街頭にて無許可で行われる独演会。
あちこち擦り切れた浅葱(あさぎ)色の幟(のぼり)を立て、不健康そうでくすんだ茶色い服装の中年男性が自らのにおいを気にしないままに嬉々として喋り始めた。
男は、今日も楽しそうに差別的な言葉を吐き散らす。
使い古された拡声器から聞こえるは、やや割れ気味のなんとも不快なかすれ声。
呪いのように撒き散らす。
顔をしかめた警察官が来ても平気の平左。
捕まったとしても数時間で釈放だ。
大抵は。
お小言なんて馬耳東風。
自分が正しいと思い込んでいるから。
男の心は既にどこかが壊れていた。
妙なモノを信じきって、疑いもしない。
反対意見に対し、猛然と怒鳴り散らす。
論理的に破綻していても、それはそれ。
そんな男は周囲の冷たい視線もへいちゃらだ。
いつもならば二時間ほどは好き勝手なことを言いまくるのだが、その日は違った。
パスッ。
なにか小さな音がした。
痛っ。
男は左の足元を見る。
古びた黒いサンダルの爪先部分に穴が開いていて、血が流れ出している。
なんだこれ?
もう一度、パスッと音がした。
今度は反対側の爪先部分に穴が開く。
なにが起きている?
混乱している内に、右手の甲に穴が開いた。
痛っ!
前を見る。
黒いスーツを着た平凡な感じの若い男性が黒い塊を構えていた。
顔はなんだかよくわからない。
黒い筒が塊の先に付けられているためか、妙に長い感じがする。
消音器?
抑制器?
は?
もしかして、拳銃?
え、玩具銃や空気銃じゃなくて?
ホンモノ?
ここ、日本だぞ。
昔の日本じゃないんだぞ。
あれ?
なんで?
なんで?
なんで、撃たれてんの?
男は更に混乱する。
その後、無防備な彼はちっちゃな弾を何発も手足に喰らった。
撃ち終えたらしい銃から弾倉を引き抜き、男性は丁寧に弾込めしてゆく。
ほんの小さい弾だが、世界中でニンゲンの命を沢山奪っている。
第二次世界大戦頃の鉄兜だって貫通する威力がある実力者の弾。
ぼんやり眺める活動家。
まるで非日常の光景だ。
嘘みたいな状況である。
信じられない。
なんで撃たれなきゃいけないんだ。
こいつはなんの権利があって撃つ?
異様なのは周囲だった。
無関心に通り過ぎてゆく表情無き人々。
男を囲む無表情の人々。
誰もなんにも言わない。
なんだこれは?
立っていられなくなり、男はへたりこむ。
痛みにうめくが、容赦なく弾は降り注ぐ。
避けることを忘れたような男に降り注ぐ。
金属のちっぽけな塊が、男に穴を開けていった。
両手両足をどんどん撃たれつつ、男は泣き喚く。
なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ?
僕はなにか悪いことをしたのか?
僕はただ主張していただけだろ。
僕は正当な権利を行使しただけ。
平和なやり方をしていただけだ。
それなのに。
なんでだ。
止めろよ。
止めろよ。
止めろよ。
止めて。
止めて。
止めて。
止めて。
止めてください。
止めてください。
止めてください、お願いします。
なんでまだ撃つんだよ、こんなにお願いしているのに!
止めて。
本当に止めて。
止めろよ。
止めろって言ってんだろ!
止めてください!
止めてください!
どうしてやめないんだよ!
やがて。
弾を撃ち尽くしたらしい男性が無言で薬莢を拾い、静かに去ってゆく。
男を囲んでいた人々も、なにも言わぬままに散り散りになっていった。
さっきまで泣き喚いていた男のいた辺りにはもう、なにもない。
雪がばんばん降り注ぐ府中競馬場。
馬にも建物にもヒトにも容赦なく降りかかるものの、熱気と熱狂があっさりと雪を溶かしてゆく。
こんなところで任務の指示を受けるだなんて。
八階の特別観覧席。
ここで取り敢えずは、マヨーネさんと共にお馬さんの駆けっこを見る。
今日は、彼女の持ち馬も走るそうだ。
曰く、グランデな走りをするらしい。
皆がお馬さんの駆けっこに夢中になるのを横目で見つつ、マヨーネさんの話を聞く。
活動家や配信者が何人も行方不明になっているらしい。
おまけに、悪魔召喚師も何人かそうなっているという。
派遣したファントム・ソサエティのサマナーも連絡がつかないと言われた。
しかも、割と強い仲魔を連れていたような奴がだ。
不味いじゃあないか。
そこでオレに白羽の矢が立ったのだとか。
ヤれるかねえ。
「走る、走る、走る! ワカマツホマレが
先陣を切ってゴールに迫る! そこに肉迫するのはサツマオトメ、チョーシューシックス、トサスイコー! さあ、三頭はワカマツホマレの勝利を阻止出来るのか! 一体全体、どの馬が栄光のゴールを飾るのでしょうか! ハルヨコイも懸命に追いすがっている! いよいよ決着は目前です!」
彼女の助言通りに終わりの駆けっこに賭けたら、まあまあ儲かった。
これでなにか旨いもんでも喰うかな。
