「おい、今なんて言った?」
百代の鋭い目が小次郎を射抜く。
しかし、当の本人はなに食わぬと言った顔でこう答えた。
「いや、何ただの独り言よ。気に障ったのなら謝罪する。」
「とても謝っているようには見えないな…。」
と、小次郎の飄々とした言葉に百代はますます苛立ちを見せる。
その様子を一子はハラハラとした様子で見ており、鉄心とルーは黙って見ていた。
すると、クラウディオが2人の間に入って言う。
「申し訳ありません。私からも謝罪たします、川神百代様。」
「む…。」
小次郎は自分の言動によって、クラウディオが頭を下げていることに自分の失言を恥じた。
今や自分は一剣士であるとともに九鬼家従者部隊の一員。
自らの失態は従者部隊、ひいては九鬼のものとなる。
それに気づき、小次郎はクラウディオの前に出ると再び頭を下げた。
「川神百代殿、誠に申し訳なかった。我が失言をどうか許して欲しい。」
「むー…。」
と、百代もさっきとは打って変わり、その真摯な小次郎の謝罪にこれ以上何かを言うのは野暮だと感じた。
すると、黙っていた鉄心が声をかける。
「これ、モモ。相手がこうしておるのじゃ、いい加減子供のような真似はよさぬか。」
「そうだヨ、百代。」
「お姉様〜…。」
と、身内にもそう諌められ百代の怒りが萎んでいく。
そして、ため息をつくと
「分かった、分かった。こっちこそ客人に対していきなり失礼だったしな。」
「ホッ!良かったわ!」
と、怒りを鎮めた姉を見て、安心したのか一子は笑顔になる。
鉄心、ルー、クラウディオも一先ずは安心した。
しかし、ならばと百代は言う。
「では、稽古に付き合ってもらえないか?それぐらいならいいだろう?」
「うむ、それで許されるのであれば私は構わぬが…。」
百代の言葉を聞き、小次郎はそう言いつつもクラウディオの方を見る。
すると、クラウディオは諦めたような表情を浮かべて言った。
「貴方の失言が招いたことです。自分で決めなさい。」
「ふむ、確かに。なれば、しばしお付き合いいたそう。」
「よし、決まりだな!」
そうして、百代は笑顔を見せる。
一子はその様子を見てはしゃいでいるが、鉄心達はやれやれといった風な顔をした。
そして、2人は門を離れて奥の広く空いた場所に向かった。
「して、どのような稽古にお付き合いすればよろしいかな?」
「何、単純に組手でいいだろう。」
「ふむ、承知した。」
と、百代の提案に頷く小次郎。
稽古に付き合えと言っても、結局はこうして相手をさせるのか。
と鉄心は孫の血の気の多さに心の中で頭を抱えていた。
しかし、同時に目の前にいる男、佐々木小次郎がどれほどの器量かも気になっていたため、この場は黙っている。
「さて、佐々木…さん?は見たところ剣士のようだが、良ければこちらで用意するぞ?」
「呼び捨てで構わんよ、百代殿。ふむ、確かにこの身は剣士、無手では非礼に見合う相手はできないが…。」
と、そう言って考える小次郎。
すると、ふと先ほどの大木の下に落ちている枝が目に入る。
小次郎は何かを決心した顔をするとおもむろにそこまで歩き、枝を手に取る。
そして、四方に分かれている周りの小枝やささくれを取ると、「ふむ!」とそれを満足そうに見る。
百代達はその姿を不思議そうに見ていた。
そして、それを持って戻ってくると小次郎は言った。
「さて、百代殿。始めようか。」
「おいおい、何のつもりだ?」
「いや、稽古であろう?私はこれで構わん。」
「お前、やっぱり舐めてるだろ?」
と先ほどではないものの、百代は小次郎に対して苛立ちと呆れが混じった顔をした。
しかし、小次郎は笑顔ながらも真面目な顔をして言う。
「いや、そのようなつもりはない。これは百代殿だけでなく私にとっても、この稽古を意義のあるものにするためのものだ。」
「はぁ?ま、いっか!じゃあ、始めようか。」
百代はこの稽古があまり楽しめそうもないと思い。
そう気怠げに開始の声を上げる。
すると、目の前の男の雰囲気が変わる。
そして、それに驚き正面を向くと向かってきたのは枝の棒ではなかった。
「なっ!くっ!!」
「ふむ、まずは流石と言っておこう。」
驚きながらも、小次郎の攻撃を避けた百代。
そして、小次郎はその百代の様子を見て笑みを浮かべる。
(い、今のは…。)
小次郎が手に持っているのは、確かにただの枝。
しかし、百代が見たのは違った。
(確かに、真剣だった…。)
「ん?今、お姉様どうしたのかしら?」
一子は何故百代がああまで驚愕し、小次郎の一撃とも言えない一振りを避けたのか分からなかった。
しかし、クラウディオ、ルー、そして鉄心は冷静にその様子を見ている。
「さて、続けるとしようか…。」
「ちっ!どうやら、やるみたいだな!面白い!」
と、再び良さの組手が始まる。
今度は百代から動いた。
「はぁ!」
「フッ…。」
「でぇい!」
「なるほど、凄まじいな。」
と、百代の攻撃をひらひらと舞うように避ける小次郎。
柳に風、暖簾に腕押し。
両者の姿はまさにそれであった。
「ち、フラフラと!」
「いやなに、組手とはいえ、その拳。当たっては痛そうなのでな。」
と、百代の猛威を避ける小次郎。
だんだんと百代の顔に苛立ちが見え始める。
(なんなんだ…。力も早さも私の方が上なのに何故当たらない!?ならば!!)
