Infinite Dendrogram-蒼い瞳の刀使いー 作:びーびー
始まりは唐突だった。
デンドロにログインをしたホノカはミリアムとこれからの予定について話をしていた。
どこを、どれだけ調べるのか、そんな話のさなか突如傍らの地面が爆発し、あたりに大量の砂が降り注ぐ。
「……!」
咄嗟に頭をかばいしゃがんだのが正解だった。二人の頭があった場所を何かが高速で通過していき数メートル先で着弾、爆発し新たに砂を舞い上げる。
「走るよ、ミリィ!」
「わっ……!」
いまだに事態を把握できぬまま、狙われているということだけを理解してホノカは走り出す。片手に慌てふためくミリアムの小さな手を握り、もう片方の手に黒塗りの鞘を携えて。
彼女らを襲う攻撃の精度が甘いためいまだに直撃はもらっていないが掘り返される砂を見ればそれが直撃したらただでは済まないことを示している。
なによりも、
「ほ、ほのちゃ……」
戦闘職ではないミリアムを連れたままいつまでも攻撃をかわせると考えるほどホノカも甘くはない。かといってミリアムだけを逃がし別行動している間にミリアムがほかのモンスターに襲われないとも言い切れない。もちろんミリアムもマスターである以上一定の戦闘力はあるかもしれないが、攻撃が砂を舞い上げるたびにホノカの手の中で震える小さな手を手放すことはそもそも考えの外にあった。
「っ……!」
思わず食いしばった歯からはざりっとした砂の触感を感じ思わず顔をしかめる。
状況が悪すぎた。ホノカのエンブリオのおかげで今まで彼女が敵に先手を取られることはほぼなかったが、今回はその効果範囲の遥彼方からの攻撃。完全に敵に先手を取られていた。
「あれかっ……!」
ホノカたちの移動に合わせ敵もホノカたちを追いかけてきていた。砂丘の向こう側から現れたその巨体はずんぐりとした芋虫のようだが、背部にある2門の砲身、そしてその巨体を支える動輪がそれが生物でないと主張していた。
「戦車!?」
あまりにも世界観にそぐわないその存在に思わず、ミリアムの手を握る力が強くなる。
「どっから出てきたのさ、あんなもん!」
「た、多分……遺跡……だと思……う」
「遺跡?」
息を切らせながら答えるミリアムの言葉にホノカは首を傾ける。ホノカの考える遺跡の イメージがどんどん崩れていくのを感じながらも足は止めずミリアムの手を引き続ける。敵の攻撃の精度がだんだんと上がっていくのを感じ、思わず胸中で舌打ちをする。
(このままじゃいずれやられる、つってもこれじゃ……)
一瞬。ホノカが思考したその瞬間を敵は逃さなかった。
「ミリィ!」
「ほのちゃ……!」
二人の間を狙って放たれた砲弾に対する対処の時間をその一瞬の思考が奪い去っていた。
着弾した砲弾の起こす衝撃が二人を引き離す。着弾した位置が悪かったのか砲弾はそのまま地面に穴をあけ驚き体を硬直させたミリアムを穴の底へと引きずり込んでいく。
「っちぃ……!」
続けて着弾。
まるでホノカをミリアムに近寄らせないかのように続けて打ち込まれる砲弾に舌打ちをする。着弾により地面が耕され、今やミリアムが消えた穴は完全にふさがってしまっていた。穴があった場所を見つめるホノカを襲う砲弾を後ろに跳ぶことで回避し、右手に握っていた【未刀】を左手に持ち替える。
「……」
視線の片隅でステータスのパーティー画面を確認しミリアムがまだ生きていることに安堵する。
「すぐに行くよ、ミリィ……」
次いで飛んできた砲弾を首を傾けることで躱し、ホノカは敵へ向けて近づき始める。
一歩、また一歩と進むごとに速度を上げ、やがて砂漠の上をとは思えない速度で敵とホノカを結ぶ直線を駆け抜ける。
一つ、二つと敵の砲弾を体裁きだけで躱す間にその姿は目前に迫っている。
【無限軌道 ボギーワン】
その名を視界の片隅に捉えながらホノカは疾走する。もはやボギーワンの主砲ではホノカは近すぎて狙えない位置。
あと数メートルでホノカの間合いに入る。
その瞬間ボギーワンの側面にある副砲が射線にホノカを捉える。
主砲と比べればあまりにも小さなそれは軽やかな音を立て込められた弾丸をホノカに向けて吐き出す。
「散弾……!?」
発射と同時に広がり始めるその弾丸にホノカは前へ向けていた突進力を右方向へ変更する。体がきしむのを感じながらその強靭な下半身は脊髄からの反射を忠実に実行しホノカの体を右方向に投げ出す。
「っ痛ぅ……!」
左の二の腕を抜けていく金属片の感覚を感じながら砂にまみれるのも構わず前転してダイブの衝撃を吸収するとすぐにその場を離れるようにボギーワンと距離を取る。ホノカの後を追うように発射された数発の散弾は砂地に円を描くだけでその役目を終える。
少しの距離を開けて両者は向かい合う。
ステータスを見ればHPは5分の1ほどに削られ、【出血】というバッドステータスまでついている。しかしそれ以上に大きな問題は、
(上手く、鞘が握れない……)
打ち抜かれた左腕にはうまく力が入らず、今も鞘を握るのがやっとといった状況だった。
居合という高度な技術はもちろん鞘を握る手も重要な要素として成り立っている。そんな中で左手に負傷を負うことは強大な敵と相対するにはあまりにも大きな負傷だった。
ホノカの動きを覗っているのだろうか、ボギーワンに動きはなく二人の間にはただ風が吹き抜けていくだけの静寂が横たわる。
「……ふっ」
腹腔内の空気を一息で吐き出すと、ホノカはその場で刀を抜き放つ。太陽のもとにさらされたその白刃は光を反射しながらホノカの腰のあたりに無造作に構えられる。抜き身の未刀を体の横に携え、鞘を砂地に突き刺すとかすかに左腕から痛みを感じ軽く顔をしかめるがすぐにその痛みを押し殺す。
「行くよ」
静かに告げられたその言葉に呼応するかのようにボギーワンは副砲の照準をホノカに合わせる。
それは最初とは真逆の静けさをもって始まったのだった。
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