路地裏フェニックス   作:鰯回線

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5. スクエアバトルの世界

 試し撃ち場を後にして、テトラ先輩のわかばシューターを借りたオレは、先輩たちに連れられ再びハイカラスクエアの広場まで戻ることになった。それから、広場に併設された商業施設『エスカベース』に軒を連ねるお店を一通り教えられ、デカ・タワーと呼ばれるイカスツリーみたいなロビー入り口まで歩いて行った。

 

「それじゃあ、ともかくおカネを稼ぐためにまずナワバリでランク上げて来ると良いよ。」

「ランク4まで上がったら連絡入れてくれる?それまで私らペアリグマ行ってくるから。」

 ちょいちょい、とイカスマホを触りながらそう言うマージ先輩は、いつもの目付きの悪い顔になってステージの情報を見ている。あとは「とりあえず、ランク4まで上げてこないと話にならないから。」とでもいう風にチラリと見ただけで、マージ先輩はテトラ先輩を引きずってロビーの奥の通路へと消えて行ってしまった。ロビーの入り口に一人取り残されたオレは、ハイカラシティで一人やっていた時のことを思い出してごくりと生唾を飲む。新しい場所だと言うこともあって、空気が慣れない。デカ・タワー下のロビーのチカチカする入り口を抜けながら、ナワバリバトルと書かれたエレベーターに乗り込み、マッチング待機室へと送られる感覚を最後に目を閉じた。

 

 

 

 コポコポ、というインクの中を漂う音に目を開ける。どうやら無事にマッチングロビーについたようだ。中身はシティのイカスツリーにあったマッチングロビーとほぼ同じで、オレは緑一色のインクに浸かった状態で他のインクリングたちを待った。どうにも落ち着かなくて周りをきょろきょろと見回すと、同じ様にして緑インクに浸かった六人分の双眸が見えた。それらが半円状に並んで――目だけが見える、インク中のイカ状態になって――ロビー色のインクに溶けている。それぞれが、バトルが始まるのを今か今かと心待ちにしているようだった。

 

 そうこうしているうちにシュイン、という音とともに最後の一人が緑色のロビーにログインし、八人が見られる場所に設置された液晶モニターが全員のランクと名前を表示する。

 ほとんどがランク一桁のビギナーズルームのようで、ひとりだけランク12の人がいるだけだ。それを確認すると同時にカウントダウンが締切られ、各ステージに送るための強制スーパージャンプの用意が始まる。この、頭から吸い取られるような感覚がたまらなく気持ちが良い。

 キュウゥ、と完全に吸い込まれるような感覚に反射的に目を瞑る。スーパージャンプが終わって、恐る恐る開けた目に飛び込んできた光景は、見慣れない通路の追加されたアロワナモールのリスポーンポイントの上だった。

 

 

 

 レディ・ゴー!という、バーチャル視覚処理された文字がバトルの開幕を告げる。それと同時にリスポーン前の石タイルを塗りながら、ほんの少し味方の様子を観察することにした。オレの味方は、ななめ上の中空を向いたままわかばシューターを打ち続けるガールに、通路に沿って塗って行くものの途中ピタッと静止したまましばらく固まってまた急に動き出すボーイ、もう一人は中央の最短を突っ切っていくいわゆるイノシシボーイの三人だった。

 先が思いやられるな……と思いながらリスポーンポイントを飛び出し、右側高台を塗りながら走って自陣右通路へと向かう。ハイカラシティの時から大幅リニューアルしたというだけあってステージの横幅と塗る場所は増えたが、それ以外はあまり変わったようには見えない。

 それなら、右側の通路を抑えておくのは悪くないはずだ。そう考えて一旦インク回復のために足元のスカイブルーのインクへと身を隠す。まだ周辺にマゼンタの敵色インクは見当たらなかった。ビギナーズルーム独特のスロースタートさに加え、始まってからそれなりに時間が経っているにも関わらず、敵に誰にも会わないことに何とも言えない不安を感じ、バトル時に自動支給されるインクタブレットを取り出してマップを開く。

 

