あくいろ!   作:輪音

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キルケネスの森

 

 

僕は誰かにこの話をした覚えがない。

いや、より正確に言うなれば、その話をする機会に恵まれなかったと言った方が正しいかもしれない。

 

 

 

僕はある日、平崎市内を歩いていたらすこぶる美人に誘われた。

やれやれ。

僕は魅惑的な女性とまた関係を持ってしまうのか。

……ちごうた。

悪魔召喚師にならないかとの誘いだった。

ファントムソサエティという組織らしい。

オーケー、いいだろう、得体の知れないところもあるが、僕はその仕事に就くことにした。

ぶっちゃけ、金が必要だったからだ。

今の日本は不景気でじわりじわりと貧困層が増加傾向にあるし、労多くして益少なしなんて仕事がざらだからな。

そんなのは、真っ平御免こうむるな。

僕の至高にして究極の妻がテレビ画面で殆ど活躍出来なくなった驚愕を、なるたけ早く忘れ去りたいという思惑が茨のように僕に絡んでいたからでもある。

僕の妻は皆に微笑みを向ける。

彼女はまさに僕の女神転生だ。

今現在、テレビジョンで賑やかに報道されている不倫だの三股だの四股だのといったいささかの醜聞と彼女とは無関係だ。

流出動画や画像なんて、あんなものは嘘っぱちに過ぎない。

僕の至高にして究極の妻が、そんなことをする筈など無い。

絶対に無い。

あれらの報道はすべて出鱈目だ。

彼女が枕営業するなんてことをする訳ないだろう!

あれはまやかし物だっ!

嘘だっ!

……熱くなり過ぎた。

僕は、クールダウンしなくてはならない。

凍える程に冷えたドクターペッパーを飲んで、気持ちを落ち着かせる。

彼女を愛して、信じ抜こう。

それが僕に出来るすべてだ。

だから、僕は彼女と別れているとも言えるし別れていないとも言える。

今は、この酷くつらい悲しみを敵対的組織へと思いっきりぶつけよう。

 

 

ショッカーが強力無比な怪人を作ることについて、僕はなんら興味を持っていないし、なにかを言う権利も有していない。

勝手に戦闘員を増やせばいいし、女の子の戦闘員を増やすことだって自由にすればいい。

自由を求めて逃亡した改造人間を追いかけてもいいし、私的制裁を与えることだって勝手にすればいい。

可愛くて僕の恋人になってくれる女の子の戦闘員をくれるなら、それは悪くない選択だ。

美人でなくても魅力的な顔立ちならば、それでもいい。

出来たものを横からかっさらう。

これが、一番効率的なやり方だ。

後々を考えないならこれがいい。

 

 

悪魔とはなんだろう?

よくわからないな。

手元には召喚器がある。

これは使ってもいいし、使わなくてもいい。

だが、これを使った時、あくまでも僕の考えだが、人間存在を単純化し悪魔の存在を明確化する働きをなにかしら得られるために必要な寓話性の顕在化を示せるのだと考えられる。

僕にとっては、女の子たちと寝るのも悪魔たちと寝るのも大したことではないと考えられる。

 

 

そんなこんな、ドタバタしたある日。

昼前になり、僕は酷く腹を空かせていることに気づいた。

ペンネを茹でよう。

料理というものは、実は一九世紀からさほど進化していない。

少なくとも、旨い料理に関してはだが。

そうでないものも散見されてはいるが。

素材となる原料は、大いに変わっているのかもしれないがね。

或いは、そうではないのかもしれない。

少し辛めのアラビアータを作り、肉じゃがときんぴらごぼうと佃煮を添え、僕はわしわしとそれらを食べた。

 

 

あの悪魔は僕を食べたいようにも思える。

出会いは夜のハイウェイジャンクション。

若い娘のようにも見えたし、そうでないのかもしれない。

しかし、僕は食べられてもかまわないと考えてさえいる。

僕を食べたいのかい? と聞いたら真っ赤な顔をされた。

それからは、彼女はいつも僕の傍にいる。

昼も夜も頼りになる相棒だ。

 

 

悪魔が現れた。

これはあくまでも僕の考えだが、それは天使のようにも見えたし、堕天使のようにも見えた。

オーケー、認めよう、奴は堕天使だ。

不確定名が確定名に変わった瞬間に、それは顕在化したように思われなくもなかった。

或いはそうかもしれない。

僕はレンブラントのような暗く赤い炎で、奴を焼き尽くした。

羽が幾つも宙空を舞い、無惨に溶け落ちるか焼けてしまった。

落ちた羽を拾うと、それは思った以上に軽くもろく、しゅわしゅわと真夏のかき氷のように溶けて消えた。

 

僕は酷く虚しい気持ちになった。

星陵菱井でハムとレタスとチーズと角食を買い、アパルトメントに戻った。

角食をスイッツァランド製のビクトリノックスのパン用包丁で薄く薄く斬り刻み、其処にカラシバターをたっぷり塗る。

そしてパンに具材を挟んでサンドウィッチをしこたま作り、二〇年もののアイリッシュウヰスキーと低温殺菌処理された牛乳でそれらを流し込んだ。

 

例え悪魔が何者だろうと、好むと好まざるとにかかわらず、僕は彼らと付き合わなくてはならない。

独自性溢れる確固たる価値観を持つことが許されにくい日本社会で、苛烈な同調圧力に常にさらされ続けるのと同様に。

緩やかに崩壊しやがて暴動に至るかもしれないセカイと、日々付き合わざるを得ないように。

 

そして僕は、名も知らない女の子の戦闘員と寝た。

彼女は、ショッカーとの戦いで得た『戦利品』だ。

人形のようにベッドに身を横たえ、その子は硝子玉のような瞳で僕を見詰めた。

彼女は僕に抱かれながらも、一切声を発しなかった。

まるで人形だ。

彼女は欲情している証拠を、体の各所で示していた。

だが、それだけだ。

それは生理的反応。

体が状況に順応しているだけのことだ。

愛の一切介在しない交歓など、とてつもなく虚しい。

肉欲だけに囚われたセックスの、なにが楽しいのか。

僕は、自分自身がどこにもいないような気持ちにさえなってしまった。

だが、何故か興奮してしまう。

この気持ちは一体なんなのだ?

