眉毛の濃い男が、ある拘置所に設置されし面会室内で叫んだ。
「メケメケ! マ・メケ・ラシンハ! マ・メケ・ネラニハ! ニヤ・ナ・メケメケ!」
男の周囲にいた、屈強の看守たち三人がゆらりと立ち上がる。
彼らは全員、甲賀(こうか)や伊賀などで厳しい訓練修練を積んだ現役の戦忍び。
貫手(ぬきて)で何時でも男の胸板を貫けるように準備する。
武器が無くとも人を倒す手段は幾つも存在しており、彼らは荒事に慣れてもいた。
男はそれだけ警戒すべき人物なのだ。
男を首班としていた会社では行方不明者が続出しており、捜査機関は今も躍起になってその人たちを探している。
男は彼らの装備した鎖かたびらさえも容易に破壊出来る実力を持つが故に、各員にひとかたならぬ緊張が走った。
公安部外事一課からやって来た青年は、完全にこの場の雰囲気に呑まれている。
男の国の言葉に堪能だというのでここへ派遣されたが、現在なにを喋っているのか皆目見当が付かない。
後で録音した音声を言語学の専門家に分析してもらうしかないだろう。
面会を希望した共和国大使館の館員が、穏やかな声で男に話しかけた。
「ネ・ラシンハ。ヌススト・テテレケメレレハ。」
男がギロリと館員を睨む。
そして。
反論するかのように叫ぶ。
「ウーララ! ネレテテ・マ・メケメケメケ! マ・セレルハ・テ・ケメコ!」
「ナイナイナイ。」
あ、この最後のは否定だな、と本能的に青年は思った。
日本企業占有化の密命を帯びて来日し暗躍していた筈の男が、お金儲けの傍らで私腹を肥やし過ぎた。
逮捕され結局実刑を喰らいそうな為に、共和国政府から蜥蜴(とかげ)の尻尾斬りに遭ってしまった。
まるで悪の組織の幹部が如く。
●獄大使の如く。
その本国が、これより自ら我が国の有力企業の乗っ取りを画策しているってとこだろうかなと考える。
悪の秘密結社みたいに思えた。
ところで、彼らは一体何語を話しているんだろう。
激烈な口調の男をじっと眺めながら、青年はヌメッとしてトカゲっぽい感じの館員にゾクッとするのだった。
オレがマヨーネさんのいるマニトゥ平崎に呼び出されたのは、この辺では珍しい雪が降った日のことだった。
神奈川県平崎市。
この関東圏の地方都市に、我がファントムソサエティの本拠地がある。
彼女の事務所に入った途端、めまいがしそうになった。
アニメーション作品から抜け出てきたような恰好の女の子が、ニコニコと微笑んでいたからだ。
なんだか派手な黒いミニスカドレス。
なにかの作品の登場人物なんだろうと思えたが、皆目見当が付かない。
「アナスタシアと申しマース。ニッポンのステキなオタクのスポットに行きたくて、仕事も兼ねてサンクト・ペテルブルグから来日しマシター!」
可愛い声だ。
豊かな胸元がぱっくり開いていて、目のやり場に非常に困る。
彼女は日本の扮装愛好家たちからの要請に応じて来日し、昨日まで様々な場所にてお仕事をしていたという。
今日から数日間、私的に日本を楽しむ腹積もりだそうな。
「彼女の護衛が今回のあなたの任務です。」
流暢(りゅうちょう)な日本語でマヨーネさんが話しかけてきて、うっすらと微笑む。
ファントムサマナーが護衛するということは、彼女は狙われているのか?
「実は、彼女は金を貰ったらなんでもやる女の子大好き系闇サマナーに付け狙われていまして。」
「シツコイ男は困るネー。」
二人とも苦笑いする。
「かなりしつこい男に狙われているんですか?」
二人が首肯する。
うーん。
大丈夫なのかな?
今回はマリーさんが別任務でここにいないし、エモニカスーツもスリル博士の元で調整中だ。
「念のため、もう一人サマナーを雇いました。」
「萌枝野萠(もえのもえ)です。宜しくお願い致します。」
髪のさらさらと長い、大和美人系の女の子が扉の向こうから現れた。
彼女も、ターコイズブルーのアニメーション作品に出てきそうなドレスを着ている。
或いは、どこかの夜会にでも出席するつもりだろうか?
