神奈川県平崎市。
東海道本線通りし、関東圏内の地方都市である。
古式ゆかしき平崎駅舎南口に直結する、亜細亜圏最大級の『スタームラックスコーヒー・ロースタリー・ファクトリー』が先日完成した。
通称、『スタファク』。
平たく言うと、珈琲店系滞在型商業施設。
シアトル、上海に続く三番目の店らしい。
四号店が中目黒にて建設中なのだという。
大正浪漫溢れる平崎駅はそのままに、その南側の広大な操車場跡を大型喫茶店に変貌させて観光の足掛かりにしたいらしい。
某政務次官の判断と広大な敷地と根回しと外資の思惑とが、見事に合致した結果だ。
三号店を東京にしたかった勢力は悔し涙を浮かべたそうだが、政治力の差だろうな。
ちなみに平崎市公認キャラの神話っぽい服装をした『いなるなちゃん』も、その珈琲店を待ち焦がれていたという設定らしい。
古代の人物をも宣伝に使う、人間の浅ましさよ。
なんてな。
煉瓦造りの重厚な雰囲気が満ち溢れた建築物のスタファク三号店。
吹き抜け式の二階建て。
最近の訳がわからない近代建築様式にするのではなく、敢えて大正浪漫系で勝負する所存らしい。
平崎市の謳い文句は『大正浪漫にハイカラ嵐!』だから、方向性はいいだろう。
ボロかった倉庫群も外装と内装をキレイにして、戦前のレトロ風にしたそうな。
店員の一部は書生、女学生風。
気分は、『はいからさんが通る』である。
蔦野葉書店が入り、書籍文房具も買える。
滞在系大型商業施設を目指す所存だとか。
店舗面積は三〇〇〇平方メートル。
上海店が二八〇〇平方メートルだから、それよりも大きい。
シアトル店は上海店の半分の面積だそうだから、平崎市の店舗は文字通り今の時点で世界最大。
国内のスタームラックスコーヒーの店舗が平均値で七〇から九〇平方メートルなので、その数十倍の大きさになる。
初日は大混乱の極みだったらしい。
人がやたらに詰めかけ、広大な駐車場はあっという間に満杯となって程なく駅近郊の駐車場もすべて満車。
想定された枠がいい意味で裏切られたというか、想定自体が甘かったというか。
電車も大混雑で、関係機関はすべて飽和状態になってしまった。
まあ、そうなるな。
このままではヤバいと市役所やスタファクの店長から泣きつかれたマヨーネさんは、比較的融通の効くオレたちに雑用的な仕事を回した。
異界調査も毎日じゃないし、丁度小遣い稼ぎになる。
それでよかろうなのだ。
国内の黒エプロン装備系熟練店員や上級バリスタを出来得る限り店に投入したそうだが、それでも圧倒的混乱に対処しきれているとは言い難い。
オレがここで手伝うのも、無理からぬ話かもしれない。
これはアレだ。
コミケットの混雑に近い。
もしくは年末のアメ横か。
入場制限をした方がいいと助言し、それで少しは緩和された……と思う。
何故オレが金田一耕助風の扮装をしなくてはならないのかよくわからんが、年配の方々の注文を手伝ったり施設内を案内すること自体は悪くない。
アリスさんはいなるなちゃんの扮装で歩き回る役、ピクシーはその肩に止まった玩具役。
ピクシーを欲しい欲しいとのたまう子供や大きいお友達続出とか。
ハコクルマさんとマリーさんもいなるなちゃんの扮装で店内を巡回警備だ。
ショッカーの元戦闘員たちも、私服警備員や駐車場の誘導係として複数配置されている。
最初オレは裏方の筈だったが副店長の女性から妙に気に入られて表に回り、時折話しかけられる程である。
元々彼女は現場で走り回る方を好むそうだが、その分店長の胃がヤられがちとか。
平崎市としては大量雇用の機会に恵まれたと思っているかもしれないが、こういう大きなハコモノが来ると地力がじわじわ弱ってくるんだよな。
まあ、平崎市は割合住みわけが出来る方なんじゃないかな?
