ぬばたまの闇夜の、結界空間の中。
異形たちが明日への命を紡ぐため、己の欲望を満たすため、同胞或いはそうでないモノたちと今夜も死闘を繰り広げている。
闇に溶けそうな濃緑色のフィッシュテールドレスを身にまとった美女が、敵対する爵位持ちらしき高位悪魔へ全速突進した。
「喰らいなさい! 双竜剣!」
彼女は両手にもった短剣を頭上で打ち合わせて輝かせ、魔法障壁を斬り裂き、敵対者自身をズサリズサリと斬り刻んでゆく。
「ぬうっ! 人間ごときが……ナメるな! 猛(たけ)き稲妻よ! 敵を貫け! マハジオ!」
魔法を相手との至近距離で唱えた悪魔は、だが、そこに直撃させた筈の人間がいないことに気づいた。
「ぬ? バカな!?」
「これならどうです? 冷たき波動よ! 凍れる凍土の女王よ! あらゆるもの凍てつかせる竜巻となりて敵を討ち滅ぼせ! ダブルマハブフダイン!」
マヨーネといつの間にか彼女のそばにいたイケメン英雄系悪魔が、同じ呪文を詠唱する。
凍てつく二つの竜巻が巻き起こり、ぬおおと叫ぶ悪魔を包んで空高く打ち上げていった。
そこへ彼女が追撃をかける。
「とおっ! 必殺! 烈風正拳突き!」
魔力をまとった正拳が、高位悪魔の身体を貫いた。
「ごふっ!」
たまらず、体内のマグネタイトを吐く爵位持ち悪魔。
度重なる痛撃のため、既にこの世に現界していた彼のカリソメの肉体は限界を迎えている。
後は消滅するのみであった。
だが、ただでは死ぬまいぞ。
「く、くくく……。」
「なにがおかしいのです?」
半ば身体を失いながらも、悪魔は笑っている。
「このオレを倒したとて、まだまだ高位の悪魔には事欠かんのだ。そう、魔界だからな。」
「臨機応変に闘うべき相手とは闘い、手を結ぶべき相手とはそうします。」
「世迷い言を。我々悪魔は貴様たち人間などと手を組むことなぞないわ。」
「あら、まだ知らないのですね。」
「なに?」
「あなたが情報戦に疎いことはわかりました。それも一応の収穫でしょう。」
「な、なにを言っている?」
「サンゲ!」
「げふっ!」
動揺しながらとどめの一撃を喰らい、本来ならば悪魔適性の無い一般人に無双したであろう魔族は敢えなくそのカリソメの命を散らした。
マヨーネはぽつりと呟く。
「殺したら殺す、それでは何時まで経っても終わりが無いんです。私たちは人間です。たとえ敵が極めて邪悪な存在だとしても、私たちまでがそんな邪悪に成り下がる必要性はありません。」
彼女のもとへひっそりと男前な仲魔たちが集まり、やがて全員が闇へと速やかに消えていった。
闘いは続く。
夢
そう、これは夢
夢の中で俺はなにかと話をしている
その存在は俺にこう語りかけてきた
こいつは悪魔か?
「あなたに力を授けましょう。」
「力?」
「ええ、悪を滅するための力。」
「何故、くれる?」
「この世の悪を排除するため。」
「悪?」
「そう、邪悪を倒すための力。」
「邪悪?」
「ほら、思いついたでしょう?」
「ああ、あいつらのことだな。」
「出来るだけ多く殺りなさい。」
「おう、殺ってみせるからな。」
「貴方の働き次第で……。」
「どうした?」
「……勢力……暗……拡……。」
「よく聞こえないぞ。」
静寂が残った闇
俺しかいない闇
殺り方はわかっている
奴は悪魔に違いない
素晴らしい力を得た
目標も既に選んでいる
淡々と実行すればいい
あいつらを皆……
街頭で選挙活動が繰り広げられている。
必死に空虚な目標を熱弁するは候補者。
やりそうもなく、出来そうもないことを汗水たらして言い続けていた。
自分自身を騙せるからこそ、そのようなことが出来るのかもしれない。
応援に駆けつけてきた大臣は汚職疑惑でほぼ真っ黒だが、一切認めずに今日もへらへらしている。
事情聴取もされない。
書類送検もされない。
なーんにもされない。
悪いことをしても裁かれない。
法も神もアレを罰しないのか?
