Infinite Dendrogram-蒼い瞳の刀使いー   作:びーびー

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砂漠にて

 

 

 

 

「やっとこれたよ」

 

 ホノカがこの世界を訪れてすでにかなりの時間が経過していた。当初はティアンのあまりに自然な受け答えに驚いたりしていたが、そんな姿も見飽きたとティアンの人々は彼女を暖かく迎えた。

 その後さてどうするか、と迷っていたホノカを一人の老人のティアンが引きとめた。彼はこの世界における基礎、ジョブにつくことを彼女に教え、その後も砂漠をいく装備等を懇切丁寧に教えた。老人の助けもあり準備を整え彼女はこうして一面の砂世界に足を踏み入れる。

「ノル爺も口が悪いのがたまに傷だよね。まぁ助かったけどさ」

 そうこぼしながらも顔は自然と笑顔を形作る。先ほどまで世話になっていた老人の姿を頭に浮かべながら、初めての砂漠へとホノカは一歩その足を踏み出す。

「……!」

 広い、ただ漠然とそう感じた。

 時間はもうすでに昼を過ぎて夕方に差し掛かろうとしている。日差しはまだ強く多くの生物もこの日差しの中ではおとなしくしているのか照り付ける日差しに反してあたりは静まり返っていた。

「なんか、静かだね」

 砂漠で注意すべきことは自分の位置を見失わないこと。

 そうノルに言われていたことを思い出しホノカはなるほど、と心の中でうなづく。一面砂の世界で、特に道しるべとなる草木もなく簡単に自分の位置を見失ってしまいそうになる。

「……」

 そんな砂漠をただ一人あてもなく気楽に歩く。照り付ける日差しにフードをかぶり、水筒の水で喉を潤しながら一歩、また一歩と砂漠にその足跡を刻んでいく。

「あっついなぁ……」

 思っていたより長く歩いていたようで気が付けばかなり街の姿が遠くになっている。日差しもやや傾き始め、少しずつ砂漠がその色を赤に変えていっている。

「とりあえず、一回戻ろっかな」

 昼はあまりモンスターも出ないが、夜の砂漠はすべての生き物の動きが活発になり、モンスターも動き出す。

 砂漠を歩くものは夜を避ける。

 ノルにも言われたそれに従うように街にむかい踵を返す。

 ノルの診療所を出てそのまま導かれるように砂漠へやってきたホノカだったが、自分でもどこに向かうかは全くわかっていなかった。風の向くまま気の向くまま、このゲームでもどうしたいというイメージはあまりない。

「まあ、でもせっかくだし戦いもしてみたいしねー」

 そう言いながら左の腰に履いた刀を軽くたたく。別に積極的にモンスターと戦いたいというわけではないが、こんな世界にいるのだからいろいろなことをやってみたいとも思う。そんなことを思いながら歩くホノカの耳がわずかな砂音を捉える。ふと、そちらに顔を向けた瞬間、そちらとは反対側から影が飛び出してくる。

「んなっ!?」

 後ろから飛び出てきた蛇がホノカの右肩に食いつくと同時に最初に砂音がした方からも1匹の蛇が砂の下からもぞりと姿を現す。幸いにも蛇の牙は外套を貫通できなかったようで、ホノカが右腕を大きく振るとその勢いを利用して蛇はホノカから距離を取り威嚇するように舌を出す。

(最初のはおとりってわけか、くそったれっ!)

