「あッはははははは!なにそれメチャクチャ笑えるんだけど!」
お昼過ぎの、賑やかでおしゃれなカフェの中を一際良く通る大きな笑い声が響いた。
「全然笑い事じゃないっすよ先輩……正直助けてください……」
今日これまで起きた出来事を、あらかじめ待ち合わせていた二人に伝えると、ワインレッド色のゲソをパッツンにカットしたガールが堪えきれずに噴き出したのだった。オレはそれを見るなり机に突っ伏して項垂れている。こうなる未来が見えていたからあまり話したくはなかったが、オレの今後について相談に乗ってもらうにはこの道を通らざるを得ないのだった。
それにしても、目の前のガールが笑い始めてからしばらく時間が経過しているのだが、ツボに入ってしまったのか一向に収まる気配がない。その様子を見て、待ち合わせのもうひとりであるライムグリーン色の前ゲソをサイドに寄せたボーイが、慰めるようにオレの肩を叩いた。
「それは災難だったね……まぁでも、事前に連絡してくれれば俺らも何かしらの力にはなれたんだけど……」
「スンマセン……」
先にスクエア入りしていた先輩方にカッコつけたかったんです、とは流石に言えなかった。現にこんなカッコ悪いことになっている。
「あははは……やー笑った笑った、こんな笑ったのは久しぶり……」
未だにイヒーとかいうヤバい笑い方を引き摺りながらも、まともに会話できる状態になった先輩たちから助言をもらうべく、背筋を正した。
「こういう訳なんで、先輩たちの力を貸してもらいたいんです。」
この通り!というように下げた頭の前で両手を合わせ、いつもより丁寧な言葉遣いで必死さをアピールする。正直他に頼れるような人をオレは知らないし、先輩たちとはハイカラシティの時によくタッグマッチやプライベートマッチに連れて行ってもらった仲だ。ワインレッドの先輩も、ライムグリーンの先輩もどちらも強い。もし協力してもらえるのなら、これ以上心強い味方はいなかった。
「うーん……」
「ま、いいよ。」
ライムグリーンの先輩の悩み声と、ワインレッドの先輩のさらりとした返答がほぼ同時に飛んできた。
「ほ、本当ですか!?」
「別に構わないよ、私はね。ホラ、テトラはどうすんのさ?」
ライムグリーンのテトラ先輩はワインレッドの先輩に返答を急かされ、やれやれと言った様子で同じく賛成の意を示した。
「まぁ、特別大したことしろって訳じゃないっぽいし。マージは乗るってことなんだろ?この話。」
「やー笑わせてもらったからね。それに、個人ブランドとはあまり縁がなかったから、いい機会だとは思わない?テトラは私らと違ってせっせとギア集めしてるじゃないの。」
「そりゃあ……ギアはできるだけ全部集めたいとは思ってるけど、個人ブランドまで手を出してたらキリがないしさ。」
ワインレッドのマージ先輩とライムグリーンのテトラ先輩はそこから雑談を始めている。もうすでに普段通りといった雰囲気だ。
「あー、それで……二人とも助けてくれる、ってことで良いんす……よね?」
「ああうん、その認識で大丈夫だよ。それで、俺らは具体的に何をすればいいのかな?」
「うーん具体的に、と言われると……タッグマッチに連れて行ってもらうとか?」
「ハイカラスクエアだとリーグマッチって名前に変わってるんだけど……まぁ、それが一番手っ取り早いか。要はブランドに興味を持ってもらえるようにバトルしてきてってことなんだよね?」
テトラ先輩の言葉に頭を振って大きく頷く。
「ナワバリバトルも勝率って意味では悪くないんだけど……」
「私は、ギアに注目するような奴らはナワバリよりリグマの方が多いと思うけどなー。おいおい対抗戦とか、大会に出てみたりとかすればいいんじゃないの?」
テトラ先輩の言葉を最後まで聞かずに、マージ先輩はその話をバッサリ言い切り、テーブルの上に置いていたイカスマホで時間を確認した。
「ん~~今から行くと丁度ニュースが挟まってちょっと面倒くさいな……あ、そうだ。そういやあんたの貰ったギアってどんな感じなの?」
「あ、そういや貰ってから開けてなかった……こんな感じっすね。」
マージ先輩の質問に応え、ゾネさんに持たされた紙袋からまだビニールで包まれたままのギアを机の上に並べて出す。と、出されたビニールを端から勝手に開けていくマージ先輩。それをおいおいおいと言った顔のテトラ先輩が、クツの箱に手を掛けていたマージ先輩を止めて言った。
「流石に新しいギアくらい本人に開けさせてやろうよ……」
「?、どうせ後で開けるんなら誰がいつ開けたって同じでしょ。」
マージ先輩は何の悪気もなくそう言ったが、テトラ先輩に止められた以上、クツのギアの箱を開けることはなくオレの方へと押し出してきた。恐らく早く開けろと言う事だろう。仕方なくオレはその寄越されたクツの箱の封を開けた。
テーブルの上に置かれた新品のギアをしげしげと眺めながらマージ先輩が首を捻る。