たぶん。
よその対立的組織の人員ぽい連中が、ちらほら見える。
彼ら彼女らも荒事対応というか、私服警備員役を割り当てられたみたいだ。
会話もするが、案外普通にやり取りする。
女性陣となんとなく仲よくなったと思う。
なるべく斬った張ったなんてやりたくないものだわい。
ショッカーのように、エステティックサロンや教育困難校経営で上手くやっている組織ばかりではない。
現金収入があるとないとでは大違いだし。
マヨーネさん曰く、吸収合併して欲しいと打診してくる組織まであるとか。
意外だったのは、後輩が金髪碧眼の美人やきれいな女性陣や中学生の女の子を連れて来店したことだ。
おお、モテモテやんか。
女の子に縁が無くてねえ、と有楽町のガード下の呑み屋で互いにぼやきあった夜を思い出す。
彼は日吉で複数の店舗経営をしたり、百貨店の顧問をしているそうな。
私は平崎市の外郭団体で働いていると説明しておく。
あながち、間違いとは言いきれないし。
今度、日吉の駅ビル内にある百貨店を訪れてみよう。
国産品を強く打ち出しているのも、このスタファク平崎店の特長だ。
新潟製魔法瓶や国内各地の陶器製マグカップ、硝子製飲料容器など。
エプロンや鞄やポーチなどの帆布製品。
文房具ではマスキングテープやノートにメモ帳、ボールペン、シャープペンシルなどなど。
以上の製品のスタファク仕様を抜かりなく用意しており、それらはかなりの勢いで売れている。
無論、平崎市の物産も専用区画で販売している徹底ぶりだ。
キタカやイコカやスイカなどによる電子決済にも完全対応。
チャージ専用端末まで複数設置されている用意周到ぶりだ。
硝子の檻に囲まれ店舗奥に鎮座するのは、大型焙煎工房。
階段と吹き抜けにより、二階から内部を覗くことも可能。
惣菜パンや昼食や甘いものなどの献立も充実しており、席は大混雑だ。
将来的にはミラノ、ニューヨーク、シカゴなどにも店を構える予定だとか。
この賑わいを見ていると、ニューヨークやシカゴや東京でも流行るだろう。
ミラノは……どうだろう?
総スカンは喰らわないだろうが、案外厳しい戦いになるかもしれない。
ウィーン同様、独自の喫茶文化があるので年配世代には受けないかも。
どうなるかはお釈迦様にもわかるまいて。
嗚呼っ! マハーヴィローシャナ!
「あの、ちょっとすみません。」
「はい、どうかされましたか?」
若い二人連れの男性たちから声をかけられた。
一人は今時珍しいパンチパーマだが穏やかな顔、もう一人はなんとなくジョニー・デップっぽいやんちゃそうな顔。
敢えて簡単に言うと、『パンチとロン毛』かな。
立川市からわざわざ来てくれたそうだが、店舗が広すぎて訳が分からなくなったそうな。
しかも大混雑の真最中。
彼らを助けるのは必然。
迷える子羊を導こうぞ。
迷える衆生を救おうぞ。
なんてな。
彼らの案内役となった。
案内役となって数分後。
オレはぞろぞろと続く客を率いて、店舗内売場の説明役と化していた。
何故、こうなった?
混雑は少しずつ解消してきているようだが、油断はならない。
ひたすら恐縮する男性二名に加え、ご年配系の方々や初心者ぽい人々になるべく分かりやすく聞こえるように説明してゆく。
日吉の聖エルミン高校の子や、山梨の八十稲庭(やそいなにわ)市から来た八十高の子たちもけっこういる。
地元の華澄高校の子たちもちらほら見かけた。『カス高』と呼ばれるそうだが、あまりそうした言い方はよくないように思われる。
あの八十高の制服を着た女の子は、妖艶な感じさえする美少女だな。
彼氏がデレデレだ。
他の連れ添いらしい女の子たちが、呆れた顔で少年を見つめている。
青春を謳歌しているな、羨ましい位に。
混沌としてきたが、まあ、こういう珈琲屋があってもいいんじゃないかなかな?
なんだかツアコンみたいになってきた。
年配の方々にも喜んでいただいているみたいで、それは嬉しいことだ。
丁度よい頃合いで、店の従業員が気を利かせて珈琲の試飲や新作ケーキを配布したのも良かった。
副店長の采配だろう。
男性二名は他の方々から、飲みねえ食いねえこれをあげますと限りのない善意を振る舞われている。
まるで、救世主が……いやいや、そんな筈はなかとです。
後光が見えるようにも思えるのだが、気のせいだろうか?
まるで、清浄なる気配が満ちてきているようにも見えた。
何故か、仲魔の面々がこちらに近づいてこようとしない。
どったんばったんな大騒ぎも終わり、連れ歩いていた人たちも三々五々散ってゆく。
なんだかありがたい感じさえ覚える男性二人からは、食パンと葡萄酒と乳粥とTシャツとがみっしり詰まった紙袋を手渡された。
一体、どこに持っていたのだろう?
……まっ、いっか。
閉店時間になった。
さあ、帰ろう。
食パンはもっちもちでおいしくて、葡萄酒は呑みやすくて豊潤な香りに満ち、乳粥はコクがあり、Tシャツは匠の業を感じる印刷ぶりだった。
なんだかとても貴いモノをいただいた気がする。
案内をしていた時は一切近づこうとしてこなかった仲魔たちやマリーさんが、何故だかオレを呆れたような顔で見つめていた。
解せぬ。