神奈川県平崎市矢来銀座。
アーケード型の商店街だ。
昭和の初期からある場所。
矢来羊羹、矢来饅頭、矢来蒲鉾を販売している名店が複数あり、通好みな商店街としても知られる。
オレ自身、ここでよく買い物をするからな。
龍田精肉店でコロッケを買ったり、安い部位の肉や臓物を買ってきてカレーや肉じゃがを作ったりする。仲魔たちにも好評だ。
小料理屋鳳翔やマミヤカフェ、それに伊良湖茶屋や喫茶室速吸(はやすい)のいずれも名料理店。
市内の大和ホテルの扶桑山城亭や洋食大鷹(たいよう)も、老舗に恥じない味わいが素晴らしい。
ホテルコーマに行こうとマヨーネさんから誘われているので、近々赴く予定だ。
郊外にある高級旅館の武蔵旅館にも泊まってみたいものだし、温泉街でゆっくりするのも悪くない。
その矢来銀座にある『生体マクスウェル協会』をマヨーネさんに紹介されたオレは、さっそく訪ねてみることにした。
商店街の奥にある、こじんまりとした店。
金た……じゃない、金王屋の近くにある。
こんなところに店があるとは、今まで知らなかった。
生体マグネタイトという悪魔を存在させるのに必要なモノを、その日の交換利率に応じて換金出来るとか。
逆も可能だそうな。
莫大なマグネタイトを御立派様から貰ったし、マヨーネさんから先日金を貰って一息付いたが、まだまだ現金が必要だ。
仲魔たちと共に中へ入る。
ピクシーは服の下にいる。
「ようこそ、生体マクスウェル協会へ。」
軍服にベレー帽という姿の男性が、カウンターの向こう側にいた。
かなりの量の健康食品が、棚にずらりと並んでいる。
ふっとなにかに気づいたような顔で、彼はオレを見つめた。
目が一瞬輝いたように見えたが、おそらく気のせいだろう。
「おや、あなたは召喚師のようですな。」
「ええ、マヨーネさんから紹介していただきました。」
「成る程、わかりました。今日はマグネタイトを現金に換金なさいますか? それとも、その逆で? 本日の相場はこのようになっております。」
最新タブレットの液晶画面で、居並ぶ数字を見せられた。
取り敢えず必要な金額を脳裏で計算し、換金してもらう。
けっこうな額になった。
これなら当分安心だな。
「またのご利用をお待ちしております。」
オレの住まいから歩いて数分。
川沿いに明石商店がある。
そこは駄菓子屋兼文房具店兼定食屋兼飲み屋で、新鮮野菜も販売している。
敷地に入ってすぐ右に飲食出来る場所があり、入口左手に無人野菜販売区画がある。
また、焼売、餃子の自動販売機があって、それぞれ別の会社のだが、売られているものはなかなか旨い。
店の裏には車を二〇台くらい置けそうな駐車場。
更に奥には母屋。
母屋に隣接して畑があり、およそ八〇〇坪ほどの敷地を有するとか。
胡瓜、ゴーヤ、茄子、枝豆、桃、唐辛子、葱、玉葱、馬鈴薯、梅、ズッキーニ、南瓜、檸檬、西瓜、ハーブ各種、葡萄、林檎、ラ・フランス、サクランボなどなど数十種類の野菜や果実の実りしここは楽園だ。
自家製果実酒も呑ませてくれる。
『桃園の誓い』もリアルに出来るとかで、実際にドラマでも使用されたとか。
また、敷地の端にはお地蔵様が祀られていて、信仰を集めているそうな。
室町時代の昔からあるという。
駄菓子屋奥の座敷傍には日本酒の自動販売機が二つあって、青森県の純米酒と山形県の純米酒がそれぞれ一杯二〇〇円で買える。
冷やと燗が選べるのはとてもいい。
どちらも醸造元が直接見に来るらしい。
昔はこうした酒の自動販売機が普通にあったという。
確かに、金沢駅や新青森駅などで見かけた気がする。
昼は定食が食べられる。
そして肉か魚を選べる。
この辺りでテレビ番組やドラマの撮影が行われることも度々あり、芸能人が飯を食べたり休憩したり着替えたりするらしい。
近くの小学生たちが小銭を握りしめて駄菓子や文房具を買いに来たり、役人や会社員が昼食を食べに来たり、ご近所の人たちが駄弁ったり、夜はサッポロの生ビールで一杯やったり。
朝からお店のお姉さんの畑仕事を手伝ったり、昼を一緒に食べたり、あん肝やホタルイカやモツ煮込みと共に夕方一杯きこしめしてぐだぐだしたり。帰りに野菜をもらったり。
まあ、そんな憩いの場所だ。
生体マクスウェル協会で懐が温かくなったオレは、仲魔たちとたらふく飯を喰った。
翌々日。
グアムでファントムソサエティ所属のサマナーを対象とした射撃ツアーがあるというので、それに参加するようにとマヨーネさんから言われた。
現在使っている小銃では将来的に火力不足となるだろうことが目に見えているので、今のうちに高火力の小銃に慣れて欲しいと言われた。
ちなみにマヨーネさんは爆弾の扱いが上手いそうだ。
いよいよきな臭い話になってくるが、致し方ないな。
港署の鷹山・大下は特別危険な二人だし、腕っこきの女性検察官が動いているとも聞く。
油断大敵だ。
東海道本線に乗って、横浜駅へ着く。
駅前からシャトルバスに乗って羽田空港へ行き、グアムへの直行便に乗って数時間で現地到着という寸法だ。
飛行機に乗りたいと騒ぐ仲魔たちを宥め、羽田空港で食事を奢ると約束した。
羽田空港に無事到着。
引率役で黒ずくめの目立ちまくるキャロル・Aや、同僚のファントムサマナーたちと挨拶を交わす。
キャロル・Aは普段弾き語りをしたり、仲魔のモー・ショボーの歌に合わせて演奏するのだという。
モー・ショボーは翼と一体化したような髪を有し、赤い服を着た女の子風悪魔だ。
彼女の主であるキャロル・Aの方も、印象は強烈ナリ。
ふた昔前のロックンローラーみたいに、黒いレイバンのサングラスと革ジャンと革のパンツを装備。
彼の愛用するエレキギターはフェンダー社のストラトキャスター擬きで、悪魔召喚器も兼ねている。
「俺が引率するより、宇良江の方が適任だと思うんだけどよ。」
ぼやくはイカしたロッケンローラー。
愚痴を聞いている内に仲良くなった。
他のサマナーたちとも仲良くなった。
案外、皆普通の人間みたいに見える。
全部で八名。
飛行機は問題なくアントニオ・B・ウォン・パット国際空港に到着し、入国審査の手続きも滞りなく済んだ。
いつの間にかフードコートにいた、アリスやピクシーやハコクルマがこちらへ手を振っている。
現地仕様っぽい服になっていた。
「ハファ・アダイ!」とか言っている。
チャモロ語でこんにちはという意味だとか。えらく馴染んでいるな。
あれ?
