ゆるキャン△ 〜岸辺露伴は止まらない〜   作:苗根杏

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エピソード#A∪B:浜名、アラタニ…

 

 

 

 

 

 

 なでしこは、3日ぶりに布団に入って爆睡しているリンくんにもう少し付き添うとのことで、ぼくは先に車で展望台に向かうことにした。

 

 やたらめったら長い名前の、どう読むかも知らない展望台の駐車場に、フェアレディZを停めると、こちらに駆け寄ってくる人影が見えた。本栖湖のトイレが頭に浮かんだ。なでしこに初めて会った時も、確か、こんな冷え込んだ夜のことだった。

 

 本栖湖の風景を思い出し、エンジンを止めようとすると、運転席側の窓を軽くノックされた。

 

 見てみると、ニット帽の似合う茶髪が、窓越しに手を振っている。ここまで来れば、嫌でも誰かは分かった。綾乃だった。気だるげな目が、ぼくの目とパッチリ合ったとき、彼女はにへらと笑顔を見せる。

 

 早いな、と、車から降りて呟くと、まだ来たばっかりですよー。なんてゆるく返してきた。ふかふかのマフラーに、裾がヒザまで届くぐらいには大きめのチェスターコートを着ていた。手袋も暖かそうで、バイクに乗るには最適な格好だ。

 

「なでしこなら、リンくんを起こしている。もう少ししたら来るだろうな」

「そーですか。じゃ、ここで待ちますか」

 

 そう言って、彼女はまだ湯気が盛んに出ているスチール缶に口をつける。ラベルを見てみると、それはおしるこの飲み物だった。自販機で見る度に気になってはいるが、今まで生きてきて20数年、未だに飲んでいない飲み物のひとつだ。

 

 というか、それは飲み物なのか。コーンポタージュとか、スープ系とかの飲み物が売ってる中で、この疑問は非常に今更ではあるが。

 

 吐き出した息は雲よりも白く、雪よりも透き通っていて、その顔は緩みに緩みきっていた。

 

「……自販機行ってくる」

「おっ? 飲みたくなりました?」

「寒いんだよ」

「おしるこ、オススメですよー」

「好きなのかい?」

「まあ、それなりに?」

 

 なんで疑問で返すんだ。

 

 奥で今にも消えそうに光っている自販機──経年劣化なんだろうな──に向かって、尻のポケットから財布を出しつつ歩いていると、後ろから遅れて足音が聞こえた。

 

 振り返ると、見慣れたニヤケ顔がついてきていた。

 

「…………」

「んふふ」

「何故ついてくるんだキミは!」

「怒らないでくださいよー」

 

 チェッ。

 

 斉藤といいコイツといい、最近の若い女、特に高校生の女子はみんなこうなのか? 流行ってるのか、こういうのが? ミステリアスって言うんだろうか。

 

「ねえ。センセもキャンプしてるんですよね〜?」

「そうだが」

「外で美味しいもの食べるってこと以外に、何するんですか?」

「ぼくなんかは、専ら風景のスケッチがメインだな。リンくんは読書をしてたし、なでしこは……まあ、あいつの事だ。料理でもするんじゃあないか?」

「結構色々あるんですねー」

 

 ぶっちゃけ、こればっかりは人による。写真を撮ってブログやSNSにアップしたり、湖畔なら釣りをしたりボートに乗ったり、森なら動物を探したり狩ったり。平原ならひたすら寝転がって、雲の数でも数えたり。

 

 これくらいしないと、飯作って寝るだけじゃあキャンプは暇で仕方ない。初心者なら準備で時間の半分くらいを要することになるが、慣れてくるとすぐに設営もできるし、ちゃんとした飯も割と短時間で作れるようになる。らしい。リンくんの受け売りだ。

 

 綾乃はそれを聞いて、いや、聞いてるんだか聞いてないんだか分からないようなゆるゆるの顔でおしるこを飲んでいた。千明ならメガネが秒で曇りそうな湯気が、彼女の口元を隠しているが、目は完全に寝る5分前のそれである。

 

 もともと眠そうな目をしてはいるが。

 

 そうやってキャンプの話を綾乃に聞かせながら、ぼくたちは静かすぎるくらいの夜道を散歩していた。

 

 駐車場付近に戻ると、バイクと自転車の光が見えた。リンくんになでしこのものだろう。

 

 この時間になっても、辺りに人は見られない。犬の散歩をしている人を1人見かけたくらいのものだ。なでしこの、地元民のみぞ知る『穴場』というやつなのかもしれん。

 

 なでしこはぼくらを連れて、ルンルンで階段を上り始めた。綾乃はどこか察しがついたようで、同じく暗がりの中でもスイスイと上っていく。

 

 頂上に着くと、浜名の一面の夜景が目に飛び込んできた。

 

 なるほど。『展望台』か。

 

 地元民組が指をさしてくれるのを、ぼくとリンくんは目で追う。

 

