路地裏フェニックス   作:鰯回線

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1. シティの彼らに会うために

 イカしたヤツらが集まる街――ハイカラスクエア。
今から二年前、ナワバリバトルやガチバトルを管理する複合企業イカトロニクスが移転したことにより、バトルの中心地はハイカラスクエアに変わっていった。
まだハイカラシティにいる仲間も何人かは残っているけど……オレは、ようやく手に入れたハイカラスクエア行きの定期券を握りしめ、期待と不安に震える足でハイカラモノレールに乗ったのだった。


「ここが、ハイカラスクエア……」
 ハイカラシティから3駅乗って着いたこの場所が、今の流行の最先端。
最寄りの駅から少し離れているこの広場のことをハイカラスクエアというらしい。ハイカラシティだと、駅から降りて目の前がすぐ広場だったので少し迷ってしまった。
 高架モノレールの駅から下り、うろうろしているところを親切なイカに教えてもらってここまでたどり着いた。ハイカラシティより何だかゴチャゴチャしていて、モニターがいくつも並んでいる。そのどれもが見慣れないブランドの宣伝PVを流していた。

「……」
 3種類ほどのPVをじぃっと見終わった頃、ハイカラシティでいつも使っていたギアを着ている自分がなんだかダサく思えてしまい、急にこの街から一人浮いているような疎外感を覚えた。そうなるともう恥ずかしくてこんな広場のど真ん中にはいられない。オレは、追われてもいないのに小走りで近くの路地へと歩いて行った。


2. 電気がついている壊れた自販機

 通りを歩いている誰とも目を合わせないようにしながら、体感2ブロック分の距離を抜けると、ふいに周囲に人が居なくなり静かになった。そっと顔を上げて活気の薄い通りをきょろきょろと見回す。どうやらここはあまりお店がなく、この時間は人通りもないようだ。

 高い建物にぐるりと囲まれ、首を大きく曲げて見上げると窓ガラスですら出っ張りのないフラットな形ばかりだ。まだ明るい時間だが、ところどころ室内の照明が点いている。

 少しずつだが落ち着きを取り戻し始めたオレは、緊張していたからか渇いている喉を潤そうと、ビルの柱横に設置してある自販機に近寄って財布を取り出した。ハイカラシティで稼いだ分のおカネはまだまだ残っている。ハイカラスクエアで新しいブキや新しいギアを買いそろえたとしても当面生活に困らない額はある。また少し自信を取り戻し、意気揚々と――とまではいかないが――取り出したゲソコインを自販機の投入口に何枚か入れ、ハイカラシティで良く飲んでいたジュースのボタンを押した。

 

「……?」

ガシャン、という音もしなければボタンを押したときのピッという音もしない。

「え、あ?なんでだよ……」

ポチポチポチ、と連打するものの目の前の機械はうんともすんとも言わなかった。おかしい。そう思って良く調べると、コインを投入したのに金額表示のところが0のままになっている。おつりを受け取るポケットには投入した金額分のコインが戻ってきていた。

 変だな、と思いつつ何度か試してみても、隣に並んでいるもう一つの自販機で試してみても結果は同じだった。二台とも壊れているなんてツイてない。しかも、電気も通っていて一見正常に思えるところがさらにツイてない。オレは小さくため息をついて自販機を恨めしく睨んだ。

 

「買わないノでしたラ、代わっテもらえますカ?」

あまり聞きなれない訛りにビクッと思わず飛び上がり、ぎこちなく後ろを振り返る。

 そこにいたのは、インクリング達の中でも平均的な身長のオレより少し背の高い、変わったゲソ型をしたお姉さんだった。ハイカラスクエアに来てから変わったゲソ型をしているインクリングをたくさん見かけたが、このお姉さんが飛びぬけて変わったゲソ型をしている。そのお姉さんは、ぼーっと凝視しているオレをあまり気に留めない様子でコイン投入口に手を伸ばす。

「あ、でもこの自販機壊れ――」

 ハッと我に返ってお姉さんに忠告するように顔を上げたオレの後ろで、ゴトンと缶が落ちて来る音がして思わず言葉を飲み込む。流石に邪魔になるだろうと自販機の横まで退いて、音の正体を確認しようと見守った。我ながら変なことをしているなと、すこし気まずい気持ちにはなったが、ここまでしていてもなお気にしていない様子のお姉さんに少し救われる。

 壊れていたはずの自販機から落ちてきていた缶ジュースを取り出したお姉さんは、その場で封を開け、ごくりと一口飲んでからオレと目を合わせて口を開いた。

 

「この自販機ガどうかしたンですカ?」

「あ、いや……オレの時は反応してくれなくて、てっきり壊れてるのかと。」

「アーまぁ、良くあることですヨ。もう壊れてないみたいですシ、使ってみてハ?」

 

 うしろで先にジュースを飲んでいるお姉さんに見られながら、ジュースを買うのは何だか気恥ずかしくて少し嫌だったが、行く末を見守るようにその場に居られては引くに引けない。だったら手早く終えようと勢いよくコインを投入口に入れ、表示も見ないままボタンを押した。

 

 ……何も起きない。

 

