Infinite Dendrogram-蒼い瞳の刀使いー 作:びーびー
時間は昼日中。
遮るもののない砂漠でホノカは手でひさしをつくり向かう先を眺める。
気温はすでに40度に迫ろうとしており、照り付ける日差しはもはやそれ自体が物理的な圧力を持っているかのようにホノカたちに降り注ぐ。
「ほのちゃん、暑くないの?」
「あっついよー。くらくらするねぇ」
大きなダチョウのような鳥が引く馬車の御者台の上で手綱を手にしながらミリアムはホノカに訪ねるが、当のホノカは言葉とは裏腹に楽しくて仕方がないという様子だ。
恰好にしてもミリアムは外套を着こみフードまでして日差しを遮っているというのに、ホノカはタンクトップに砂漠迷彩の軍用ズボンといった格好で外套さえも装備から外していた。一見涼しそうに見える格好だが、砂漠では直射日光を浴びる方が危険なので通常砂漠を往くものは全身を覆う服装を好んでおり、ミリアムもその例に倣っていた。
「何か見える?」
「んー……砂と岩ばっかりだね。遺跡のいの字も見えやしないよ」
「遺跡はまだかかるよ。それ以外の何かってこと」
「人っ子一人いないよ」
そう言いながらホノカはミリアムの隣に腰を下ろす。ミリアムはそれを合図に手綱を操り若干馬車の速度を上げる。先ほどより少しだけ多くなった風を受け、ホノカとミリアムは砂漠を渡っていく。
ホノカがザンカンの依頼を受けコルタナの街を出発してからおよそ半日が過ぎていた。
遺跡への出発に際してミリアムが用意した馬車は荷台にホノカとミリアムを乗せその旅路を順調に消化しており、もう三時間も走れば目的地に到着しようとしている。道中も特にトラブルはなく、たまに襲ってくるモンスターはホノカがいち早く察知し彼女たちの経験値へと化していた。
「すごいね、ほのちゃんは」
「ん?」
頬に当たる風に目を細めていたホノカは軽く瞼を上げてミリアムに言葉の続きを促す。
自身が発した言葉に自分で驚いたような様子を見せるミリアムは少しおいてはにかみながら口を開く。
「センススキルだよね、あの居合とか。あんな風にきれいなの、私見たことないよ」
「センススキル?」
センススキルとはシステム上のスキルではなく、プレイヤー自身の技術とセンスによりスキルの総称のことであり、ホノカの居合はまさにそのセンススキルに該当していた。
「どこかでやってたの?」
「んにゃ」
ミリアムの問いに少し自身の記憶を漁り、足をぶらつかせながらホノカは話始める。
「刀持ったのなんてここが初めてさ。もちろん居合なんてのを知ったのもね」
そう言いながらホノカは傍らに置いてあった刀を手に取り、太陽に透かすように持ち上げる。
「ただ、刀を持った瞬間に『できる』って思ったんだよね。で、実際やってみたらできた」
まるで刀に問いかけるように紡がれた言葉の後にホノカは軽く溜息をつく。今まで何度も自問自答を繰り返したことの答えは今のところ見つかっていない。刀を座った膝の上に戻しながらなんでだろうね、と言う彼女の顔にはホノカらしくない不思議な笑いが浮かんでいた。
ホノカがこのゲームを始めてから時々感じる寂寥感やデジャビュ。理由はわからないがあるそれを感じるたびに胸の奥が締め付けられるように痛む。何か大切なことを忘れているようなそんな感覚。
御者台に座っていながらここではないどこか遠くを見つめているかのようなホノカ。そんなホノカを横目で覗いながらミリアムもまた口元に小さな笑みを浮かべる。
「わたしもあるよ、そういうこと」
「ミリィも?」
ホノカは軽く目を見開き傍らのミリアムに目を向ける。そんなホノカの反応にミリアムは軽くホノカを見てほほ笑む。
「リアルでは銃とかあんまり興味なかったの。でもここに来たら、すっごくいじってみたくなって……」
そこでミリアムは言葉を切る。少しの沈黙。言葉を選ぶかのように数度口を開きかけ、そしてミリアムは続きを口にする。
