現実世界で、自分自身を悪役と考える人間はあまりいないだろう。
だが、他者を苛めることが日常茶飯事的な人間はどこにでもいるし、彼らは自らそれを認めないまま小悪党或いは外道の暗い道をひたすら歩くのだ。
そうした連中は悪の概念を主軸にしていないから、行動指針に悪党としての美学や自覚は無い。
複数で一人をなぶる様は、まるで悪の秘密結社の戦闘員が一般人をなぶっているかの如く見える。
学生時代にそうした愉悦を覚えたろくでなしどもが、社会人になってからそれを手放すだろうか?
いや、無い。
また、何故かそいつらは偏った正義を持ち出すからややこしいことになる。
正義になりたがる者は多いが、そうしたなりたがりが行うのは遠距離攻撃が大半。
相手が反撃出来ないところから狙い撃ちするのがお約束。
正義を騙りし面々による、無慈悲な包囲殲滅戦が基本戦略だ。
与えられた情報の真偽を脳内審議しないままに。
思考停止を恥じぬままに。
マスメディアは美人記者を用意し、政治屋連中のご機嫌取りに四苦八苦する。
ねじれた正義。
もはや、彼らに倫理は無い。
醜い。
あまりにも醜い。
報道の自由が聞いて呆れる。
報道の正義はどこにあるのやら。
セクシャル・ハラスメントは当たり前。
一貫性無き報道関係者たちは当たり前。
汚い癒着が当たり前とされ、非道非情の男ピューリッツァーの名を冠した賞が称えられ、腐敗した仕事に従事する者たちは充実感さえ覚えながら自らを正義と誤認し続ける。
新聞やラジオやテレビや雑誌では真顔で嘘をつく連中が、さも真実であるかのように今日も出鱈目を垂れ流す。
正々堂々の真っ向勝負なんてものからは、果てしなく程遠い。
現実生活に於ける『正義』はいびつなモノが多い。
故に、我々は『正義の味方』を画面の向こう側に求めるのかもしれない。
けして触れ得ない、その存在に。
会うことの出来ない、勇者たち。
アイドルよりも遠き、偶像たち。
魅力溢れる美しき悪役たちを容赦なく駆逐しゆく、汚れなき正義の戦士たちに。
悪の組織の者たちが流す涙など知ったことかと、徹底的に壊してゆく十字軍に。
異教徒は今日も明日も責められる。
マヨーネさんを訪ねてマニトゥ平崎へ行くと、イタリアンでオサレな事務所には先客がいた。
銀髪美人と七名の男女が室内にいる。
黒いスーツに黒眼鏡の人たちもいた。
美形集団か。
全員、とても強そうだ。
銀髪美人がオレの方へと首を曲げた。
彼女はオレを見て、にこりと微笑む。
邪気の無い感じ。
初対面としては好感触ってとこかな。
自己紹介する。
「お会い出来て光栄ですわ。私は『ルーンマスカー』のアハメスです。貴方のことは以前よりマヨーネから聞かされて、お会いするのを楽しみにしていましたの。」
やさしい声音(こわね)。
ちょっと狐っぽい感じの人だな。
七名の男女も紹介してもらった。
「彼らは私の腹心で、大変信頼の置ける皇羅(すめら)七将です。右から、キサラ、ツェラー、タロン、狂戦士シルファ、レー・ネフェル、天狼星キルトス、那由羅。どうぞお見知りおきを。」
レー・ネフェルさんっていう美人からは散々においを嗅がれ、褐色肌の那由羅ちゃんという可愛い子からはぺたぺた体を触られた。
他の人たちはオレをじっと見つめている。
やだこの人たちこわい。
すいっと近づいてきたアハメスさんが、オレの顎を撫でる。
「ふふふ、悪くないですわね。」
「え? あの、ええと?」
「あのサー・カウラーの跳梁跋扈に対抗するには、丁度よいお方です。」
「サー・カウラー?」
「ええ、あやつは現在、中田なにがしと名乗って活動しておりますの。」
「はあ。」
「あの冷酷酷薄な謀略家は、ジャズダンスの教室や料理店で諜報活動しているようです。まあ、今日はあの男のことを忘れましょう。……そうですわ、あなた、『星の穴』でお茶でも一緒に飲みましょう。あなたとならば、素敵な時間が過ごせそうですわ。」
「ええと、こんなむさ苦しいおっさんと貴女のように美しい方とでは釣り合いが取れませんよ。」
「ふふふ、このアハメス、男を見る目に間違いは無いと自負しています。」
何時の間にやら、恋人繋ぎで指を絡めてしなだれかかるアハメスさん。
周囲からの殺気がおそろしい。
我が仲魔たちが無言でいるのもおそろしい。
なにか言ってよ、バーニー。
そういう訳で、ぞろぞろと出かけることになった。
仲魔たちはみんな面白がっている様子だけど、くっつくアハメスさんやリー・ネフェルさんや那由羅ちゃんを見て他の男性陣がおっとろしい表情でこちらを見ている。
平崎公園へ入ったところで、揃いのぴかぴかな強化服っぽい姿の人たち二〇人に取り囲まれた。
五人組の四個集団。
混成部隊って感じ。
顔は仮面で覆われていて、その表情は窺えない。
なんだろう、この人たちは?
代表らしい、赤い人が叫ぶ。
「クイーン・アハメス! 平和な地球を脅かすお前たちを許す訳にはいかない!」
そして、ビシッとこちらを指差す。
……え?
地球って平和なの?
