Infinite Dendrogram-蒼い瞳の刀使いー 作:びーびー
infinite dendrogram
プレイする人間の行動、性格によって多種多様に進化するエンブリオと呼ばれるシステムが特徴と言われるそのゲームは発売以来爆発的なヒットを続け今や全世界で遊ばれているゲームである。
「いんふぃにっと……でんどろぐらむ?」
何の変哲もない夏休みの一日に突然家に届けられたそれに少女は首をかしげる。
彼女自身世事に疎いこともあり世界で話題のそのゲームについては軽く聞きかじったことがある程度だった。
たいして興味もない自分の家にそれが届けられた理由について彼女には皆目見当がつかなかった。
「母さん、かな?」
可能性があるとしたら今は離れて暮らす彼女の母が送ってくるくらいのものだが、それにしたって事前に一言もないというのも考え物である。
「まあ母さんだからな……」
豪快で竹を割ったような性格の母であるが、かわいい子には旅をさせろとばかりに高校に受かると同時に一人暮らしを強要するなど多少一般的な感性とはずれていた。
あの母ならまあ、あり得る、と一人納得する少女はさっそくとばかりに箱を開封し機材をセッティングする。別段ゲームが好きなわけではないが、しかしこのゲームからは何か惹かれる感覚を覚える。
そう感じる自身の感性ままセッティングを終えた彼女は流れるようにゲームを開始する。
消えゆく意識の中でなぜか一面の砂漠を感じながら。
「ようこそ、お待ちしていました」
気が付くと少女の目の前には淡い金色の髪で穏やかな笑みを浮かべる青年が立っていた。旅人のような、しかしそれにしてはきれいすぎる白い外套を羽織って何が面白いのか笑っている顔に既視感を覚えつつも少女は青年にむかって一歩近づく。
「あんたは、」
「私は、そうですねこの世界の案内人といったところです」
「案内人?チュートリアルみたいなものかい?」
少女は首をかしげながら青年に尋ねると、彼は穏やかな顔のまま頷いて返す。ゲームとは思えない受け答えに驚きながら青年を見ていると彼は照れたようにその金髪を掻きながらも口を開く。
「まずはあなたのお名前を教えていただけますか?」
「名前か……」
そこで一呼吸置き彼女は考えていた名前を青年に伝える。その名前を聞き青年の顔の笑みが深くなる。そのことに違和感を感じながら青年に従いゲーム内の自身のアバターの容姿をいじっていく。
わかりやすいように、と青年が彼女の前に出したモデルは簡単なシャツとズボンをはいた彼女自身であった。年頃の少女であると自負する自分の体は客観的に見ても細く引き締まっており、とある部分を除いて不満はない。
「……むぅ」
問題はその部分であり、この際多少盛ってみても、という思いがこみ上げる。
(現実と同じじゃまずいって言うし。でも、もし知り合いに見られたら……)
ふと思いついた考えに少女の視線は自分の傍らに立つ青年に向けられる。
「?」
見られたことに反応して首を軽く傾けた青年の笑みに少女は自分の顔が軽く赤らむのを感じながら慌てて顔をモデルの方へ戻す。
(初対面の男の前で自分のアバターの胸を大きくするって……できるか!)
