『祐貴、祐貴。千聖ちゃんテレビにでてるわよ?』
『んあ?あぁ、そう言えば前、台本持って家に来てたな』
『え?なになにその話詳しく教えなさいよ』
『うっせぇ』
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最近千聖の機嫌が悪い。
こう言うときの千聖を相手にするときは慎重になった方がいい。
下手に頑張れ頑張れとか、あきらめんなよ!とか、もっと暑くなれよ!!とか言うとキレられる。(恐らく誰でもキレる)
まぁ、流石に今あげた例ではないが、応援したりするとキレるのだ。特に近くで千聖が努力してるのを見ている人とか、千聖が仕事仲間と思っている人とかだとなおのこと。
千聖が努力しているところを近くで見ているからこそ俺は力になりたいのだが、それによって千聖に嫌われるのだけは避けたい。
とどのつまり、臆病になっているのだ。いや、寧ろ思い人の機嫌が悪いのに、変につついて嫌われる未来だけは避けたいと思うのは普通だろう。
そんな事を考えながら晩飯を食べていたら千聖が声をかけてくる。
「……何も……訊かないのね?」
「どうしたんだ?そんなテンプレみたいなこと訊いてきて」
「いえ、何でもないわ」
「そうか?まぁ、でも、千聖が頑張ってるのは知ってるから、俺からいえる事なんて一つしかないかな」
「一つはあるのね」
千聖は呆れたようにため息を吐いて、続きを促してくる。
「あぁ。体調だけは崩すなよ?」
そう言うと、千聖は心底呆れたようにため息をついて、「過保護過ぎよ?」と言ってきた。
「過保護って、別にそうでもないだろ。それに結構無理してるみたいだし」
「無理って……」
「隈ができてたぞ?」
千聖は完全に隠し切れていたと思っていたのか、「嘘……」とつぶやいていた。
「いや、何年の付き合いだと思ってんだよ」
「それでも流石に……」
「一応言わせて貰うけど、後輩達の体調も顔見れば分かるからな?」
「貴方、後輩からおかんって呼ばれたことないかしら?」
「なんで千聖がその事知ってんだよ……?」
俺がそう訊くと、「今の会話で予想できない方がおかしいわよ」と返された。解せぬ。
「で、どうだ?」
「どうって、なにが?」
「ほら、さっきまで思い詰めてたみたいだけど、今は自然と会話できてるだろ?」
「ふふ、そうね」
「まぁ、睡眠はしっかり取ってくれよ?千聖が、睡眠取ってなくて、体調崩されたら俺が罪悪感で押しつぶされそうになるから」
「貴方、本当に不良の溜まり場のような学校に通っているの?」
んだよ。どうせ俺は不良っぽくない不良校の生徒ですよ。悪いか?
「俺の不良らしさ皆無の話は置いとくとして、最近機嫌悪かったみたいだけど、どうかしたのか?」
「今、それを訊くのね……」
「さっきみたいに機嫌が悪いときに訊くと不毛な争いを生みかねないと思ってよ。こういう風に気を逸らしてから訊いた方が良いだろ?」
「それは……、分からなくもないけど」
「それに、千聖の気が立ってる時は言葉を選ばないとキレるから……」
「それはどうかしら?」
千聖はにっこりと笑顔を見せてくるが、その笑顔が怖いと思う時が来るとは思いもしなかった。
「それで、祐貴。さっきのはどういう意味かしら?」
千聖が笑顔で訊いてくるが、はっきり言って怖いッス。
「い、いやーなんでもないぞ?」
「そう?それなら良いのだけれど」
「おう。気にするな気にするな」
「えぇ。そう言うなら気にしないことにするわね?」
はい。マジで気にしないでください。何か底知れない恐怖を感じる微笑みは千聖には似合いませんから。
なぜ、こう畏まってしまったのか分からないが、取りあえず、今まで通り千聖を怒らせない方が良いと言うことを改めて理解した。
「あ、結局話それたけど、まぁ、良いか。千聖、今日位はしっかり休んどけよ?」
「えぇ。そうさせて貰うわね?」
そんな会話をしていると俺も千聖も晩飯を食べ終えていた。
「んで、千聖はこの後も役作りか?」
「えぇ。祐貴はお風呂かしら?」
「あぁ。それじゃ、千聖。無理すんなよ」
「ふふ。ありがとう」
そのやりとりを終え、俺は風呂へ千聖は空き部屋(千聖の自室)に向かう。
俺はさっさと脱衣場で服を脱ぎ風呂に入る。
その時去年付けてしまった傷痕があるが、まぁ、見慣れてるし、千聖に見られるような場所に有るわけではないから問題はない。
なんか思い出すだけでも腹立ってきたな。確かあの時は、千聖をストーキングしていた変質者(ファン)を、千聖が感づく前に後輩が発見。後輩から意外と強いから手伝ってくれと言われて応援に駆けつけ、その時やけになったその変質者(ファン)が、ナイフ取り出してきて変に振り回されて、肩にグッサリいったんだっけか?
