「ところで博士、このエモニカスーツって開発費用は幾らくらい掛かっているんですか?」
「えーと、概算で五億……やったかな?」
「はあ? 高っ!」
「そのB級特撮っぽいヘルメットがおおよそ三億、服とか機能とかデジタル機器とかあれこれで大体二億。しかも、現在進行形で金がどんどん吹き飛んどる。」
「ひええ。」
「米軍が光学迷彩付けろゆうとるけど、そないなん付けたら……まあ、けっこうな額になるやろなあ。キャプテン・フューチャー好きなんか、それとも攻殻機動隊が好きなんか。京レがどうのゆうとったから、後者やろなあ。外付けのポンチョにしよか思うたら、それじゃアカン言われたし、ホンマ、ワヤや。」
「まさに金食い虫ですね。」
「一応、米軍装備には反映しとんやで。素材とか、電子機器類とか。そうでなかったら、とっくに研究開発が中止になっとるわ。」
「それもそうですね。ところで、この『VⅢ』ってなんですか?」
「ん? ああ、それはヴァージョンⅢって意味や。今度、携帯型打上式探査ドローンのホッパーを装備予定しとる。」
「へえ、どんどん進化するんですね。」
「まあ、まだまだ開発研究の余地が多いなあ。そのホッパーの制御も出来る高機能OSを今開発しとるから、今度試してみよか。」
「はい、喜んで。」
まるで雲を敷き詰めたような光の溢れる空間。
そこで翼あるモノたちの集会が行われていた。
一見清廉に見せかけているモノたちの集まり。
無数の輝くモノたちが雁首揃えての、報告会。
最下級の階位しか持たぬ、目隠しと最低限の革紐しか身にまとっていないモノの報告を上位と思えるモノたちは内心身震いしながら聞いていた。
報告者曰く。
女性の姿をした者で彼の者に好意を向けない者はいないだろう。
彼の者と一旦交わってしまったら、逃げ出すことは無理だろう。
彼の者に請い願われたら、おそらくは永遠の忠誠を誓うだろう。
うっとりした表情で、彼の者を賛嘆称賛する報告者。
苦々しく見つめる参加者たち。
険しい表情で見つめる者たち。
剣呑な視線すらも、微笑みつつ見つめ返すは報告者。
『あの方』以外を褒め称えるとは何事かと詰問すべきとも思われたが、それを口にしたらなにが起きるか誰にも予想が付かなかった。
負けはしないだろうが、さりとて無傷ではいられない。
彼女は既に、周囲の天使群では抑えきれない程の力を有している。
どうやら、『天使殺し』の力さえ備えているようにも思えた。
あの胡散臭いペ天使ならばなんとかするかも知れないし、メタトロン辺りが本気を出せば直に制圧可能だろう。
だが、この場を惨劇の舞台に変える訳にはいかない。
マーラが暗躍し、他の魔王たちもなにやら画策している状況。
そんな現状で、おびただしい被害を出す訳にはいかなかった。
今は戦力を増強し、充実させる時期故に。
メシア教にも根本的な梃子入れが必要だ。
菩薩のような笑みを浮かべながら、いつの間にか強力になりつつある彼女に脅威すら感じ始める参加者たち。
単なる婢(はしため)のような、使い走りくらいの価値しかなかった報告者。
使い捨てにされるか、合体材料にされるだろうと見越していた雑用系下っ端。
現在は、別物になっている。
一礼して去ってゆく報告者。
弛緩する空気。
それは本来、あってはならないものだ。
最下級の存在に上位のモノが脅かされるなど、そんなことがあってはならない。
だが、見栄や虚飾にこだわっていたら、大義が叶わぬ。
雌伏の時を耐えるのも大切だ。
報告者に対しては様子見派と滅殺派とに意見が別れ、取り敢えずは様子見にしようということになった。
末端とは言え、戦闘員の命を粗末にする組織が完全な勝利者になることは難しいだろう。
一時的に勝てるかもしれないが、その優勢的な立ち位置を維持するのは困難と思われる。
末端構成員たちの錬度と士気の高さが、組織の強さに直結するのだから。
罰ばかり戦闘員に与える組織に栄光は訪れない。
困難に遭っても意思の強さを示せる戦闘員たちこそが、組織の強み。
人は城、人は石垣、人は堀。
情けは味方、仇は敵なり。
故に、戦闘員たちが疲弊し傷付いた時にはその傍に彼らを癒し回復させる存在が必要だ。
水薬であれ、衛生兵であれ、坊主であれ、なんであれ。
「回復呪文とか治癒呪文とかって、一体なんやろなあ?」
真剣な面持ちでスリル博士が言った。
ここは神奈川県平崎市郊外にある北山大学の、スリル博士研究室。
「確かに謎めいた部分はありますね。」
「どうやって傷口を塞いだり失われた体力を回復させるかが問題や。」
「あれじゃないですか、生命力を活性化するとか、プラーナとかチャクラを回すとかなんとか。」
「それを理論的に説明出来んから、別方面から考察するしかないんや。」
「わかった、細胞の回復力を活性化させて傷を治すんですよ。」
「異常増殖するのはガン細胞や。そんなモンを回復呪文や治癒呪文を掛けられる度に増やしとってみい。間違いなく早死にするで。そんなやり方だと仮定したら、老化も早いんちゃうか?」
「うーん、では、時間の限定的な巻き戻しとか?」
「時間魔法の可能性はあるけど、あれはタイムパラドックスの矛盾が発生しやすいし、そないに高度な理論は科学的に現実化されとらんなあ。回復呪文や治癒呪文を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も掛けられた者は寿命を極端に縮めることになってもうて、結果早死にするんちゃうか?」