 直感的に最初の砂音が囮であることをさとり、心の中で毒づく。

 二匹を正面に捉えようと慣れぬ砂地を移動するが、二匹は常にホノカを挟んで対角線に動き続けるためホノカは常に背後に一匹を背負う形になる。後ろを警戒しながら前の蛇に視線を定めると『サンドスネーク』と名前がポップする。

「っふ!」

 一瞬迷った後に左の腰の刀に手を添え、砂の上を前方へ滑るようにサンドスネークとの距離を詰める。サンドスネークは機敏な動作で砂に潜り、同時に後ろのサンドスネークが距離を詰めてくる。

「らぁっ!」

 砂に潜りかけたサンドスネークを鞘に入れたままの未刀を振りぬくことで上へ吹き飛ばす。

「ふっ……!」

 砂とともに眼前まで浮き上がるサンドスネークを目にした瞬間、照り付ける日差しをはじくように銀の線が走りサンドスネークの尾がちぎれるように飛ぶ。

「かったぁ……」

 ホノカのステータスが低いせいか未刀はサンドスネークに当たった瞬間、その鱗の硬さに本来の軌道をそれ、尾を削るだけで鞘へと戻る。

 それはいわゆる抜刀術と呼ばれる類のものだった。

 大まかにいえばそれは刀を鞘から抜く瞬間、鞘を利用し刀を走らせることで驚異的な剣速を発揮する剣術の一つである。

「うわっつ」

 敵を仕留めそこなったことを悔いている暇はなく、後ろから這ってくる砂音にホノカは横っ飛びでその場を離れる。頭から一回転して膝をつきつつ、ようやく二匹を視界にいれホノカはふぅ、と軽く息を整える。

 既に刀は左手に握られた鞘の中に回帰しており再びの出番を待っている。相手は千切り飛んだ尾などなかったかのようにダメージを感じさせず再びホノカの背後に回り込もうとする。

「早めに、決めないと……」

 注意すべきなのは目の前の敵のみにあらず、戦いが長引けばその音に釣られて他のモンスターもやってくる可能性がある。

 それゆえに求められるのは早期の決着だった。

「はっ!」

 二匹が視界にいるうちに尾がない個体に対しての追撃を行う。暗くなっていく砂漠に二筋の線が煌めき、サンドスネークの体は3つに分かれ、地に落ちる。とどめと言わんばかりにしぶとくうごめく頭を上から抑えるように突き刺すとサンドスネークの体は粒子となって消えていく。

「次!」

 そう言いながら視界の片隅に捉えていたもう一匹に対してホノカが駆け寄ろうとしたとき、サンドスネークがいた場所が爆発したかのように砂ぼこりを上げる。ホノカは咄嗟に顔の前に両腕を重ね、自分めがけて飛んでくる砂粒を防ぐ。それでも防ぎきれずに口の中に入り込んだ砂を不快感とともに吐き捨て相対していたモンスターを見ると、そこにいたはずのサンドスネークはその居場所を胃袋の中に変えていた。全長がホノカを越える、四足歩行のトカゲの胃袋の中に。

「飛び入り参加は遠慮しろってんだ」

 ぼやくように呟くホノカの声に反応したかのように無機質な目がホノカに向けられる。

 強い。

 少なくとも先ほどまで相手にしていたサンドスネークよりは明らかに格上であり、できるならば撤退を選択したい相手だった。相手が食事に夢中ならばそれもできただろうが、相手はすでにホノカをロックしており無造作に近づいてきている。それは強者の余裕ゆえか、相手がどういった思考をしているか定かではないがそれでもホノカにわかることもある。

「なめてんなよ、こんにゃろう」

 食事が足りないのか、それともデザートのつもりなのかはわからないがこちらに狙いを定めた相手に対し、ホノカもまた軽く左手に持った未刀を上げることで応戦の意志を示す。その動作を警戒してかホノカから4メートルほど離れ相手が足を止めたところでホノカの目に『レッサードラゴンモドキ』という名前が浮かんでくる。

「っは……来なよ、トカゲモドキ」

 ドラゴンという強者の名を持ちながらレッサー、モドキと2重に格を下げるような名前を持つそれにホノカは鼻で笑ってあおるように言う。ホノカの声に挑発する響きを感じたのかレッサードラゴンモドキの長く太い尾が地面に強くたたきつけられる。

