人は、カニクリームコロッケの虜なのか?
選択せよ、ひっそりと一人で食べるか、皆で食べるかを。
早春の昼下がり。
マヨーネさんに呼ばれてマニトゥ平崎の事務所に行くと、なんだか勇ましい女傑という感じの美人が彼女と談笑していた。
赤と黒に彩られたスーツを着ていて、長い髪に長身で頼り甲斐のありそうな人だ。
「嘉屋さん、彼がウチの期待の幹部候補生です。」
「えっ、マヨーネさん、そんな話は初耳ですが?」
「ふむ、あまり鍛えてはいないようだが、よい仲魔を連れている。普通に連れ歩けるとはかなり生体マグネタイトを持っているんだな。これなら、我が安底羅(あんちら)隊でも充分やっていけるだろう。どうだ、ウチに来ないか? 今なら副長待遇で受け入れるぞ。」
「はい?」
「相変わらず、即断即決即実行が信条ですのね。」
「戦場では一瞬の判断ミスが命取りだ。直感を重んじるのは当然だろう。彼は実にいい男と思う。」
「紹介が遅れましたわね。彼女はテルス教の嘉屋さん。薬師六将の一人で、安底羅隊隊長でもある勇猛な方ですわ。」
「テルス教、というと最近勃興している新興宗教の?」
「元々は真如来教を基盤とする教団でな。明治の頃に立ち上げられた宗教団体だ。それが今ではテルス教という看板を掲げている。自衛隊の上級将校にも敬虔な信徒がいるぞ。私自身はミロク派に属している。」
「ミロク派、ですか?」
「平たく言うと穏健派さ。」
「成る程。」
「テルス教は実力主義の傾向が強くてな。自由と混沌を重んじてはいるが、力無き者を軽んずる者も散見される。私の属するミロク派は、価値観の相違に極力寛容であろうことを旨としている。強き者は驕るべからず、が理念さ。まあ、飲み会ともなると隊長たちが奢ることもあるから、金策に苦戦することもある。」
「大変なんですね。」
「私の兵隊は皆優秀だからな。猪口才な悪魔は鎧袖一蝕(がいゆういっしょく)さ。」
「それは素晴らしい。」
「だから、常時優秀な兵隊……いや、貴方の場合は私の副長待遇でどうだ? やはり欲しくなってくるな。」
「困りますわよ、嘉屋さん。私の目の前で彼を口説かれるのは。そのような引き抜きは、重大な協定違反になりましてよ。」
「ああ、すまない。こんなに見所のある相手が来るとは思わなかったもので、思わず興奮してしまった。最近、メシア教とのいざこざが増えているから少しでも戦力を調えたいんだ。」
「そういった事情はファントムソサエティでも同様ですわ。命令系統が滅茶苦茶で基幹戦力がボロボロで派閥が対立ばかりしていて戦闘員を使い捨てにするような組織なんて、じり貧になって衰退する一方ですものね。」
「マヨーネの所は、ショッカーの戦闘員を多数捕獲したじゃないか。こちらとしては正直羨ましいぞ。」
「彼ら彼女らをこれから再教育しなくてはなりませんし、育成には時間がかかりますわよ。即戦力の人材を登用して持ち去られたら、それこそ冗談にもなりませんわ。」
「そして、失われるのは一瞬だ。」
「そう、理不尽な暴力の蹂躙で。」
「それで彼を貸して貰えるのか?」
「先程のような協定違反が無ければ、問題ありませんわ。」
「はは、協定違反などしないさ。」
「それでですね、今回は封霊塔の騒ぎを解決してもらいたいのです。」
「封霊塔?」
「氷川神社近くにある、太古の怨霊を封じたとされる仏塔のことさ。」
「そこが異界化でもしているのですか?」
「話が早いですね、その通りです。夜な夜な怪しい出来事が起こるから、早々に対処して欲しいとの市からの要望です。」
「またお役所からの催促ですか。オレの他に、退魔師とか呪禁師とか孔雀王とかはいないんですか?」
「現実で頼れるのは貴方ですわ。」
「では、行くしかないのですね。」
「よし、手取り足取り教えてやるぞ。」
「嘉屋さんの一挙手一投足並びに全発言を、後で教えてくださいね。」
「信用が無いのは不本意だ。」
「いつもの貴女なら、信用しますよ。」
「私はいつも通りだ。」
「嘘をおっしゃいな。」
「流石に気分が高揚しているのは、認めよう。」
「わかりますわ。私もそういう気分ですから。」