まぁ、それ以来肩の傷痕が見られないように、うまい具合に隠してきたけど、どんなきっかけでバレるか分からない。
「これ、プールとか連れて行かさたら確実にバレるよな」
後、今年の体育祭でも集中的に狙われるだろうしなぁ。正直結構キツいかもしれんな。
「ま、弓道をする分には支障ないし、痛みももうないし関係ないんだけど、千聖が見たら絶対自分のせいにするよなぁ」
ーそれだけは避けたい。
俺は再びこの傷を千聖に見られないようにする事を固く決心すると風呂をでる。
パジャマを着ると冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに入れて飲む。
その時古傷が少し痛んだけど風呂上がりにはよくあることだ。こうなることはすでに知っていたので、痛まない左手でコップを持っていたので事なきを得る。
「あら、もう出ていたのね」
「あぁ。千聖は休憩か?」
「えぇ。宮川先生に指摘された事を考えていたのだけど、全然分からなくて……」
「なる程。その人の指摘が感覚的でわかりにくいってとこか?」
「そうよ。正直どうやってもうまくいく気がしないのよ。それに貴方演技下手だからアドバイスなんて無理な話だし」
「うっせぇ。それぐらい自覚しとるわ。まぁ、けど考えても分からんようならもういっそ、風呂入って明日万全の状態で稽古にでる方がいいんじゃないか?」
「そうね、お風呂だけは先に済ませておこうかしら?」
なる程、先に風呂入って徹夜する気だな?
「そうだな。そうしとけ。まぁ、徹夜は流石にどうかと思うけど、お前が納得する演技ができるまで、待っといてやろうか?」
「いいえ、先に寝ておいて貰っても構わないわ」
「そうかい。それじゃ、俺は寝させて貰うわ」
ちょっと古傷も痛むし。
「覗かないでよ?」
「誰が覗くかよ!!」
お前な、ただでさえ男ひとりの家に入り浸ってんだぞ?もう少し考えて行動してくれ。
「あー、もう!取り敢えず俺は寝るからな!!おやすみ」
「お休みなさい」
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そう言って恐らく自室に向かっただろう彼を見届けると私、白鷺千聖はため息をもらした。
「あれで、隠しているつもりなのかしら?」
と言うのもさっきから彼、弓塚祐貴はあからさまに右肩を庇うような動きをしていた。どう見ても、何かしらの傷があることは明らかだ。
何かあったのは分かっている。けどそれを訊くのは怖い。
なぜかというと、小学校に入る前、彼と私はある約束をした。そして、その約束が彼の進む道を狭めてしまったかもしれない、と思うからだ。
実際その約束をした結果彼は中学時代は、学校に一度も顔を出さなかった。
考えすぎと言われるかもしれないが、彼はそういう人間だ。
困っている人がいると手をさしのべ、いつの間にか助けている。
私はそれに何度も助けられてきた。今日だってそうだ。
私が不機嫌なのに気付いていたから、少しの時間だけでも『女優』の白鷺千聖じゃなく、『ただの女の子』として過ごさせようと行動していた。
ただ、時々『女優』の白鷺千聖として扱うときもある。彼の考えが分からないわけでもないから、女優としての私は構わない、けれどただの女の子としての私は不服なのだ。
私のわがままだとは分かっている。けれど、彼と二人の時くらいは『ただの女の子』のままでいさせて欲しいと思うことは悪いことなのだろうか?
