今回の話は、軽子坂高校攻略戦を瓜縞君的視点から捉えたものになっています。
予めご了承くださいませ。
ある、晴れた日。
連続して襲ってきた刺客をなんとか全員返り討ちにし、依頼者たちへ倍返ししていつもの日常に戻ったことをありがたく思いつつ過ごしていた、そんなある日。
俺たちはぐれもんがたむろしている八王子の本拠地へ、武闘派秘密結社のテルス教に所属するおっかない姐さんが来た。
嘉屋の姐さんは俺たちに対し、出来たばかりの異界を攻略するから手伝えと言いに来たのだ。
無理だろ。
俺たちみたいなチンピラが異界攻略に行ったって、活躍出来る状況がちっとも想像出来ない。
でも直接そんなことを言えやしない。
そこで、こう言った。
金にならん仕事は全然したくないす。
そう言ったら、ガツンとどつかれた。
いってえな。
ドタマから血液がピューと吹き出すのを感じる。
強化人間じゃなかったら、もっと酷いことになるところだった。
ナノマシンで人間よりもずっと強くなった改造人間が防御する間もなくあっさりどつかれるのだから、テルス教の幹部は化物揃いに違いない。
よその秘密結社の幹部だった美人副官がこの行為に全然反応出来なかったのには、めちゃくちゃ驚いた。
汗までかいてやがる。
こいつは俺よりずっと強いのに、そんなんだとはマジでやべえぜ。
「お前は何時から私にそんな口がきけるようになった? なあ、瓜縞?」
ひび割れた強化硝子の灰皿を持ったまま、淡々と言う姉御。
ヴァイオレンスだぜ。
ちびりそうだぜ。
いつの間に俺は舎弟みたいになっていたんだ?
よくわからねえな。
しっかしよう、頭からどばどば血が流れてきやがる。
うちのチンピラどもがびびっちまって、少しも動けやしねえ。
まるで金縛りだ。
踏んだ場数がまるで違うってことか。
俺を容赦なくどつくことで、姐さんは明らかな武威を示した。
これは実に効果的で、うちの狂犬どもも逆らう気力さえわかないものと思われる。
薬師六将っておっかねえな。
悪魔を退治する連中って、こんなのがごろごろ存在するのかよ。
俺程度の強化じゃ、姐さんの動きは全然見切れないってことか。
マキロンをじゃばじゃばと頭にぶっかけ、話を聞くことにした。
「うちに取り込みたい男が今回の攻略に参加するし、メシア教のおバカどもがわんさかやって来る。有象無象をかき集めて連合軍などとうそぶいているが、下手をすると烏合の衆だ。我々は異界探索の経験を有するが、メシア教は全般的に経験が浅い上に力押し一本の傾向にある。まともに異界探索をしたことの無いお気楽連中が無秩序に突入してみろ。油断や慢心からくる場当たり的な対応を続けている内に、間違いなく全体的に満身創痍となって容易に異界内で朽ち果てるだろう。もしそれに巻き込まれてしまったら、そいつらも全滅する可能性が大きくなる。我々が地上で戦うのと異界で戦うのは、全然違う話なんだ。言っている意味はわかるな?」
「はあ。」
俺たちだって、異界攻略なんて経験が無いんだけどな。
「そもそも我がテルス教とメシア教を同じ戦場に送る時点で間違えている。」
「そういうもんすか。」
「お前な。考えてみろ。ただでさえ、我々とあいつらは犬猿の仲なんだぞ。」
「抗争すか。」
「去年まではまさに仁義無き戦いだった。何年間も互いに容赦なく殺しあっていたからな。だから、今回は中立的なファントムソサエティや無所属の連中も参加するんだが……。」
「なんかあったんすか?」
「自衛隊の特科魔戦中隊が入る。あそこは非常に厄介だ。」
「軍隊すか。」
「あのな、日本には建前上軍隊は存在しないことになっているんだ。物言いには気をつけろ。」
「はあ。」
わかんねえよ、自衛隊は軍隊とどう違うんだ?
軍艦も戦闘機も戦車も持っているのに、軍隊じゃない?
……サンダーバード?
