とある国の廃工場跡。
スーツ姿の偉丈夫が片眼鏡を光らせながら吠えた。
「なめるな、小娘! わしら十傑集はビッグファイア様と共にあるのだ!」
強烈な衝撃波を幾つも放ちながら、彼は廃墟を更地に変えようとしている。
対するは美女。
微笑みの美人。
おそるべき相手にもかかわらず、絶世の美女は彼と十分に渡り合っていた。
偉丈夫と同等の身体能力で飛び回り、正に超人同士の戦闘を展開している。
「あなたとはもう少し理解を深める必要があるように思われます。」
「その余裕、どこまで続くかな!」
防戦一方の彼女だが、焦りは一切見られない。
戦いはまだまだ続くように思われた。
マーラ様は魔羅とも呼ばれ、仏敵である。
近年は立川でのんびり暮らす存在たちとの和解めいたものが進み、ついついほんわかしてしまいそうになる。
そんな時、マーラ様はいかんいかんと自身に活を入れるのだ。
そして、先日の戦いに思いを馳せるのであった。
嗚呼、あの時はなかなかの敵対者が揃っておったなあと。
楽しみを反芻(はんすう)した後、マーラ様は苦々しいことを思い出した。
自身の権能を与えた中年男が、さっぱり異性を孕(はら)ませないことに。
その為の力を使わずしてどうするのか。
産ませよ増やせよ地に満ちよ。
他にも適性者を探したが、それなりに適性のありそうな者に力を与えたら皆スライムになってしまった。
残念無念な結果である。
本能のままに女性を襲ったスライムたちは、すべて討伐されてしまった。
今のところ、マーラ様が与えた権能を使えるのはあの中年男だけである。
人間のセカイで力を及ぼすのはつくづく難しいことを痛感するのだった。
マーラ様は童貞処女がどんと減る某人物の生誕日頃に、梃子(てこ)入れしようと考えた。
それから、あの中年男に多数の娘をあてがおうとも。
その為に、数多の女性を相手に出来る力があるのだから。
マーラ様は分身を絶世の美女に変化させ、地上へと送り込んだ。
本体そのもので地上に顕現したいものだが、そうしてしまうと場合によってはハルマゲドンになってしまう。
膨大なマグネタイトが一気に消費されてしまうので、それ自体も悩ましい。
マーラ様は別に地上を滅ぼしたい訳でもないのだ。
先日某所で暴れ回ったが、それはそれ。
マーラ様は快楽の追求に余念がない故。
ともあれ、矢は放たれた。
マーラ様の分身を名乗る美女がオレの目の前に現れたのは、雪のちらつく午後だった。
場所は神奈川県平崎市内にあるシチリア料理店。
なんとも美しく強そうな感じの女性だ。
長身で艶めく黒髪に豊かな胸乳とくびれた腰にキュッと締まった臀部(でんぶ)。
少し悪役令嬢っぽい。
傍(かたわ)らのマヨーネさんがひきつった笑顔でなければ、更によかったのだけど。
なんせその女性は、お茶の時間を楽しんでいた我々の前にいきなり顕現したのだから。
「あなたが本気になれば、如何様な女性でも容易に陥落出来るでしょうに。」
形のよい唇から無垢な言葉をのたまうは、満面の笑顔の美女。
なんとお呼びすればよろしいでしょうと聞いたら、マリアと呼んでくださいと言われた。
「あちこちの娘さんを責任なく孕ませることは、このセカイでは罪悪です。」
どのセカイでもそれは駄目だろう。
合法的ハレムでも築かない限りは。
スルタンや徳川将軍などではないのだから。
「全員認知すればいいでしょう。それだけの財貨はこちらで用意しますし。」
「彼女たちの親御さんたちの問題もありますし、そう簡単にはいきません。」
「なに、娘の家族も全員魅了してしまえばいいでしょう。あなたはそれだけの力をお持ちなのですから。」
マヨーネさんが悪辣な魔王でも見るような目でオレを見つめる。
召喚装置であるイタリア製の高級傘を握る手が白くなっていた。