 一瞬の静寂。

 次の瞬間、たたきつけられた尾がそのままホノカめがけて砂を飛ばしてくる。

「うっ、わっ……!」

 ほとんど体を投げ出すように砂の散弾から逃れたホノカに敵は肉薄してくる。体勢は整っていないが敵の牙はホノカの体を捉えようと容赦なく迫っている。

「砕っ!」

 裂帛の気合とともに繰り出された一振りは、しかし相手の鼻面を打ち付けるのみで終わる。静かな砂漠に鈍い金属音が響き、ホノカは手のしびれを感じながら相手と距離を取る。どうにか相手の初撃は弾き返せたがサンドスネークより上の防御力がホノカの刀の侵入を拒んでいる。

 少なくとも今の一撃で減ったのは相手のHPより未刀の耐久度の方が多い。

 戦えばいずれ武器が壊れ、負ける。かといって逃げようにも今の距離を詰める速度を見るとホノカより早そうであり逃げきるのも望みが薄い。

「やんなっちゃうね」

 相手から目をそらさずにホノカは溜息をこぼす。あたりは大分夜が侵食してきておりいずれ視界もなくなっていくだろう。条件としては大分不利だが……そんな中彼女は笑っていた。

 今日会ったティアンの人々。刻々と変化していく自然環境。そして目の前の敵から感じる圧力。そのほか様々な物から感じる現実性にホノカはなぜかこみあげてくるうれしさを抑えられないでいた。

 そしてホノカの笑みと呼応するかのように彼女の左手の紋章が輝きを増していく。

「……でも、楽しいよ」

 そう噛みしめるようにホノカが呟いた瞬間、左手の紋章が一際強く輝き、そしてそれまでの光が幻だったかのように消える。再び暗闇を取り戻した世界で、しかし先ほどまでとは確実に何かが変わっていた。

「すごい……」

 突然靄が晴れたかのようにホノカの感覚がクリアになる。

 静かだと思っていた砂漠からは様々な生き物の呼吸とでもいう物が聞こえてくる。

 すでに日が沈み、暗闇に包まれていた世界が手に取るようにわかる。

 『バンダナ』をまいたホノカは、その時相対しているものの存在も忘れ、世界に没入した。

 

 

 突然隙を見せたホノカをレッサードラゴンモドキが見逃すはずもなく、即座にホノカとの距離を詰める。ホノカ程度なら2口で飲まれてしまいそうなその巨大な口が開いた瞬間、わずかな金属音が空気を震わせる。

「……斬」

 淡々と、事実を告げるように小さくホノカの口からこぼれた音はしかし、その戦いの終わりを示していた。

 レッサードラゴンモドキの顎はホノカを捉えることなく、まるですり抜けたようにホノカとの位置を入れ替える。凍ったように互いに動かない中でするりとホノカが左手に持っていた未刀を鞘ごと左腰に固定する。それと同時にレッサードラゴンモドキの頭が思い出したかのように胴体と別れを告げ、その体は光へと変わっていく。

 いつ抜き、いつ鞘に戻したのか。少なくとも斬られた方には全くわからなかった斬撃は確実にその首を斬り落としていた。

 レッサードラゴンモドキの体がすべて消え去り、あたりに他の敵がいないことを確認しホノカは突然その呼吸を乱し肩で息をする。

「きっつぅ……」

 ふらふらとした足取りながらホノカはその進路を街へと向ける。正直に言えばその場で座り込みたいほどには消耗しているがそんなことをしている暇がないのも間違いなかった。

(これ以上は無理だよ)

 ホノカは心の中でそう呟きながら、自身の額に巻かれたバンダナに手をやる。

 先ほどの戦い、このエンブリオがなければ負けていた。その事実に安堵の溜息を洩らしながらステータス画面を開く。

 そこには自ら生まれたエンブリオの名が記されていた。

「ん?」

 ステータス画面に記されているそれからは想像できないその形状を不思議に思いホノカは首をかしげる。

「蒼い天宙眼(ザ・サード)……?」

 

 




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