ゆるキャン△ 〜岸辺露伴は止まらない〜   作:苗根杏

21 / 24
エピソード#B⊂A:浜名ノウナギ

 

 

 

 

 昼飯がまだだ。スケッチブックをたたみ、ユリカモメの大群を見送った後、思い出したことをそのまま口に出した。昼1時、駐車場でのことだった。

 

 リンくんも昼食を済ませていなかったようで、ぼくの発言に無言で頷く。

 

 それを見たなでしこは、ほんの少しだけの嫌な予感を含んだドヤ顔を見せて言う。

 

「こんな事もあろうかとっ!」

「……あろうかと?」

「近くの美味しいうなぎ屋さんを調べておいたのです!」

 

 ぼくとリンくんが、思わず口を揃えて「えっ」と驚く。

 

 うなぎ。ああ、うなぎか。あのうなぎだろうな。

 

 最後に食べたのはいつだっただろうか。一昨年の個展の打ち上げで、その時の担当編集者が柄にもなく気合を入れていて、高そうな飯屋に連れていかれた時だった気がする。気合いは入っていたワリには、キッチリとした割り勘だったがな。

 

 その前が確か、中学生。そうだ、その時は、丁度浜松まで来ていたんだ。お年玉で財布に余裕があったので、元から買っていた電車乗り放題だか何かの切符で、東海あたりを旅していたのだ。

 

 15歳ながらに、ああ、これは自分にとっては贅沢すぎる食べ物だ、と思った覚えがある。その時の感想としては、『美味いのは分かるんだが自分の舌には合わない』といったものだった。

 

 どうでもいい昔話はともかくとして、昼食にうなぎを食べること自体については、ぼくは異論も何もない。問題はあるがな。

 

 なでしこから一旦距離を取り、リンくんとコソコソ井戸端会議を始める。

 

「……露伴さん」

「言いたいことは分かる。所持金を教えてくれ」

「1290円です」

「ガソリン代を含めてだが、6000円はあった気がする。いざとなったらカバーする」

「た・助かりますッ。何倍にしましょう」

「もしかして、返す時の利子を決めようとしてるのか? キミは……」

 

 そう言っている間にも、なでしこはずんずんと街の方へ歩いていく。リンくんと一緒に慌ててついていくこと、十数分。ぼくらは市街に出た。

 

 辺り一面に看板が出されている。恐らくどいつもこいつも、外からの客の財布をアテにして生きているようなヤツばかりだ。うなぎ、ウナギ、鰻、UNAGI…………。

 

「ここのお店、すっごい美味しいんだよ!」

 

 そう言って、ぼくらを連れて入ったのは、外装も内装も和風な店だった。何を売っているかは、もう言うまでもない。カウンターの席についた時に見えたのが『並』『上』『特上』の文字だったからな。

 

 それ以外の食べ物を一切売らない、まさにうな重専門店といったところだ。

 

 ……まあ、この状況からうなぎ食べませーん! とか、なでしこのグルメ・センサーは何万回の高速計算を繰り返してもそんな結果は導き出さないだろう。

 

 いや、よく考えろ。そもそもなでしこはあまり金を持っていないイメージがある。本栖湖で会った時だって、カレーめんひとつ買えないような所持金だったし、小遣いが厳しいだの何だのと言っていた覚えがある。

 

 先日聞いた年賀状のバイトとやらの金も、あのランプとかに使ったってんだ。やっぱり今はぼくたち全員、所持金は心もとないと言った方がいい。

 

 それにここは浜松。近くはバリバリにうなぎの産地だ。輸送の費用もかからないことから、お手頃価格であることが予想される。なでしこが自ら連れてくるということは……そういう事だ。

 

 しかし、あまりにもいい匂いだ。何で出来ているかも分からんが、とにかくタレの匂い。何本かの串に刺されて、ひらべったく広げられたうなぎの表面についたタレが焦げていく匂い。

 

 ありがちな表現だが、誇張抜きで言おう。匂いだけで米が食える。

 

「すいませーん! 『特上』3つ、くださーい!」

「『特上』が3つね」

 

 うん、うん、特上…………とく……じょう……?? 