「お国の防衛的武装組織が正式に参加するってことは、その裏で政治家が介入してくるということだ。お前の頭でもこれくらいはわかるな?」
「はあ、まあ。」
「で、だ。お前らみたいな半端もんが大変あやうい。」
「なんでです?」
「お前らのような存在は、ハラワタの腐った外見だけキレイな為政者からすると目障りなんだ。なんにもわかっていない奴らほど冷酷なことを平然と行うもんだ。もしかしたら、お前らは害虫みたいに思われているのかもしれない。よさげな報酬を提示して呼び出し、探索や戦闘に参加させ、目につかないところで手練れの『掃除屋』によって密やかに潰す。証拠を残さずにな。零細組織の潰し方の基本だ。有能な頭や将来性のある奴は率先して狙われる。ヤられたら、そいつらは名誉の戦死ということで処理される。奴らにとって、それは日常茶飯事的なことにしか過ぎん。おキレイなベベについたゴミを払うくらいの感覚じゃないかな? 汚職にまみれ汚濁にまみれ嫉妬深くて地位に固執する腐敗した政治家が、自分の派閥以外の連中を切り崩してゆくようなもんかもしれない。今回参加するクズノハやヤタガラスにも、汚れ仕事専門の『掃除屋』がいるらしい。これ、人には言うなよ。今回参加の特科魔戦中隊にしても、本当にそこに所属している連中が来るのかどうかはわからんしな。」
「は、はあ。」
「よかったな。教えてくれる人間がここに来てくれて。」
「え?」
「『駆除対象』のショッカーは既にやる気満々だし、無所属の無軌道な連中は今から皮算用だ。乗せられた連中の末路は大抵哀れというのにな。少なくない結社が今回の攻略戦に参加するだろう。大手を振って活動出来る稀少な機会だしな。そして、お国の『掃除屋』が目障りな連中を中で間引きする。確実にな。特科魔戦中隊に所属する幾人かの人間はそのための要員だ。間違ってもこのことは喋るなよ。お前だから、秘中の秘を話すんだ。」
「まさか、俺たちも?」
「ぎりぎりセーフだ。」
「あー、びっくりさせんでくださいよ、姐さん。」
「お国が本気になったら、お前らなんぞはいつでも簡単に潰される、ってことだ。今回はテルス教からの要請を受諾したことにしろ。薬師六将の中でもお前らをどうするかで意見はわかれたが、とりあえずは様子見の経過観察に収まった。今回の攻略戦がお前らの功績となるし、安全性を高める策となる。うちにもそれなりの政治的人脈があるから、比較的擁護しやすくなる。そういうことだ。」
「ありがとうございます。」
「射撃場で訓練させとけ。」
「どこが使えるんですか?」
「ここへ行け。」
関東某所の地図と攻略戦に関する資料を渡された。火器も供与してもらえるらしい。
横流し万歳!
「死ぬなよ。」
嘉屋の姐さんはそう言って去った。
複数の零細系秘密結社に金を貸している俺たちだから、あいつらが殆どか全員殺られると大変嬉しくない。
そいつは勘弁して欲しい話だ。
ヤるしかないな。
で、零細系秘密結社の幾つかは借金の増額を申し込んできたが、いずれも回収が危うい感じの組織なのが難点だ。
返済出来ない場合に於ける有能そうな連中の移籍契約や、土地や家屋や事務所や工場などの権利書譲渡などを必須条件にして、ある程度の金額を貸した。
返せなかった時は、俺の手元に人材やら不動産やらが集まってくることになる。
悪くないな。
まあ、トントンかな。
幾つかの武闘派の反社会的組織に赴き、簡易式瞬間洗脳機で何人か連れ帰った。
少しくらいは役立つだろう。
少なくとも、歓楽街でイキっているおバカ連中よりは数段使い物になりそうだ。
情報屋の犬井を呼び出す。
ある程度は裏を取らないとな。
事務所の近所にある筑豊ラーメンの店で落ち合った。
「やあ、ウリシマ君。」
相変わらず、ぬぼーとした奴だ。
これで腕利きの探偵なのだから恐れ入る。
早速、用件を切り出した。
「軽子坂高校のことを知りたい。」
「わかった。豚骨拉麺ツユ濃いめ、アブラ多め、太麺、バリカタ、餃子二人前で……いや三人前で。あと、炒飯ください。」
注文を終えた犬井は席を離れ、『ご自由にお召し上がりください』と達筆で書かれた紙の下にある大皿からキムチや高菜をがばがば取り、小皿をてんこ盛りにした。
席に戻ってきた犬井は、普通にそれをむしゃむしゃ食べだす。
「……おい。」