やめてください、その視線はオレに効き過ぎます。
あと、マリアさんが当たり前のように密着してきて非常に困る。
「なにも問題無いでしょう。子をなした娘は金銭面で援助し、彼女の家族もきちんと優遇する。なにより、あなたが魅了してしまえば抗(あらが)うことの出来る人間など先ず存在しません。なにか問題でも?」
「問題だらけです。」
「わかりました。」
「わかってくれましたか。」
「あなたがお好きそうな女の子を、あなたの元へ次々集めてくればいいんですね。」
「全然わかっていないじゃないですか!」
「先程街行く娘たちを何人も見ましたが、無防備な子が多数いましたよ。ああした娘ならば、あなたに声をかけられたらすぐさまほいほいついてくることでしょう。栄養価の行き届いた清潔で治安のいい社会ですから、彼女たちは多くの子を産めるでしょう。なんとも理想的なことです。」
マヨーネさんが、非道な外道でも見るような目でオレを見つめている。
やめてください、誤解です。
今まで孕ませた娘は数少ない経験に於いても存在しません。
サマナーになってからは、人間の女性とは全然寝ていない。
「あなたと寝た女性は、あなたと離れられなくなります。それに、騙したり裏切ることは一切ありません。だから、安心して何人とでもやればいいでしょう。」
「言われていることが無茶苦茶です。」
「ところで、疑問があるのですけど。」
「なんでしょう?」
「どうして、こちらの女性とはまだ寝ていないのですか?」
結局、マヨーネさんは上司の西事務次官に用事があると言って先に帰ってしまった。
仕事の打ち合わせ自体は、マリアさんの顕現前に終了していたからいいのだけれど。
うーん。
にこやかなマリアさんは……悪魔だから魔の存在であるからして、でも悪質な人間よりはずっといい感じなんだよな。
むーん。
店を出て、家路に向かう。
お、なにか催しをしているようだ。
薄着の若い女の子たちが、野外特設会場でなにか歌っている。
どの少女も可愛らしく、見覚えのあるアイドルが何人もいた。
熱心なファンたちが、電磁サイリウムを振って応援している。
久慈川りせと水瀬伊織もいるし、なんとも贅沢な布陣だよな。
「ほら、あそこの娘さんたちは、皆さんけっこう可愛いじゃないですか? 声がけしてみては如何ですか? 私があなたの代わりに誘惑してもいいですよ。」
よりによって、マリアさんはアイドルたちを指差した。
おえませんがな。
取り敢えず、速やかに住みかへ帰ろう。
うちの仲魔たちとなにやらこそこそと話し合っていたマリアさんは、ぴかぴか光るような笑顔で言った。
「大丈夫です。状況は一通り把握しましたから。」
うちの仲魔たちがマリアさんになにを言ったのか、非常に気になる。
だけど、ちゃんと話してはくれないだろうと予測する。
嗚呼、実に悩ましい督促が来たものだ。
なにが問題なのだろう?
マーラ様の分身たるマリアは考える。
本体からの絶対指令は、この男性と多数の女性とを子作りさせること。
附随する複数の問題は、マリアが率先して片付けることになっている。
故に、彼については一切問題が無い筈だった。
なのに、彼はなにか悩んでいる。
提案した事柄も未だに何一つ了承してもらえていない。
反応自体はしているし、欲望も感じる。
何故、理性であんなに強固に押さえつけているのだろうか?
存在してからさほど時間が経過していないマリアは、知識を有していても経験がない。
それ故に、人間の複雑さがまだよくわからない。
どうやったら、彼は街に溢れている娘たちに手をつけるのだろうか?
あんなにも沢山娘が存在しているではないか。
なにを迷っているのだろう?
好みに合う娘があまりいないのか?
人間は壊れやすい存在と聞いている。
それで気にしているのだろうか?
