ぼくの名前は岸辺露伴。知らない奴はいないと思うが、週刊少年ジャンプで『ピンクダークの少年』を連載しているマンガ家だ。ちなみに来年の夏には個展をやる予定。
……………が、しかし。ぼくの今の状態は『最悪』だった。昨日までは『こう』じゃあなかった。
『今は上伊那です』
『そうか』
『風邪、大丈夫ですか?』
『食事が豚のエサみたいな味だ』
『oh…』
時は2日前に遡る。
『キャンプか。行かせてもらおう』
『露伴せんせーも来るの!?やったやったーっ!٩(。•ω•。)و南部町の河辺のキャンプ場なんだけど、自転車でも行けるって!この近くにもキャンプ場あったんだね!』
『………遠いなあ』
『え、S市なら車で半日経たずに着くってリンちゃん言ってたよ!』
『車なら借金返済の為に売った』
『あのフェアレディZ売ったんですか…?』
『おかげでもう少しの辛抱だ。今度の家は山梨にするかな』
『いやいや、杜王町の方がいいんじゃないんですか』『冗談だよ』
『じゃあ、また今度』
『うん!またねーノシ』
そして翌日。
「……………」
『もしもし露伴先生、どうしたんですか』
「すまない、風邪みたいだ。熱が40度近くあるし、目眩と吐き気が止まらない」
『…ついさっき、なでしこも風邪の報告をしてきました』
「1人になってしまうのか」
『まあ、そうなりますね』
「すまない」
『いいんですよ、ソロキャンは慣れてますから』
久々に割とマジな反省をしながら、部屋のベッドでただただ寝ることしかできない無力な自分を恨む。そこまで身体が強い訳でもないのだ。スタンド使いに会っても大丈夫だったのは、攻撃される前に無力化、もとい『取材』をしたからである。
ああ、退屈だ。机に向かうぐらいならいいかなあ…なんて思いながら体を起こそうとしたが、部屋の外から足音が聞こえてきた。多分、康一くんだな。
「先生ー?病みあがりなので決して無理は禁物と言ったばかりですが、お客さんですよ。来れるようなら、と仰っていまして……」
予想通り、部屋に入ってきたのは小さくも特徴的なシルエット。広瀬康一くんだった。
「……来客のようだ。失礼するよ」
『はい。無理はしないでください…』
チッ!何だよ、こっちは熱が37度8分も『あったん』だぞッ!もしくだらないセールスマンやハンバーグやその他バカ高校生共が来たら、意味も無いのにヘブンズ・ドアーで『時速70キロで自分の体は背後にふっ飛ぶ!』とか書いてやる。法定速度なんざ知るか。
………ドアノブをひねり、ぼくの方へ引いた時、ヘブンズ・ドアーの出番は、おはらい箱となった。ぼくの想定していた来客とは『違うの』だから。
「来たでー先生♪」
「!?」
い……犬山あおいッ!!
各務原なでしこの奴ならまだ分かるッ!この前の、ふもとっぱらでの餃子鍋の前例を出してみれば分かる事だが…こいつはそれなりに親しい仲になったし、それこそぼくとLINEを交換しているものの、なんの連絡もなくッ!
そして、甲信越から東北までの長旅を経て『来た』のだッ!
「……いや、聞きたいことはしこたまあるんだが…何故山梨に住んでいる君が、M県S市にいるんだ…?しかもぼくの家に…ッ」
「いやあ、偶然おんなし時期になでしこも風邪引いててん。キャンプ断ったやろ?」
「あ、ああ…なでしこの所には行かなくていいのかい」
「あっちはあきが行ってますよー。うちはバイト行く言うてここまで電車で来たんよ〜…で、ナイショやけどこの犬山さんが露伴先生担当という事でぇ」
「………何の、だ?それと敬語はいい」
「へ?いやあ、そりゃ『看病』やん?」
かっ!かッかかか……看病だとォォ〜〜〜〜〜ッ!冗談じゃあないッ!こんな女子高生といたら、週刊文春が黙っちゃあいないッ!新聞社なんかは『もっとだッ』!