実に不思議だとさえ言えよう。

風の吹く音を聞きながら、僕は彼女と三度性交した。

やがてなにかが聴こえてくる。

彼女の発する不協和音を聴きながら、ハッスルした。

 

僕は、本当の意味で悪魔たちと心が通い合っているかどうかがわからない。

悪魔について僕は語り尽くすことが出来ないし、或いは世界中の誰にもそんなことは出来ないのかもしれない。

悪魔は突然目の前に現れて、いきなり僕の仲魔になった。

まるで、夏の夕立みたいに。

僕は、未だにその奇妙な事実を上手く飲み込めていない。

 

悪魔はいつも、僕になにかを要求する。

それはまるで、家族や恋人が僕になにかを求めるように。

君は僕の恋人なのか、と悪魔に聞いたことがある。

悪魔は何故かあたふたとして、手をぶんぶん振り回しながらそんな筈無いだろうと大きな声で叫んだ。

それは、夜に僕と一緒にいる時にたまさか発する声の大きさに似ていた。

彼女と僕の夜にはきっと愛がある。

それはとてもとても嬉しいことだ。

 

 

完璧な悪魔というものは存在しない。

完全な神など存在しないのと同様に。

 

 

例えば、僕が両腕に恋人たちを抱えていたとしよう。

或いは、背後と前方からも抱き締められているかもしれないが。

彼女たちの背丈や顔の造形などは、他者からするとなんら興味を示せるものではないだろう。

だが、僕にとっては違う。

僕にとって彼女たちは僕の精神的な一部であり、肉体的な接触を行うことさえある存在だ。

彼女たちは僕が死ぬまでの人生の一部でもある。

つまり、僕にとって女の子の戦闘員たちや仲魔の女の子たちを抱き締めているまたは抱き締められているという構造は、少なくとも僕以外の他者に比べて重要なことだと思わざるを得ないのだ。

では、彼女たち自身にとってはどうか?

彼女たちだって僕以外の他者であることに変わりはないし、明らかにその事実に対してなんらかの感情を有しているように感じられる。

それはあくまでも僕の主観的観点によるものだと指摘されたら、それはそうなのかもしれないけれども。

 

僕は彼女たちを愛しているのか?

よくわからないな。

愛しているとも言いきれないし、愛していないとも言いきれない。

何故だろう?

僕にはそれが何故だか原因がわからないし、思い出せないなにかがあるのかもしれない。

たぶん、僕は彼女たちのことをまだよく理解出来ていないのだと思う。

 

僕はニコラシカを飲み終えると、彼女たちと激しく交わった。

 

翌朝僕は女の子たちから変態とさげすまれたが、それを敢えて肯定も否定もしなかった。

彼女たちだって僕に噛みついたりいろいろしてきたのだが、女の子たちがそうしたことを反省することはない。

それが女の子と僕との感覚に起因することは明白だったから、僕は沈黙を選んだ。

ただ、それだけのことだ。

 

バリアー。

それはひとつの呼び方であるが、確かに僕の中にもそうした存在が観念的に存在することを感じる時さえある。

あるモノは去っていったし、あるモノは砕け散って塵と化し、そしてまた別のあるモノは死んだ。

生き残った奴なんて、誰もいやしない。

僕は彼らになにかを与えることが出来なかった。

いつもなにかが欠けている。

だが、僕がそれを掴み取ることは出来ない。

僕が僕自身を捕まえられないように、観念上のてふてふはひらりひらりと僕の手を逃れて深い深い僕の底へと軽やかに消えてゆくのだ。

 

僕は北海道の七重町産のななつぼしをしっかり研いで、水にうるかした。

日立製作所製の炊飯器でご飯を炊き、溶いた卵をかけてわしわし食べる。

旨い。

素材のよさが滲み出していた。

函館ビールを硝子の器に注ぎ、んぐんぐと口の中へと運び込む。

じわりじわりと拡がるは麦畑。

アルコールの波が寄せては返す白波の、麦畑に囁く風のように。

釧路から取り寄せた鰈(かれい)を刺し身にしてもらって食べたが、身がしっかりして脂が乗っていてなんとも旨かった。

炙ったアジの干物や胡瓜や大根の漬け物と共に、それらすべてをおいしくいただいた。

 

可愛い女の子の戦闘員たちや悪魔たちは、殺すべきじゃないと思う。

どうしてだかわからないけど、彼女たちを殺してしまったら、僕らは大きな代償を払わなくてはならないんだ。

 

 

 

不意に僕は大きな喪失感に包まれた。

悲しくて悲しくてたまらなくなった。

僕は中古のフォルクスワーゲンのミニバスに乗ってひたすら北へ向かい、青函連絡船に乗って函館へ着いた。

そして誰もいない海沿いの海岸で、一夜を過ごした。

翌朝、ファントムソサエティの美人中間管理職からいささかなりと怒られた。

致し方ない、土産品のひとつはマルセイバターサンドにしようか。

函館市内にある三つの百貨店を回れば、欲しいものは揃うだろう。

やれやれ。

 

 

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