ごとり、ごとり。
ある地方都市を走る市電が終着駅に向かって、ちんちん音を立てながら進んでゆく。
娘は武具の入った重いハードケースをちらと見て、悪魔の気配を感じようと試みた。
ブレザー姿の若いおなご。
この辺りの学生ではない。
肩で髪を切り揃え、凛とした顔立ち。
少女はクズノハと呼ばれる退魔組織に身を置いている。
先月も山陰地方在住のサマナーを手伝ってきたばかり。
若い身としては、相当の腕前を持つと言ってもいいだろう。
彼女自身としては、闇と光の戦いがどうとか派閥争いがどうとかはまるで興味のない話だ。
刀を振れたら、それでいい。
それだけだ。
ごとり。
市電が終着駅に到着した。
気づくと、彼女しか乗っていなかった。
まだ日が高い、平日の日中。
やたらと愛想のいい乗務員の挨拶を受け、少女は肌寒くなってきた秋の海べりを歩き始める。
誰もいない砂浜。
一人きりの海辺。
「やあ。」
程なく、くたびれた感じの公務員が女戦士に声を掛ける。
事案ではない。
たぶん。
彼は刑事だ。
もっと悪い?
或いはそうかも知れない。
彼は『立会人』たる公務員だ。
退魔関係者によって悪魔が倒される様を確認し、各種取締り関連の法律に抵触させないように尽力するのだ。
茶番にしか見えないが、形式こそが官僚社会で必要なのだろう。
かなり厳しい対応をする公務員もいるのだが、彼は職務熱心に程遠い気質のようだ。
「君の『仕事』なんだけどさ、あの赤い屋根が見えるところまでは行わないこと。いいね?」
へらへらとした中年は、少女の胸元をそれとなく見つめつつ平坦に言った。
業務熱心には見えないが、隙も見えない。
警察とて心得のある人間はいる物的証拠。
それなりの遣い手だろうと彼女は思った。
何度か想像で斬り刻み、問題無いと踏む。
彼の技量では到底五合も持つまい。
秘剣に比肩し得る業とて無かろう。
「わかりました。」
素っ気なく答える娘。
見えようが見えまいが、一切関係無い。
事務的なやり取りで終わらせる所存だ。
「しかし、あんたみたいな若い娘がこんな……。」
余計なことを言おうとした男は、娘の眼力で即座に黙らされた。
なにもしない奴らほど立派なことを平然と口にしたがることに苛立ちつつ、女戦士はそこから無言で立ち去ろうとした。
「あ、え、ええと、俺はこの辺りにいるから、終わったら教えてくれ。」
「わかりました。」
彼と会話をするつもりなど毛頭ない。
彼女はすたすたと無造作に歩き出す。
朽ちかけた赤い屋根の家の玄関先で、少女戦士はハードケースにしつらえられた錠前を開けた。
中に入っているのは日本刀。
備中青江派の現代刀である。
神奈川県平崎市に住む刀鍛冶の手によってこの刀は既に悪魔合体しており、斬れ味が数段増していた。
他には鉢当てと胸当てと籠手。
いずれも悪魔の変化した存在。
度重なる戦闘によって散っていった、彼女の先輩や友人たちの形見である。
いずれ、私もこうした品を残すのだろう。
彼女はそう思った。
仮にこの場で死んだとしても、見張り役の中年不良公僕が回収してくれる。
ふと、彼女は本部での雑談を思い出した。
平崎市に本拠を置くファントムソサエティは福利厚生が充実しているとかで、最近加入した中年召喚師は実に面倒見がいいとか。
娘は首を横に振った。
今日は、雑念が多い。
討伐対象の悪魔はこの浜辺に潜んでいるという。
少し厄介だな。
彼女は単独行動が基本の上に悪魔の使役など出来ないため、仲魔を先行して斥候役にすることなどが出来ない。
まあ、いいさ。
娘は柳生流の剣士であり、今では知る人ぞ少なき江戸柳生の刀術を操れる剣客。
勘働きの鋭さはクズノハでも有数である。
なんとなく、ピンときた。
足元に転がっていた棒っきれをひょいと拾い上げ、それを無造作に放り投げた。
ばすん。
落ちたそれになんら反応はない。
「少しは知恵があるのね。」
彼女は挑発した。
そして、咄嗟に身をかがめる。
ブン、と振り回されるは剛腕。
彼女の首があった位置をそれが通り過ぎた。
背後に向かって、女戦士はくるりと右回りしつつ定寸の二尺三寸五分の備中刀を抜き打ちする。
右脇腹から左肩へ向けての逆袈裟斬り。
踏み込みが浅かったためか、手応えがさほどない。
相手は鬼。
少女の二回りは大きな悪魔。
はぐれか、或いは逃亡者か。
「ならば!」
女剣士は鬼の左肩から右脇腹へ袈裟斬りを放ち、返す刀で右肩から左脇腹を斬り裂く。
きらっ、きらっ、と刀身が輝き、鬼は無抵抗とも見える程にざっくりと斬られた。
一瞬、きょとんとした顔で鬼は娘を見やるとグハッと血を吐き、ドウと音を立てつつ地に伏した。
実体を保てなくなり、悪魔の体はマグネタイトと化して剣客の有している試験管のようなモノへと吸い込まれていった。
彼女は素早く蓋をして、封印の紙を貼る。
これで一安心。
「お見事、お見事。」
モグラの皮で刀身を拭う少女に近づきながら、パチパチと拍手する中年刑事。
顔をしかめる娘。
「そんなに嫌わなくてもいいんじゃないかな?」
「くさいので。」
「え? ええ?」
「半分、冗談です。」
中年男を無視して片付け始める娘。
会話を断ち切ろうとするかの如く。
追いすがる刑事。
「今の技、なに?」
「『逆風(さかかぜ)の太刀』です。」
「柳生流の?」
ほう、と少女は少し感心した顔で冴えないおっさんへと振り向く。
「よくご存じですね。」
「悪魔とやらには通じないけどさ、これでも有段者なんだよ。」
武具をハードケースに納めてゆく少女。
錠を掛けて、人前で使えなくしてゆく。
「食事でもどうだい?」
「援助交際はしていません。」
「違う違う。俺自身が、今の業を見せてもらったお礼がしたいのさ。」
「おいしいところなら行きます。それ以上のことは絶対お断りです。」
「ああ、それなら心配ない。婆さんがやってる店なんだが、うどんが旨いのは勿論のこと、煮物や漬物もめっちゃ旨い。」
「さあ、行きましょう。今すぐ案内してください。」
女戦士は素早く白い軽四の後部座席にハードケースを置き、助手席に乗り込んだ。
「あ、ま、まあ、いっか。」
そして二人は、老舗の定食屋へと向かっていった。