「ケッ、ここまで来たんだ、ぼくのファンとして『取材』の一環として部屋に上げるのはいい。だがッ!『看病』というのは、どうしても腑に落ちんッ!」
「いいじゃないの先生。だいじょぶ、先生が下心さえ持っていなければ、うちは…」
「『そういう問題』じゃあないんだぜ犬山あおいッ!ぼくのプライドが許さない!」
「……………友達としてじゃ、ダメなん?」
クソクソクソクソッ!!こういう時だけ上目遣いは辞めてくれよ!
「…ぼくは納得していないからなッ!」
「わーい♡それと先生、寝てたやろ?」
「病み上がりだからな…ふァあ〜〜〜」
「もう風邪はほとんど治ったんやな?」
「そうだぜ。だから看病といっても、ここで康一くんに止められている、仕事のぶんの空き時間を埋めるくらいしか…」
「いやいや、今日はその気で来たんじゃないんやで?うちの『手料理』を振舞ってあげよかな〜?なんて」
………『ほうとう』とか、『鳥もつ煮』とか、そこら辺だとは思うが、あおいの女子力は侮れないからな。ただのご飯ではなさそうだ。期待しているぞ。
「おろ?いつもならここでゴチャゴチャ言うのに…やたらと素直やん。どしたん?」
「丁度お腹が空いていただけだ。フン…ぼくが素直じゃ悪いかよ」
「いやいや、むしろ感慨深いというか………あのツンツン露伴先生がここまで来たんやなあ、と」
「お前はぼくの何なんだよ」
「ファンやけど?」
色々とおかしい気がするが、確かに。ぼくがこの犬山あおいという友達に心を許しているのは事実だ。ファンとしても扱っているし、1人の女子高生であることも忘れちゃあいないぜ。
康一くんの彼女みたいなキチガイボンバーヘッド(比喩じゃあないから困る)でもない限りは、ぼくはレディーに敬意を表する。
「お邪魔しま〜す」
「……来ないでくれよ、康一くん…」
「今日作るのは、山梨のマイナーB級グルメ!懐かしの味『青春のトマト焼きそば』やで〜」
「ふむ。聞いたことがないな…それと、トマト焼きそば?それは山梨とどう関係しているんだ?焼きそばも、山梨のB級グルメってワケでもないだろ」
「いい質問や先生!これは今から1500年前に遡るんやけどな?」
「目を逸らすな、嘘をつくな、さりげなくぼくとの距離を縮めるな」
油断も隙もないぜ、まったく。
ぼくは『嘘をつくと目が変わる』という特徴を得ているからな。某小学生探偵みたく、ひと目でわかるのさ。別にぼくの取材によって鍛えられた観察眼ってワケじゃあないぜ(マッ!ぼくの眼は本物だがな。)…こいつ、『わかり易すぎるんだ』。取り繕うにしても、もうちょっとマシにできるぞ。
「いやあ、先生にはかなわんなあ。実はな、1970年代に中央市で食べられてきた『ミート焼きそば』を、中央市特産の『トマト』で作ったソースとベストマッチさせて作られたものなんや。道の駅でも、それなりに人気なんやで?」
「なるほど……中央市といえば、ブランド豚なんかがあったな。それも使われているのか?」
「せやでせやで〜。いやな、ミート焼きそばっちゅーのは時代の波に呑まれていった『ご当地グルメ』のひとつでもあるんや。それを再現し、中央市ならではの特色もつけて、あの頃の味を再現する。それが『青春のトマト焼きそば』や!」
す、すごいッ…ぼくは歴史というものは全般的にマンガのネタになるものだと思っていたが……『聞くだけ』で面白いッ!