「マヨーネの冗談だと思ってた。」
「冗談どころではないでしょう?」
「これはちと不味いな。下手をするとウチの女性陣が壊滅する。」
「そうした可能性は排除出来ませんわね。無自覚で周囲をメロメロにしちゃいますから。彼がその気になったら、ファントムソサエティもメシア教もテルス教も敵わない程の組織を作ってしまいますわ。善人なるが故に、我々は助かっていることが理解出来るでしょう? それは不可侵の聖域とすべき案件と考えます。」
「まるで侵食型の生物兵器だ。」
「然り、然り、然り、ですわ。」
なんだか酷い言われようだが、周りの女性全員が頷いているので致し方なしと諦めた。
マヨーネさんを除く全員と駐車場に到着。
現場には、オレのフィアット・ムルティプラで行くことになった。
「貴方はなんとも変わった車に乗っているんだな。これはヴィンテージか?」
「イタリアが誇る名車の、フィアット・ムルティプラ初期型だよー。エンジンは日本製に換装して、信頼度も抜群!」
「マヨーネさんにイタリア車を勧められまして、それでこれを選びました。」
「貴方の判断で?」
「仲魔たちとの共同判断で。」
「私たち皆が選んで、サマナーが決定したのよ。」
「みんなで選んだものが一番だよー!」
「サマナーはあたしたちを重んじているからね。」
「ふむ、益々貴方が欲しくなってきた。」
「あはは、光栄の至りです。」
「ご主人様は私たちの仕えるべき方ですから、差し上げません。」
それでは、出発進行。
「六人も実力派の幹部がいるとは、テルス教の層は厚いですね。」
「以前は倍いたんだがな、組織間抗争で半分に減ってしまった。」
「そ、そうですか……。」
「私程度の力量の者は、それこそ掃いて棄てる程いたものだ。苛烈な戦いが、彼らを黄泉に送ってしまったのだ。だが、それでも私たちは生き残っている。ならば、やることはひとつだ。特にあのメシア教なぞには好きにさせんさ。」
「嘉屋さんは勇敢なんですね。」
「かほるでいい。」
「えっ?」
「私の名前は嘉屋かほる。だから、かほると呼んでくれたらいい。」
「初対面の方を呼び捨てには出来ませんよ。」
「礼儀正しいんだな。」
「これが普通ですよ。」
「今のところはそれでいいか。もうじき現場だ。港署の連中とは話が付いている。その点では心配しなくていい。」
「ドキドキしますよ。」
「私もドキドキしている。」
「嘉屋さんは歴戦のつわものでしょう?」
「貴方にドキドキしているのさ。」
「いやいや、どうしてそんなにオレのことを高評価されるんですか?」
「勘だよ。」
「勘、ですか。」
「このなんとも言えない直感で生き延びてきた。だから、私は貴方を信じる。」
「お褒めに与(あずか)り、恐悦至極に存じます。」
「それと、だ。」
「はい。」
「己の命尽きるまで、強く全力で足掻(あが)き続ける。それが私の信条さ。」
「いい考えですね。」
「貴方は私が守る。信じてくれ。」
「信じますよ。」
車は走る。
この世を走る。
夕暮れ迫る道を走る。
カハタレトキを走る。
平崎市が闇に呑まれてゆく。
「与那多、倭留多、伊佐保、伊佐刈も連れてくればよかったかな?」
「部下の方々ですか?」
「鍛え甲斐のある、可愛い部下たちさ。この街の風景は蕗藁(ふきわら)が喜びそうだな。」
「蕗藁?」
「マイク蕗藁と名乗る、油断ならない国際輸出商会の商会長さ。主に無所属の戦士や悪魔召喚師などが商会員として所属しており、其処からあちこちへ派遣社員の如く送られるという寸法だ。商会員同士が敵味方に別れるのもザラのようだがな。蕗藁には特に気を付けろ。頭がよく回り、舌の回転もなめらかだ。悪くない奴だが油断ならない存在でもある。普段は喫茶マイアミの主人として情報屋を気取って小遣い稼ぎしているが、決して口車に乗ってはいかん。なにか特別なことを目論んでいるようだが、奴と話をする時は、努々(ゆめゆめ)油断しないことだ。」
「そんなにこわい人なんですか。」