話が逸れたけれど、私と彼はあの約束に繋がれているだけなのではないかと思う。
もしも、あの約束がなかったら私の事なんて見向きもしないはずだ。あの約束がなければ彼は強くなろうなんて思わなかったはずだ。あの約束がなければ彼は中学時代を無駄にすることはなかったはずだ。あの約束がなければ……。
そのもしもの話をあげるときりがない。
彼は舎弟を持つ不良だが、不良らしくない。喧嘩をするときだってイジメられている人を助けるためにしている。そして、そんな彼の背中や顔を見た人が彼に憧れて彼の舎弟になっている。
そんな会って直ぐに憧れを抱かせる人の背中をいつも見ていた私は、彼の後輩と何も変わらないのかもしれない。
ーもしかして……。
と、そこまで思い、
「彼は不良。『
私は頭を横に振り、口に出してその事を否定する。
そして、それは今まで確かめてきた。敢えて彼の本心を聞いて、それが自分にどう影響していたのか、いつも確かめていたはずだから大丈夫のはずよ。
そう。幾ら鼓動が早くなっても、顔が熱くなりそうなときでも、頭の中が真っ白になりそうでも、自身が『女優』、彼が『不良』であることを確認すればいつも落ち着いてたじゃない。
ふぅ。そう言えばまだ、お風呂入っていなかったわね。
ー一時間後ー
「今日は早く寝ましょう」
私はお風呂から出て最初にそうつぶやいた。
「それにしても、夜になると本当に静かね。彼はここに一人で暮らしていて寂しくないのかしら?」
そんな事を呟いていると、ふと、彼の様子が気になった。
私は彼の前まで行き、ドアを少しだけ開け中を覗き見る。
「………千聖ぉ」
いきなり名前を呼ばれたので体がピクッと反応してしまう。もしかして今ので起きたのかしら?
「無理、すんなよぉー」
「別に無理なんて……」
そう私が彼の言っていることに対して返しているのだが、聞こえていないのか私の声には反応していない。もしかして寝言?
「風邪引いたらすごーく心配するんだからなあ」
ね、寝言よね?ま、まぁ良いわ。少し顔が熱いし、もう寝ようかしら?
「ふふ。ありがとう」
私はそう言うと静かに戸を閉め、彼に借りている部屋へと移動する。
この部屋は私がドラマの出演が決まったときによく使う部屋だ。
この家の敷地は本当に広い。そのため、声を張り上げたとしても、近所迷惑にはならない。彼は九時になると直ぐに寝てしまうので尚更かしら?
そのおかげで私がこの家に来ても不祥事なんて万に一つも起こらない。それは私が『女』として見られていないもとれるが、この一年でそんな扱いにも慣れてしまった。
と言うより、お互いの立場を理解しているからこそ不祥事を起こすわけにはいかない、と彼自身が理解していてくれるから、私やお母さんは彼を信頼しているのだ。
私はそう思い、布団を敷きその中にはいる。
その布団に入ると今まで徹夜してきたからなのか自然と眠れた。
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ー翌日ー
「違う!そうじゃない!!」
分からない。
「何でそんな演技になるんだ!!そこはもっと─」
分からない。
「だから、そこは─」
分からない。
なにが駄目なの?あんなに練習して、私なりにこの役になっているというのにっ!!
そんなときPastel*Palettesの皆が声をかけてくる。
「いやーでも意外だなぁ。あたし千聖ちゃんなら何でもできるって思ってたから」
日菜ちゃんのその一言が私の心を抉りとる。
ー私が何でもできるって思わないで!!
気付いた時には私は既にそう叫んでいた。
私は何でもできる訳ではない。ただ一人黙々と努力をしてようやくできるようになってきたのだ。
もしも、今この場に彼がいたならどう手を差し伸べてくれたのだろうか?
引っ張り上げてくれるのだろうか?それとも背中を押してくれるのだろうか?
そんな今有り得ない事を考えるより、宮川先生に言われたことを考える。
けれど、やはり分からない。
こうなのかもしれない。そこまでは出てくるのだが、そこから求められているものはそうじゃないかもしれない。
と、いう風になってしまっている。
何が求められていて、何が求められていないのか、検討がつかない。
ー彼ならば分かったのだろうか?
その考えが出てきては消えて、消えては出てくる。
彼は今、いない。いない人の事を考えたって無駄だ。
考えたって無駄なはずだ。
けれど、考えてしまう自分がいる。
どうすれば良いの?私は貴方との約束通り前に進めているの?
何もかもが分からなくなりそうな時、私は自然とこう呟いていた。
「助けてよ、ゆうくん」
と。