ならば沢山抱えればいいと思うのだが、そう言うと微妙な顔をされる。
維持費は一切気にしなくていいのに。
よくわからないが、兎に角頑張ろう。
マリアはやり方を少し変えてみることにした。
孫子曰く、『心を攻めるが上策』であると。
彼の心の扉を開かねばならない。
開くためには逃げ道を塞がなければならない。
すべてはそれからだ。
「大丈夫です。全員説得して納得済みですから。」
無邪気に笑うマリアさん。
穏やかな目付きでこちらを見つめる、夫婦や恋人たち。
結界内部の特殊空間。
体育館のように広い。
マットレスが多数敷かれており、ちり紙の箱が何個もそのそばにある。
ここでの時間の流れは、外界とはかなり異なるという。
「なに、簡単なことです。あなたは子供が出来ないご夫婦や恋人たちの手助けをするだけなんですから。」
世界各地から集められた、多数の一〇代から三〇代までの男女。
どの女性も可愛いか美しい。
どちらかの人種がアジア系で黒髪黒目なのには苦笑する。
「子が出来たらいずれにせよ自分たちの子供だと彼らは認識しますし、そのことを疑問にすら思いません。あなたは彼らの子作りの手伝いをするだけです。そこにはなんの問題もありません。だって、出来た子は彼らの愛の結晶なのですから。あなたが混ざっても、愛する相手との行為という認識に変更はありません。あなたはすべての細君の夫でもあるのです。それに実際問題、彼らの中には切迫感のある方々もおられるのですよ。一日も早く妊娠したい女性が過半数ですし。あなたは、入れ替わり立ち替わり補助するだけです。彼らには生活補助金を充分与えますし、あなたはよいことをなされるのです。記録は私が担当しますから、心置きなく子作りに励んでください。」
なんだか言いくるめられた状態で、オレは彼女たちとの子作りに精励(せいれい)した。
マーラ様は地上の様子を見ながら、うむうむと頷いた。
ようやく、あの者が動いたと。
もっと直接的な関係を望んでいたが、こうした形でも子が増えることは喜ばしい。
次世代に向けての種まきはこれからなのだ。
変わりゆくセカイに対抗出来る次世代を、複数用意しなくてはならない。
ニンゲンを滅ぼしたいアクマばかりではないのだ。
新たな時代に向け、可能な限りの策を講じなければならない。
次は特別法案でも可決させるか。
マーラ様はこのセカイの守護者としての義務を果たすべく、配下の悪魔たちに指示を飛ばすのだった。
戦い終わって、日が暮れて。
激戦の連続だった。
存外女性陣が積極的で、男性陣が終始押されぎみだった気もする。
マッスルドリンコを飲みながら、激烈な戦いだったなあと思った。
当分、アレはいいや。
義務は果たしたのだ。
産まれた子供たちがすくすく育つといいなあ。
結界内部では数ヵ月過ごした気がするのだけど、元の世界では一晩経過したくらいらしい。
嗚呼、太陽が黄色く見える。
聖誕祭前夜。
人も魔も賑わう夜。
人間の恋人とイチャイチャする悪魔が何名もいるそうな。
マヨーネさんはまだオレを警戒している。
襲ったりなんかしないのに。
とほほ。
マリアさんは、なにやらまた企みごとをしているようだ。
「ついてきてください。」
そう言われ、えらく張りきったマリアさんの後についてゆくとまたもや結界の中の特殊空間に辿り着いた。
多様な肌色をした薄着仕様の女性たちが、それぞれに用意されたマットレスや小道具のすぐ近くに並んでいる。
多国籍的娘群、といったところか。
「日本を中心に、世界中からあなたが好みそうな娘を集めてきました。」
にこやかなマリアさん。
なんでこんなにいるんですか?
「いずれも二〇歳未満の未婚者です。全員お嫁さんにしてもいいんですよ。」
「それはなんぼなんでも無理です。」
「大丈夫です。お嫁さんにされなくても、引き取り先は全員分きちんと用意しますから。あなたは、お好きなように振る舞っていただいてかまわないんです。」
「はあ。」
「これが、私からの贈り物です。」
いずれも魅力を感じる女性で、どぎまぎしてくる。
困ったなあ。
「それでですね。」
「はい。」
「私からひとつお願いがあるんです。」
頬を赤く染めたマリアさんが、そう言った。
なんだろう?
無理難題でないとよいのだが。
「私はデートというものをしたことがないので、ここでの一戦が終わったらあなたと一緒に過ごしてみたいのです。そして、バウムクーヘンとやらを食べてみたいのです。」
無垢な笑顔で、マリアさんはそう述べた。