ゆるキャン△ 〜岸辺露伴は止まらない〜   作:苗根杏

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エピソード#-b±√b²-4ac/2a:浜名ミズウミ

 

 

 ぼくの名前は岸辺露伴。マンガ家だ。

 

 つい先日、西暦が更新された。つまりは年が明けた。記念すべき令和2年だ。だからといって、ぼくにとって何かが変わるのかといえば、まあ、そうでもないってのが事実だ。

 

 泉くんが正月休みで顔を見せないってのは、静かでいいけどな。アイツ、ぼくの家に上がり込んでは『またキャンプ道具増やしてー!』と言うのがお決まりのパターンになってきているし。

 

 おかげで年末から元日にかけては、ゆったりと読書や原稿に時間を使えた。紅白歌合戦もフルで見れたしな。

 

 さて、そんな時期に今、ぼくが何処にいるかといえば、キャンプ道具とマンガの資料に埋め尽くされた自宅でも、年末年始で忙しそうな講談社でもない。ある駅に向かっている途中だ。

 

『浜名湖佐久米駅』。名前の通り、静岡県浜松市にある浜名湖に沿う鉄道の駅のひとつだ。ホームは1面1線、無人駅。駅前の牛型のトイレが特徴だ。

 

 もとは、なでしこにある誘いを受けて来たのだ。どうやらリンくんもいるらしく、浜松・浜名湖あたりを散策できるとのことだ。

 

 原稿は、まとまった時間が取れたおかげで、つい3ヶ月先まで終わらせてしまったし(あまり描き溜めると安っぽくなるので好きじゃない)、時間はある。マンガのことは常に頭の中に置いておきたいので、ぼくは取材も兼ねて、『友人との正月休みの息抜き』をすることとなった。

 

 なでしこは電車で向かうと言っていたが、ぼくがフェアレディZで向かうことを知ると『乗せてーっ!!』と大喜び。最近、有名な自動車マンガを読んだらしく、車に乗った途端えらくはしゃいでいた。

 

 紙コップと水を取り出した時は、影響されすぎだろと呆れてしまった。絶対こぼすからやめろ、とも言った。あのマンガは(ぼくでも描けそうだが)、確かに面白いっちゃあ面白いんだけどな。

 

 ちなみにぼくのバイクでは、路面が凍結しているとのことで、少々無理があったらしい。

 

 そう、路面凍結。だいたい身延の辺り一帯の道が凍結したそうで、しばらく溶けそうにないらしい。

 

 リンくんは一足先に浜名湖あたりにいるそうで、年越しソロキャンプを実行中だった。本当は磐田市のキャンプ場で1泊して、初日の出を同じく磐田市の福田海岸で拝み、元日───1月1日に帰る予定だった。

 

 が、リンくんのご家族が、スクーターでは路面凍結を乗り越えることは不可能と判断。ちょうど全国をフラフラしているというリンくんの祖父が、バンでスクーターを拾ってくれる1月3日まで静岡県に滞在することになったんだとか。

 

 そしてなでしこは、丁度2日、3日と浜松に里帰りすることになっている。リンくんが浜松で立ち往生しているという話を聞いたなでしこは、『せんせー!! 浜松行きませんかっ!!』と元気よく言ってきたのだ。

 

 元日ギリギリまでやっていた年賀状のバイトを終え、なでしこは晴れて自由の身に。そして今、軽い旅のお供として、大判焼きの店に寄ったところだ。

 

 本来の予定通りだったら、絶対に時間オーバーで電車逃すだろうなァ〜ッ。というくらいに時間をかけて、じっくり悩んだなでしこは、思い切ったように注文をする。

 

「えと、クリームを……ひとつ」

「ぼくもそれで」

「やっぱりふたつくださいっ!!」

「……ぼくも、それで」

「全部で4つね」

 

 面倒くさいのでなでしこに合わせることにした。ぼくはこれが朝飯になりそうだな。なでしこは多分、普通の朝飯とこれを合わせても少し物足りないだろうが。

 

「えへへ。お揃いですね」

「…………ああ」

「どうしたんですか?」

「なんだ、キャラでも変えたのか? 敬語なんて使い出して。らしくないぞ」

「うそぉっ!? ……一応目上の人だし? 使っておけって、お姉ちゃんが……」

 

 ケッ、今更すぎるだろ。

 

「……なんて言うんだろ。露伴せんせーは、お兄ちゃんみたいな感じで……」

「お兄ちゃんだァ〜〜〜〜〜ッ?」

「う、うん。だから、ちょっと甘えてみたくなったり……して……」

 