「一見のほほんとしているが、中身は別物だ。人を見た目で判断するな、ということさ。キレイな言葉ばかり好んで使う人間に、ろくな奴はいないからな。たまに珈琲仮面とやらに扮装して酔狂の限りを尽くしているが、その時は奴だとわからないふりをしてくれ。街の清掃活動に熱心なんだ。好敵手として、日本茶仮面に扮装するスサノオ茶屋の店主がいる。」
「心しておきます。」
「済まんな。貴方の方が歳上なのに。」
「気にしていませんから大丈夫です。」
「ところで、『ベルサイユのばら』は好きか?」
「特別好きという訳でもありませんが、アニメ版の主題歌は歌えますよ。」
「ほう、私と伊佐保は原作が好きでな。この仕事が終わったらカラオケ屋に行こう。」
「いいですね。」
氷川神社の境内は夕闇が迫り、黒が濃い。
ここには、豪族の古墳も存在するという。
そこを少し離れると、五重の塔が見えた。
これが封霊塔らしい。
記念碑にも見える存在が屹立(きつりつ)している。
警察官はどこにも見当たらない。
「警官がいないな。」
嘉屋さんが、不吉な宣言でもするかのように言った。
それに合わせたかのように、塔の陰から男が現れる。
周囲がどんよりした雰囲気になり、異界化してゆく。
「くくく、誰かと思えば、テルス教のキレイでおっかない姐さんと、なんか冴えねえおっさんじゃねえか。」
「お前は……阿修羅会の、若い衆か。」
「へへっ、わりぃけどよ、みんなここで死んでもらうぜ。おい、ツチグモ! 出番だ! 俺ら阿修羅会の怖さを、その身に叩き込んでやるぜ!」
ぐにゃぐにゃ、と空間が歪んでそこから絞り出されるように悪魔が現れる。
蜘蛛のように多脚で、それは厳(いか)めしい顔をしていた。
そうか、土蜘蛛か。あれは倒さねばならない存在だ。
「こわくて声も出ねえか、おっさんよ! とっととあの世にいっちまいなっ!」
「ナメるな、若造。貴方は下がるといい。なに、こんな奴の使役する悪魔などには負けんよ。」
「変われ変われ、札に変われ、力なき札へと変われ、シャッフラー!」
自然と口が呪文を詠唱していた。
「な、あ、貴方は魔法を使えるのか?」
驚愕する嘉屋さん。
「逝けえっ! 殺っちゃえ、サマナー!」
「おおっ、ツチグモは見事に札に変化したねー! よーし、燃やしちゃえ、サマナー!」
オレの傍らでアリスさんとピクシーが叫ぶ。
「燃え盛れ燃え盛れ炎よ! 我らの敵を焼き尽くせ! マハラギオン!」
魔法の猛火が札を包み込み、そして塵も残さずに燃やし尽くした。
「んなバカな! こんなに簡単に倒せる悪魔じゃない筈なのによっ!」
「さて、お前はどうする? 無益な殺生を行いたくはないのだがな。」
「くっ、覚えてやがれっ!」
用意してあったらしいママチャリに乗って、男は素早く逃亡した。
ほう、思いきりのいい召喚師だ。
その逃げっぷりは見事に尽きる。
桃色の自転車でピューと逃げた。
チリンチリンと鈴を鳴らしつつ。
異界が消えた。
嘉屋さんに聞いてみる。
「彼にトドメを刺さなくてよかったんですか?」
「人間を殺すと後々面倒になることが多々ある。出来たら避けた方がいい。」
「確かにそうですね。」
「しかし、今の魔法には驚いたな。敵を札に変化させる呪文は初めて見る。」
「オレも初めて使いました。」
「それにしては、堂々としていたな。ん? 何故、周囲が異界化してゆく?」
塔の周りの空間が、なにやら硝子張りのようになってきていた。
そしてきらきら光る粒子が地面の一点に集まり、閃光を発した。
そこから現れたのは、青と白に装飾された服を着てラクダに乗った美しい女性。
彼女はオレに対して微笑んでいる。
敵対する意思は全然感じられない。
「ふふふ、ツチグモを倒してくださってありがとうございます。わたくしはゴモリー。すべての人に愛をもたらす者。あら、我が主の分霊体のかすかなにおいがしますわ。」
「ご主人様、彼女は堕天使ゴモリー。魔王の懐刀ですわ。」
耳元でマリーさんが囁く。
「かなり強いわよ、彼女。」
「変ねー、ルシファー様の側近がなんでこんなところに?」
傍らでアリスさんとピクシーが呟く。
ハッと気づくと、彼女はラクダから降りてオレのすぐ目の前にいた。
なに?