悪銭身につかず、と言うからさっさと飯代にしてしまおう。
こういった状況には慣れないことだ。
今回持っていくのは、三〇口径の瑞西(スイス)製半自動小銃。
スリル博士経由で新しく入手した、最近の銃だ。
軽量で反動が少なく、取り回しがしやすい火器。
これまでに撃ってきた小銃の中でも使いやすい。
若い会社の製品だが、伝統的なしがらみに囚われない強さがあるのだろう。
たぶん。
おまけに銃床が折りたたみ式だから、持ち運びしやすい。
これからはこういった新しい火器を作る会社が伸びてゆくのだろう、おそらくは。
新規に入手した四五口径の独逸製自動装填式拳銃も、慣れておかないといけない。
四五口径高速化弾は対悪魔用に強化されているため、銃自体も頑丈にされている。
白耳義(ベルギー)製の自動装填式拳銃もよさそうだったし、他によさそうな拳銃もあった。
今度試してみるのも悪くない。
関東山中にある射撃場へ行き、取り敢えず両方共二〇〇発くらいずつ撃っておいた。
ピクシーが友達と遊びに出かけたいと言っていたので許可する。
自由だなあ。
情報屋から得た手掛かりを元に、とある廃工場へと辿り着いた。
ここからはどうなるかわからない。
辺りに人の気配は無い。
なんとも言い難い、敢えて言うとお化けでも出そうな雰囲気さえする。
装備を確認し、小銃の薬室に弾を送り込んだ。
安全装置を作動させ、引き金を引かないように留意しないとな。
自動装填式拳銃も同様に遊底を引き、初弾を薬室に送り込んだ。
こちらは撃鉄戻しを操作し、撃鉄を寝かせる。
これでよし、と。
仲魔を召喚しようとしたが、何故か出来ない。
おかしい。
ここら一帯に干渉術式でも組まれているのか?
もしかしたら、事前に召喚していたとしてもここに入ると強制的に戻されるのか?
随分と厄介なことをしてくれる。
廃工場に入った瞬間、地べたに伏せた。
ちっこい金属の塊が頭上を飛んでゆく。
微かな違和感を無視しなくてよかった。
おーおー、いい挨拶だな。
安全装置を解除して、と。
そちらへ三発撃ち込み、遮蔽物(しゃへいぶつ)に飛び込む。
視線を下げると、胸当てに弾の当たった跡があった。
ほう、やるじゃあないか。
いい腕だ。
二発も撃っていたのだな。
手練れか。
黒い影が見える。
ん?
人じゃないのか?
弾倉ひとつ分以上撃ち、少なくとも数発は確実に当てた。
それなのに相手はぴんしゃん動いている。
余程いい防具を身に付けているのか?
或いは、銃撃の威力をある程度弱める力でもあるのか?
銃撃を繰り返す。
相手はしぶとい。
当てても当てても撃ち返してくる。
向こうの弾は小さいので、致命的な部位に当てられない限りは脅威にならない。
ならないのだが、相手が冷静沈着なので油断大敵だ。
何発か喰らったが、防具部分に誘導しているので無問題である。
おそらく、行方不明になった悪魔召喚師たちは撃ち合いになった結界、間隙を突かれてヤられたのだと思う。
小口径弾だと侮ったか。
隙間を撃たれ、出血死したのかも。
時間をかければかけるほど、奴にとって有利な状況となる。
じわじわとなぶり殺しにするのが好きなのかもな。
正直しんどいけど、走れ走れ走れ。
あっ!
足元の廃材に気付かず、つまづいてすっ転んでしまった。
しまった!
おまけに、持っていた小銃をちょっとばかり離れた場所にすっ飛ばしてしまう。
不味い!
いつの間にか近づいていた黒い影がニヤッと笑い、銃口をこちらに向けてくる。
腰の拳銃を抜く前に撃たれてお陀仏か。
皆、こういった感じで殺られたのかな?
嗚呼、死ぬのって割と散文的なんだな。
「空蝉(うつせみ)に忍び寄る叛逆の摩天楼。我が前に訪れし漆黒の迅雷。今、黒き焰をまといて現界せよ! 穿(うが)て! メギドラオン!」
ピクシーか!
刹那、漆黒の半球が黒い影を覆う。
か細く甲高い悲鳴が上がった。
「助けに来たよ、サマナー!」
「ありがたい!」
よくここに来れたな。
術式の力が弱まっているのか?
核熱の威力に苦しむ彼。
小銃のもとまで辿り着いて拾い上げ、膝撃ちで構えた。
パンパンパンと弾倉に残っていた弾丸を対象にすべて叩き込む。
撃ち尽くした小銃をかたわらに置き、自動装填式拳銃を構えた。
呪文の効果が切れ、弱った黒い影が現れる。
さっきよりも少し色褪せて見えた。
それでもなお、銃をこちらに向ける彼。
そこへ容赦なく高速化型四五口径弾を撃ち込む。
彼は先程と違い、銃の威力を抑え込むことが出来ないらしい。
弾倉ひとつ分を撃ち切り、それを新しいものに交換して更に撃ち込んだ。
影が崩れ落ち、地面に溶けるように薄くなってゆく。
弾倉を交換し、油断せずに彼のいた辺りへ近づいた。
溶けてゆく。
溶けてゆく。
どんどんと。
そして。
『彼』のすぐ近くへと向かう。
そこにはもうなにも無かった。
そもそも存在しなかった如く。