「普通さ、機械の構造とかわかんないよね。でも前から知ってたみたいにいろいろわかって。技術者のジョブスキルなのかなって思ったけど……ザンカンさんが言うにはそうじゃないって」
息をする間も惜しむようにミリアムは言葉を吐き出す。手綱を掴む手は硬く強く握られ小刻みに震える。
「私が知らないはずのことを、私が知ってるの。見たことがないはずのこの砂だらけの景色を見たことがある気がするの。どうしたんだろうって……私、おかしくなっちゃったのかなって……」
乾いた外套の上に小さな雫が落ちる。
「……ちょっと、怖いよ」
それきり二人の間に言葉はなくただ馬車が砂漠を往く音のみが響き渡る。
自分が知らないことを知っているという不安を何度人に相談しただろう。そのたびに冗談だと思われ、ゲームだからと相手にされず、逆にすごい技術だと褒められたりもした。いつからか、そのことに折り合いをつけることができるようになっていたことを果たして成長と呼べるのだろうか。
しかし一度根付いた小さな不安は彼女の生来の明るさの下で消えずに大きくなり、そして自分と似た境遇の人物を見つけ、決壊した。
「ミリィ……」
「ご、ごめんねほのちゃん。ほのちゃんを困らせるつもりなんかなくて……」
言葉を詰まらせながら強引に顔を袖で拭うミリアムの頭にホノカは壊れ物を触るかのように優しく手を乗せる。
小柄なホノカをして小さいと感じる少女のその体にどれほどの不安を詰め込んでいたのだろう。
慰めの言葉を口にするのは簡単だ。
わかる、と言うことだってたやすい。
だがホノカはそのどちらも選ばなかった。頭に乗せた手を動かし、ミリアムの顔を隠していたフードを外す。突然のホノカの行動に驚いたようにミリアムはホノカの方に顔を向け、そして泣いていたこと思い出したのか顔を伏せる。
「……探しに行こう」
聞こえてきたホノカの言葉の意味が分からずにミリアムが顔を上げるとそこには見慣れた笑みのホノカがいた。
太陽のように周りを照らすその笑顔はいつだってホノカの顔にあった。
「探しに行こうよ、ミリィ。その理由をさ」
「理由?」
ミリアムの問いをホノカは頷きで肯定し、軽やかな動きで御者台の上に立ち上がる。
「あたしが居合をできる理由。ミリィがいろいろ知ってる理由。この世界を見たことがある理由」
ホノカは一つ一つと指折り数えながらミリアムに顔を向けるとミリアムと視線が合う。 あっけにとられたような顔をするミリアムにホノカは力強くウインクを一つ送る。
「このゲームのせいでこんなにあたしらは悩んでるんだからさ、答えもきっとこのゲームにあるんだよ」
だからさ、と一拍置いてホノカはミリアムに手を差し出す。
「一緒に行こう、ミリィ。あたしだけでも、ミリィだけでもなく二人でさ」
「……」
ホノカから告げられた言葉をミリアムが理解するのに要した時間は短くはなかった。しかしその間もホノカは笑顔を浮かべながらミリアムを待つ。
「……私戦いじゃ役に立てないよ?」
「関係ないよ」
「いろいろ迷惑かけちゃうかも」
「お互い様さ」
あたしもいろいろとできないしね、とホノカは苦笑をこぼす。
「ほのちゃん……」
「なんだい?まだなんかある?」
ホノカは半眼になりミリアムに尋ねる。ミリアムは手綱を離し、両の手を胸の前で硬く握る。
「私も……ほのちゃんと一緒に探しに行きたい!私も……連れってッて!」
意を決したように発せられたミリアムの言葉にホノカは破顔する。まっすぐにホノカを見つめるミリアムの目を見返し答えを返す。
「もちろん!」
そう言ってホノカは軽く片手をあげる。ホノカの意図をいち早く察したミリアムはその手めがけて自分の手を動かす。
二人の手は軽やかな音を砂漠の空に響かせ、一拍遅れて二人の少女の笑い声が静かな旅路を彩っていく。
目的地の遺跡まで、もう間もなくである。
読んでいただきありがとうございます。
感想等お待ちしております。