ぼくの名前は岸辺露伴。見れば分かるが、漫画家だ。そう、見れば分かるのだが文面ではなかなか分からない。残念だ、ああ残念。
突然だが、いや、前述の通りでもあるが、見た目で人を判別するためには『オーラ』が欠かせない。
見た目とは、第一印象ではなく、第零印象。話しかけるかどうかさえも見た目に左右される。これは決して、人生の絞りカスみたいな老人だったり、チェックシャツのオタクをバカにしてるわけじゃあない(後者の中には特に、ぼくの作品のファンである人が多いしな)。
たとえば、包丁を持っているサングラスにマスク、ニット帽のゴツイ男に、道を教えてくれませんかと気軽に声をかけられるか? と聞かれたら、10人中10人が『ノー』と答えるだろう。見た目が大事ってのは、そういう根本的なところの話だ。脂ぎったデブと壇蜜を比べるとか、そんな些細な部分の話ではない。
要は、自分に危害が及ばないかどうか、という人間的な問題を見極めるところであって、ぼくの発言に差別的な意味合いは一切含まれていない。最近はマンガ業界含め、ポリコレやら何やらに厳しい。こういう発言は忘れてはならない。ぼくはあくまで、人のオーラについての話をしている。見た目である程度のオーラというものは掴める。
そして、『波長』。ぼくは相手を見極めるために、つまり、自分と相手の『波長』が合っているかを見極めるために、第一印象を求めて会話をしに行く。ぼくの『オーラ』を読む力、そして『波長』を確かめる力は、取材で鍛えられたのかもしれない。
取材やロケハンってのは、なにもその場の情景や地理情報を調べるだけじゃあない。その土地にいる、その土地で育った人々と触れ合わなければ得られない情報もある。取材という、アナログ・コミュニケーションならではのメリットだ。
さて、ぼくにとっての、取材のデメリットの話もしておこう。ぼくにとって、の話なので、あまり参考にならないかもしれんが。
デメリットというのは、最近のぼくの取材には女子高校生が付随する場合がほとんどなので、いつ文春のヤツに大砲をぶっぱなされるか分からないところだ。
いくらポリコレに気をつけようと、女子高校生と一緒にいるところを見られたら即座に炎上するだろう。怖い世の中になったものだ。今回は先生もいるが、大半は女子高校生。
ぼくは決してそういう目で見ちゃあいないが。それでも、男女が一緒に旅行というかキャンプというか、とにかく一緒に遊んでいるだけでも、世間の目が怖い。
行かなければいいじゃあないか、ということを言うやつもいるだろう。しかし、まあ、メリットの方が大きいし。取材だけでなく、趣味のキャンプが含まれているからな。
あとは、なんだ。その、だな……。
もう、『アイツら』は、ぼくにとってはただの『友達』だからな。遊んでやるのも、やぶさかではない。
「おい、シートベルトは締めたか? 捕まるのはぼくなんだからな」
「だいじょぶですっ、はんちょー!」
「バッチシOKです、班長!」
「はんちょー! お菓子食べていいですか!」
「好きにしろ。リンくんの方は……」
メッセージアプリを見ようとすると、ちょうど僕らのグループにリンくんからのメッセージが来た。
『山梨でた。おはよう静岡』
「大丈夫そうだな。最近のパトカーは、わざわざUターンして原付のスピード違反チェックをしてくるから心配だが」
「都会の方になると、もっと厳しいもんね」
今回は、3つのチームに分かれての行動となる。
まずは、単独行動で原付を駆る『リンチーム』(チームとは一体)。
某・水曜日放送のローカル番組でも見たのかは知らないが、元々彼女は正月に、浜名湖辺りに行ったその足で、伊豆まで行く計画を立てていたつもりのようだ。しかし、路面凍結やら何やらがあって計画は頓挫。
そして今回、リベンジの機会がやってきたとばかりに単独行動に立候補したとのことだ。危険な旅路になるが、彼女もここ数ヶ月、キャンプのため原付を乗り回している。ヤマハの原付も伊達じゃない。彼女も、これまでの集大成のつもりで臨むようだ。
なお、彼女は既に早朝、静岡に向かって出発している。『下田の海辺』で合流する予定だ。
次に、焼き鳥の救世主の姉こと先生が運転する車に乗っているのが『先生チーム』。メンバーは顧問の先生、大垣、犬山、犬山の妹。
犬山の妹には初めて会った。名前は『あかり』と言うらしい。
『へぇーっ、マンガ描いてる人なん!? すごい人が来たなあ! で、なんでここにおるん?』
『……確かに、ぼくがここにいるのは普通ではちょっとおかしいのかもしれないな……』
『露伴先生がちょっと弱気!?』
『先生、おかしくないよ! 私たち、友達だもん! ねー!』