「川神流、無双正拳突き!!」
「なんと!」
百代が遂に奥義を出す。
それは、これまでのものとは比較ならない速さで繰り出される。
力を溜めた拳が小次郎の持っていた枝を捉える。
これで調子に乗った顔もやめるだろう。と百代は確信して、笑顔になる。
しかし、
「何!」
「どうした、百代殿?私の得物は未だここにあるが…。」
細く、あまりにも脆弱で武器ともいえないそれは未だ小次郎の手の中にあった。
確かに百代の拳は当たったはず。
(今のは…。流された?)
そう、小次郎は拳が枝に当たると同時にその枝ごと身を翻すことによって、彼女の力の全てを受け流したのだ。
“白刃返し”という技が空手にはある。
自身に向かってくる刃に対して、腕を捩じ切るようにして逸らす達人の技だ。
小次郎が見せたのはまさにそれである。
もっとも、この場合攻め手と受け手は逆であり、小次郎は枝を自身の腕の一部とするように、百代の拳を受け流したのだ。
「え!何々!なんだったの今の!!」
「イヤ〜。まさカ、あの攻撃をああまで見事に受け流すとは!」
「ホホ!こりゃ、確かにモモにはいい稽古になっとるわ。」
と、周りの者もその光景に驚く。
小次郎は枝を肩に起き、変わらぬ笑顔を浮かべて言った。
「さて、これはあくまでも組手。しからば、今度はこちらからいこう。」
「クッ!!」
そして、百代は身構える。
小次郎は速度を上げて百代に向かって言った。
「ふっ!」
「チッ!舐めるな!!」
小次郎の枝が百代を襲う。
しかし、百代の表情は実に切迫していた。
向かってくるのは確かに枝のはず。
しかし、百代にとって、それはまごうことなに真剣であった。
気を抜けば斬られる。
そう百代は感じ、小次郎の斬撃を避け、時には防ぐ。
しかし、枝は折れない。
疑問と焦り、それが百代から余裕を取り去り、苛立たせ、固くさせる。
「ええい!うざったい!!」
「おっと!」
百代が力任せに身を振るわせる。
小次郎は後ろへと飛び下がり、それをしのいだ。
そして、2人の間が空き、百代は目の前の小次郎を見る。
(なんなんださっきから、アイツが持っているのは枝のはずなのに、まるで真剣で斬られるような感覚だ。なのに…、アイツからは殺気が感じられない。)
剣の達人であるならば、剣気を飛ばし刀を持たずして相手に斬るイメージを持たせ威嚇、あるいは無力にすることも可能だ。
しかし、そこには大小、清濁の違いはあれど殺気が混じる。
しかし、小次郎のそれには全くかった。
「いやはや、お見事。その首、七度は落としたつもりだが、未だその様子を見る限り防いでいるようだ。“がらんどう”とはいえ、巨木は巨木。」
「また言ったな!訳の分からんことを…、やる気がないのなら終わらせるぞ!」
百代と小次郎の激しい攻防が繰り広げられる。
しかし、百代が表情を強張らせているのに対し、小次郎は冷ややかな笑みを浮かべていた。
そして、その最中で小次郎が口を開く。
「いや何、本来ならば見事な大輪の花を咲き誇る身だというに、それが惜しくてな。」
「なっ!今も私は超絶美少女だ!!」
「確かに可憐ではある。しかし、武に身を置く其方は可憐とは程遠い。」
「何⁉︎アッ!クッ!!」
その言葉が百代の限界だった。
怒りに任せて、百代が大振りに構えた。
「川神流、炙りに」
百代の手が燃え上がり、目の前の小次郎を襲う。
しかし、その攻撃が小次郎に当たることはなかった。
「く…。」
気づくと、百代は首に冷たい感覚を覚えた。
小次郎の枝が後ろから百代を捉えていた。
冷たい汗が百代の頰を流れる。
「これで満足かな?」
「こんなもの!」
と、百代が振り返り続けようとする。
すると鉄心が声を上げる。
「それまで!!」
「な!!」
「もう決着はついたじゃろ?それ以上は今日はなしじゃ!」
と、鉄心が2人に近づきながら言う。
小次郎はそれを聞くと、枝を百代から離した。
しかし、百代は納得がいかないのか、鉄心に食い下がる。
「おい!じじぃ!まだ終わっちゃいない!」
「バカモン!後ろを取られた上に、刃を突きつけられておいてなにを言うか!」
「何を言って、アレは刀じゃ…」
それ以上は百代は口にするのをやめた。
確かに、小次郎が持っていたのは枝である。
しかし、その枝を百代は折ることもできず、踊らされた。
そして、組手の中においてあれば間違いなく真剣であったと、そのことを誰よりも百代は感じていたからである。
もしこれが真剣での立会いならば。
そう思えば間違いなく自分は斬り伏せられていた。