「どや?凄いやろ?『おどろいたー!』って顔しとるで、先生!さあ今日は中央市で揃えた材料で、青春のトマト焼きそばを作ってくで〜♪」
…………………どこのCMだよ、これ。
「少し待つで〜」
「では少し休ませて貰う」
「うーん…あ、しりとりでもして待ってよか?」
「?……肝心の待ち時間を忘れそうで怖いが、しりとりの『り』から始めようじゃあないか。先に言っておくが、濁点を付けたり外したりがアリなのは、仙台のルールだからな」
「なるほど、じゃ簡単なやつから行くでー。りんご」
「ご、ご…ゴッツォリ」
「り…って、また『り』やないかい。つか何やゴッツォリって」
「ディテールに驚くほど凝っている作品を主とするイタリア・ルネサンス期の画家だよ」
「よう知っとるなあ。り…旅行」
「ヴェロネーゼ」
「絶対知らない画家か何かやろな…ぜ……ぜ……ゼブラ」
「ラーメンズ」
「ずこーっ!ま、漫才のコンビやん!…あ」
「あ、ほらッ!『ん』がついた。関西弁のツッコミをぼくは待ってたんだぜ、犬山あおい!」
「いやあ、会話しりとりムズいわ〜。あ、もうちょいで出来そうやな。待っててな〜」
数分後、目前の皿に乗っていたのは、ルビィの宝石の塊にも見えた。
眩しいのだ。
「出来たで〜!梨っ子あおいちゃん特製、青春のトマト焼きそばや!」
「うおおおおおおおッ」
なるほど……トマトの主張は案外控えめだ。その代わり、『ミートソース』が焼きそばと合わさった匂いッ!これがまた驚くことに、『合っているのだ』。
B級グルメにしたら有名にはなっていただろうが、まだその概念もない1970年代……ぼくとリンくんで食べた富士宮やきそばみたいなのが先駆けとなり、こいつも時代とともに忘れ去られる一発屋のような存在になってしまったのだろう。
その風化した歴史がッ!再現され、今!『ここにあるという喜び』!!復元に失敗したキリストのフレスコ画とは違う!『分かる』んだ!『あの時の味』ッ!素晴らしい………垂涎とは、まさにこの事か。母の作ったカレーを見た時くらいに、涎が止まらない。
「じゃあ…はい、あーん」
「ちょっ、ふざけるなッ!フォークくらい一人で持てるッ!」
「……………………。うちなぁ、妹がおんねん。それが酷い反抗期でな?ココ最近、誰も甘やかしたこん無くて…」
姉がこの年齢なら、丁度ガキはませてくる頃だろう。ぼくのマンガを一番読んでいる層だな。週刊少年ジャンプを手にとっては、人生に必要な喜怒哀楽の殆どをそこで学ぶ。
「こうしてると、素直だった時の妹と触れ合ってるみたいで楽しいねん。やから先生……………うちのワガママや。けどな、やっぱ忘れらんないんよ…あの頃が………………」
「ってなるかッ!『だが断る!』」
「お願いせんせ〜!『一回だけで』ええねん、減るもんやないし!」
「ガッツリすり減るからなッ!!」
……騒ぎすぎた。まずい。足音が…聞こえる…。ダメだッ!どこにも隠れられないッ!あおいを隠す所も…!静かにドアは空き、そこから出てきたのは言うまでもない。ぼくの友人であり、ここに居候させてもらっている……。
「………………………」
『広瀬康一くん』だ。
時、すでに無添くら寿司。
「お?弟さん?ああ、うちな、犬山あおい言うねん。あおいちゃんって呼んでなー」
「……そのォ〜〜。先生…?いくら『取材』でも、そーゆー事は……しっ、『週刊誌』とか………嗅ぎつけちゃいますし…?」
「何を誤解しているッ!?こ、コイツは取材を兼ねたキャンプで知り合ったッ!『所謂ただの友達』に過ぎないんだ!!マジなんだ、信じてくれッ!」
本心だぞ!?
