女子中学生が幼馴染の女の子を堕とすまでの話   作:テッポウユリ

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本編

 

 待ち合わせというのはどうしてこんなにも心細いものなのだろう。

 

 ほとんどの人が通り過ぎる中、一人でここに立ち尽くしていると、まるで世界で一人だけが前に進めず立ち止まっているかのような錯覚に陥る時がある。

 

「ごめんね~、お待たせ」

 

「おっそいよー」

 

 隣で文庫本を捲っていた黒縁メガネの女子高生が、ガヤガヤした人ごみの中でもはっきり聞こえる高い声を上げる。その声は想像していた以上に甘く、女の子らしさを前面に押し出したような声で、私は勝手に自分と同類認定していたことを恥じるように俯いた。

 

 また一人仲間がいなくなってしまったと心の奥で呟く。

 

 彼女は私とは違ってこの時間に寂しさなんて抱いてはいないのかもしれないが、それでもやはり同志が去ってしまったような喪失感を感じるのだ。

 

 これで私が来た時の顔ぶれは一新されてしまった。

 

 後は電話で会話を続けていて、誰かを待っている訳ではなさそうな主婦が一人と、今さっき改札から出てきて新聞を広げているご老人がいるだけだ。

 

 まあ元より五人程度しか待ち合わせの為に突っ立っている人なんていない小さな駅ではあるのだが。

 

 ただ人が少ないということは駅員の目が届きやすいということでもある。小さいながらに二本の電車が交わるこの駅には駅員さんがそれなりに多くいて、さっきから目が合いそうになる度に背筋がひくっとする。

 

 何も悪いことをしていないのに、誰かに見られると悪いことをしてしまった気になる。もしかしたら通行の邪魔になっているのかもしれない。あの人はここを通ろうとしたのに塞がれているのを見て内心怒っているのかもしれない。

 

 こうしてキョロキョロ周囲を見渡していると、本格的に自分が不審者になったようで、心が沈み込んだ。

 

 心を落ち着かせるためにコンパクトミラーをポーチから出して、髪を整える。

 

 物調ずら仏頂面の顔。輪郭が丸っこく、頬が少し赤い子供っぽい容姿。幸いなことに家でしっかり梳かしてきた髪は大して乱れていなかったが、癖で弄り続けた右側の髪だけ僅かに外跳ねをしていた。

 

 ぎゅうぎゅうと押さえつけるように髪を梳かすと、余計に広がってしまった。私はミラーをしまうと、そのことを気にしないで気持ちを切り替えるように改札の辺りを睨め付けた。

 

 時刻は午前十時。待ち合わせの時間が来た。待ち人は、まだ来ない。

 

 

―――

 

 

「ごめんごめん、遅れちゃった」

 

 耳元で聞きなれた鈴のような声がした時、私は散々待たされた相手でもあるのにも関わらず、どこか救われた気持ちを抱いた。停滞した世界から自分を拾い上げてもらった、そんな気がした。

 

 相も変わらずお洒落に疎い彼女は今日もワンポイントのラフな白いTシャツに原色のミニスカートを身に着け、手を合わせながら笑っていた。

 

 多分彼女はあんまり悪いことをしたとは思っていない。待ち合わせ時間の十分前には必ずいるようにしている私と違い、大雑把な彼女にとって三分の遅刻はギリギリセーフに含まれる。

 

 でも私は彼女のそんなところが好きだ。

 

 私だったら許せない、そんなことも笑って「いいよいいよ」と言える彼女は私よりずっと大人だと思う。例えキャミもつけずに白いTシャツを着て、見ているこっちが冷や冷やするくらい自身の恰好に無頓着だとしても。

 

 私は何度も彼女に救われた。

 

 失敗をして、自分が自分を大っ嫌いになった時。

 

 「大丈夫だよ」と朗らかに笑って「美歩が自分のこと許せなくても、私が許してあげるから」と言われた時は本気で涙を流した。

 