先ほどまでの自分を脳内で蹴飛ばしながら改めて自分のアバターのモデルを見直す。横から自分を見ている視線を感じながら髪の長さ、色を変えて青年の方へと顔を向ける。
「……これでいーよ」
少女の言葉に青年は軽く頷いてゲーム内での世界の見え方について説明を始める。自分だけが慌て、態度を変えない青年に釈然としないものを感じながら少女は特によく考えず現実的な見え方を選択する。
「それでは次にエンブリオをあなたに。左手を貸していただけますか?」
そう言いながら手を差し出す青年に先ほどまでふてくされていた少女は彼女は若干ほほを染めながら左手を差し出す。青年は穏やかな笑顔を変えずに優しく彼女の左手を両手で包む。
「あっ……」
彼女が思わず声を漏らした時にはすでに青年は手を離しており、そして彼女の左手にはマスターを示す紋章のようなものが浮かび上がっていた。
「これがエンブリオ?」
「正確に言えばその卵のようなものです。あなたの行動などを学習しエンブリオは孵化、そして進化します。その行き着く先は千差万別、一つとして同じものはありません」
「これが、ねぇ」
不思議なものを見る目で自身の左手をしげしげと眺める彼女を優しい目で眺めながら青年は手を一振りする。すると青年を中心に何本かの光の柱が立ち上る。その柱には様々な景色、都市の姿が映っている。
「このゲームでは七つの国から開始地点を選んでいただきます」
そして彼は七つの国の名前を挙げる。彼が国の名前を挙げるたびに光の柱が呼応するように光を強くする。すべての光の柱が光終わった後で彼は彼女に尋ねるように視線を向ける。
その段階でも彼女は一つの柱をずっと見続けている。その柱には何処までも続くような砂漠が映っており、その光景が強く彼女を引き付けていた。
「ここに、カルディナってとこにするよ。この砂漠に……」
彼女の言葉にこたえるようにほかの光の柱が光を失い、そしてカルディナの光景を映した柱の光が太く、そして光が強くなっていく。
「それでは『始まり』です。どうかあなたがあなたの道を進んでいけますように」
彼女の視界を光が塗りつぶしていくと別れを告げるように青年が言葉を紡ぐ。その言葉に何処までも続く砂漠を見つめていた彼女はその顔を青年がいるであろう場所に向ける。
もうほとんど光で埋め尽くされる視界ではあったが、それでも彼女は青年が笑っている姿を見た気がした。
「あんた、名前は!」
別れという言葉が彼女の脳裏をちらついた時、反射的にその言葉は口から飛び出ていた。自分の言葉を認識した瞬間、顔に火が付いたような気がして顔を伏せる。
光に包まれほとんど視界はないがそれでも青年が笑っている気配を感じて咄嗟に顔を上げて食ってかかろうとする。
「イクス、と言います」
彼女の出鼻を挫くように青年、イクスは自分の名前を告げる。その名前を聞き、大事な宝物のように口の中で一度呟くと少女は太陽のような笑みを浮かべて光に向けて走り出す。
「またね、イクス!」
再会を願う言葉。
いかにも少女らしいその言葉を残して彼女は光の中に消えていく。
光が消え、少女がその場から姿を消した後もイクスは彼女の向かった先をまぶしそうに見つめていた。
「……」
「……もういいかなー」
どれくらいそうしていたのか、変わらず彼女の消えた方向を変わらぬ穏やかな笑みで見つめ続ける彼の足元にひょっこりと白い猫が現れる。
「えぇ、無理を言ってすいません」
イクスは突然現れた猫に驚くことなく軽く頭を下げる。
「まぁいーんだけどねー。偉い人には逆らえないよー」
そう言って前足で自身の後頭部を掻き始めるその猫にイクスは苦笑しながら踵を返す。
「彼女がそーなのー?」
「えぇ、まあ。元気そうでよかったです」
いつの間にか彼の顔の横あたりに浮かぶ猫の問いに答え、彼は懐かしむように答えを返す。
「……ふーん」
その猫はしばらく他の言葉が続くのではとイクスの顔を眺めていたがそれ以上答えがないことを悟りつまらなそうに息を漏らす。
「それでは私はこれで失礼します」
「はいはーい。またねー」
そう言って姿を消す猫の姿を見送りイクスは顔だけをさきほどまで光の柱が立っていた場所へと向ける。穏やかな笑みの中にほんのわずかな懐古をにじませ彼は彼女に言葉を返す。
「……また会いましょう、ホノカさん」
デンドロ熱が熱いせいで始めてしまいました。
不定期なのでまったりとお待ちください。