エピソード#3.141592653...:浜名ゼンジツ
ぼくの名前は岸辺露伴。世間一般的にスゴいとされているマンガ家だ。
名声そのものに興味はないが、より多くの人に漫画を見てもらうために必要な、ひとつの『パーツ』ではある。車のハンドルだけ貰えるってんならいらないが、車そのものが貰えるなら欲しい。そういうことだ。
「あけましておめでとう。康一くん」
「あけましておめでとうございます! 帰ってきてたんですね、先生!」
そしてここは康一くんの家。何回も言うようでアレだが、ぼくの家は今や富士河口湖町だからな。年越しで過ごす家はここぐらいしかない。
康一くんの母さんや姉さんも笑顔で出迎えてくれるし、漫画家に対しての『不躾な質問』もなく、快適に過ごせる。理想の空間だ。
「盆と正月くらいは、故郷に帰らないとな。余裕のある日本人としての常識さ」
ぼくが生まれ育った場所、『杜王町』は非常に良いところだと常々思う。
一級河川『一小川』、そしてその上に架かるは『萩の橋』。橋の南から北へと渡ると、そこにS市の紅葉区、所謂ベッドタウンたる『杜王町』は有る。
人口は約50,000人ほど、名産品は牛タンの味噌漬け。町の花はフクジュソウ。町の財政を支えているのは主に観光業、北部の海岸へと続く別荘地帯、近年は特に欠かせない産業となったマイクロチップ部品製造など。果実の栽培だって有名だ。全く新しい果物を誕生させてたりもする。ロカ……なんとかだ。詳しくは忘れた。気持ち悪い形の果実。
何の変哲もない、ただスタンド使いが比較的多いだけの町だが、観光客の数はバカにできない。なんでも、年間2〜30万人ほどの観光客が来るとか。夏は特に旅行客が多いらしい。
杜王町を冠す称号『ベッドタウン』というのは、そもそも、都市中心部への通勤者や通学者が多く住む、町の構成としては住宅街がメインとなる、比較的新しい町のことを指す。夜に家へ帰ってきてからと、朝は通勤・通学をするまでとを過ごす家が多くある。
杜王町の場合は、確かにS市で働いている人たちが多くいるようだが、この町はそんじょそこらのニュータウンとは違う。いや、確かに伊達政宗のいた頃からの歴史ある土地ではあるが、それともまた違う……ある『特徴』があるのだ。
そう、所謂『都市伝説』として語られている、奇妙なエピソードが多いのだ。
最近になってピタリと止んだ、相次ぐ少年少女失踪事件。視線を感じるだけでなく、動く人の顔が書かれた本が置いてある図書館。自殺しかけた女性をはじき飛ばした岬の尖った岩。とある男性がひっそり暮らす廃電波塔。超売れっ子ジャンプ作家、岸辺露伴が住むと言われる家。
ぼくはその理由の多くに関わっている。もしくは知り合いのハンバーグたちが元凶だったりするのだが、たまに『ガチ』の心霊現象なんかもある。スタンドの関係ない、仕組みの分からない奇妙な何か。それも結構多め。例としては、『振り返ってはいけない小道』とかだ。
いや、もっとあるな。ぼくが痛い目に遭わされ続けてきた『何者か』たち。
人はそれを都市伝説とも呼ぶし、妖怪、宇宙人、UMA、SCPエトセトラ……なんでも名前をつけたがる。結果、それらの境界が曖昧になっているわけだが。
とにかく。
『場所』とは重要だ。この世において唯一無二であり、変わることの無い座標。
ぼくにとっては、結局は杜王町が、帰ってくるべき場所なのだ。どんなに道具の品ぞろえがよく、会社が近い東京のど真ん中に住んだって、ぼくは同じことを言うだろう。まあ、画力を道具のせいにするほど落ちぶれてもいないし、締切ギリギリに東京へ慌てて原稿を送るほどマヌケで遅筆でもないし。
リアルの事情にかまけて筆を折る遅筆ワナビのようにはならないさ。
「どこかの誰かさんにも、ぼくを見習って欲しいものだ」
「はい?」
「なんでもないよ……なんでも……」
まえがきやあとがきで毎回謝るくらいなら、早く書けよと思うけどね、ぼくは。
「時にッ! 康一くん!」
「は、はい?」
「最近は専ら有名な雑学として知られるようになった豆知識のひとつに、食べた時に『エビ』に似ていると言われる『昆虫』を知っているかね」
「……はい? 『昆虫』……を、食べるんですか?」
「ああ」
「まさか食べたんですか!? 蜘蛛みたいにッ!!」