彼は激怒した。
不正を平然と行う輩に、鉄槌をくださねばならぬと決意する。
よろしい、ならば滅びの言葉だ。
悪魔の力を身につけた成果、奴のあの身体に刻みつけてやる。
「シェルクーンチク。」
ぼそぼそとした小声で彼は必殺の言葉を唱える。
男の大切なモノを砕く、滅びの言霊。
くるみ割り人形の幻影が、その手に握った笏杖(しゃくじょう)をオトコの急所へ思い切り叩きつけた。
いとも精確に。
ニヤリと嗤(わら)ったマボロシが消え、効果はすぐにあらわれる。
「ぐああああああっ!」
二個ある内の一個の胡桃が割られた。
激痛でのたうち回る現役の中年大臣。
貴様に翻弄された人々の無念を知れ!
容赦なき追撃が汚職政治家を襲った。
「シェルクーンチク。」
「がああああああっ!」
再び幻影がその手の笏杖を叩きつける。
陸に上がった魚がびくんびくんするように跳ね回っていた汚職政治家は、一際激しく痙攣(けいれん)した直後にやっと静かになった。
どうやら、心臓がもたなかったようだ。
あまりの事態に、人々は時間が止まったかのように身動きすら出来ていなかった。
少し経って、救急車が現場に到着する。
救急隊員が蘇生用の道具を議員に使い、蘇生を試みた。
「蘇生、急げ!」
「充電、完了!」
バツン!
ビクン!
陸に上がった魚のごとく、議員がはねる。
「もう一度!」
「ダメです、蘇生しません!」
「もう一度!」
よし。
腐った魚はもういない。
これで少しは風通しがよくなっただろう。
そろそろ次の目標を無力化しに行こうか。
さてさて、今日中にあと何人殺れるかな?
目立たない感じの若者は、その場を静かに去っていった。
オレはいつものように、平崎市内にあるマヨーネさんの事務所に呼び出された。
暑い日差しがジリジリと肌を焼く午後。
アイスクリンでも食べたいものだな。
豪華な内装の部屋で奇妙な話を聞く。
上級国民的な人物が最近次々に死んでいるそうなのだけれど、それはどうも特殊な技能を有する者の仕業らしい。
「『ナットクラッカー』?」
「ええ、対象はそう名付けられました。」
「ええと、くるみ割り人形でしょうか?」
「そうです、英語だとナットクラッカー、ロシア語だとシェルクーンチクですね。」
「へえ。」
「被害者はいずれも所有するすべての『胡桃』を破壊され、それによる激痛で苦しんだ挙げ句に亡くなっています。」
「うわあ。」
神出鬼没らしき相手のようで、ヤタガラスやクズノハも非常動員しているそうだ。
返り討ちにあった者が何人もいるとかで、重々警戒しながら事態の収束に尽力するように言われた。
『胡桃』を砕かれるのは厭なので、見敵即殺でいかないと駄目かもな。
テレビジョン。
マスメディア。
正しいことを伝えるとは限らない報道機関の出力装置のひとつたる司会者たちが、重々しい口調で文章を読み上げてゆく。
「次のニュースです。昨日都内及び神奈川県での選挙戦の応援に駆けつけた衆議院議員の内、八人が心不全で亡くなりました。また、昨日生放送出演者の内七人が心不全で亡くなりました。警視庁及び警察庁では事件性が無いものと判断している模様です。街頭演説での死亡当時に於ける現地の最高気温がいずれも猛暑にあたる三五度を上回っていたため、心臓に強い負担がかかったとの見解も発表されています。ただ今、首相談話が届きました。それによりますと事件性との認識はなく、天候と過労からくるものではないかとの認識を示しました。この後は、最近噂の多い怪奇現象に迫っていきます。本日のゲストは今怪談語りで注目を集めているメケメケさんです。お楽しみに。」
軽々しい感じのチャラ男がニヤニヤしながら、司会者との対話にのぞんだ。
「ところで、メケメケさんはこの一連の事態をどうお考えですか?」
「警察はね、そもそも自殺か他殺かわかんない状況だとすぐ自殺にしたがるよね。」
「そうでしょうか?」
「だってさ、警察って事件性が無いって判断したら、助けを求めてくる人たちだって見殺しにするんだよ。実際、それで何人も死んでいるよね。あ、怪奇現象の話しないと。でさ、霊感無いけど幽霊とか変なモノ見ましたって意味わかんないこと言う人いるじゃない。」
「そういう人っているんですか?」
「いるいる。じゃあ、霊感ってなにさ、って話になるよね。本当のことです本当のことです嘘じゃありません、って強調すればするほど怪しくなるってのにさ。その上で霊感無いってなに? 実話怪談って訳わかんないのが流行っているし、言ったもん勝ちみたいなところはあるよね。ところで、大霊界って知ってる?」
「えーと、すみません、わかりません。」
「あ、そう。でさ、霊感があるっていうとよほど都合が悪い訳? 霊能者もインチキが多いから注意しないといけないからね。大半が詐欺師か思い込みだしさ。修行したって、そんな連中が霊を追い出せる訳無いじゃん。あとさ……。」
装備の点検を行い、金王屋で買い物をした後、マヨーネさんの下を再度訪れた。
新しい情報が入ったらしく、彼女の口からそれが語られる。
「複数の街頭監視装置の映像を入手し解析した結果、この人物が九割七分八厘の確率で被疑者と目されています。」
マヨーネさんから一枚の写真を渡された。
写真の裏には、表の人物の名前や年齢や経歴などが詳細に記入されている。
こわいなあ。
「対象のもとへ向かわせた人員は、全員が返り討ちにあいました。」
「相当の手練れ、ということですか。」
「返り討ちにあった全員の胡桃がすべて砕け散っていたそうです。」
うわあ。
特殊な武術でも使うのか?
