今回は『ボルテスⅤ』と『バジリスク』の忍者を登場させましたが、名前や読み方などを『あくいろ!』仕様に改変しております。
予めご了承くださいませ。
愛する女たちよ、死に候え
滋賀県甲賀市は、三重県伊賀市や長野県上水内郡戸隠村(かみみのちぐんとがくしむら)などと並ぶ忍者の名産地だ。
この街を訪れた旅行者はいつの間にか傍にいた忍者装束のモテナシヒトから現地産湯呑みを手渡され、地元産緑茶を振る舞われるのである。
甲賀伊賀両市に於いて街中を忍者装束の者たちが闊歩することは日常茶飯時であり、忍者の里たる『甲賀卍谷』及び『伊賀鍔隠れ』が存在することは公然の秘密だ。
隠れ里を訪れた旅行者たちは知るだろう。
怪しさ極まる忍者たちのもてなしぶりを。
甲賀忍者は集団での働きにすぐれ、伊賀忍者は単独での働きにすぐれるとの説もある。
忍びの働きの本領は諜報戦であり、戦闘は極力避けるのが常道だったとも言われる。
不甲斐なき呑気息子秀忠は苦労人の柳生宗矩が補佐してなんとかなっていないでもないと感じた家康だけれども、三代目の竹千代の治世を磐石にすべく甲賀伊賀双方の忍びの殲滅を図って双方殺し合わせたという秘話があるそうだ。
それだけ、家康が武藤喜兵衛並に彼らをおそれていたのかもしれない。
『両門争闘の禁制』によって比較的穏健な交流を続けてきた彼らが殲滅戦を行ったことに疑問を感じるが、甲賀伊賀双方の公式記録ははなはだ素っ気なく、『神君家康公並びに天海様と阿福(おふく)様采配により、他流の者たちと数日手合わせ致し候』との公式記述があるのみで真相は今も深い闇の底だ。
ちなみに阿福というのは、後の春日局を指す。
忍者同士の苛酷熾烈ないさかいがあったと自説を掲げる学者は、それこそ二、三に留まらない。
かつて戦国の世の戦場(いくさば)にて疾駆した『戦忍び』は、相当の修練を積まねばなれなかったという。
上田城合戦では勇猛果敢な真田忍群の奇襲によって、何人もの屈強な三河武者たちが武功を示す間もなく討ち取られた。
指揮官や伝令を的確に潰された戦闘群は、その実力をまともに発揮出来ぬまま蹴散らされたそうだ。
戦忍びたちの最大にして最後の舞台が大坂の陣。
柳生宗矩の精妙なる剣技と怪僧天海の幻術なくば、家康を討ち取れたとの説もある。
島原の乱でも老忍たちが老いくさびとたちと手をたずさえ、意地と誇りを賭けて徳川勢を翻弄したそうな。
最初の総大将を討ち取ったのが彼らの内の一人だと、そう確信している歴史研究家は存在する。
うららかな春の午後。
平崎市役所に程近いマニトゥ平崎にあるマヨーネさんの事務所は、何人もの美人が揃ってなんとも華やかだった。
彼女たちは、甲賀市と伊賀市からそれぞれ別口でやって来た観光広報担当者という。
マヨーネさんは平崎市の観光にも携(たずさ)わっているから、その関係だろうな。
甲賀市からは三名。
伊賀市からは二名。
仲魔たちは、一階の店で優雅に喫茶させてある。
「あにさまだ!」
「はい?」
ひゅん、と跳躍し一瞬にして一足一刀の間合いを越えた女の子に抱きつかれる。
それは瞬(まばた)きするくらいの出来事で、一切避ける間もなにもなかった。
え?
え?
一体なにが起きている?
オレと同じくらいの背丈で、肉付きのいい女の子。
活発な感じで、体育会系の雰囲気もある。
これが戦闘時なら、オレは瞬殺されていたな。
こういった時に、自分の弱さを痛感する。
いわゆる中忍くらいの強さなのだろうか?
「ああ、安らぐなあ、このにおい。」
くんくんにおいを嗅がれていた。
ええと、なにが起きているんだ?
「ちょっとお胡夷(こい)! 貴女、なにをしているの!」
「胡夷さん、無作法ですわよ。」
真っ赤な顔した色っぽい美人さんと美少女から注意されるも、肉感的な女の子はオレから離れようとしない。
嗚呼、一部が変形してゆく。
不味い、不味いよ、ジャガーさん。
初対面でこんなになつかれるとは思いもしなかった。
身動きが取れぬ。
不覚を取ったわ。
「甲賀の娘は男に飢えているのね。恥じらいも無いのかしら?」
「その有り様、下品でございます。」
色気のある娘さんとおかっぱの女の子が皮肉げな顔をしているが、オレから目を離さない。
というか、目が爛々としている。
こわい。
それなんて獲物を見詰める眼力?