「あっちも同じ感じか……」

 インクタブレットに映し出されたアロワナモールのマップ上をゆっくり進むライトブルーの波と、一本だけ突出してこちらに向かってくるマゼンタのインク痕がしっかりと見て取れた。このまっすぐ真ん中に来ているのはおそらく敵側に行ったランク12の人だろう。ランク12と思われる敵は――さっきの試し撃ちの記憶が正しければ――スプラシューターコラボを手に、中央の広場を通り過ぎてこちら側に一直線に飛び込んでくると、自陣側坂下にいたイノシシボーイと接敵してリスポーンへと送り返した。マップ上にも味方が倒れたバツ印が浮かび上がる。

 それだけでなく、向こうのビギナーズが手馴れているのか――はたまた他のビギナーズに指示でもしているのか――マゼンタの陣地は比較的きれいに塗り固められていた。これは、どう考えても分が悪い。うわぁ、どうするかなこれ。

 

 そうは思いつつも体は勝手に動くもので、インクタブレットをしまいながら自陣の高台から右通路へと一段降りると、ヒト状態になってカニ歩きをしながら手際よく一段下にある右通路横の広場を塗っていく。視界の端でランク12のボーイが、こちらを見ることもなく自陣手前の谷の間を抜けていくのが見えた。

 落ち着いて彼が戻ってこないのを確認してからスプラッシュボムを投げ、またインクに潜る。ボムで一気に消費したインクを回復させながら周りを見ると、シティの時にはなかったスポンジが小さく置いてあった。バトル中ではあるがふと興味が湧き、そのスポンジに向けてわかばシューターのトリガーを引いてインクを吸わせてみる。するとそのスポンジはみるみる膨んで、最大の体積になるころには自陣右広場から右通路に向けて上がれるようになっていた。

「思ったより全体的にかなり左右の移動が利くようになったんだな……」

 右側通路を塗り切りながらそう呟く。広場に用意されたインクレールとやらもそうだが、オレ的にはそれよりエリア手前の、旧アロワナで言うチャーポジ下に架けられた金網の足場の方が厄介に思えた。

 

 

 

 オレが右側高台の先端に出るころには、敵のビギナーズ三人もそれぞれが別々のルートから中央へと到達していて、広場に向けてわかばシューターのインクを放っているところだった。その三人がオレの姿を見て一斉に顔を強張らせる。つたないながらも今まで統率のとれていた動きから一変し、急にバラバラと動き出した。

 やはり『自分たちとランクが同じだから安心して塗っていろ。』とでも言われたのだろうか。おそらく、ランク12のボーイが前線を荒らしてリスキルしてくるから自陣を守っていればいいと言われてそうしていたら、見た目もとい着ているギアが全然違うオレが来てかなり驚いているようだ。

 

 敵の三人は全員わかばシューターを持ち、わかばイカTを着ている。一人はエリア内にいるボーイ、もうひとりはオレの真向かいの高台でおろおろしているガール。最後の一人は片ゲソにウェーブをかけたガールだと言う事は分かったが、焦る表情をした顔を一瞬チラッとさせた後、マゼンタ色のインクに潜って逃げたようで姿が見えない。

 流石に三人を相手に一人で立ち回るのは無謀だ。そう思ったオレは足元のインクに身を潜め、自分のインクタンクにインクを補給しながら様子を見ることにした。

 するとおもむろに真向かいのガールが左手を上げ、そのままの形でビシリと固まる。

「!?」

 見たことのない行動に驚いてインクをバシャリと跳ねさせてしまった。潜伏している場所から動いてはいないものの、ここにいますと宣言しているようなものだ。相手が初心者とは言えルールと基本を知っていればそれを見逃すはずはなく、自分が犯したミスに冷や汗が流れた。

 案の定それに気付いた真向かいのガールが、上げっぱなしだった左手を大きく振る。

「えいっ」

 掛け声とともに振り下ろされた手にはスプラッシュボムが握られており、ガールが投げたボムはオレの方へと向かってきたが、飛距離が足りずにエリアを少し超えたところの地面で爆発した。

「こっわ……」

 相手が何を考えているのか分からないということが、緊張を超えて恐怖心を煽る。投げた当の本人は、思ったより飛ばなかった事にびっくりしてインクの中に潜ってしまった。

 

 それに便乗してエリア内にいたボーイがオレの足元までインクの中を進んで来ている。ようやく敵を見付けた彼は、今すぐこの高台へ登ろうと壁を塗っているようで、オレは急いでライトブルーのインクの中を戻り、通路の角にまで下がる。そのまま息をひそめ、タイミングを計った。