タマらんなあ。
テレビジョンの司会者が無表情で淡々と文章を読み上げる。
美しく、それでいて冷ややかな雰囲気の女性が読み上げた。
「次のニュースです。昨日財界の関係者が多数出席した会合で少なくとも二〇人は死亡していると、警視庁から発表がありました。現在のところ、原因は判明しておりません。現時点で警視庁は事件性がないと判断している模様です。食中毒の疑いがあるとして、現在、厚生労働省の担当者が関係者から事情を聞いているとのことです。」
「先ほど入ってきましたニュースです。生中継でネット配信を行っていたヨシヒロ氏が一時間ほど前に突然死亡しました。ヨシヒロ氏は四〇歳で、ネット上の鬼才として知られていました。歯に衣きせぬ発言で人気を博していましたが、その反面、敵対する勢力を作った挙げ句に襲撃されることもしばしばでした。ヨシヒロ氏の死に事件性が無いかどうか、今夜にも司法解剖される予定です。」
「次のニュースです。本日、神奈川県平崎市にある広域暴力団天堂組の構成員八人の死亡が確認されました。天堂組では近年抗争を行っておらず、特に敵対する組も現在は存在しておりません。神奈川県警は天堂組の本部がある天堂邸を機動隊によって完全包囲し、平崎警察署と連携して組長や生き残りの構成員から事情を聴取する予定です。」
「次のニュースです。都内及び神奈川県の少なくとも五ヵ所の廃墟で、死体がそれぞれ複数発見されました。その大半は二〇代から四〇代の男性と見られ、服装や所持品などから反社会的集団と推測されており、現在、警視庁及び警察庁は不用意に廃墟へは近づかないよう、強く呼び掛けてゆく方針です。」
「次のニュースです。国内外へと生中継を行った外国の大統領や首席などが次々死亡していることと選挙戦での相次ぐ国会議員の死亡を受け、政府はなんらかの手段による暗殺行為が行われていると想定し、今月中にも対策本部と諮問(しもん)機関の対策有識者会議を設置する方針です。会議のための予備会議は初会合の翌週に行われる予定で、本会議による調整を行い、対策有識者会議と調整を行った後に再度検討会で審議する予定です。なお、今回の件について、自衛隊の動員は見送られました。」
「次のニュースです。最高裁判所の判事三人が本日続けざまに死亡したと、内部関係者からの情報で判明しました。最高裁判所はこの件についての詳細を明らかにしていませんが、該当する判事の生存報告は今に至るも行われておりません。続いては気象情報です。」
既に戦闘は終了していた。
救援要請に従って辿り着いた夜の公園は、複数の人間の死体が転がる異界となっている。
いずれも外傷が見当たらない。
召喚師と思える死体も複数あった。
召喚装置を握ったまま、皆絶命している。
それは、一人二人どころじゃない。
想定が正しいなら、厄介な相手だ。
広場にさえ死体が幾つもあり、その真ん中では荒い息をしている青年がいた。
『彼』か。
『彼』が目標か。
『ナットクラッカー』と名付けられている青年は、一見どこにでもいそうな感じの人物に見えた。
だが、そのギラギラした目付きが異様だ。
何人も黄泉路を渡らせた死神の目付きだ。
現在エモニカスーツは着ていないし、仲魔も連れていない。
下手に召喚すると、全員返り討ちにあうのではないかと考えたからだ。
召喚師が倒されたら、仲魔は暴走する。
マグネタイトをすべて失うか敵対者に倒されるまで、暴れる可能性があった。
ある道具をポケットの中で握り締める。
想定が正しいならば、これが正解の筈。
気だるげな表情の青年が、オレに向かって億劫(おっくう)そうに口を開いた。
「邪魔するなら排除する。この世は間違っているから、俺が正さなくっちゃいけないんだ。」
「考え直す気はありませんか?」
「なんで? 本当に悪い奴らが裁かれない状況は異様だよ。司法が機能していないじゃないか。罪なき人々が泣き寝入りする悪循環な環境を、根本的に完膚(かんぷ)なきまでに打ち壊す必要があるんじゃない? 俺にはそれをなすだけの力がある。だから、それを行使する。それだけの話さ。」