『そ、そうだ。『友達』……そう、ぼくらは『波長』の合う『友人関係』だからね』
そういえば、この岸辺露伴にサインをねだらないガキには久しぶりに会った。珍しい。最近は背中や色紙にサインを描いてやることばかりだったからな。だが、それはそれで何だかムカつくので、今度自費で自分のコミックスを買って、あおい経由で渡して読ませようと思う。
そういえばこの旅、元々は先生の妹……つまり焼き鳥の救世主──名前を知らないので便宜上こう言うしかないのだ──のミニバンを借りて、リンくん+ミニバンチームという編成で伊豆キャンプに挑む予定だった。
しかし、一緒に参加するぼくが車を持っていると言うと、先生は『じゃあ2チームに分かれるのはどうですか』と提案してきたのだ。
なに? 何故ぼくがサラッと参加することが決まっていたか、だって? もういいよ、いつもの流れだよ。なでしこが言ったんだ、皆に。『ここまで来たら露伴先生も入れようよ、仲間外れはよくないよ!』と。
まあ実際のところ、この岸辺露伴、同じ雑誌の大手のマンガが来週から1ヶ月ほど休載するとのことで、それに乗じてスケジュールに無理やり穴を開け、喜び勇んで来たのだがね。
そして、ぼくのフェアレディZに乗っているのが『露伴チーム』。ぼく、なでしこ、斉藤が乗っている。
「それでは、先導お願いします。先生」
「任せてください、先生」
「ややこしいなぁ!」
「文面だけやと、なお分かりづらいわあ」
「ブンメン……?」
「犬山、好き嫌いが分かれるような発言はやめろ。この作品は、ぼくのマンガとは違って万人受けを狙ってるんだからな」
「理由、そこなんやね」
ぼくのマンガみたいに、自然と万人に受けるようなものじゃないんだ。狙わなければいけないんだよ。作者のヤツに才能がないから。
「そういえば、どっちも先生だねぃ」
「ム……ンッン。鳥羽先生、で……いいんだよな?」
「はい、鳥羽です。露伴先生。改めて、先導の方、よろしくお願いします」
「改めて、任せてください。鳥羽先生」
今回の伊豆キャンプは、『ジオパーク巡り』と『伊豆の食材でキャンプご飯を堪能する』がメイン・イベントとなる。
前者の『ジオパーク』とは、日本では主に伊豆や箱根のそれが有名なものとして知られている、『地質遺産』を保有する自然公園のことだ。『地質遺産』とは、まあ種類はいろいろあるが、定義として言うならば『地質学・地球科学的に価値のある遺産』を指す言葉だ。
とにかく、そういった自然の産んだ素晴らしい景色が見られるスポットを自然公園とし、『ツーリズムに貢献する観光名所』兼『地球について学ぶ場所』兼『それらを活用して自然と人間との共生や持続可能な開発につなぐための場所』が、『ジオパーク』である。
これだけ聞くと、たいそうな目的が秘められた場所に思えるだろう。ぼくも最初はなんだか説教くさくて、毛嫌いしそうになったものだ。しかし、あまりそういった難しいことを考えながらジオパークの観光をする必要はない。まあ、ジオパークに来た時点で観光業には貢献しているわけだし。
それに、ジオパークの美しい景色を見せられれば自然と、ポイ捨てをしようだなんて気にはならなくなるさ。ぼくは給料を自然のために使うブラックジャックのような人間ではないが、かつてぼくが惚れた杜王町のような、美しい自然たちを守るためなら、いくらでも節電するね。
なお、自然公園ではなく、ひとつひとつの地質遺産としての観光スポットは『ジオスポット』と呼ばれているらしい。
もうひとつの目的の中にある『伊豆の食材』も、キャンプ好きとしては中々にそそるものがある。
何にしろ、高校生にしては2つともセンスのあるコンセプトじゃあないか。大人びているガキは嫌いだが、センスのある若者は好きだ。センスのある若者は自然と、人生のどこかでぼくの作品を読むことになるからな。
最初の目的地は、静岡県下田市。リンくんと合流する地点だ。1日目は下田に泊まり、2日目はそのまま静岡に滞在。3日目で帰りつつ観光といった感じだ。
山梨を出発したぼくらは、伊豆に向かってひたすらに下道を行く。南部あたりから出発したので、すぐに静岡県に入った。
ループ橋をアトラクション感覚で走ったり、トイレ休憩がてら『わさびソフト』を食べたりしつつ、現在、時刻は10時40分。昼どきの手前と言ったところだ。
場所はというと、賀茂郡の河津町。ほぼ伊豆みたいなものである。そこでぼくらは、ちょっとした渋滞にハマっていた。外の景色を写真に撮るか(スケッチは両手が塞がるので無理だ)、恵那と話すか、くらいしかヒマをつぶす方法がない。