「胡夷さん。」
キリッとした顔の少女に促されて、しぶしぶ席に戻る女の子。
マヨーネさんは何故か興味津々の表情でオレを観察していた。
オレは自己紹介する。
それに呼応して、少しカールした感じのポニーテールなお嬢様系美少女が挨拶してくれた。
「失礼しました。わたくしの名は岡阿弓。一七代目甲賀忍者頭領岡竜馬の娘ですわ。お見知り置きくださいませ。」
妖艶な感じの美人さんが続けた。
「甲賀忍者の陽炎(ようえん)です。」
先程抱きついてきた、元気いっぱいな女の子が挨拶してくる。
「同じく甲賀忍者の胡夷。ねえ、あたしと主従契約してあにさまになってよ。」
続けて、色っぽい美人さんが挨拶してくる。
「私は伊賀忍者の朱絹(しゅけん)。貴方のような素敵な殿方に出会えて光栄です。」
最後におかっぱの女の子。
「同じく伊賀忍者の蛍でございます。この子はスネーク。」
彼女は白蛇を袖口から出して、ニッと笑った。
なんとも個性的な人たちだな。
観光の話がひとしきり終わった後、今度は彼女たち忍者が異能の持ち主であることが伝えられた。
へえ。
人というよりも、悪魔人間に近いような気がする。
だから、オレに好意を感じやすくなっているのか?
「この甲賀の女は毒を吐きますのよ。」
朱絹さんが陽炎さんを指差す。
「まるでポイズンジャイアントです。四体現れて不意打ちで毒の息を吐かれると、熟練のパーティーでも全滅しますね。」
「伊賀の女はゲーム脳なのね。現実と虚構の判断が付かないのかしら?」
「主(ぬし)様は渡さない。伊賀の女忍者の精神的支えになっていただくのは確定ですから。」
「同意しますわ。」
伊賀忍者の朱絹さんと蛍ちゃんが剣呑な雰囲気になってゆく。
なんで?
なんで?
「あ、あの、朱絹さんと蛍ちゃん。喧嘩はよくないですよ。」
「主様、女には絶対譲れないものがあるのです。」
「覚悟完了しました。」
「ちょ、ちょっと、覚悟するのが早すぎですよ!」
甲賀忍者の人たちの雰囲気も、どんどんこわくなってゆく。
「阿弓。甲賀の女忍者として意見具申します。」
「なにかしら、陽炎さん?」
「こちらのお方を、我らのあにさまとして受け入れたいと思うのです。」
「賛成の賛成! いやー、最悪足抜けしようかと思っていたから丁度よかったよ。」
「お兄様として受け入れたい考えは、陽炎さんも胡夷さんも同じですのね?」
「「御意。」」
「ならば、伊賀の方々と闘うしかありませんね。」
「どうして、そんな物騒な発想になるんですか? 今は戦国乱世ではありませんよ!」
いかん、殺気が溢れてきている。
「マヨーネさん、止めてください!」
「女には、殺らなくてはならない時もあります。」
「うわ、それなんて戦闘脳ですか?」
鎖鎌や苦無や棒手裏剣や小太刀や蛇などの得物を皆が構えている。
「「「「「しからば、存分に死合いましょうぞ。」」」」」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「如何なされましたか、お兄様?」
「なにかな、あにさま?」
「主様、そこを退いてもらえませんとそやつらを殺れませぬ。」
「あの、今から殺し合いをするように聞こえましたが、それって、オレの聞き間違いですよね?」
「「「「「我らが死合うは必定。いにしえよりの定め。」」」」」
「なんでハモるんですか!? ダメです! そんなことをされるなら、どちらにも与(くみ)しませんよ! 簡単に人の命を奪ってなんとも思わない人たちとは一緒にいられませんから。」
途端。
得物を取り落とす美人忍者たち。
あれー?
白蛇がにょろにょろ這ってゆく。
「あ、あの。」
「う、嘘だよね、あにさまが私たちを捨てるだなんて。」
「あの、捨てるもなにも、拾ってすらいませんけれど。」
「主様にもしも捨てられたら、我らの生きる道は絶たれてしまいます。」
「繰り返しますが、拾ってすらいませんから捨てることもありません。」
「では、我らが従うも必定。」
「どうしてそんな重たくするんですか?」
「これは天意やも知れませぬ!」
「……そうなんですか?」
ぐだぐだなごたごたの後、なしくずし的に彼女たちの意見役とされてしまった。
一階で優雅に喫茶していた仲魔たちにことの顛末を話すと、思いきり笑われた。
嫉妬されるよりはましなのか?
解せぬ。