「あの辺りが弁天島か」

「あっちの明るい所は浜松駅だねー」

「あれは?」

「浜名湖のサービスエリアだよ」

 

 光の粒が集まって、塊となって浜名湖を囲っている。夜空を見上げれば、それによく似た、冬の澄んだ空気に浮かぶ星々が瞬いて、ぼく達を見下ろしている。

 

 あの一つひとつに生命が脈々と営みを続けていると思うと、少しポエミーな気持ちにならないでもない。そんなガラじゃあなくっても、こんな景色を見たら、詩も、詩人も生まれるさ。

 

「私、こっから見る浜名湖が大好きで、よく自転車で来てたんだ。ね、アヤちゃん」

「私は疲れるから、あんまし来なかったけどね」

「リンちゃん。今回のキャンプはどうだった?」

「……ん、色々あったけど、良かったよ」

 

 リンくんの言う『色々』には、今日に至るまでの年越しキャンプのことだけではなく、なでしこに会ってからのキャンプ趣味だらけの騒がしくなった日常を振り返ってみての『色々』が詰まっているように思えた。これから来るべき、様々なイベントをも……。

 

 いや、それ以前に、彼女が言う祖父の影響を受けてキャンプを初めてからの、今までの『色々』を言っているのかもしれない。ソロキャンプを楽しんでいた頃の自分。初めての誰かとのキャンプ。そして、ぼくたちで行ったクリキャンなどの思い出。

 

 リンくんはこう語る。同じ『キャンプ』というアウトドアでも、ソロでするか、仲間とするかで全く別物になる。

 

 行った先、または行く途中の景色、見に行った観光地、SAやお土産屋、食べたものの匂いや味(不味かろうが美味かろうが)、寄り道にて見つけた思わぬ発見。それらを振り返り、一人でゆっくりと物思いにふける時間が、ソロキャンには多い。

 

 ソロキャンは、一人でいるという『寂しさ』も味わうものだ。リンくんは、思ったよりもずっと大人な趣味を味わい、楽しんでいたのかもしれない。ぼくは改めて、ソロキャンの底知れぬ魅力を感じた。

 

 リンくんの場合は、クリキャンの後すぐにソロキャンをしたから、余計にそう思ったのかもな。

 

「綾ちゃん。ココア飲む?」

「あ、うん」

「ラーメンもあるよあるよ〜」

「寝る前に食べたら太るやつじゃん、それー」

 

 マグカップ3つ分とカレーヌードル1つ分のお湯が沸いたころ、綾乃くんは、ぽつぽつと話し始めた。

 

「あたし、ね。なでしこが山梨に行ってキャンプ始めたって聞いた時、本当は『こんな寒い時期にキャンプって、何やってんだよ』なんて思ってたんだ」

「…………」

「でもさ。今日、3人と話してて、なんだか分かった気がするんだ」

「……楽しさ、とか?」

「んー。色々、かな。ちょっと思っちゃったし? 『あたしもキャンプしたいな』って」

「フフ、そっか」

「あっ、サウナも行きたいかも」

「サウナ部はいつでもお前を歓迎するぞ」

「体験入部、待ってるよ」

「また会ったらサウナ行きたいね〜」

 

 展望台から降りて彼女は、バイクのキーを回す。彼女は寒そうに手をもぞもぞしながらも、帰らなきゃ、とある種の決心を固めているようだった。

 

「暖かくなったら、あたしも山梨に遊びに行くよ。リンちゃんみたいに、頑張って、原付でサ」

「……そんときは、よろしく」

「ん。ヨロシクね……今日は本当に『ありがとう』。それしか言う言葉が見つからないよ」

 

 振り返った彼女の笑顔は、綾乃くん特有のゆるさはあるものの、ぼく達を真っ直ぐに見つめていた。ヘルメットからはみ出た前髪が、風に揺れた。

 

 真っ直ぐな瞳の若者が、いつだって新しい時代を拓いてきた。ぼくの先輩のマンガ家さんは語っていた。近年のキャンプブームも、こういう若者達がきっかけなのかもしれないな。

 

「綾乃」

「はい?」

「今度は、本を持ってこい。直筆サインだ」

 

 こちらを見ながら、綾乃はキョトンとした顔でエンジンをかける。そのうち、ぷっと吹き出し、Apeをふかした。

 

 白い歯を見せ、今日最大の輝きの笑顔が光る。

 

「じゃあセンセの本、古本屋で見ときます♪」

 

 そう言って彼女は、立派すぎるくらいの100ccにまたがって走り去った。その発言の意味を咀嚼してみて10秒。ぼくは彼女に追いつくべく、夜の国道362号に向かった。走りで。

 

「新品で買え──ッ!!」

「ばいば〜い!」

 

 これだから生意気な若者はッ!!

 

 

 To be continued...

 




今年の年末も、みんなで露伴。楽しみですね。またウルジャンで小説出たみたいですし。
ゆるキャン△側も映画が発表されましたね。定期的に供給があるのは本当にいい事です。
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