 ぼくは助手席で、目を不等号みたいにして、続きの言葉を大判焼きと一緒に飲み込むなでしこを見て、少しだけ、ほんの少しだけ『成長したな』と思ってしまった。

 

 姉の入れ知恵であれ、最初っからぼくにそうしておけば良かったものを。

 

 しかし、なでしこ『らしい』かと言われれば、この岸辺露伴は渋々首を横に振る。

 

 少なくとも、ぼくの知っている各務原なでしこは、泉くんみたいなヤツだ。少し強引で、いちいちハキハキと喋り、元気のいいヤツだ。

 

 本栖湖で会った日みたいに、かつての『動かない』岸辺露伴を、外へ連れ出してくれるような……。

 

「ぼくは気にしていない」

「へ?」

「いつも通りでいいって事だ。あと、大判焼き、リンくんに会うまでに食べきれよ。行くぞ」

「…………えへへ、それもそうだねぃ」

 

 片手でハンドルを握り、もう片方の手で大判焼きを持ち、ぼくたちは『佐久米駅』までの道を走り出した。

 

「あぁっ!!」

「……どうした? 買い忘れか?」

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「ああ、そういう」

 

 律儀にこちらを向いてお辞儀をするなでしこを横目を見て、大判焼きを一口齧る。

 

 中に入っているカスタードクリームが、余すことなく熱されていて、1月の冷えた空気に触れて湯気を出す。冷たくなったカラダの『芯』が、クリームに包まれるように暖かくなる。たまには、甘いものも悪くない。

 

 まあ、要するに、めちゃくちゃにうまいってことだ。億泰あたりに食べさせたら、ぼくの4倍は地の文が増えるだろうな。『口の中に流れ込むクリームが、ヨダレの大洪水を誘いやがるぜェーッ』くらいは言いそうだ。

 

 …………おいおいおいおいおいおいおいおい。

 

 なでしこは、新年の挨拶をしてから、ぼくが大判焼きを食べている間も、『ずっと』こちらを見続けている。返答を待っている……のか? 

 

 やれやれ。運転中に気が散るのもなんだし、このままだと佐久米駅に着くまでずっとこうしてそうだ。犬っぽい雰囲気といい何といい、ハチ公みたいなヤツだ。

 

「その───なんだ。アレだよ」

「おおっ」

「こちらこそ、よろしく……お願いします」

「!! ……うんっ! ♡」

 

 ぱぁあッ。

 

 今のなでしこを描くなら、太く白いフォントで、そんな擬音を顔の横に付けるだろう。目は幸せそうに細められ、口角は上がる一方である。眩しすぎるくらいの笑顔だ。

 

 こんなところで、初日の出を見られるとはな。

 

 挨拶をしただけで、こいつはこんなに騒がしくて、どんな言葉よりも雄弁な笑顔を見せてくるもんだから、やれやれ、進路にキャビンアテンダントなんかを視野に入れた方がいいんじゃあないかと、ぼくは思った。

 

 やっと幾つか、きみ達に言える言葉を覚えたのに。たった一度きりの微笑みで、こんなにも見事に喋りやがる。

 

 本当に、本当に……大したやつだ。

 

 常に浜名湖が目の前に見える、国道362号を走り続けて、10分ほど。ぼくたちは駅に到着した。辺りに住宅は少なく、線路を挟んですぐ向こうに浜名湖が見えるって感じのところだ。

 

「佐久米駅で……合ってるんだよな」

「うんっ! ……あ、スケッチの準備とか大丈夫?」

「必要なのか、こんな辺鄙なとこの駅で」

「後悔はさせませんよ旦那〜」

 

 ニヤニヤと笑うなでしこの指示に従って、とりあえずスケッチブックとペンを出しておく。この岸辺露伴に、ここまでやらせたんだ。とんでもなく綺麗な景色でも無ければ許さんからな。

 

 ふと、駅の前に止めてあるビーノと、ヘルメットを外すに気が付き、なでしこが走り出す。ちょっとの距離なのに、結構な全力疾走。

 

 なでしこは多分、生きてる時の大体が全力だと思う。そして、移動の半分は走っていると思う。本当に犬みたいなヤツだな。そのうち骨でもくわえだすんじゃあないか。

 

「リンちゃん! あけましておめでとうございますっ!」

「お、おめでとうございます。露伴先生は、なんでここに……?」

「聞いていなかったか。ちょっとした正月休みの息抜きさ」

 

