Infinite Dendrogram-蒼い瞳の刀使いー 作:びーびー
その岩山は砂ばかりの風景の中に突然現れた。
赤茶けた岩肌は砂の色ばかりだった視界に新鮮な驚きを与えるが、それ以上にその岩山の大きさにホノカたちだけでなくここに訪れた者は皆一様に驚くのだ。地球で言うエアーズロックを想像してもらいたい。それと同レベルの岩山が砂漠の真ん中にあればだれであろうと驚くことだろう。
その岩山のふもとにいるホノカから見て岩山から離れること約100メートルほどの位置にぽっかりと穴が開いていた。穴の中を覗き込めばそこには明らかに人工物と思わしき通路が広がっている。
「ここ?」
「ここだよ、ほのちゃん」
ホノカたちは穴に落ちないように穴の淵から若干離れ中を覗き込む。
砂漠には似合わない金属的な光を放つ通路はホノカたちの乗ってきた馬車程度なら2台は並んで走れそうなくらい広く、そして穴上からでは見通せないほど長く伸びていた。
「聞いた話だと、この通路この辺り一帯に伸びてるみたいなの」
「そりゃ……驚きだ」
「だよね。ただ調べてみても何の施設なのか分からないんだって。資料とかも全然残されてなくて……何かを研究してた施設なんじゃないかってことくらいしかわからないみたい」
そう言いながらミリアムは馬車の荷台からザック型のアイテムボックスを取り出し背負い、頭には特注なのかずいぶん小さなヘルメットをかぶる。手早く装着確認を行い不備がないことを確認したらあらかじめ固定しておいた馬車の荷台にロープをくくりつけ穴の中に落として出発の準備を整える。その間にも馬車を引いてきたダチョウをモンスタージェムに戻したりと手慣れた様子を見せる。
砂漠の風に交じり軽やかな口笛が吹かれる。
「すごいねミリィ。まるでジョーンズ博士だ」
ホノカの言葉にミリアムは照れたようにはにかむ。
花も恥じらう乙女とは斯くあるべしというミリアムの様子にホノカは表情に出さないようにしながら胸を撫でおろす。ここまでの道中で見せたミリアムの不安はいったんは収まったようだ。もちろんこれですべてが解決したわけではないことはわかっているが自分と居ることで少しでもミリアムが前を向けるなら、そんなことを思いながらホノカも馬車の荷台から愛用の『未刀』を手に、アイテムボックスから外套を装備する。
「じゃあ……いこっか」
「うん!」
楽しそうに笑うミリアムに笑いかけホノカは軽やかに縄を伝って通路へと降り立つ。ホノカはエンブリオ、ザ・サードのスキル≪風のままに≫の効果で一種の生態レーダーのようにあたりの様子を探り、特に危険がないことを確認しミリアムに手を振る。
それを確認したミリアムは器用に縄を降り、通路に立つとヘルメットに手をやってライトを点灯させる。
「それとエコーもね」
『あいよ、嬢ちゃん』
ミリアムの言葉にホノカ以外の声が返す。ホノカは驚くことなく視線をミリアムの頭頂部付近に向け片手をあげる。
「はーい、トーイ」
『おう、お嬢。うちの嬢ちゃんをよろしくな。この娘ときたら泣き虫な癖に強がっちま「もう!変なこと言わないでよトイボックス」』
ミリアムは顔を赤らめながらかぶっているヘルメットをに手をやって押さえつけるような動作をする。ヘルメット、ミリアムのエンブリオである【トイボックス】はその扱いが不満だとばかりにべらんめえ口調で騒ぎ立てる。
ホノカとしてはこのエンブリオは話すとなかなか面白いのだが、当の本人であるミリアムはこのエンブリオを苦手としており必要な時以外は左手の紋章にしまったままになっている。
使用時は基本的にヘルメット、または工具箱のような形態で使われミリアムの調査及び機械いじりを全体的にフォローするような造りになっている。
ミリアム曰くこんなのでももうすぐ上級になりそうだとか。
「はい、じゃあお二人さんそろそろ行くよ」
自分の頭の上のヘルメットと会話をするという一見間抜けなことをしているミリアムにホノカが声をかけると赤みがかった顔をさらに赤くし俯きながらもホノカを先導するかのようにあたりを見回す。
「……ほのちゃん、こっち」
「りょーかい」