 ときどき私は人から「自分に厳しすぎるよ」と言われるが、多分人ごとだとしたって許せない。でも私は私を許せなくても大丈夫。だって彼女が私を許してくれるから。

 

 

―――

 

 

 ファッションに興味もなく、さばさばしてボーイッシュ。その上男子と良くつるんでいる彼女は男性的だとよく言われている。

 

 でもそんなことはないと私は思っている。

 

 彼女はかわいいものが好きなのだ。部屋に行けばぬいぐるみがベッドを占領しているし、マットレスはキャラものだ。

 

 部屋で使っているシャープペンシルは桃色。だけど彼女は自分のキャラじゃないからと言って学校には持っていっていないそうだ。

 

 何より、正義の味方の女児アニメ物が今でもちょっぴり好きな彼女は、いつも頭でぐちゃぐちゃ考えている私よりよっぽど女の子らしいと思う。

 

 因みにこのアニメが好きなことを知っているのは私だけだ。

 

 興奮と恥ずかしさが入り乱れた面差しで照れ臭そうに今週の内容を語る彼女は、私のお気に入りの表情の一つだ。

 

 初めて知った時に珍しく慌てた顔を見せた彼女は、何度も何度も口外しないよう念押しを繰り返した。

 

 だけど言う訳がない。だってこの表情は私だけのものなんだから。

 

 私は彼女のこの表情を見る度、征服欲というか独占欲というか、とにかく少し苦いけど、甘くて幸せな気分に浸れるのだから。

 

 

―――

 

 

 几帳面と大雑把。価値観の大きな違いはカップルだったら長続きしないというけれど、私と彼女の間にはそんなものは関係ない。

 

 新生児室で隣り合った時からの付き合いだから、かれこれもう十四年になろうとしている。

 

 もちろん生まれてすぐお隣さんのことを意識した訳でもないし、一歳の時に母親同士が再開して仲良くなったことを記憶で覚えている訳でもない。

 

 それでも物心ついた時からの関係は問答無用に私たちを強く結びつけた。

 

 

 

「日焼け止めくらい付けなよ。私、波留の白い肌結構好きなんだから」

 

 少しだけ意識して頬を膨らませると、彼女はカラカラと笑った。

 

「私も美歩の膨れた顔大好きだよ~」

 

「そうじゃなくって!」

 

 彼女は叱られたことを誤魔化す子供みたいに、抱き着くように私の腕を取った。

 

 顔がにやけそうになるのを抑えて、怒ったふりを続ける。ちょろすぎる自分に呆れてしまうが、幼児期からの刷り込みで、もはやここまでくると本能みたいなところもあるから仕方がない。

 

「ほら、これ塗って!」

 

 表情を隠しながら、予め用意しておいた白いクリームの入ったチューブを渡す。彼女は一瞬驚いた表情を見せるが、嬉しそうにそれを手に取り肌に伸ばし始めた。

 

 あ、今の表情かわいい。

 

 心でシャッターを押し、記憶に保存する。でも、無邪気な顔を見て、今からすることに少し胸が痛くなった気がした。

 

 

―――

 

 

「今日暑いからさぁ、アイス食べようよ」

 

 彼女の声が耳に心地いい。彼女は露店のアイスクリーム屋を顎で示した。

 

 蛍光色で派手な外装をした移動販売車は、その外観に似合わず正統派の品ぞろえだった。

 

 一つずつ買ってまた日差しの中に出ると、先ほどよりもさらにむわっとした風が私たちに吹きかかった。

 

「すごっ……、今日最高三十七いくかもって」

 

 げんなりとする私を見て彼女は楽しそうに笑った。彼女はこういうときに良く笑う。私がうわっとした表情をすると、決まってくすくすと笑うのだ。

 

 でもそれが嫌ってわけではなくて、むしろそうされると私もなんだか楽しくなって笑えて来てしまうのだ。いつの間にか彼女の笑顔を見ると条件反射のごとく、楽しい気分にさせられるようになっていた。

 

 ぽたりとアイスの滴が垂れた。「あっ」と声を上げ勢いよく頭を下げた彼女の鼻から一滴の汗が垂れた。

 