「気の休まない仕事の合間の喜びっていったらさ、食うことだけなんだよ。ウリシマ君もわかるよね。」
「……ああ。」
「なんやかやで取得した情報や人間関係を右から左へ売る仕事さ、俺の仕事は。上手くいった時ほど、なんだか心が虚しくなってくんだよ。なんでかね?」
「お、おう。そりゃあ、満足感と虚脱感がいっぺんに心にきて飽和状態になるからじゃないのか。」
「ま、そんなところなのかな。仕事は仕事としてきっちりこなすようにしているんだけど、どうも、こう……。あ、ウリシマ君の言っていた異界の件だけどさ。防衛省はしっちゃかめっちゃかの状況だよ。てんやわんやの感じだね。隠しているけどさ、カストリ雑誌の記者が突撃取材しようとして敢えなく撃沈したんだ。なんでもない、現在の状況は日常業務の範疇(はんちゅう)内にしか過ぎないって広報官に言われたんだ、彼は。それは他の記者たちも聞いている。有事の時みたいに車や人はひっきりなしに出入りしているのにね。それで却って状況の異様さを感じたって、知り合いの記者が言っていたよ。」
「そうか。」
「一方、メシア教は緊急集会を開いて、聖戦云々の演説を開催。わかりやすいよね、こっちの方が。あそこは元々ユルユルのガバガバだし、いろいろとユルいから。末端の信者をどんどん集めているし、大規模作戦があることを隠そうともしていない。支援者たちは今頃頭を抱えているんじゃないかな。ちなみに、在日米軍は特別な警戒体制を敷くこともなく通常運転状態。」
「俺たちも異界攻略戦に参加するように、って言われた。」
「あー、テルス教がらみ?」
「そうだ。」
「テルス教の方がわかりにくいね。人を集めているのは確かだけど。」
「お前、よくそういう情報を手早く集めてくるよな。」
「これが俺の仕事だもの。これで稼いでいるんだから、これくらいは情報収集が出来ないと話にならないよ。」
「そうか。」
「異界の方は、面白がって入った人が誰も中から出て来ていない。捜索願いが複数出されているらしいけど、まあ絶望的なんじゃないかな。おバカだねえ。安全なテーマパークかなにかと勘違いしているんじゃないかな。ちなみにそこが本物の霊的スポットだったら、俺は絶対行かない。絶対に、だ。で、一昨日までは警察が学校を封鎖していたけど、昨日からは工事車輌が封鎖している。何故か張り込んでいた記者たちが続々撤退しているし、野次馬もいなくなったし、ニュースにもなっていない。変だね。なにかしら政府の検閲が入っているのかも。」
「わかった。」
「おっ、来ましたよ、来ました。」
ラーメンが運ばれてきた。
いつも通りに旨そうだ。
さて、喰うか。
焼き餃子のにおいも漂ってくる。
食欲をそそるにおいだ。
俺も後で頼むとしよう。
「旨い飯は、なににも代えられないよ。忙しいからっておざなりにしているとろくなことにならないし、勢いで決めたらダメだね。ちゃんとしているところは旨いモノが出てくるし、こういうお店で食べられることは実にありがたいと思う。」
爽やかな笑顔で、犬井はそう言った。
あっという間にラーメンを食べきる。
替え麺まで頼んで、彼は嬉しそうだ。
俺もキムチや高菜を取りに行くかな。
あ、犬井の野郎。
店の姉さんから、オマケの炒飯を貰いやがって。
あいつ、口がやたらに上手いし、顔も割といい。
ちくせう。
犬井から無所属でそれなりの技能を有する召喚師の情報を入手し、結果、四人確保する。
さて、何人生き残れることやら。
ついでにアコギな会社から俺たちへ、少しばかり献金してもらう。
これこそ、社会貢献だぜ。
犬井の情報と簡易式瞬間洗脳機の相性はバッチリだな。
奴には要求されたよりも、二割ほど増額した報酬を振り込んでおいた。
野良犬隊を再編成し、軽子坂高校へ向かうことにした。
最近は野良犬隊が一番実戦をくぐっているしな。
普段は江坂に任せている愚連隊だが、俺の黒牛隊や野良猫隊からも人員を抽出し、異界攻略に向いていると思われる編成へと変更する。
人数は俺と副官と野良猫隊隊長の嘉納を含めて一八人。
江坂は今回留守番だ。
ぶーぶー言われたが、知らんな。
お前だから留守番を頼めるんだ、と真面目な顔で言ったら頬を赤く染めた奴に大変喜ばれた。
戦国時代の武将の逸話を話したら、江坂は感激して泣きやがった。
