Infinite Dendrogram-蒼い瞳の刀使いー   作:びーびー

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技術者のロマン

「これなんかどうかな、嬢ちゃん」

「良い!これは良いよおやじさん!」

 ノルの診療所にホノカが入ってから数時間後。

 お茶という名目で入った診療所内でホノカはノルからジョブに就くことやスキルと言ったものの説明を受けていた。見ず知らずの他人にするものとは思えないほどの丁寧な説明にホノカは首をかしげる。

「なんでこんなに良くしてくれるの?」

「ふん、ちょいと約束があっての」

 そうごまかすノルを不思議そうに見ているとメイリンがホノカの耳元で囁く。曰く以前マスターの青年に命を救われた。お礼をしようとすると彼はそれならばとノルに一つお願いをした。

「これから来る新米たちにできる限りのフォローをしてやって欲しい、って言ったのよそのマスターは」

「はー、すごい人もいるもんだね」

 感心したように息を吐くホノカにノルは鼻を鳴らす。

「まぁ、もちろん誰もかれもというわけではないがの。ホの字、お前さんはまあ合格点じゃ」

 そう話すノルの後ろではメイリンが笑いをこらえるように口元を抑えていた。それに気づいたノルは気まずそうに一つ咳ばらいをして説明を再開する。

 ゲームのシステムとしては下級6種類、上級2種類のジョブのレベルをあげて自信を成長させていくもの。そのためジョブに就いていない現在のホノカだといくらモンスターを倒しても経験値は入ってこないため早めにジョブに就く必要がある。またジョブに就くとそのジョブ固有のスキルが使えるようになったり、能力値の成長に補正がかかるためそのあたりも考えて就くジョブを考えることなどを例を交えて説明された。

 そして大まかな説明が終わったのがついさっき、そして今、診療所内はその本来の目的とは大きく異なる様相を呈している。

 そこかしこに銃や防具などが並べられ、ここが診療所だと主張すれば鼻で笑われてしまうような状況だったが、そんな異質な空間ではノルに呼ばれてやってきたザンカンという男性による銃の説明が始まっていた。

 あいさつ代わりと見せてきた現実ではありえないような大口径の銃にホノカが目を輝かせて食いついてからしばらくが経っていた。

「あー要求STR高いなー。全然足んないし」

「ほのちゃんにはこのドラゴンバスターはまだ早いんじゃないかしら、それよりはこういうのの方がいいんじゃない?」

 そう言いながらメイリンは並べられている中から口径の小さそうな拳銃を手にする。ホノカはちらりとメイリンが手にした銃に視線をやるがその視線はすぐに手元に戻ってしまう。

 このゲームでは武器や防具を装備する際に必要な能力値、レベルが存在する。ドラゴンバスターの要求する能力値は少なくともまだジョブについていないホノカが満たせるものではなかった。

「ザンカン、わしはルーキー用の装備と言わんかったかの?」

「いや、私もそのつもりだったんですが……」

 ノルの皮肉にザンカンは申し訳なさそうに頭をかく。ノルはホノカのために技術者だけでなく商人としても確かな腕を持つザンカンに声をかけた。旧知の中であるノルの呼び掛けにザンカンは二つ返事で応じ、ルーキー用の装備を中心に持ってノルの診療所を訪れた。

「言い訳じゃないですが私も技術者の端くれとしてそこいらの商人に準備できるものだけを自慢げに持ってくることはできませんよ」

 そう言いきるザンカンの顔には商人として、技術者としてのプライドが見てとれた。

 そんなザンカンの顔を見てノルは鼻をならす。

「カッコつけとるがどーせいつものロマンがどーこーというやつじゃろ」

「……まぁそれも否定はしませんがね」

 ザンカンはノルの指摘を肯定しながら未だに未練がましくドラゴンバスターを見ているホノカを眩しそうに見る。

 まだザンカンが若い頃、威力を求めすぎて取り回しを犠牲にした銃だったり、なんでも切れる剣を目指し耐久性を犠牲にした剣などにロマンを感じてあれこれと無茶をしていた自分と今の彼女はよく似ているように思う。

「ま、私としては『あれ』のよさをわかる子には力を貸したくなる」

 そう言ってザンカンは少年のような笑みを浮かべ、呆れるノルに軽く手を振りホノカに声をかける。

「嬢ちゃん、今は装備できる物を選びなさい。それはとっといてあげるさ」

「ほんと!いいの、おやじさん?」

 ザンカンの出会って間もない客に対する対応としては破格の申し出にホノカは目を輝かせる。

「良いさ。そいつだって嬢ちゃんみたいに喜んでくれる人に買われた方が嬉しいに決まってるさ」

 そう言ってザンカンはホノカの持っているドラゴンバスターに『済』と書かれた紙を貼り陳列スペースへ戻す。

「ありがとう、おやじさん!」

 そう言って笑うホノカにどういたしまして、と返しザンカンは改めて大まかな武器の種類について話を再開する。先程は銃の説明の際にホノカがドラゴンバスターに気をとられ中断していたが、本来の目的は初心者のホノカの装備選びである。