「ふふふ、聞いたよりもいい男ですね。貴方にはこれを差し上げましょう。」
護符を胸元から取り出した彼女は、オレにそれを渡すとグッとそのまま手を握り締めた。ほのかに温かい。
「今度出会ったら、その時はたっぷりと愛し合いましょう。楽しみにしていますわね。」
素早く頬に接吻(せっぷん)される。
気づくと異界は消え、彼女もいなくなっていた。
「メシア教の司教に似た服を着ていたな。あれはなにかの暗喩か隠喩か? 魔王の懐刀がこんな所に出向くとは驚いたよ。しかも、貴方に随分と好意的だったな。貴方は一体何者なのだ?」
嘉屋さんが鋭い視線をオレに向けつつ、そう問うた。
「ただのおっさんですよ、オレは。」
「今はそういうことにしておくか。」
「今もこれからもただの人間です。」
「おー、サマナー、これは地霊の護符だよー!」
「ピクシーさん、それはなんですか?」
「今は用途不明だけど、たぶんその内なにかで使えるんじゃないかなー。」
「アリスさん、ハコクルマさん、マリーさん、なにかわかりますか?」
「取り敢えず、持っていたらいいんじゃない?」
「そんなことより、サマナー、初対面の悪魔にでれでれすんなよ。やっぱり、悪魔たらしじゃないか。」
「強力な呪法が籠められていますね。使い道は今のところわかりませんが、なにかの時に使う品なのでしょう、たぶん。」
「酷い。オレはただのおっさんなのに。」
「未だに普通の人間だと思い込んでいるサマナーについて。」
「まあ、いいんじゃない。」
「あたしは気にしないよ。」
「ご主人様は通常運転ですわね。」
仲魔たちやマリーさんが呆れているように見えるのは何故だ?
解せぬ。
撤収しようとした頃、警官たちがやってきた。
事情を説明する。
彼らはほっとしていた。
近くで、ぼや騒ぎがあったらしい。
陽動か。動きが読まれているのか?
もしかして、テルス教内部に……。
……。
帰りの車中で、嘉屋さんが言った。
「テルス教直営の、築地にある『龍鳳』は旨いメシを提供するので有名だ。海鮮たっぷりの築地餃子に海鮮出汁の築地拉麺、那須チーズを使った洋食も旨いぞ。栃木の牛乳や乳製品がふんだんに揃っている。栃木県の牛乳生産量は日本一だからな。那須烏山市の寒暖差が大きい八溝(やみぞ)地域で育った蕎麦は、香りも喉越しも味わいも絶品だ。栃木の名酒と一緒に味わうのも趣深い。締めは苺サンドや苺ジェラートや苺パフェだな。どうだ、カラオケに行った後で築地に行くというのは?」
「「「「是非、そのお店に行きましょう!」」」」
なんだ、この仲魔たちとマリーさんの共同声明は。
これが女子力か?
マヨーネさんに一連の報告をし、彼女を含む全員でカラオケ屋の『ローレライ』に行って三時間熱唱し、その後は夜更けの高速道路を使って築地へと出向き『龍鳳』で夜半の食事会となった。
嘉屋さんが事前連絡していたらしく、個室に案内されたオレたちは歓待される。
最初に出されたトマトのカプレーゼが実に旨くて、絶讚の嵐となった。
トマトもチーズも栃木県ゆかりの品で、旨い旨いと瞬時に無くなった。
なので、もう一度頼む。
二度目も瞬時に食べ尽くされた。
焼き鳥やサラダなどの盛られた大皿が運ばれてくる。
意欲的な作り手たちが作った、すぐれた増子焼の器に盛られた料理はとても美しい。
これは期待出来そうだ。
次々に運ばれる料理群。
ウマウマと食べる我々。
こでらんめーぇ!
美容に悪いと言いながら、どんどん運ばれてくる料理を順次攻略してゆく面々。
上州太田焼そば、とちぎ和牛のステーキ、ソースかつ丼などがどんどんと来る。
佐野市や大田原市の地酒も旨い。
ぬはは。
少々休憩して嘉屋さんと別れた後、早朝の光を浴びながら魚河岸に行った。
オレはマグロのぶつ切り漬け丼を食べる。
ワカメの味噌汁とおしんこでわしわしと。
他の面々も、海鮮丼やら鉄火丼やらを食べるのであった。
仲よきことはよきかなかな。
こういう日々が続くといいな、とふと感じた。
テレビドラマ版『真・女神転生デビルサマナー』の第一話『予兆 OMEN』を改めて視聴してみると、カット割りや脚本などでかなり頑張っているように思われました。
小道具も凝っていて好感触です。
如月マリーとキョウジの関係は現実的に思えましたし、キョウジがダメ人間というのも上手いと考えます。
また、主題歌とエンディングテーマがとてもよく出来ています。
ちょっとエロいので、これからご覧になる方はご注意ください。