あくいろ!   作:輪音

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菜々子ちゃん

 

 

 

菜々子ちゃんは神奈川県平崎市に住む、七歳の女の子です。

お父さんの名前は遠島遼太郎さん。

悪の人々を懲らしめ正義のために日夜奔走する、恰好いい刑事です。

菜々子ちゃんはそんなお父さんが大好きです。

 

菜々子ちゃんとお父さんがお話出来るのは、大抵朝だけです。

菜々子ちゃんが寝た後に帰ってきて、菜々子ちゃんが起きる前に出かけてしまうこともよくあります。

休みの日、お父さんは大体寝ています。

たまにはどこかに行きたいな、と思うのですが、菜々子ちゃんは我慢しています。

お父さんが頑張っているから、みんなが安心して暮らせると知っているからです。

 

そんないつも日夜奮闘しているお父さんのために、菜々子ちゃんは朝ごはんをしっかり作り、愛情たっぷりのお弁当を持たせます。

朝食の基本は、パンと味噌汁と低温殺菌牛乳とサラダかなにか一品が付きます。

朝食べるパンは、六時から開いている近所のパン屋で購入します。

たまにパンの耳をおまけしてもらえます。

揚げても炒めてもおいしいパンの耳です。

焼きたてのパンのにおいが素晴らしいお店でおまけしてもらい、いそいそと彼女は帰宅します。

その愛らしい姿ときたら!

一生懸命んしょんしょと料理する姿を見れば、どんな悪魔でもズキューンと心を打たれることでしょう。

今日の一品は、昨日矢来銀座の精肉店で購入したコロッケですね。

オーブントースターの金網にキッチンペーパーを敷いて、その上に合挽き肉と馬鈴薯のコロッケを載せます。

後はダイアルを回すだけ。

地元百貨店リュネスの歌をうたいながら、煮干しで出汁を取った鍋に玉ねぎと馬鈴薯を投入します。

その昔、お爺ちゃんがドイツのゾーリンゲンに行った時に買ってきた鍛造包丁の切れ味は今も素晴らしいものです。

日本刀と同じ作り方で拵(こしら)えられた松雪包丁も、なかなかよい切れ味です。

平崎市内の味噌屋で買ったこだわり味噌を溶いた頃、お父さんがのそのそと現れました。

慣れた手付きでお皿やお椀を用意する遼太郎さん。

冷蔵庫からさりげなく胡椒博士を出して、ごくごく飲みました。

沖縄のルートビアもおいしいですよね。

焼きたてクロワッサンと『クリィミーマミ』のバターと新鮮な牛乳とヨーグルト、ブルーベリーのフルーツソース、出来立ての味噌汁にコロッケとマヨネーズと特濃ソースなどが食卓に並びます。

馬鈴薯がかぶってしまいましたが、男爵とメイクイーンで食感が異なりますし、二人ともあまり気にしない模様です。

 

菜々子ちゃんとお父さんの、ささやかな交流の時間が始まりました。

きらきらとそれは輝いて、ふっとはかなく消えてゆきます。

でも、それでも、二人の間にそれはきれいに花咲く時間なのでした。

 

 

小学校の図書室。

無料で沢山の本が読める、素晴らしい場所です。

菜々子ちゃんの最近の流行は昔のSF小説です。

大きめの本は小学校三年生以上が推奨年齢ですが、大人に憧れる菜々子ちゃんは宇宙のお話に夢中です。

今日は、ハミルトンという人が書いたお話を借りました。

面白いといいですね。

 

 

帰り道の途中に文具店が見えます。

今日もなにか素敵な出会いがあるかな?

老舗のお店は昭和の雰囲気に満ちていて、昔の文房具も最新の文房具も一緒に並べられています。

お店のやさしいお婆ちゃんが、菜々子ちゃんに黒糖の飴をくれました。

菜々子ちゃんは、オリーブ色の紙でくるまれた消しゴムを購入します。

この間買ったらとてもよく消えたので、お父さんの分も買ったのです。

紙には『OMNI 4』と印刷されていました。

二個買ったら、お婆ちゃんは昔のコーリン鉛筆を一本くれました。

うれしいですね。

この消しゴムはもう作られていないそうなので、お小遣いが貯まったらまた買おうと菜々子ちゃんは考えました。

このお店には西ドイツ時代のゾーリンゲン製の鍛造鋏もありますし、菜々子ちゃんの探究心はまだまだ止むことを知らないようです。

 

おうちの近くで、菜々子ちゃんは驢馬のパン屋に遭遇しました。

ラッキーなのです。

菜々子ちゃんは、蒸しパンとベーグルとみたらし団子を買いました。

 

 

おうちに帰ると、菜々子ちゃんは糠床を仕込みます。

毎日手をかけることが大切です。

宿題を手早く片付け、菜々子ちゃんは商店街へ買い出しに出掛けました。

夕方の矢来銀座はとても賑やかです。

最近は郊外に大型商業施設の狡猾な魔の手が伸びて客足も一旦滞りましたが、おいしさや質のよさや雰囲気のよさなどを全面的に押し出して最近は復調の傾向にあります。

近隣の市町村から買い出しに来る人も少なくなく、菜々子ちゃんはこうした賑やかさが好きです。

でも、大型商業施設にも興味があります。

お父さんは休みの時グースカ寝ていて、なかなか連れていってくれません。

誰か連れていってくれないかな?

菜々子ちゃんは時々そう思うのです。

 

高知から来たという、アイスクリン売りのお姉さんから昔懐かしい氷菓を買います。

ペロペロ舐めていたら、何故だか沢山のお兄さんたちが興奮しながら買ってゆきました。

不思議ですね。

 

合鴨の卵と燻製を買い、サボテンアイスを買い、雪花菜(おから)を買い、鹿肉の腸詰めを買い、日本蜜蜂の蜂蜜を買って菜々子ちゃんは帰宅しました。

 

今日も、お父さんの帰りは遅くなるそうです。

やさしく、お父さんは電話でそう伝えました。

 

 

夕食の準備を終えてから、菜々子ちゃんは紙粘土の工作を始めます。

この間、学校の工作の時間に教わったのですが、菜々子ちゃんはその後もいろいろなものを作るのに夢中です。

オーブントースターで焼き固めると、それは普段使い出来る品になるのです。

今は腕輪作りを試している真っ最中。

素敵な品が出来るといいですね。

 

「ただいま。」

 

玄関の戸が開き、お父さんの声が聞こえてきました。

サーバルキャットのように素早く立ち上がった菜々子ちゃんは、脱兎の如く玄関に向かいます。

大好きなお父さんに一秒でも早く会うために。

 

輝くような笑顔を振りまきながら、菜々子ちゃんはお父さんに抱きつきました。

 

「お帰りなさい、お父さん。」

 

 

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