「え、……壊れてないんじゃ……」

 慌ててボタンを連打するオレの隣へ、スッとお姉さんの白い手が伸びておつり返却口に溜まったゲソコインをつまみあげた。

「アーハン、原因はこれですネー。」

 お姉さんはオレのゲソコインを手のひらに乗せてオレの方へと見せてくる。

「え?いや何もおかしくないと思うんすけど……まさかこれ、偽コインとかそういう……?」

「アー違いまス違いまスヨ!これ、ゲソコインじゃないですカ。ココで使えるのはコッチ、『イカコイン』ですヨ。」

 そういってお姉さんが自分の黄色い財布から取り出して見せてくれたのは、ゲソコインと同じサイズの金色のコインだった。違いと言えば、ゲソコインには『G』と描かれている場所に、両端に矢印の付いた『I』らしき文字が描かれているくらいだ。

「え、じゃあこっちの通貨って全部これなんっす……か?」

「ンー、そうですネ。だいたいドコ行ってもイカコインで支払いまスネ。」

「うわぁぁぁやべぇ!こんなの一文無しと変わんねーじゃねーかよぉぉぉ!」

 おカネがあるから何とかなるだろうと思っていた部分は、ある。大いにある。そう思っていただけに、この事実を知った時の不安の重みは相当なものだった。だってジュース一本も買えないんだぞ!?そうなったら昼飯だって買えないし、それにブキもギアもハイカラシティ基準のままだから、元手を稼ぐためのナワバリバトルにも行けない。こんなことになるんだったら『ブキチ印の初心者安心クスエア仕様リチューン移行パック』に加入してから来るんだった!

 そんなことをぐるぐると考えていると、その心の声が口に出ていたのか、缶ジュースを飲み干していたお姉さんがぼそりと呟いた。

「イカの皆さんハ、どうしてこう保険トカ、事前準備トカを全然しないンでしょうカ……ワタシたちからするト信じられまセンネ……」

 

 

 

 しばらくして、ウンウンと唸り続けている僕にまだ何か用事があるのか、お姉さんが控えめに声を掛けてきた。

「アー、ええト、そこの坊ヤ?」

「……はい?オレですか……?」

 これは、自分でも相当情けない声が出た。喉が渇いていたことに加え、不安からさらに首が縮んで上ずったような掠れ声になっている。もともとの身長差もあって、下から見上げるようにお姉さんの顔を見ると、何やらもじもじとして視線を外された。

「アー……困っているようなノデ、少しくらいナラ助けてあげられるカナーと思うのデスガ、どうしまス?」

「え……えっ?」

 渡りに船とはこのことだった。けど、流石に行き会ってすぐの人に迷惑をかけるのも気が引ける。幸い、ハイカラスクエアへは定期券を買って来たので、このパスでハイカラシティへ戻ることも可能だ。ただ、出直せばいい。カラカラの喉にぐっと力を込めて声を出す。

「……お姉さんの気持ちはありがたいんすけど、そこまでしてもらってもオレには返せるものがないっていうか……まぁ、今日のところは帰ってまた今度来るんで大丈夫です。」

「そうでスカ。だったラ仕方ないでスネ……」

 期待にウネウネと器用に動いていたお姉さんのゲソがしょんぼりと項垂れてしまった。それを見て少し申し訳ない気分にはなったが、これ以上いてもさらなる迷惑にしかならない。それじゃあ、と小さく声を掛けて踵を返す。一歩歩き出すと同時に背後からアッ、と小さく声が上がり、何か思いついたお姉さんに肩をガシリと掴まれて再び向き直る。

「ありマス!メリット!」

「へ?」

 突拍子もないお姉さんの行動に、呆気に取られてまた変な声が出る。しかし、興奮気味のお姉さんはそんなこと聞こえてもいないようで、にんまりとした笑顔で言葉をまくし立てた。

「坊ヤが私の作ったギアを着てバトルをスル!ワタシのギアブランドの宣伝にナル!坊ヤはバトルでおカネが手に入ってwin-winネ~!」

 そこまで言うと、目の前のお姉さんには何かのビジョンが見えているのか、にっこりと満面の笑みを浮かべては、キャッキャッと跳ねている。

 

「あ、いや、でもオレお姉さんにおカネを借りるわけには……」

「違いマス!ワタシが坊ヤのスポンサーになるデスヨ!ワタシが坊ヤにギアを貸しマス、坊ヤがそれ着てバトルスル!坊ヤが有名になっテ、ワタシのブランドも有名ニ~!」

「え、オレそんなバトルが強い訳では――」

「じゃあ坊ヤはバトル弱い、デスカ?」

「いや弱く、は、ないと思うけど……」

 弱いのかと聞かれて、はいそうですと言える奴はいないとオレは思う。だが目の前のお姉さんは、不躾に聞かれた質問にムッとする暇も与えてくれない。

「じゃあ良いじゃないデスカ!坊ヤが強くなっていっテくれれバ、一石二鳥デース!」

 なんだか勝手に話が進んでいる。――と、いうよりもうこのお姉さんはオレの話を聞いていない――こうして、あれよあれよという間にオレはお姉さんの経営するギアショップまで連れていかれることになったのだった。




Tips

複合企業イカトロニクス
ナワバリバトルやガチバトルなどのバトルルールから、時間ごとのステージの割り振り、ブキやギアパワーの調整までを一括管理する大企業。この世界でこの会社の名前を知らないイカはほとんどいない。
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