「悪は、我らの手によって倒されなくてはならない! 必ずだ!」
「ねー、ねー、ピンク。あの人、どう?」
「レー・ネフェル! どうして、お前がクイーン・アハメスと一緒にいるのだ?」
「そうね、けっこういい感じかな。」
「那由羅……鉄拳の那由羅か! 若いが、鬼族でも相当使うと聞くぞ! 強化服を砕かれないように注意しろ!」
「そっちのピンクはどう思う?」
「狂戦士シルファか。なんとも厄介な奴までいる。あいつの熱線銃に気をつけろ! 強化服を当たり前のように貫通するかもしれないからな!」
「後でお茶に誘ってみようかと思うんだけど。」
「キサラ、ツェラー、タロン。古参の三人衆揃い踏みだな。相手に取って不足無し! 我が剛力を知らしめてくれようぞ!」
「じゃあ、口上が終わったら声かけするね。」
「天狼星キリトス。二身合体して得たというその力、俺に見せてみろ!」
「よし、いいわね! やるわよ!」
「「「「「「おうっ!」」」」」」
戦闘形態に変化してゆく、アハメスさんと愉快な仲間たち。
「ふん、こやつら、我らに勝とうなどと一〇〇〇年早いわ。」
「先鋒は、不肖このレー・ネフェルが承ります。」
「先駆けは戦士の誉れ! この狂戦士シルファがその役、もらい受ける!」
「あ、あの、皆さん、喧嘩はよくないですよ。その、喧嘩したら、下手をすると怪我するんですよ。」
「あら、喧嘩したら怪我したり死んだりするのは当たり前じゃない。」
ヒーローショー真っ青の喧嘩が始まった。
アリスさんたちが咄嗟に周囲へ結界を張って異界化してくれたので、取り敢えずはほっとした。
ビームっぽいものがばんばん飛び交う。
どっかんどっかん爆発音が響いてゆく。
大興奮しているピクシーが、ぴょんぴょん跳ねながら耳元で話しかけてきた。
「これが、マクー空間よ!」
「マクー空間?」
「そうよ。現実空間とちょーっと違う世界で、四輪駆動車を操る装甲服刑事やアニータな助手がばんばんと鉄砲を撃ちまくるの!」
「はあ。」
「もう、サマナーはノリが悪いわねえ。」
「あ、あの!」
「はい?」
いつの間にか、隣に桃色桃色した服を着た女の子がいる。
「この後、私たちと一緒にお茶でも如何ですか?」
「すみません、これからアハメスさんたちとお茶を飲む予定です。お気持ちはとてもありがたいのですが……。」
「あの雌狐……じゃ、じゃあ、夕食は如何ですか? おいしいイタリア料理店を知っているんですよ。」
「え、ええと……。」
「なにを色気づいているの、この小娘は! 先約はこちらよ! その方の手を離しなさい!」
銀髪美人がこちらへ突進してくる。
「あの、アハメスさん、あまりご無体なことはしないでください。」
「そ、そうですわね。」
「あの、皆さんも、そろそろ手打ちになされては如何でしょうか?」
「あ!? おっさんは引っ込んでろ!」
「なんてこと言うの、そこのレッド!」
「え?」
「そうよ、童貞の癖に酷いわ、童貞!」
「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわい!」
「は? なに言ってんだ、お前たち?」
「やーめた、あの人が怪我したらやだしね。」
「へ?」
「そうねえ、手打ちにしましょ、手打ちに。」
「お、おい、お前ら!」
戦隊っぽい人たちの黄色い人や桃色の人などがこっちへ来た。
レー・ネフェルさんや那由羅さんらもこちらへとやって来る。
呆然とする、双方の男性陣。
まあ、そうなるよなあ。
オレを取り囲む女性が増え、その外周の男性たちからの殺気がどんどん激しくなってくる。
全員日常形態に移行し、結界を解いて現実世界へ戻った。
『星の穴』には無事辿り着けたが、人数が多すぎて入りきれなかった。
男なんて別の店でいいでしょ、と女性陣があっさり言い放ったものだから赤い男性陣が怒りまくり青い男性陣がまあまあと宥めている。
緑とか黒とかの男性陣は、どっちでもいいや的な雰囲気を醸し出していた。
致し方なく、サイテリヤに向かう。
あそこには後輩の中田君がいるし、融通が効くだろう。
団体客として入店し、いつの間にか店長になっていた渋い声の後輩に冷やかされ、トマトのカプレーゼやら鹿肉と猪肉のハンバーグやら鴨肉のローストやら娼婦風スパゲッティやらを周囲の女性陣からアーンされた。
初対面の女性からこんなことをされるなんて、夢にも思わなかった。
逃げ出す隙間さえ無い。
カプチーノを飲みつつ、ティラミスやらイタリアンプディングやらバレンシアオレンジのジェラードやらシチリアレモンのソルベなどを口に突っ込まれる。
食べ終わってようやく開放されるかと思いきや、今度はカラオケ大会に移行するのだった。
知らないヒーロー物の歌を熱唱する面々。
それはいつの間にか紅白戦に変わり、オレとピクシーとマリーさんが審査員にさせられる。
アリスさんとハコクルマさんはアハメスさん側に付いた。
これ、戦隊っぽい人たちにとっても不利な判定になるんじゃないかな?
蓋を開けてみると双方かなり歌が上手く、純粋に採点しようと決めた。
激戦の末に戦隊っぽい人たちが僅差で勝利し、彼らは滅茶苦茶喜び勇んで帰宅の途についた。
アハメスさん側はかなり悔しがっている。
それはなんだか、とても微笑ましい風景。
悲しい闘いは無い方がいい。
そう思った。
さてさて、我々も帰ろうか。
……あれ?
がっしり、掴まえられている?
「夜はこれからですよ、あなた。」
銀髪美人が、ふふふと笑った。