マヨーネさんも深緑のドレスを着こなしているし、なんだかオレの方が場違いに思える程だ。
萠さんはジークンドーの使い手だそうで、武器を持てない状況でも問題ないらしい。
そんな彼女とロシア娘を連れ、防弾加工された業務用の日本製ワゴン車で我々は一路関東某県にある痛車専門の工房へと向かった。
イタリア車をこよなく愛するマヨーネさん的には不服の残る車輌のようだが、今回は途中で不具合を出されてもたまらないのでこうした選択となった。
ちなみに仲魔たちは全員出していない。
後で彼女たちに怒られるかも知れないが、それは致し方ないな。
彼女たちのテンションが高すぎて、なにを言っているのか全然わからない。
あんまんマンとさいきんマンとトキメキちゃんの三角関係をどう思うかと聞かれても、そんなのわかりませんがな。
痛車とは、漫画やゲームやアニメーション作品などに出てくる登場人物の絵を車の表面に貼り付けた存在のことを指すそうな。
ふーん。
今日は丁度そうした車が複数やって来る日だったようで、駐車場にはずらりと絵付きの車輌が勢揃いしていた。
パチパチッと写真を撮ってゆく二人。
車の持ち主とも仲良く撮影してゆく。
手慣れた感じでどんどん写してゆく。
そこへ髭もじゃの胡散臭い雰囲気の欧州系男性が現れ、アナスタシアさんがうんざりとした気だるい感じで応対した。
「マタマタマタマタマタマタ、こりもしないで来たのネー。アナタに興味なんてナッシングなんだシ、バーニングラブなんてぶっちゃけあり得ないシ、つまり、今すぐカエレッ!」
黒ずくめの男は、明確な拒絶に屈することなく朗らかに話しかける。
「ミーはあなたのエンジェリックな魅力にチャームされ、それを慕うただの哀れな子羊ですネ。」
「ラムの香草焼きならおいしいんだケド、あなたは煮ても焼いても喰えないダメダメ野郎ネー。」
「そのヨウトンジョのピッグを見るような視線がカメハメハとなって、ミーを鋭く貫くマカンコーサッポーとなるのデス。それはまさに、キンニクバスター!」
うっとりと夢見る如く語る間に髭男は痛車の持ち主たちに囲まれ、その隙に我々はその場から脱出する。
あれはまともな感じじゃない。
なんともヤバい目をしていた。
「あの中年男性は以前クズノハに『処理』されたと聞きましたが、生きていたのですね。」
萠さんが車内で口を開く。
「先程『本部』に映像を送ったのですが、本人認定されました。現在彼は欧州某国政府の外部機関に雇われ、なにかしらの工作に携(たずさ)わっているみたいです。」
「へえ。」
「奇妙なのは、大正時代にも来日してヤタガラスと交戦した記録があることです。」
「大正時代、ですか?」
「大正時代なんです。」
ヤタガラス……ええと、諜報戦闘機関だったか。
クズノハもこの組織に属しているのだったかな。
もしかすると、彼女もヤタガラスの一員なのか?
第二の目標地点は、都内池袋にある男性声優の写真や関連製品を多数揃えた魔窟。
女性声優版は秋葉原にあるという。
社会人らしき女性たちが手に手に品物を持ち、鵜の目鷹の目で品を見定めてゆく。
圧倒的じゃないか。
アナスタシアさんと萠さんも、目の色を変えて買い物に邁進していた。
途中で先程現れた髭男がふらりと店内にやって来たが、近くの女性陣からユニコーンギャロップを次々喰らい、呆気なく倒された。
諸行無常ナリ。
ぼろぼろになった彼は、女性店員にポイと摘まみ出されていた。
大興奮している彼女たちがなにを言っているのか、さっぱりわからない。
刀剣戦士とか恐山さんとか攻めとか受けとかヤオイとかジュネとか耽美とか、まるで意味がわからない。
本日の最終目標地点は渋谷の某レコード店。
最近では、CDショップというのだったか。
そこに会員制のカッフェがあるのだと言う。
萠さんが優待会員で、アナスタシアさんとオレは家族親族友人枠で入店することが出来た。
髭もじゃ男が視界の隅に見えたけれども、厳(いか)つい男性店員たちに囲まれて追い払われていた。
この店は男性声優群から成る楽団によって経営されており、関連製品が多数販売されている。
店内で食事をするとその金額に応じ、アニメーション作品の登場人物を描いたキレイな絵札を抽選式で単数か複数貰えるのだ。
絵札は無作為抽出方式らしく、目的の絵札が出るまで何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もここに通う女性がいるのだとか。
なんとも商売上手なことよ。
店の人から貰った端麗な絵札をアナスタシアさんにあげたら、途端に狂喜乱舞された。
極稀な絵札らしい。
店内の女性陣からの熱視線を感じる。
萠さんもその絵札を持っていないらしく、羨ましそうにしていた。
そこでオレは追加注文し、再度絵札を貰うことにする。
貰った絵札は、たまたま先程のそれと同じものだった。
それを萠さんに進呈したら、彼女も狂喜乱舞した。
平崎市に戻ってきた時、二人の男がワゴン車の前に立ちはだかった。
一人はぼろぼろの黒衣の男。
一人は眉毛のやたら濃い男。
どちらもむさ苦しい感じだ。
ちなみに、召喚したピクシーの電撃とアリスのエナジードレインで二人とも瞬殺だった。
虫の居所が悪かったのか、両名は容赦なく二人をどつき回したのだった。
その後、奈良へ向かうことになる。
オレは続いてアナスタシアさんと萠さんに振り回されるのであった。
東大寺興福寺法隆寺柳生の里などを巡り、古民家カフェにも行った。
二日後。
賑やかなロシア娘を関空で見送り、これで護衛任務は無事完了した。