一般的に、昆虫目の中でも一番の嫌われ者とされるもの。シロアリと同じ科であり、全世界に4000種類いるという。数だけで言えば、日本だけでも約200億匹、世界中にはなんと約1兆もの数がいるとされている。
さすがは、1回に数十や数百の卵を産み、『1匹見たらその奥には100匹いる』と言われるほどの繁殖力を持つ虫だ。
走るスピードは新幹線並み、しかも初速が最高速度。生命力や速度もバツグン、これだけ見ればメルセデス・ベンツのような虫。
黒光りでお馴染みの『ヤツ』のことだ。
「食べてはいないさ。あちらの家はあまり虫が出ないんだ」
「(ホッ……)」
「だから『食べる』」
「はいッ??」
百円均一ショップで買った虫かごを取り出し、康一くんの家のモノに一切触れないよう、サッと『アレ』を取り出す。
ぼくはそれを、至って普通に、スナック菓子でも食べるかのように──舐めるのはいいが、食べるのは流石に生理的悪寒が抑えられないと思ってした行動だ──放り込む。
口を閉じ、歯で噛む。前歯で両断しても、まだ足を動かす『ヤツ』に多少驚きながらも、ゆっくり、焦らず、味と舌触りと噛みごたえをしっかりと感じながら……。
「ごっごっご! 『ゴキブリ』をォ〜〜〜!!」
「……へぇ、多少の塩気があるんだな。確かに『殻ごと』エビを食べてる気分だ」
「いやいやいやいや!? ちょ、大丈夫なんですか! 衛生的に! というか生理的に!!」
「大丈夫だ。近頃は『食用のゴキブリ』ってのが売っているらしくてね」
これがホントだ。
「あんたが食ったアレはですねぇ!? 加工も何もされていない上に!! 『生きていた』じゃあないですかッ!?」
「当たり前だろう? 潰れた時の感触や、どのくらい動いているかを確かめる必要がある。この例はニワトリではあるが、首を切られた個体が18ヶ月も生き延びたという例もあるからね。ゴキブリは両断されてから、どのくらい動くのか……ふふ、まだだ。まだ動いているぞ。見えるかい康一くん、ぼくの口の中で……」
「あーッ!? 新年早々グロ注意ッ! グロ注意ッ!」
流石にこのぼくに意見するのは初回だけ。康一くんは青ざめた顔でおろおろとしている。いいリアクションだ。わざわざ康一くんの前で食べるのは、これを見に来たってのもある。
カワイイ反応してくれるじゃあないか、康一くん。
「いいか、はじめに会った時にも言ったろう! 『おもしろいマンガ』において肝要なのは『リアリティ』なんだよッ」
「……じ、『実体験』を盛り込むことで……って、言ってましたね…………ハハ……」
「ん、よく覚えているね? 流石だ」
「忘れられませんよ。流石に……こういう『姿勢』がスーパーマンガ家なんだよなぁ……」
この街を離れてまだ半年もしていないが、このやりとりを既に懐かしんでいたぼくは、心から満足していた。
しかし、もう、ここを離れなければならない。ほんとうに正直なところを言ってしまうと、少し名残惜しい気もする。ぼくはこんなことを言うガラではないんだがね……『アイツ』の眠る地でもあるからか。
でも、ぼくを待っている予定が、ぼくを待っているヤツらがいるんだ。今回は怪異でも、スタンド使いでもない、至って普通の女子高校生たちだがな。
「どこ行くんですか?」
「静岡だ」
「……静岡ぁあ〜〜〜〜ッ……?」
「ああ。ぼくの『親友』が呼んでるからね」
「はぁ、お気をつけて」
「盆には帰るよ。じゃあな康一くん、元気でな」
「ここは先生の実家でも何でもないんですがね……」
さらば、杜王町。さらば、康一くん。
また会おう。キャンプシーズンに。今度はここのキャンプ場でも取材させてもらうからな。ぼくはフェアレディZに乗り込み、まだ見ぬキャンプ場に思いを馳せる。
今度は、アイツらが杜王町へ来るってのもアリだな。
「あの人、友達……いるんだァ…………」
あけおめです。
タイトルにあります通り、前日譚です。並べ替えられていますが、更新は年末年始浜名篇としては最後の話です。正直に言いますと、上げるべきタイミングに上げ忘れてました。本当は年末年始浜名篇の前に上げようとしてたんですよね。つまり1年と2ヶ月前ですね。えっ?
次回からはもっとボリュームのある『大塩バースデー篇』をお送りできたらと思っています。