「うーん。」
「サトミタカシで売っとるマッスルドリンコは、たまに痺れとかの副作用が発生するしな。」
「あれって、成分的にはどうなんですか?」
「その辺なーんも書いとらんから、あんまし飲まん方がええかもしれんなあ。」
「他のサマナーの方々は普通に飲んでいるみたいですがね。」
「気にし過ぎかもしれんけどな、四〇手前でぱったり倒れるのもアレかと思うわ。」
「今回試飲する品はどんなものなんですか?」
「よう聞いてくれた。これや。」
博士が机の上に何本もの硝子瓶を並べる。
「生体マグネタイトとナノマシンを溶かした飲料水や。万能細胞めいたナニカが体を治癒するゆう寸法やね。損傷した部位を復元し、本来の回復力を補佐する働きかけで体への負担を減らすようにしてみた。これでたぶん寿命もそないに減らんやろ。おそらくな。右から広島産蜜柑使用の果汁水味、青森産林檎使用の果汁水味、国産蜂蜜檸檬果汁水味、十勝小豆使用のお汁粉味、かぼちゃポタージュ味、●ータレード味、沖縄名物ルートビア味、大阪名物ミックスジュース味、もひとつ大阪名物冷やし飴味。どれがよかったか、後で教えてな。」
「どれくらい効くんですか?」
「それをこれからキミの体で試すんや。」
「うわあ。」
「大丈夫。成分的に問題はないさかい。」
「ほんまですか?」
「大丈夫、大丈夫。」
帰り道。
フィアット・ムルティプラの調子が今一つだったので道端に止め、降車して内燃機関室の蓋を開ける。
指南書を読みながら、それぞれの部品を確認していった。
室内からは煙も出ていないし、焼き切れている様子も無い。
はてさて、素人のおいにはなにがなんやらちょっとも知りもさん。
「あの、可愛い車ですね。」
顔を上げると、多分中学生だろうか。
オレは六人の女学生に囲まれていた。
皆、けっこう可愛い。
体にぴったりしていて、水着みたいに露出の多い衣装にどぎまぎする。
おじさん、こまっちゃいます。
なんだか、若さほとばしるエロチックささえ感じる。
今時の陸上部は、こんな感じなのか。
誰だ、こんなにエロい服装を推進したのは?
オレが世の流れに疎いだけか?
この子たちはなんとも思っていないようにさえ見える。
これが若さか。
妙に人懐っこい少女たちに戸惑いながら、相手をする。
何故この子たちはオレにぎゅっと密着するのだろうか?
止めなさい、おじさんはそういうのに免疫が無いんだ。
何故この子たちはオレのことを知りたがるのだろうか?
……まさか、御立派様の権能の効果が拡大している?
い、いやいやまさか、そんな筈は……ないよな?
彼女たちはぶんぶん手を振りつつ、走り去っていった。
振り向くと、アリスさんが至近距離にいる。
おうふ。
「やや子を作るには、あの子たちは少し幼い感じね。」
「あら、あの体つきならもう充分子を産めますわよ。」
エンジェルが慈愛たっぷりな感じで微笑みながら言う。
あのな……。
「なに言ってんですか、貴女たち。そんなことをしたら、オレは即時に社会的抹殺を喰らいます。それに、中学生の女の子に興奮する男なんて少ないでしょう。」
「大丈夫、サマナーならどんな状況でも切り抜けられるよ。先鋒は任しとけ。」
「ハコクルマさんからの信頼が斜め上の方向で、嬉しいけどなんか違う。」
「大丈夫だよー、サマナー。」
「ほう、聞きましょうか、ピクシーさん。」
「御立派様にお願いして、日本国政府に特例法を施行してもらうようにしたら何人でも奥さんを持てるよー。中学生でも大丈夫にしてもらおう。これでサマナーもハレムを合法的に作れるね!」
「悪魔たちに、人間社会の常識は通用しなかった。」
「じゃあ、子供が出来たら月々のお手当てと認知をすればいいんじゃないかなー。未成年者の場合は土下座しまくって、ご両親や親族一同に罵倒されまくって、孫を見せたら少し対応がやわらかくなってさ。」
「話が妙に生々しくなってくるから、そういうのはやめてください。お願いします。」
結局、カロッツェリア丸瀬に連絡して診てもらうことになった。
おやっさんの乗るイタリアンレッドのスポーツカーが、颯爽とやって来る。
電装系に少々問題があったらしい。
彼はカチャカチャといじって、あっという間に直してしまった。
マンマ・ミーア!
おやっさんの腕前に感嘆する。
「これで当面は大丈夫の筈だ。まあ、近いうちに店に来な。一度ばらしてみたいしよ。」
「わかりました。」
全員が寿司を食べたいと言い出したので、寿司兼正へ行くことにする。
兵吉さんの店だ。
気っぷのいい梅さんと二人でやっている店で、何故か『心技鯛』と書かれた額が飾られている。
『エキストラクター』という、最近売り出し中の楽団を率いる栄吉君の実家でもある料理店だ。
車は走る。
さて、なんのネタを食べようかな。
青魚から始めて、アラの煮付けを頼んで、玉子焼きを頼んで、それから……。
マニトゥ平崎にて。
「マヨーネさん、机の上にある五つの硝子瓶ですが、その中には一体なにが入っているんですか?」
「火薬です。」
「はい?」
「左から、イタリア軍、ドイツ軍、フランス軍、英国軍、ロシア軍が試験的に作った新型火薬ですわ。現在、その調合比率や薬品を分析している最中ですの。」
「え、ええっ?」
「なーんてね。」
「はひっ?」
「単なる調味料ですわ。単なる。香辛料の配合比率を調べているのは事実ですが。」
「研究熱心なんですね。」
「ええ、とても。」