 そのためザンカンが武器の特性からそれぞれのジョブにあった武器、防具といった事柄まで簡単に実物を手にしながら説明をしていく。

「……とまぁ銃っていうのは基本的にはこんなもんだ。次に刃物についてだが、」

 ザンカンがそう言うと診療所を埋め尽くしていた様々な銃が消え、代わりに様々な刃物が診療所を占拠し始める。

 オーソドックスな剣から槍、ナイフなどのものや、ザンカンの趣味が多分に入ったであろう鉄塊のような大剣などさまざまなものがある中でホノカの視線は商品の片隅に注がれる。

「おやじさん、これって……」

「あぁ、これは刀、だね」

 ザンカンはホノカの視線をたどり、その先にあった黒塗りの鞘に納められた1本の刀を手に取る。

「主に天地という国で使われている武器で切れ味はそこいらの剣じゃ話にならないレベルだ。ただいかんせん扱いが相当難しくてこっちの方じゃあまり使い手はいないね」

 そう言いながらザンカンは手にした刀をホノカに手渡す。ホノカは先ほどとは打って変わり真剣な表情でザンカンから刀を受け取り、そして手にした刀を軽く顔の高さまで持ち上げ軽く目を閉じる。突然のホノカの変わりようにザンカンだけでなくメイリンたちも驚いたような表情をするが、この場の空気が彼らに口を開かせない。先ほどまでの騒がしさが嘘のような静寂の中、

「……抜くよ」

 ザンカンに一言断り、ホノカは音もなく刀を抜く。刹那のうちにその鈍く輝く刀身を露わにした刀はホノカの鋭い瞳をその刀身に映す。そして次の瞬間にはもとからそうであったかのように鞘の中に納まっていた。

「……ふぅ」

 目に追えないほど速かったわけではない。ホノカのステータスはノル達より低く、『目にもとまらぬ』といった速度を出せるわけではない。しかし実際ノル達はホノカが納刀したことに気づくのが遅れた。

『ホノカの動作があまりにも自然だったから』

 他の人から聞かれればノル達はそう答えるだろう。

 言い知れぬ衝撃が三人を襲う。特に商売柄、凄腕と言われる者たちの試し切りなどを間近で見たこともあるザンカンはその驚きの度合いも大きい。強い、と感じた相手は山ほどいる。それこそ超級職に就いた者たちも見たことはある。しかしホノカは彼らの誰とも違う。もしホノカが刀を抜いた瞬間ザンカンたちを斬ろうとすれば彼らは簡単に斬られてしまっただろう。それはあまりにホノカが自然過ぎるからだった。ホノカの動作は自然過ぎて危機感を感じることができなかっただろう。

(嬢ちゃん……!)

 言葉には出さずに息をのむザンカンにホノカは振り返る。ホノカは再び閉じられていた双眸を開きザンカンに刀を返す。

「ありがと」

「あぁ……気にいったかい?」

 ザンカンの言葉にホノカは小さくまーね、と返す。そして刀をちらりと見て、苦笑する。

「これ、大分良いやつだよね。少なくとも今のあたしには手が届かないよ」

「あぁ、確かに……そうだね。これはちょっとルーキーには高額だね」

 そう答えたザンカンはしかし、ちょっと待っててくれ、とアイテムボックスのリストを開きにらめっこを始める。

 置いてきぼりになった格好のホノカは疲れたとでもいうようにその場で座り込む。そのままなんとなしにザンカンの方を眺めていると視界にティーカップが差し出される。

「ほのちゃん、あんなことができるなんてすごいわね」

「あー、うん。まあね」

 簡単にお礼を言ってホノカはティーカップに口をつける。暖かなコーヒーの苦みとわずかに加えられたミルクの甘さに思わずほほを緩めながら先ほどの自分の行動に意識を向ける。

 ホノカ自身なぜあのようなことができたか全くと言っていいほど理解していなかった。ただできるという確信があり、実際にそれやってのけたのだが、それを褒められたところでなんと返せばいいのやらと頬を掻く。

 そんなことを考えている間にザンカンは一振りの刀を手にしてホノカの前に立つ。先ほどの刀と違い明らかに造りが甘く、見比べるまでもなく格下とわかるそれを再びホノカに手渡す。