 

「んふふ、楽しみだねぃ」

「「!!!」」

 

 ぼくとリンくんが、焦って同時にひとつのメニュー表を持って確認する。

 

 そこには、うな重のランクごとの値段が、凝っていらっしゃる、手書きで示されている。並が1900、上が3100円……特上が…………。

 

「「ああーッ!!?」」

 

 ……『4100円』ッ……!!! 

 

「な、なでしこ……お金……わたし、お金が……」

「この世の中には! やっていい事と悪い事があってだな!」

「大丈夫だよぉ」

 

 依然として、ふわふわふよふよの笑顔を崩さないなでしこ。どうやら圧倒的な自信があるらしいな。『友人に4100円のうな重を食わせる』といった状況に動じない自信が。

 

 ……会計時に、ぼくが全て払うフリをして『ヘブンズ・ドアー』で店主に書き込むか……? 店内に客は少ない、素早くやれば早い話だ。客を本にすればもっと早い話だ。

 

 いや、スタンドをそんな悪事には使えない。スタンド使いの風上にも置けない奴のする事だ。食費を踏み倒すことは、一人の人間としてできん。

 

「大丈夫!」

 

 そう言って、かのデュエリストかのようにポケットから取り出したるは、ジャニーズを差し置いて女性人気ナンバーワンの男の肖像が書かれている紙幣。福沢諭吉だ。しかも横には樋口一葉まで付いてきてる。2枚ドローかよ。強欲な壺ってか。

 

「父さんが『いつも世話になってる2人なんだろ? これで浜名湖の美味いうなぎ食べさせてやりなぁっ!』だって! んへへっ」

 

 ……………………。

 

「はぁ……」

「なる……ほど……」

 

 聞いてから数秒遅れて、全身の力が肩から抜けていき、表情筋まで緩んだ。

 

 タダでうな重かあ。

 

 フフッ。

 

「えっ? なんでそんなに脱力してるの?」

「何でもない。楽しみですね、先生」

「そうだなあ…………ム?」

 

 ドスッ、と、気味の良い音が前方から聞こえた。見ると、店員さんがアイスピックのようなもので、うなぎの目のあたりを串刺しにしていた。まな板に固定するためだろう。

 

 まな板がヌメヌメとしているからなのか、泳ぐように店員の手の中でうなぎが踊っている。往生際悪く、逃げようとしているようにも見える。それを適切なタイミングで、適切な箇所を掴んでおさえるのだ。

 

 こちらから見て横に伸びたうなぎ。店員は、包丁の先を頭より少し後ろくらいに入れて、背中のヒレに沿って切り込みを作っていく。あくまで切り込みなので、腹まで包丁が貫くことはない。

 

 するとどうだ。うなぎの細長いボディが、元からそういう生き物であったかのように、すんなりと腹を開けた。ピンクとも赤とも呼べない色の肉絨毯に早変わりだ。背骨だってスルスル取れていく。

 

 よく見れば、うなぎをさばく彼の服に、少しだけ血飛沫がついているのが分かった。

 

『スプラッタ映画のシェフみたいだなあ』なんて思う前に、『これだけのスピードでさばいているにも関わらず、よく飛んだ血飛沫が最低限の量で抑えられているな』と感心した。

 

 紛れもない職人。板前と呼ぶのだろうか。もうずっとこうして生きている。ぼくと同じだ、職業は違えど、人生の大体をこの作業に費やしてきたんだな。

 

「すいません。スケッチをしても?」

「はぁ……構いませんが」

「……手に迷いがない……スゴいぞ……」

「失礼ですが、絵のお仕事か何かを?」

「ちょっとジャンプで、ね」

「…………ははっ」

「なんだその『反応に困るジョークだが、ひとまず付き合ってやるか』みたいな反応は!!」

「えっ、ホントなんですか?」

「ホントも何も、ぼくは岸辺露伴だぞ!」

「まあ、そう言われても違和感のない上手さですが……」

「そりゃ本人だからな!!」

 