 3……2……1……、今だ。ザバッとインクから身体を出し、握りしめていたスプラッシュボムを高台のちょうど端で止まるように転がす。

 

「ギャッ」

 ビンゴ!高台に登り切る前にスプラッシュボムの爆風をもろに食らったボーイは、叫び声をあげながらライトブルーのインクを撒き散らしてリスポーンしていった。さっきのボーイのデスポイントが吹き出しと共にバーチャル視覚処理で表示されている。これは分かりやすい。このシステム自体はハイカラシティでもあったけど、こんなに見やすくはなかったし、消えるまでの時間が短かった。これ……シティの方でも採用してくれないかな。断然こっちの方が良いと思う。

 

 相手のキルを取ったことで、オレは少しだけ落ち着きを取り戻した。一呼吸すると自分のペースでインクの中を進んで行く。狙いは真向かいのガール。

 勢いをつけて右高台から飛び出し、姿を見せている真向かいのガールに向けてスプラッシュボムを投げ付けた。

「きゃっ」

 小さい叫びと共にライトブルーの爆風が高台の上に広がる。彼女はまだリスポーンしていない。自陣の高台からだとぎりぎり届かないが、そこからジャンプしながら距離を稼げばスプラッシュボムを乗せられるはず。その読みが当たって、高台上で待ち構えていたガールを退かせることに成功した。

 エリアに着地し、そのままの勢いで塗り進みながら真向かいの高台への壁を駆けあがる。

壁で潜伏しながら一秒、上の様子を窺って、大丈夫だと判断すると勢いよく飛び上がり敵陣高台へと躍り出た。

 ヒト状態になってわかばシューターを構えると、マゼンタ色のガールは高台の角まで下がりながらこちらに向けてインクを撃っている。デスポーンしたくはないがこれ以上進ませるのも嫌だ、といった顔だ。こちらも牽制ついでに撃ちながら距離を詰めようとしたが、いかんせん通路が細く、相手が動かないまま撃っているため射程内に入り込むのが難しい。

 ダメージ覚悟で突っ込むのも悪くはないが、デスポーンするのは避けられなさそうで、その場合ランク12のスプラシューターコラボの彼とリスポーン前でやり合わなくてはならない。あっちの方が射程も長く、相手をデスさせるまでのインク弾も三発で良いため、やはりここは死なずに切り抜けるしかなさそうだ。

 そう考え、適度に牽制しながら相手のインク切れを待つ。目の前のガールはトリガーを引きっぱなしで、あの様子だとすぐにでもインクタンクが空になる。するとすぐにカチチチ、という良く聞いたあの音をさせながらガールの動きが止まった。足場が悪く少しずつダメージが溜まっていくのが分かるが、今しかない。見るからに慌てだしたガールに向けて最小限のインクを撃つと、彼女は通路の奥に向けてインクの中を逃げる。それを追いかけて塗りながら角を曲がり、残量ギリギリのタンクからスプラッシュボムを作って通路の奥へと投げた。

 

「キャアッ」

 小さい悲鳴と共にライトブルーのインクが通路の奥で弾け、キル表示のマークが現れた。

オレはひとまず足元のインクに潜り、タンクの三割ほど回復させてまたすぐに通路を塗り進んだ。あまりゆっくりはしていられない。この間にも最初にキルしたボーイが向かってこない保証はない。慌てて通路を通り抜け、敵陣の広場へと降りて壁に囲まれた角で休む。ここなら少しは安心できる。

 インクタンク一杯になるまで回復させていると、最初にキルしたボーイが今通ってきた通路に向けて降り、塗り返していくのが見えた。もう少し遅かったら手負いの状態で迎え撃たなければならなかったかもしれない。気を付けて行こう。そうやって改めて気を引き締め直し、オレは気付かれないように高台からそっと敵陣広場へと降りた。




Tips

アロワナモール
ハイカラシティの頃からステージとして使われている縦長の大型商業施設。フクやカフェなどいくつもの店が並び、デートスポットとしても人気が高い。大幅リニューアル前はチャージャー・長射程ステージと言われるほど好き嫌いのハッキリ分かれる構成だったが、リニューアル後は一変して裏取りルートの追加が目立ち、射程のリーチがあまり関係のない構造へとその姿を変えた。
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