 もったいない。そんな気持ちを押し隠して、すでに気持ちを切り替えている彼女に声をかけた。今私は何に対してもったいないと思ったのだろうか。邪な思いを振り切るように軽く髪を払う。

 

 お守りのようにポケットに忍ばせた小さな袋を、強くギュッと握りしめた。

 

 

―――

 

 

「うち来る?」

 

「行く行く」

 

 暑さに悶え苦しんだ私たちは、十四時と言う気温が最高になったところで撤退を余儀なくされた。

 

 せっかくだからと家に誘えば、逡巡することなく彼女は頷いた。

 

 今日は親がいない。思いがけず、望んだシチュエーションを自然に作ることができてしまった。

 

 自宅に着いたら、彼女をリビングに通し、エアコンをつける。

 

「この部屋暑くない?」

 

 顔を火照らせた彼女はとろんとした瞳を瞬かせた。

 

「待って、今麦茶用意するから」

 

 冷蔵庫を開ける。同時に何度も握りしめて皺の付いた個包装の袋をポケットから取り出す。表記は『睡眠導入剤』。おばあちゃんの使っていたものをいくつか拝借してしまった。

 

 効果は自分でも試している。飲んでから三十分後には瞼の重さに勝てなくなった。

 

 こっそりと白い粉を片方のグラスに入れ、かき混ぜる。体で隠しているから見えていないはずだ。睡眠導入剤、という言葉を見るたびに心臓がきゅっと絞まる感触を覚えた。

 

 さっき渡した日焼け止め。実は女性の感度を高める効果があると書いてあった軟膏だ。正直自分で試した時はほとんど効果がなかったが、彼女には効いたようだ。

 

 さっきから妙に暑そうに胸元をパタパタと仰ぎ、熱っぽい息を吐いている。

 

 そんな彼女は私が差し出す麦茶を何の躊躇もなく手に取った。

 

 コクリと小さく喉が動く。よっぽど乾いていたのかそのまま二度三度と続き、コップには四分の一が残された。

 

 ゴクリと私の喉が鳴った。

 

 もうこれで引き返せない。

 

 

―――

 

 

 これでとうとう私たちの友情も終わりだろう。

 

 そんなことを嘆くくらいならば最初からするなと言う話だが、私には我慢ができなかったのだ。最初に意識したときはまだ隠せた。でも次に思った時にはその気持ち無かったことにできるほど、私は器用では無かった。

 

 心の奥に押し込めて、押し込めて。なのにどんどん膨らんでいく想いに翻弄され続けた。

 

 その過程で歪んでしまったのだ。そして見ないふりをしていた決定的な事実に気づいたとき、もうそれは友情でも、愛情でも無くなってしまった。

 

 私たちは恐らく恋人になることができない。

 

 どうして女同士だったのだろうか。せめて男なら容姿に恵まれなかったとしてもチャンスがあった。でも私にはそれすらなかった。

 

「ゴメン、なんか……、眠くなってきた、かも……」

 

 彼女の言葉が途切れ途切れになり、次第に首が上下に揺れだした。

 

 全てを終えたら、どうしようか。

 

 寝息を立てる彼女をベッドに運びながら考えた。罵倒されながら彼女の元を去っていくのはつらい。誰かに罰してほしい気もするが、彼女に嫌われるのはこんなことをしておいてなんだが、耐えられそうになかった。

 

 死んで逃げるのも一つの手だ。

 

 でもそれはさすがに彼女に負担を掛けすぎるような気がする。一生覚えていてもらえるかもしれないのは幸せだが、一生を縛り付けるのはさすがに申し訳ないような気持ちもある。

 

 

 

 『全部終わってから考えよう』

 

 

 

 支離滅裂な思考に終止符を打ち、衣類を剥ぎ取った彼女をベッドに横たえる。

 

 私は白い裸体を隠すこともせず、ぐったりと力を抜く彼女の首筋に吸い付くように唇を添えた。

 

 

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