しばらくした後、ホノカはミリアムの先導に従い岩山の方にむかい歩き始めた。
ミリアムとトイボックスは似た者同士なのかひとたび仕事が始まると先ほどまでが嘘のように静かに、そして真剣に作業を進めていく。口を開けば互いへの文句しか出てこなかった先ほどと違い、エコーや画像から得られたデータに対する検討を行いながら進んでいく彼女らはまさしくプロであった。
「……ミリィ、ストップ。右の道から二匹」
そう言いながらホノカは音もなくミリアムの前に出て、言葉通り右の道から飛び出てきたネズミ型のモンスターに相対する。
先ほどから現れるのは砂漠から迷い込んだようなモンスターのみであり、モンスターのレベルも高くないためホノカは苦戦することなく二匹を斬り捨てる。
「ありがと、ほのちゃん」
「どーいたしまして」
『たいしたもんだぜ、お嬢。嬢ちゃん、お前さんも……っと、そこの壁にエコーだ』
通路に降りてからは散発的な襲撃があるのみで調査は順調に進んでいた。とはいえ現時点まででわかったことと言えば事前情報に偽りなく、施設が何のためのものか不明ということのみだった。
「そう言えばさ、ここってどうやって見つかったの?」
調査を始めてから少し経ち、位置で言えば岩山の下あたりまで来たところでホノカはヘルメットから伸びた機器を指定された壁に伸ばすミリアムの背中に声をかける。
「確か……超級のせいだったかなぁ」
『噂じゃある超級がほかの超級と喧嘩した余波だとか、一緒に狩りをした余波だとかいろいろと言われてんな』
手を止めないまま答えるミリアムの言葉にトイボックスが補足を加える。少なくとも数メートルあった砂の層を吹き飛ばし、さらに強固であろう通路の壁に穴をあけるだけの威力、とあまりの超級の力にホノカはあきれたような顔をする。
「おっかないねぇ」
『ここいらは地形まで変わったって話だかんな』
「【DIN】からの話だと着ぐるみと鼻の頭に傷がある男が肩を組んでたところが目撃されたんだって」
そう言ってミリアムは懐かしさを含んだ笑いをこぼす。
「ミリィ、知り合い?」
「え?」
「なんかそんな顔してたよ」
ホノカの言葉にミリアムは両頬に手を当て首をかしげる。顔に出やすいんだよというトイボックスの言葉をヘルメットをたたいて黙らせてミリアムは頷く。
「多分……なんだけど前に天地に行くときに護衛をお願いした人だと思う」
そう言ってミリアムは自身の鼻に人差し指を当て横に滑らす。
「ここにね、こーいう風に傷がある人なの。MJさんっていう何でも屋さん」
「MJっていうと、あの超級の?」
その名はこの世界の有名人に疎いホノカでも知っている名だった。
このカルディナという国に所属する超級はほとんどセフィロトというクランに所属しているが、その数少ない例外がMJという男だった。
「すごかったよ。でっかいモンスターが来てもパンチ一発でドカーンってやっつけてた」
目を輝かせ体全体を使ってその光景を伝えようとするミリアム。大人びた彼女には珍しい その様子にホノカは苦笑を漏らす。
「はー、さすが超級ってやつだね。でもよくそんな大物に護衛してもらえたねぇ?」
「院長先生が紹介してくれたの。一人で行こうとしたら『これでも持ってけ』って」
「まったく、あの爺は……」
超級を物扱いする診療所の院長にホノカは呆れながらも笑いをこぼす。ザンカンといったティアンの有名人だけでなくマスターの超級にまで届く広いコネを持つということに驚きを通り越して笑ってしまいつつ、つくづく自分は良い人物と出会っている、と自分の運の良さを痛感する。
「ほのちゃん?」
そしてもちろんその良い人物の一人であるミリアムの依頼をしっかりこなすべく自分に気合を入れなおす。
「なんでもないよ、ミリィ。調査を続けよっか?」
「うん!」
そのまま調査を続けること三時間ほど、大した進展もなくホノカたちはこの遺跡内で一番大きいであろう部屋まで来ていた。
「なんもないねぇ」
「うん……トーイ、解析結果はどう?」
『なーんも』
鼻血もでないぜ、とお手上げ状態のトイボックスにミリアムは顎に手を当てて考え込む。ホノカはミリアムを邪魔しないように少し離れたところで部屋を見回す。