 まあ、そりゃ超人気マンガ家が偶然目の前でスケッチを始めただなんて、そう簡単には信じられんだろうが。よもや夢にも思うまい。

 

 リンくんまでが、熱心にうな重になるまでを見つめているのに対し、なでしこは両手で目を覆っていた。

 

「血がダメなんだよぅ」

「なんでカウンター座ったんだよ……」

 

 ほどなくして、3本の串で等間隔に貫かれた、今はもう平べったいうなぎがタレに包まれた。よく分からん焦げ茶色のツボに入った、よく分からんタレだ。

 

 よく分からんのに美味い。何の成分があって、何が作用しているのかさえ分からないが、この匂いからして美味いことだけは分かる。

 

 表面がだんだんと炙られ、火が通っていくにつれ、こちらにまた香ばしい匂いが漂ってくる。

 

「お待ち」

 

 黒い箱に包まれたうな重が、3つカウンターに並んだ。蓋を開けると、千明のメガネを一瞬で曇らせるであろう量の湯気と共に、タレ色のカーペットが姿を現した。

 

「ふぉおおっ」

「……既に美味しい……」

「ああ、匂いがね」

「じゃ食べよっか!」

「うん」

「だな」

 

 いただきますッッ。

 

 うなぎに箸を入れると、サクッ、という音がした。いい音だ。黒箱の放つオーラに思わず萎縮し、小さめのひとくちを箸ですくう。

 

 恐る恐る口に運び、舌の上に乗せてみる。

 

「ッ!!!」

 

 うなぎ、100パーセント。

 

 その時、ぼくの脳裏に過ぎったのは、20歳になったばかりの頃の記憶。そう遠くない思い出だが、言われなければ一生忘れているような出来事だ。

 

 小さい居酒屋でのことだ。作家としての同僚に、飲め飲めと小さめのコップになみなみと日本酒を注がれた。嫌々ながらも、ぼくは酒に弱いってわけでもない。普通のビールも飲めないことは無いし、その場でぼくは日本酒をひとくちだけ飲んでみた。

 

 アルコールの味が強かった。ビールの苦さとはまた違う、かすかに奥に甘さのある味だった。米の甘さだろうか。しかし、どうにも身体が、喉がそれを受け付けない。

 

 喉の内側が焼けるような、辛さとも熱さともとれない不快感が、とても印象的だった。美味い人は美味いんだろーな、って感じだ。

 

 大ヒットと名高い話題の映画を見に行ったはいいものの、自分の好みには刺さらなかった時と同じような感覚。大衆受けはするよなあ、なんて斜に構えてみたりしてみたり。

 

 ……もちろん、今回は違う。バツグンに『美味い』。

 

 これが、ぼくが大人になったことの証明だろう。

 

 時々、眠れない夜に思うことがある。ぼくは昔から絵を描いて過ごしてきた。人生の4分の1は睡眠でできているというが、ぼくはもう4分の3で絵を描いている。

 

 昨日より今日、今日より明日の画力こそ向上しているものの、ぼくは昔から何も変わっていないんじゃあないか、と。

 

 しかし、ぼくは昨日のぼくよりも、画力以外で何かが確実に成長している。少なくとも、明日のぼくは今日のぼくよりも成長しているだろう。うな重ひとつ分だけでも。

 

「うまぁ〜……♡」

「…………ウム……」

「ふへへ」

 

 店内の暖房も相まって、少し冷えた身体にホカホカのうなぎが合う。口、いや身体中に幸福の味が広がる。

 

 いい絵が描けそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘェ。もうすぐ着くんだ、なでしこ達」

 

 To be continued...




最近誕生日でした。Twitterでもリアルでもそこそこの人数に祝ってもらえるの、なんかのバグかと思いました。MGのフルコーン貰ったんですが、置き場所がないです。
綾乃ちゃん、いいですよね。いい。絶対グッズ買います。あんまり上手く書ける気はしませんが。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。