路地裏フェニックス   作:鰯回線

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3. 堀を埋め立て広告塔

 お姉さんの経営するギアショップは、さっきの大通りからさらに一本入り込んだ場所にあった。一応、通りに面してはいるものの、メインストリートとはいいがたく、人の出入りがあるのかどうかも来たばかりのオレには分からない。

 

「ササ、座っテ座っテ。」

 半ば強引に連れてこられた店内の、奥にあるカウンターと背の高い椅子に呼ばれて腰掛ける。脚が完全に浮くタイプの椅子だ。普段行くような店とは少し違う場所にソワソワしながら、椅子ごと回して店内をぐるりと見渡してみる。

 アタマ・フク・クツ……どれもハイカラシティで見たことのないものばかり。ざっと見た感じ、他のブランドのギアが見当たらない。ここは自分のブランドのみのギアを取り扱っている店のようだ。それに、あまり数も置いていないようで、メジャーなサイズが一種類ずつ掛けてある程度である。これでやっていけているのだろうか、と少し心配していたところで、店のさらに奥からまたあのお姉さんが顔を出した。

 

「ヤー、シャチョーが紅茶とコーヒーしか飲まないカラ、これシカ置いてなくテ困りましタヨ~」

 そういって銀のトレイに飲用可能水のボトルをひとつと、ガラスのコップを二つのせてカウンターに置いてやや遠慮がちに口を開いた。

「お水しかないでスケド、良いでス?」

 その質問にこくりと頷いて椅子を戻し、カウンターに肘をつきながらお姉さんがボトルの栓を開けるのを見ていた。

 短時間にいろいろあり過ぎて忘れていたが、喉が凄まじく乾いている。注いでもらったガラスコップを受け取ると中身を一気飲みした。その様子を見てカウンター越しのお姉さんがクスクス笑っているのが分かる。飲み干したコップをカウンターにコトリと置くと、待ち望んだかのようにお姉さんが本題を切り出した。

 

 

「大まかな話ハ先程外で話シタ通りデース。坊ヤのスポンサーとしてギアを提供スル代わりニ、バトルに勝ってワタシのブランドの宣伝をしてくださーイ!」

「せっかくハイカラスクエアに来たンですカラ、一旦帰るにしてモ何もしないデ帰るノハ勿体ないデスヨ?せめて一回だけデモ――」

 話を聞く態勢から、深く悩むような形になってしまったオレを覗き込むようにして、カウンターから身を乗り出したお姉さんの後ろから、聞いたことのない人の声がかかる。

「さっきから話を聞いていれば……ゾネ、あなた何やってるんです?その方はお客さんではないのですか?」

「アラ、シャッチョサーン!おかえりなサーイ。いつカラ帰ってきたンですカ?」

「ほんの今しがた、ついさっきですよ。」

 

 今まで喋っていたお姉さんは、後から入ってきた別のお姉さんを――独特なイントネーションをした呼び方だったのでおそらく、だが――『社長』と呼び、その社長さんはこのお姉さんのことを『ゾネ』と呼んだ。つまり、今まで話していたこのお姉さんの名前はゾネで、ゾネさんの上司に当たる人物がこの黄色のゲソを後頭部にまとめ上げている、いかにも真面目そうな感じがする人だ。

 黄色ゲソにアローバンドブラックを掛けた社長さんは、事の詳細をゾネさんからかくかくしかじかと聞いている。一通り聞き終えると、おでこに手を当てて小さくため息をつき、首を振ってオレの方へと向き直った。

「……ごめんなさい、こんなところにまで付き合わせてしまって……」

 至極申し訳なさそうな顔をして謝る社長さんの後ろで、てへぺろといった顔で悪びれている様子もないゾネさんが見えた。

「いえ、オレもいろいろ知らなくて……ゾネさん?、に一応助けてもらった立場なので、これくらいは……」

 実際、通りすがりのまま放っておいてもよかったのをここまで案内してもらった恩がある。ゾネさんが一方的に悪いと思われているのも気が引けるので、少しばかりのフォローを入れた。その意図をなんとなく察してくれた社長さんは、ゾネさんの方を一瞬だけ見ると、今度は神妙な面持ちでオレの方を見る。

「ところで、先程のゾネの提案なのですが……割と本気で考えてもらえたりはしませんか?」

 

「……え?はっ?」

 正直、この言葉が社長さんの口から出るとは思っていなかった。なんというか、堅実に宣伝して確実に売り上げを伸ばそう、みたいなそんなイメージがぴったりくるような、そんな人柄がにじみ出ていたからだ。

「もちろん無理にとは言いませんし、宣伝してもらって売り上げが増えればその分を別途賃金としてお支払いいたします。」

「いわゆル非正規雇用、トカ言うやつですネ~」

 ゾネさんは、社長という強い味方がついてさっきからニコニコ満面の笑みである。社長さんの方はと言えば、商魂に火がついてしまったのか、あと一押し何かないかといった感じの渋い顔をして悩んでいる。

「……分かりました。今ならあなたの気に入ったギア一揃いをプレゼントします!これでどうですか?」

「ヤダ~~シャッチョサンたーラ太っ腹♡」

 

 今この場には、前にも増して真剣な表情で僕を見つめる社長さんと、テンションがアガってしまって身体をクネクネさせているゾネさんに、どうしたものかと狼狽えるオレ、という不思議空間――この時ばかりはこの店が人気店じゃなくて良かったというか、他にお客さんが居なくて良かったと思った――が出来上がっていた。




Tips

個人ブランド
既存のブランド会社に所属せず、イカトロニクスの認可を得てバトル用ギアを製作・販売しているブランド。デザイナーの一個人だけでも立ち上げることが可能なので、今やその数は鼠算式に増えている。が、その中でも名の知れたブランドはほんの一握り。
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