりです。特にヒュームはその最たる人物といえるでしょう。
そのため、今回の話につなぐ構想として前話を考えていたのですが、流石は皆様っと言ったように鋭いを頂けて筆者としては感無量です。
と同時に、皆様の深い小次郎愛に感服しております。
このssで描きたかったのは、無名であり架空の英霊である小次郎がマジ恋のキャラクター達との関わりのよって自分を見いだす姿を描きたいと思って始めたものです。
そのため、あまり小次郎の強さを強調しすぎることは避けております。
タグの“NOUMIN最強?”の“?”はそういう意味です。ですが、それを納得していただくためにの描写が書けていないのは私自身の未熟のいたすところですので、その点は深く受け止めます。
長くなりましたが、今後とも『真剣で私に恋しなさい!~月下流麗~』をよろしくお願いいたします。
皆様のご指導ご鞭撻、何卒よろしくお願い申しあげます。