「これは、私の弟子……のような子が作った物でね。さっきのとは比べ物にならないけどこれでよければ格安で売ってあげるよ」

「お主商人のプライドとやらはどうしたんじゃ?」

 ノルの笑いを含んだ指摘にザンカンはまいったといった風に頭に手をあてる。

「まあ、これも商品としては最低ラインとはいえ置けないわけでもないですし……」

 なにより、ホノカの先ほどの動きを見た以上彼女が刀以外の刃物を使っている光景がザンカンには思い描けなかった。

「おやっさん?」

 話の途中で思考に入ってしまったザンカンの顔をホノカは不思議そうな顔をしてのぞき込む。そんなホノカになんでもないとザンカンは首を振る。

「もちろんジョブとの兼ね合いもあるだろうけど……そういえば嬢ちゃんはジョブをどうするか決めてるのかい?」

「うん、とりあえず『旅人』っていうのにしようかなって思ってるよ」

 『旅人』は金属系防具が装備できないものの、ほとんどの武器に小さくはあるが補正が入り、またステータスのAGI、DEXに小さく補正が入る旅人系下級職の一つである。

「旅人、か。そうすると武器はこの刀でいいとして、防具は……全箇所に装備するのは無理として」

「おやじさん、旅人と言えばマントだよ。フードがついてるやつ!」

「ほう、確かにそうだ。確かこの辺りにいいものが……」

 楽しそうにあーじゃないこーじゃないと相談を始めた二人をしり目にノルはメイリンの入れたお茶に手を伸ばす。

「元気じゃのう」

「あらセンセ、まるでご老人みたいな言い方ですね」

「ばかもん、まだわしは現役じゃ」

 そう言いながらノルはお茶をすする。そんなノルに優しい笑みを浮かべながら自分の分のお茶を注ぎ口をつける。

 いつもと変わらない騒がしいながらも穏やかな日常がそこにはあった。

 

 

 

「じゃあ、もう行くね。ありがと」

 そう言って刀を腰に括り付けるホノカは振り向いてノル達の方を見る。

「『旅人』になる転職クリスタルは街の中央広場にあるからの」

「忘れ物はない、ほのちゃん?」

 なんだかんだと心配性な二人に大丈夫と返してホノカは二人とそれぞれ握手をする。いつでも来てね、というメイリンにまたお茶しに来るよ、と返しザンカンの方を見る。

「私に連絡を取りたければとりあえず院長に言ってくれたらいいよ、ほのちゃん」

「おやじさんまでその呼び方かい!」

 すっかりホノカと意気投合したザンカンは彼女を愛称で呼ぶまでになっているが、ホノカは突っ込みながらも本気で嫌がってはいない。

 結局あの後も議論は続き、結果としてホノカはザンカンから『未刀』と名付けられた刀を一振りと『砂の外套』というそこそこ良い外套を購入した。代わりに外套以外の防具は初期装備のままだがホノカは満足して買い物を終えた。

「今度会う時はあいつもつれてくるからよろしくね」

「あぁ、この『未刀』を作ったっていう、……マスターだったよね?」

 ザンカンと会話をしているうちにザンカンの弟子?がマスターであることが判明した。彼の技術者としての弟子であるらしいのだが、多方面に興味があるらしく今は天地の方へ行き鍛冶技術を習得中とザンカンは笑う。

「基礎は終わったから一度帰ると連絡があったからね。近いうちに紹介できると思うよ」

「楽しみにしてるよ」

 そう言いながらホノカはザンカンとも握手を交わし、そして最後に三人の顔をそれぞれ見た後診療所の扉を開ける。

「またね!」

 そしてホノカは診療所を出ていく。降り注ぐ日差しに軽く目を凝らしながら、しかし楽しそうな表情で、道行く人の中に飲み込まれていく。

 

 

 

「行っちゃいましたね」

「……騒がしいやつじゃったの」

 ホノカが去った後の診療所には少しばかりの寂寥感が残される。いつもの日常のはずが、しかし少しばかり物足りない日々に変わっていた。

「でもまた会えますから」

 この世界において再会とは存外難しい。一歩でも街を出ればそこには強力なモンスターがうごめいていていつ死んだって不思議ではない。マスターは死なないと言っても突然この世界から姿を消すことだって多い。今まで生きてきて彼らはそのことをよく知っていた。武器を売った相手が、治療をした相手がふっと姿を消すことは数えきれないほどあった。

「ほのちゃん、またねって言ってましたからね」

「まあ期待せずに待っとるわい」

「もう、センセったら素直じゃないんですから」

 しかしホノカの言葉には力があった。また会えるだろうと予感させるだけの強い力がノル達の顔にも笑顔を生み出す。

「さて、仕事じゃ。ザンカンそんなところでボケっとしとるなら客の一人でも連れてこい!」

「もう、センセ!」

 こうしてノルの診療所も騒がしさを取り戻す。砂漠の街の診療所は今日も変わらず営業中である。

 

 

 

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