「その考えは間違っています。」
「なんで? 間違っていることを間違ったままにする方がよほど間違っているんじゃないの?」
「あなたのやり方は私刑です。あなただけの都合や匙(さじ)加減次第で行われる私刑に、公平性はありません。だから間違っているんです。」
「ふーん。あんたは間違っている奴らの肩を持つんだね?」
「積極的に肩を持ちたくは無いですが、あなたのやっていることはテロリズムです。暴力で事態を解決することは、法治国家に於いてやってはいけないことです。」
青年の気配が一気に禍々しくなってきた。
「そうか。わかったよ。じゃあ、死ね! 喰らえっ! シェルクーンチク!」
オレは即時に禁凝符(きんぎょうふ)を発動させる。
これは、金王屋で扱っている優秀な呪符のひとつだ。
術が眼前で展開され、それは青年の放った技を受け止めそのもとへと跳ね返した。
笏杖を振るい下ろし、それを弾かれたくるみ割り人形の幻影がほんの一瞬見える。
弾かれた笏杖の向かう先は……。
「がああああああああああああっ!」
悲鳴をあげて男がのたうち回った。
嗚呼、これは相当痛いに違いない。
「あの、もうこういったことは……。」
「だ、黙れ! シェルクーンチク!」
青年が狂気めいた形相で術を放った。
オレは再び禁凝符を静かに展開する。
そして、決着がついた。
私は今日も布教活動に邁進(まいしん)している。
撮影会、握手会、演奏会、と仕事は多岐に渡っていて実に目まぐるしい。
それでも、救われる人がいるのなら私はその使命をまっとうするだけだ。
最近は声の仕事も多くなった。
朗読、説明語り、アニメーション。
魔法少女が世界を救う映画も既に六作目となっていて、今回私はなんと魔法少女の一員になれた。
ちなみに最初の作品では群衆の声(ガヤというらしい)、二作目から四作目までは女生徒ABC、昨年の五作目では主人公の友人役を担当した。
一般の劇場公開は未だに出来ていないのだけど、その分信者の皆さんに楽しんでもらえるように心の底から尽力している。
有名な声の仕事をしている人たちと共演出来るなんて、まるで夢みたいだ。
私の上司が大のアニメーション好きで、仕事以外の全力を魔法少女作品につぎ込んでいるらしい。
作画枚数は基本的に秒間一五枚。
これを一作八〇分ほどの中に詰め込んでいる。
最終目標の敵との闘いでは、秒間一八〇枚使っているのだとか。
最新作の魔法少女の変身場面は秒間二五コマで、八〇秒ほどだ。
初期の魔法少女の変身場面は六〇秒ほどで秒間一八枚くらいだったらしい。
伝説の魔法少女の変身場面では六〇〇〇枚使ったと言われ、上司は天使様から直接苦言を呈されたそうだ。
「反省はしている、だが、後悔はしていない。」と後に関係者へ語った上司は大物なのか大馬鹿者なのか。
上司によると、いきなり我が教団が活躍するお話をやりなさいと上の人たちから丸投げされたそうだ。
そこで自分の好きなアニメーションを作っちゃえと考えた上司は、コペルニクス的発想の持ち主なのかちょっとアレな人なのか。
作画枚数は通常の三倍かそれ以上にしちゃうとか職人的な原画の人にめちゃくちゃ頑張ってもらったりとか、予算をふんだんに使えるからこそ出来る荒業だと思う。
魔法少女関連の商品は信者の皆さん以外にもよく売れていて、今では教団の大事な収入源のひとつと化している。
上司は魔法少女のお話を毎週ネット上で放送しようと画策したらしいけど、あまりにも大きな予算を要求したために敢えなく却下されてしまった。
しょげた上司を見ていると少し悲しくなるけど、また不死鳥の如く復活するだろう。
そう、同人誌即売会に個人で参加して生き生きした姿を見せる彼ならばそれは容易。
例年通り、私たちもまた魔法少女の扮装をして上司の助手をすることになるだろう。
私は私の使命を果たすのみ。
今夜はラヂオの仕事が待っている。
一生懸命、言霊を尽くすとしよう。
すべては愛のために。