「……なにこのギアパワー、テトラ知ってる?」
「いや、俺もこれは知らない……」
「えっ?どういうことっすかそれ。」
「いやどうもこうも私たちですら初見だわ、これどこのブランド?」
「ええと……『ロウトータス』っすね。」
ゾネさんに教えてもらったブランド名の読み方と、その時にもらった社長さんの名刺を一緒にテーブルの上に出した。二人の先輩はその名刺とクツの外箱に印刷されたブランドのロゴを交互に見ながら険しい表情をしている。
「『ロウトータス』ねぇ……私は見たこともないし聞いたこともない。」
「俺は一応名前と少しは知ってるけど……確かバトロイカ社に工場ラインを借りててギアパワーは相手インク影響軽減がメインだったはずだ。」
「相手インク影響軽減?」
自分には聞き覚えのない言葉に思わず聞き返すと、テトラ先輩が気を利かせて説明してくれた。
「ああ、えっとスクエア基準のギアパワーの名前なんだけど、安全靴だと思ってくれればそれでいいよ。シティの時とだいたい同じだから。」
「なるほど。」
シティの頃から思っていたのだが、テトラ先輩の説明は簡単な言葉で要点を伝えるからすごく分かりやすい。これがいわゆる『地頭が良い』ってことなんだろう、以前誰かがそう言っていた。オレは自分の知識が増えたことに少しだけ気を良くし、向かいでしかめっ面をしているマージ先輩を見た。マージ先輩は相変わらず目の前のギアと手元のイカスマホを交互に見比べている。
「ギアパワーのアイコンも、一応その相手インク軽減に似てるけど……これはどっちかっていうとインクより水って感じ。」
「水?」
オレがまた聞き返すと、今度はマージ先輩が自分の持っていたイカスマホの画面を見せながら説明を始める。
「ほら、これが今テトラが言った相手インク軽減のギアパワーのアイコン。で、こっちがあんたの持ってきたギアの……『ロウトータス』だっけ?それで登録されてるギアパワーがこっち。」
マージ先輩の説明を聞きながら、テトラ先輩も一緒にその差し出されたイカスマホを覗き込んだ。言われた通り、どちらのアイコンもよく似てはいるものの、相手インク軽減は靴がインクを踏むように描かれているのに対して、ロウトータスのギアについているアイコンは、水面と思われるところを靴が踏んでおり、その水を弾いているような表現がされていた。
「うーん……水?だとしてもちょっと分かんないっすね……」
「素直に受け取るとしたら、水に関する何らかの負担軽減って考えるのが妥当だろうか……ああでも、そのイカトロニクス公式サイトに登録されてるなら違法ギアパワーって訳でもないだろうし、バトルで着ていても問題ないはずだ。」
そういうテトラ先輩の言葉にホッとするのと同時に、自分がどれだけ――いくら善意とは言え――危ない橋を渡っていたのかと自覚すると、少しだけ背筋がゾッとした。
そうだよな、考えてみればオレみたいな前情報のない者に違法ギアを握らせてバトルさせ、チート級の力を見せつけてギアを売りさばく……なんてこともできるわけだ。知らず知らずのうちに悪事の片棒を担がされていた可能性もある。勢いに押されたとはいえ軽率だったと反省し、肩を落として落ち込んだ。
しばらくして顔を上げまわりの状況を見ると、テトラ先輩はまだ気になるのかロウトータスのギアについての情報を調べたり考えたりしているが、マージ先輩はもう興味を失ったようで、口元を隠した手の奥で静かにあくびをしていた。
その後、イカスマホを仕舞ったマージ先輩は、レギンスのポケットからお気に入りの棒付きキャンディを取り出し、その包み紙を剥いて頬張ると未だ複雑な表情をしているオレ達を急かすようにして、両手をパンパンと軽く叩いて『支度をしろ』と合図した。
「ほら、もうしゅぐニュース始むぁるんだし。」
口一杯のキャンディの影響か、マージ先輩はモゴモゴと辛うじて聞き取れるレベルで『慣れるより慣れろって言うでしょ』と言うと一人で先に席を立ち、軽い足取りでサッサと離れていく。オレがその切り替えの早さに呆気に取られていると、視界の端でテトラ先輩が散らかったテーブルの上を片付けながらぼそりと呟いた。
「……慣れるより慣れろじゃなくて、習うより慣れろ、じゃなかったかな。」
テトラ先輩が呟いたその一言が運悪くマージ先輩の地獄耳に届いてしまった。すると、すぐさま身を翻して助走をつけたワインレッドの飛び膝蹴りが、ライムグリーンの背中にクリーンヒットしたのだった。
Tips
ロウトータス
「雨の日でも一日中楽しく」をモットーに掲げた個人ブランド。ロゴマークは真上から見たハスの葉をベースに、葉脈がイカゲソのような形をしているもの。特殊な表面の生地を独自生産しており、その技術は社長の意向で既に特許取得済み。現在はバトロイカ社に間借りする形で生産ラインを確保しており、ギアもロウトータス直営店一店舗のみで流通・販売している。