周りもおおっと感嘆の目を注いできた。
涙ぐんでいる奴までいるのには呆れた。
なんともちょろ過ぎて、泣けてくるぞ。
うちの連中はこんな愚かな奴ばっかだ。
そんなんだから、アコギな女にホイホイとむしり取られるんだぞ。
ったくよー、困ったもんだ。
野良犬隊は六人一班の三班体制で臨む。
瞬間洗脳した召喚師は一つの班に一人ずつ組み込む。
余った一人は戦闘系ごろつき五人の班に回した。こいつらは遊撃隊とする。
なるべく使い捨てにはしたくないが、生存率はおそらく低いだろう。
合計四班二四人。
武器はテルス教経由の米軍から融通してもらう。
分隊支援火器のM249まで貸してもらえたのは正直ありがたい。
こいつは俺が使おう。
腕力が強化されているから、軽機関銃でも腰だめでぶっ放せるぜ。
拳銃はトカレフだと装弾数が少ないので、グロックを用意してもらった。
銃器好きと自称する馬鹿がどこで見たのかふざけた構え方をしたので、即座に躊躇なくどついておく。
誤った知識を鵜呑みにすると死ぬぞ。
暴発や誤射で死ぬ奴だってごろごろいるんだからな。
日本では報道されないが、米国ではそういった事故が日々発生している。
訓練は非常に重要なのだ。
訓練以上の結果を残すだなんて、実際にはなかなか出来ないことだから。
付け焼き刃で訓練したから当たるとは限らないし、相対した悪魔すべてに弾丸が通用する保証などどこにもない。
経験で覚えるしかないのだ。
まあ、会話や交渉で無駄な戦闘は回避すべきだが。
射撃場で二日間練習したが、悪魔相手に一体どこまで通用することやら。
軽機関銃を調子にのって、二〇〇〇発ほど撃ってしまった。
うちの連中も撃ちたがったので、少しずつ撃たせてやった。
まー、必要経費だ。
弾薬と予備銃身、それと予備の軍用小銃も準備しとかないといけない。
やることだらけだ。
うちに元々いる悪魔は、ピクシーにアプサラス、それとリャナンシー。
もっと強力な悪魔の参入が待たれるところだけれども、現実はそうそう甘くない。
手持ちの悪魔たちでなんとかするしかないな。
現場に着く。
本陣へ説明を聞きに行った。
先行したアホが割といるらしい。
威力偵察でも斥候でもないとか。
そいつら、バッカじゃねーのか。
ただの犬死にになっちまうのに。
メシア教がばか騒ぎをしている。
なんか盛大に勘違いしてんじゃねーのか。
不安感を増すような連中がうようよいる。
奴らに足を引っ張られたらたまらんぞ。
生き延びることを第一義にしておこう。
姐さんのとこへ挨拶に行き激励を受けた。
もう一人の薬師六将にじっと観察される。
本気でこわい。
異界の悪魔はどれくらいおそろしいのか?
人間がおそろしいのか悪魔がこわいのか。
あれが、姉御の気にしているサマナーか。
のんきそうな顔をしていやがる。
けっこう強そうな悪魔たちを従えているから、実力はそれなりにあるのか。
俺には関係ないから、近づかないでおくとするか。
うちのもんにも注意しておこう。
やぶ蛇は勘弁して欲しいからな。
武装の点検を行う。
二人一組で相互確認させた。
放出品の野戦服にコンバットブーツ、拳銃にナイフ。それに背嚢(はいのう)。
チェコ製の軍用小銃、野戦糧食、水筒。
エトセトラ、エトセトラ。
メシア教の姉ちゃんがこっちに近づいてきてなにかやろうとしたみたいだが、姐さんが邪魔をしたので失敗する。
悔しげな姉ちゃんが去った後で、姐さんから説明を受けた。
あの姉ちゃんは、瞬間洗脳が上手いという。
おいおい、『盾』にされるのはゴメンだぜ。
ま、いざとなったらこっちも手段を選んでいられねえが。
この簡易式洗脳装置って上級悪魔にも効くのかね。
……無理っぽいのでやめておこう。
テルス教の薬師六将率いる部隊の後続として異界に入る。
後方警戒と部隊の支援が主目的だ。
俺たちのようなはぐれもんでなんとかなるのかね?
弁当屋の姉さんからたんまり持たされた飯や弾薬や予備銃身や荷物のあれこれは折り畳み式の大八車みたいな車輌に乗せ牽いてゆく。
勿論、シウマイもたんとある。
玉子焼きやおはぎも無論ある。
飯の時間が楽しみだ。
ま、野良犬には野良犬の意地がある。
やれるだけやってみっか。
副官とリャナンシーとアプサラスにケツを揉まれながら、俺はそう決心した。
ま、なんとかなるだろう。