 川でマグロでも見たような目をして驚くリンくんであったが、すぐに咳払いをして元に戻る。

 

「今年も、よろしくな」

「ん…………よろしくお願いします」

 

 リンくんは丁寧にお辞儀をしてから、その口角を少しだけ上げてみせる。なでしこも、それを見て嬉しそうに笑い、リンくんに抱きつく。

 

 電車の時間はまだ先だが、なでしこが『面白いもの』を見せてくれるらしいんでな。つまらなかったら思いっきりバカにしてやろうと、ぼくはなでしこと同じ足の速さで駅のホームに出た。

 

 何かが顔を掠めた。強い風が吹き、白い何かが飛んできたような……。

 

 飛んできた、といっても、それが風に運ばれ、流れてきたという意味ではない。『明確な意志』と『一対の翼』を持ち、こちらに羽ばたいてきた。

 

「うわぁっ」

「……なるほど、な……」

 

『ユリカモメ』。チドリ目カモメ科カモメ属に分類される鳥。地球上で1万種類いるとされている鳥類の中でも、カモメと呼ばれる鳥たちの一種だ。

 

 ユーラシア大陸の北部やヨーロッパなどで見られ、日本でも冬の鳥として、北は北海道、南は沖縄あたりまでに渡来してきている。

 

 カモメという名の通り、主に水辺に生息しており、海岸や川辺、沼地などに見られる。そして、それは浜名湖も例外ではないらしい。

 

「こんなにたくさん……」

 

 そいつらはホームの前、つまり線路の地帯に大量にたむろしていた。

 

 ホームに出るまでは、なんてことの無い普通の田舎の駅だったが、死角になっていたらしい。一気にユリカモメが視界に増えてきた。まだこちらに飛んできているのもいる。

 

 この駅は一日に30人前後の客が乗り降りするらしいのだが、今はその客もぼく達3人だけ。あとは、その一日の客よりも圧倒的に多いユリカモメが居るだけ。

 

 向こうの田舎っぽさ全開の景色も相まって、日常の風景からはかけ離れた絵面だった。

 

 肩にユリカモメの一匹が止まった。サインでももらいに来たのだろうか。水かきのある足なので、強くつかまられてもあまり痛くはなかった。少し濡れているだけで、見た感じでは汚くもない。

 

「冬はたくさん集まってくるんだよ〜」

「へぇ。随分人に慣れてるね」

「近所の人とかがエサをあげてるみたい」

「……なでしこ、電車が来るまで何秒かかる」

「え? ……5分位かなぁっ?」

「上々ッ!」

 

 まずはスマホのカメラで数枚。そして丁寧に一眼レフで2枚ほど写真を撮る。そしたらスケッチの時間だ。おそらく背景込みで、2分あれば描ける。

 

 鳥というのは、描こうとすればいくらでも時間をかけられる生物だ。

 

 羽根をたたみ、地面に佇んでいる姿はシンプルで描きやすいデザインであるものの、自分の身体の何倍もの翼を広げて、空を舞う鳥は実にインパクトが強く、絵になる。

 

 上にしなる翼。大きく跳ねる翼。折り返しで重力に抗う翼。仕舞われる直前の翼。その顔を一切変えることはなくとも、鳥はその翼で感情を、表情をありありと見せる。

 

 何より、描くのが楽しい。本人は何一つ表情を変えてないってのに、飛び方ひとつで、読者はそこに多様な解釈を求められる。表現方法として、実に興味深い。

 

「赤い足と黄色い足のがいる」

「ホントだ」

「何でだろうな」

「……描き終わったんですか?」

「ちょっと前にな。この岸辺露伴をなめるなよ」

「ちゃんと上手いじゃん!!」

 

 話しているうちに、右から線路の上を走る車輪の音が聞こえてきた。電車の時間だ。

 

 電車に轢かれるギリギリくらいの所で、ユリカモメが波のように飛び上がり、こちらに舞ってくる。先程飛んできたものと同じだが、量がまるで違う。

 

 吹雪のように白く、美しい小鳥達が、一斉になだれ込む……。

 

「あははっ」

「うおおお……っ」

「フフッ」

 

 なるほど。確かに『面白いもの』だな。

 

 

 




season2、めちゃくちゃ良くないですか。良いですよね。ホントに良い。斉藤の寝癖だけで1ヶ月はやりくりできる。生き甲斐。実写の岸辺露伴もめちゃ面白かったし。
イェイイェイ。オマエもゆるキャン△最高と叫びなさい。
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