「持っていたのが真剣だったら、違っていた。」などと言っても、その言葉はなんの意味も持たない。
「ふむ、鉄心殿の言う通り、此度はここまでとしておこう。」
「くっ!お前!」
「なに、日も傾いてきた頃であるしな。」
その言葉に百代は舌打ちをすると纏っていた闘気を緩めた。
不安な顔をしていた一子もそれを見て息を吐く。
クラウディオもまたやれやれと言った顔で見ていた。
「孫の相手、悪かったのう。」
「いやなに、こちらこそいい稽古であった。感謝する鉄心殿、百代殿。」
と、鉄心の言葉に頭を下げて小次郎は言った。
鉄心の後ろで不満そうな顔を百代がしている。
そして、鉄心が百代に気取られぬよう呟くように言った。
「その名に恥じぬ見事な剣じゃったわい。いいものを見せてくれた、祖父としても武人としてものう。」
「そのような大層なものではござらん。百代殿が申した通り、これは遊び、戯れよ。」
鉄心の言葉に小次郎は笑顔で返す。
すると、鉄心はホホっと笑いそれ以上は何も言わなかった。
「では、私達はこれでおいとましよう。長い時間、申し訳なかった。」
「また来ると良い。」
「忝い。」
そう言って、小次郎はクラウディオのもとへと歩いていく。
鉄心と百代はそれについていった。
「すみましたか?」
「申し訳なかった、クラウディオ殿。」
「言うべきことは後で言いましょう。今は川神院の皆様にお詫びを」
そう言って、2人は4人に向き直り再び頭を下げた。
川神院の4人もそれに合わせて2人を見る。
「本日はお忙しいところ、ありがとうございました。しかも、うちの者がとんだ失礼をして、申し訳ございません。」
「まことに申し訳なかった。以後は気をつけますので、どうかご容赦を。」
すると、鉄心とルーが笑顔で言う。
「いや何、さっきも言うたがいいモンを見せてもらった。今後とも、よろしく頼むの。」
「ワタシもそう思います。実に見事なものでしタ!!是非、今後ともヨロシクお願いするネ!」
その言葉に小次郎とクラウディオをホッとする。
そして、今一度頭を下げた帰ろうとする。
すると、小次郎のもとに一子が駆け寄って来る。
「あ、あの佐々木さん!もし良かったら、今度はワタシと立ち会っていただけませんか?」
「うむ、このような身で良ければ是非にも。」
「あ、ありがとうございます!!」
一子のその健気な姿と言葉に笑顔でそう返す小次郎。
そう言われ、一子もまた溢れる笑顔を見せる。
(うむ、純朴ゆえに実に可憐な娘子だ。武の才はわずかなれど、それをしても余るほどの心力がある。)
と、小次郎は目の前の少女のひたむきさを愛でた。
そして、今度こそ門を出ようとすると百代が小次郎に叫ぶ。
「改めて名乗る!私はっ!」
その言葉を聞き、小次郎は振り返と手で制した。
そして、言い戸惑う百代を見据えてと言った。
「今はまだその時ではない。」
「何!」
「此度は互いに戯れたのみ、名乗るのは再び合間見え、互いに真に臨む時まで取っておこう。何、その時は近いやも知れぬ。それに…。」
そして、小次郎は清々しく、爽やかな笑顔で言った。
「私もまたそのような時を心から望む。」
そう言い残して、小次郎とクラウディオは川神院を後にする。
陽が傾き、夕焼けに染まる2人の姿は陽炎となって離れていった。
百代はその姿をしばらく見つめながら、拳を強く握りしめた。
to be continued
まずはお読み頂き、まことにありがとうございます。
今回で第7話目ですが、いかがでしたでしょうか。
皆様によっては疑問や納得できない点などあるでしょう。
それにつきましては、再度感想にて述べて下さい。
しかし、今回の結末はこのssを書き始めようと思った時から、考えていたものです。
マジ恋の武士娘達はイキイキとして戦う姿が魅力的ですが、私はそこに物足りなさを感じていました。
“武道”はまさに“道”であります。
ただの術とは似たようで異なる者、筆者自身もまたそこに身を置く者として、そこを表現したいと思っているのです。
圧倒的な百代の劣勢のように思われますが、自力や実力という意味では今後どうなるかわかりません。
今後のキャラクター達の成長の転機の一つとして今回の話は以上のような決着を迎えました。
これを機に今後の展開が皆様を満足させるものとなるよう、私も勇往邁進いたしますので、皆さま何卒よろしくお願いいたします。
†AiSAY
余談ですが、小次郎の枝については井上雄彦の『バガボンド』を参考としたものです。お分りなる方も沢山いらっしゃるとは思いますが、どうしても書きたい描写でした。