再召喚していないんだけど。
モー・ショボーまでキャッキャッとしていることに、キャロル・Aが驚いていた。
まあ、そうなるな。
「アンソニーが迎えに来るまで、少し時間がある。今のうちになんか食べとこうぜ。」
キャロル・Aが提案し、それは即座に可決された。
ラーメン、うどん、カレーにおにぎりと日本食の店が普通に並んでいる。
ハンバーガーの店もあった。
隣の店のホットドッグを食べる。
これはなかなか旨いな。
ハンバーガーを食べたキャロル・Aがしかめ面をしていた。
仲魔たちは旺盛な食欲で、ムシャムシャと勢いよく食べる。
アンソニーという、どことなくチャラチャラした感じの優男が迎えに来た。
仲魔たちを見てウヒウヒと喜んでいる。
大丈夫か、こいつ?
ミニバスに乗って移動。
今回は射撃教官付き。
現地従業員たちと元フランス外人部隊の伍長と女性教官。
マンツーマンらしい。
初日と二日目は屋外型射撃場で、三日目は屋内型射撃場。
朝から晩までひたすら撃ちまくる予定だ。
帰国後は群馬や埼玉の射撃場に通う予定。
初日。
約二〇〇種類の銃器があるという屋外型射撃場へ赴き、MG42(半自動射撃のみ)やバレットM82A1などを撃つ。
機関銃の全自動射撃はクラスⅢの許可証が必要だそうで、それは無理だとか。
まあ、携行型兵装には出来ない重さだ。
軍用拳銃もここぞとばかりに撃つ。
兎に角撃つ。
いろんな銃を撃ってみた。
キャロル・Aは手慣れた感じで回転型弾倉式の大口径リボルバーを撃っている。
他のファントムサマナーは、おっかなびっくりしながら撃つ者から比較的様になっている者まで多種多様。
オレは専属教官の青いスーツを着たマリーさんに密着されながら、射撃術をみっちり仕込まれる。
筋は悪くないと言われた。
「あの、当たっているのですが。」
「あら、勿論当てているのです。」
出前のピザを食べ、ドクター・ペッパーを飲む。
女性悪魔たちはケーキと珈琲を楽しみつつ、なにやらガールズトークをしているようだ。
自由だな、あの子ら。
夜はステーキ。
旨し!
二日目。
初日とは別の屋外型射撃場。
自動小銃やら狙撃銃やら短機関銃やらを撃ちまくる。
今日は移動しながらの射撃。
マリーさんは相変わらず体を押し付けてきた。
理性を最大展開するが、内なる野獣がヤバい。
女性悪魔たちは昨日同様、甘いものを食べながらガールズトーク真っ最中。
なんだか人数が増えているように見えるけれども、気にしない気にしない。
昼食にハンバーガーを食べて、ゲータレードを飲む。
夕食はバーベキュー。
ロブスターやタラバガニや牡蛎や牛肉や鶏肉や野菜などがてんこ盛り。
まさにアメリカーンな感じ。
旨し!
三日目の最終日は屋内型射撃場。
空調も防音もきっちりしている。
マリーさんが本日もぐいぐい体を密着させてきた。
昼食はピザでコークを飲む。
土産物の販売もしているので、スミス&ウエッソンのボールペンや銃器運搬用ケースを購入。
射撃用眼鏡も併せて買った。
アウトレットの店のフードコートで夕食。
女性悪魔たちがわいわい言いながらもりもり食べている。
もはや、誰も突っ込もうとしない。
別れを惜しむマリーさんに手こずった。
帰りの空港で、五時間待ちと告げられる。
あちらで機体の問題が発見されたらしい。
よくあることだとか。
自由行動となって、免税店を覗き回った。
マヨーネさんや知り合いに土産を買おう。
帰国したら、もう一回生体マクスウェル協会に寄ろうと思う。
「さ、食べに行きましょ。」
当たり前のようにアリスがオレの手を取る。
小さな手。
人と魔はどう違うのだ?
「考えるな、感じろよ。」
オレの考えを読み取ったかのように、魔の娘はやさしく微笑んだ。