若干の埃っぽさはあるもののそれ以外は何もない部屋にホノカはなんとなく違和感を感じる。それは彼女が考える遺跡像とここの状態が全く違っているからだった。そうここには……
「「何もなさすぎる?」」
通常先々期文明の遺跡と言うとその遺跡で作られたものの資料やその現物などアイテムやロストジョブへの転職クリスタルなどのものが残されていることが多いがこの遺跡にはそれが一切ない。まるでここで行われていたこと消し去ろうとしたものがいたかのように。
「どう思う、ミリィ?」
「確かにここって今まで見た遺跡とは少し違うかも」
『驚くほどなんもねえ。……徹底的に、病的なまでにここの存在自体を消そうとしたみてーだ』
トイボックスの言葉にミリアムは頷き、あたりを見回しポツリとこぼす。
「……怖がってるみたい」
それきりあたりを沈黙が満たす。
ミリアムたちの推測が正しければここはあの先々期文明でさえも恐れる何かを作っていた施設ということになる。もちろんその推測が正しいという確証はないのだが、遺跡でありながら何も発見できないという不気味さがその推測を肯定しているようだった。
ホノカたちはそれから言葉少なめに少し遺跡を調査したのちに野営のため馬車のもとへ戻ることとした。
今日はいったんログアウトして睡眠をとりリアルで明日昼過ぎ、デンドロ時間では2日後から一日かけてこの遺跡を調査その後帰路につく予定になっていた。
「よく考えたら移動式のセーブポイントって……貴重なんじゃないの?」
「そうみたい。この馬車はザンカンさんが貸してくれたの」
『あいつは嬢ちゃんにあめーからな。ほぼただみたいな値段だぜ』
やれやれといった声色のトイボックスに微笑みながらザンカンの貸してくれた馬車を見る。
まさに幌馬車と言った風情のものだが、その造りはしっかりしており見た目以上の耐久力を誇っている。牽引するものを手に入れないとではあるがそれを抜いてもこういったものはホノカの目には魅力的に映った。
「あたしも一台欲しーなー。砂漠を旅するのとか楽しいよね」
「ほのちゃんならザンカンさんも良いものを売ってくれると思うよ?」
ミリアムの言葉にホノカは自身の残金を確認し、肩を落とす。
「……おやじさんとはちょっと先約があるんだよ、ミリィ。ロマンってやつが!」
ミリアムはホノカと出会って何度か聞かされているその話に苦笑しながらログアウトの処理を始める。そのミリアムの様子に気づき、ホノカもまたログイン処理を始め、ミリアムに手を振る。
「じゃあ、またねほのちゃん」
「あぁ、しっかり歯磨いて寝るんだよ、ミリィ」
子供扱いしないでよ、と笑いながらログアウトするミリアムを見て、すぐにホノカもまたログアウトする。
最後に何かの駆動音が彼女の耳をかすめた。
そこは闇が大半を支配する空間だった。そこの主は無言を好むためその空間に音が発生することは少ない。
「お邪魔します」
「ム?」
突然、そこに音が生まれる。いつからそこにいたのか、その空間の主でも認識できなかったその青年、イクスは常の穏やかな笑みを浮かべながら空間の主に軽く頭を下げる。
「……このようなところへ、何用で?」
「少し、お聞きしたいことがありまして」
イクスは変わらぬ笑みで答える。
しばしの沈黙。
空間の主にはイクスの聞きたいことというのはおおよその所予想できていた。彼が気に掛けるマスターの少女が今、いる場所に【眠っていたもの】についてだろうと。
そう。今までは確かに眠っていた。しかしつい先日の超級達によりそれが目覚める間近までいき、そして運命のいたずらか少女たちが目覚めのトリガーを引いてしまった。
今はまだ暖気運転といった状態だが、それが本格的に稼働すれば確実にそれは彼の仕事の範疇に入ってくる。
「……わかることならば、お答えしよう」
空間の主、ジャバウォックは静かに語りだす。
一つの忘れられた存在の物語を。
……消し去られた存在の物語を。
読んでいただきありがとうございます。
感想等お待ちしております。
ちなみに書きだめが切れたのでここからは不定期更新になります。