ちなみになでしこは、ループ橋を渡る段階で既に寝ていた。昨日からワクワクしすぎて寝不足なんだと。マッ、車の中でぐっすり寝て、起きたら目的地にワープしているという体験もガキの特権だ。ゆっくり眠らせてやりたいところではある。
にしても、寝すぎじゃあないのか。朝から昼前までぐっすりとは、さては徹夜か。
「まだ起きないのか」
「ぐっすりですね〜。やっぱり、わさびソフトで目を覚ますしか……」
「わさびソフトをアンモニアのような『気付(きつ)け薬』だと思ってるのか? キミィ……」
確かにインパクトの強い味だったがな。
「アレは……マジで美味いわけじゃあないが、不味いとも言いきれないな……」
「甘辛いってやつですかね。ヤンニョムチキンみたいな……」
「あれとは甘いも辛いも別ベクトルだろ」
アラサー男性のくせにヤンニョムチキンを知っているぼくは、ひょっとして珍しいのではないだろうか。これも女子高校生から最近のトレンドを聞くという取材の賜物。なのかもしれない。
ぼくらがわさびソフトの感想を話していると、後ろの車の方から鳥羽先生が顔を出し、こちらに声をかける。それも、割との大声で。
「露伴先生ッ!!」
なんだなんだと、今度はバックミラー越しではなく、窓から顔を出して直接後ろを振り向くと、鳥羽先生の焦った顔がよく見える。
「連絡なら電話でいいじゃあないですか」
「さ……『桜』がッ……」
「え!? なでしこちゃんのお姉さん!?」
いるわけないだろ、下田に。各務原桜さんが。しかも今朝、お出迎えしてくれたばかりだし。
「植物の方にしても、桜って……珍しいな。まだ3月も始まったばかりだぞ」
「違います!」
乱れた息を少し整え、鳥羽先生はこちらに言う。
「あれは『河津桜』ですッ!」
「カワヅ……?」
「ああ、日本一早咲きの桜だったっけな」
「知っているのか? 大垣ィ〜ッ」
ぼくがそう少し大きな声で返すと、大垣は自慢げに返してくる。
「へへん。昔、一度行ったことがあるんだ。その時はもう凄かったぜ〜? 小学生の頃だけど、ハッキリ覚えてる! 2月の寒いうちから咲いててさあ! その寒〜い中、家族で『桜まつり』に行ったんだよ!」
「……『桜まつり』……」
今度は独りごちるように、その『祭』の名前を口にする。
日本の歴史の中において、『祭』は非常に重要な立ち位置にある。神道を重んじるお国柄、現在も様々な神社で祭が行われている。元は『祭』という名前にも、神を『祀る』という語源があるしな。
それに、日本神話にも『祭』に関するエピソードがある。ある時、太陽の神である
天照を岩戸から出すために、天岩戸の前で飲めや歌えやの宴会を行う、といった話が、『祭』の起源と言われている。この話の真偽はともかく、紀元前から『祭』という文化は日本に根付いており、未だに日本三大祭なんて呼ばれる歴史の深い『祭』は、大規模に行われている。
「その『祭による渋滞』だな? 要するに……フム」
「で、ですので! ここから向こう1時間……いや、2時間! ここからほとんど動けませんッ!」
なるほど。時間は十分。
「よし。行こう」
「えっ!? どこに!?」
「露伴先生、すっかり目が据わっているな……となると、諦めるしかないな」
大垣、分かっているじゃあないか。
これは『取材』のチャンスだ。ちょうど編集長から、短編の掲載の話を持ちかけられたところだ。
決めたぞッ。短編のテーマは『祭』だ。神道という大きなテーマを絡ませ、壮大なストーリーにするにあたって、まずはこの『桜まつり』の取材といこうじゃあないか。
「第1目的地は『桜まつり』にしましょうッ」
「ええぇ〜〜ッ!?」
あちらの車からも、こちらの車からも驚きの声が聞こえる。すると、鳥羽先生が咳払いをしてこちらに一言。
「皆さんのお手洗い休憩も兼ねて、ですよ?」
「助かるよ。これも『取材』だからな」
「ああ〜ッ、あの人……完全に『スーパーマンガ家・岸辺露伴』の
「目のギラつきが違いますね。あんな目を前にして、断れって方が厳しいですよ」
ぼくは、恵那になでしこを任せて車を降りる。歩きながら簡易的なストレッチをし、スケッチブックとペンを取り出す。
「鳥羽先生、うちらはどないします?」
「行ってきても大丈夫ですよ。30分以内であれば、私ひとりでも大丈夫です」
「あおいちゃん! うちお団子食べたい!」
「私も私もーっ!」
「あきまで子供っぽくなっとるがな」
To be continued…
露伴ちゃん実写3期、そしてルーヴルの実写化からジワジワとモチベーションは上がっていたのですが、6部アニメも相まって更新まで漕ぎ着けました。1年近く待たせる形になってしまい、申し訳ありません。今年こそは年4更新、したいですね。