「わ、分かりましたから大声たてないでください…邪魔はしません。もちろん、『新聞社』にもナイショです」
「心臓に悪いぞ!?」
「なに、ちょっと口止め料を貰うだけですよ……………明日までに50万」
「ご……『50万ッ』……!?」
「…冗談ですよ。じゃ、ぼくは宿題をやりますね。その人が看病してくれるみたいなので」
「おう、任しとき〜」
勝手に任されるな。あと康一くん、それ嫌味っぽいぞ。
「なあ、先生?」
「あー?」
「下品な真似せんで」
パスタを舌に巻き付ける特技を応用したら、普通に怒られた。ちぇっ。
「……ん。何だ」
「食べ終わったとこやし、そろそろ眠くなるんとちゃうの?」
「そうだな。一休みしたら、また仕事が再開できるかもしれない」
「じゃ、うちがもてなしたげるわ」
「…………………?どういう、事だ………?」
「分かってるくせに〜♡」
いや、全然わからん。……いい事ではなさそうだ。ウム、これはわかる。
直感というか、蜘蛛の特性にもよく似た危険察知だな。それはぼくのスタンド能力なんかじゃあなくって、こいつがこうやってニヤける時は、ロクな事がない。この前は黒板消しを頭に落とされた。
「よしよし」
「ふざけるんじゃあないぜ犬山あおい……」
なんだこの体勢ッ…!!
ハメやがったなこいつッ!所謂『膝枕』じゃあないか!!あおいが正座して、その太ももにぼくの頭がッ………ああッ!なんてことだ!いや、恐ろしいことに、恐ろしい点は他にあるのだ!恐ろしいことにッ!恐ろしいことはもうひとつッ!
『しっくりくる』!!
「………………」
なんだ、このフィット感。顔はほとんど見えないが、欠けたパズルのピースを嵌めたような…。
問題は、いや正確に例えるなら、その存在を忘れて5年後くらいに出てきたパズルのピースって事なんだよな。なんだか複雑だ。
「あ、志摩さんから返信や…おお、可愛ええなあ!このワンちゃん」
「犬か?」
「うんうん、この御籤!イヌの形しとるんよ!」
「ああ…本当だな。随分凝った『造り』じゃあないか」
ぼくも行きたかったんだけどなあ、何せ康一くんの母さんも姉さんも『休んでください!』なんて慌てるものだから、暇で仕方なかったのだ。
思ったことがある。こうして半日ほどゆっくりこいつと過ごして、思ったことが。
慌ただしくツッコミやらボケの応酬を、ひたすら繰り返しているのに『落ち着く』んだ……ぼくは、こうして毎日を過ごすことに『充実感』や『安心感』を得ている。こう言うと、どこぞのキチガイ手フェチを思い出すが、『植物のような平穏』を感じさせる。
「先生、眠そうやね」
「………………」
「今はゆっくり休んどいてや。仕事、あるんやろ」
「………すまない…」
フン、まあ今回は多めに見といてやるさ。
「今すぐにその写真を消すんだッ!いや『消して』くださいッ!」
「100万円ですかね」
「!?!?」
「………冗談ですよ。ただ今度からは、自分の家でゆっくり楽しんでください…」
「えっ!?えっ!は?」
次回、Second season。
NEXT TARGET
『クリキャン、します?』
「は?」
「また会いましたねっ!せんせー!」
「この岸辺露伴が女子高校生とキャッキャウフフするためにキャンプしていると思っていたのかァ──────ッ!!」
「斉藤です。リンちゃんの友達、で合ってるのかなっ」
エピソード#tan(45°):甲府ヘブンズ
To be continued…
1話5000字がノルマなのですが、結構難しいんですよね。短編で2万字くらいなら丁度いいのですが、1話で一気に進めるのはアレなので。アレっていう言い方なんかアレだなあ。なんかこう、読みにくいしね。っていう。