アロワナモール内で一番広い広場に降り、マゼンタ色のインクを上書きしながら歩いていく。敵陣谷の隙間からリスポーン前の坂を偵察すると、どこに逃げていったか分からなかった片ゲソウェーブのガールが、これ以上進ませないという風にリスポーン前の坂上からこちらを見ていた。その奥で高台にいたガールがリスポーンするのも見える。
「ヤバ……」
逃げの一手の片ゲソガールはともかく、高台のガールは一人でも戦おうとしていた。できればあまり出会いたくないタイプの敵だ。敵陣広場を一割ほど塗ってはいたが、それを中断して反対側の高台へ上がる坂を塗り、まだ塗り返していない方の細い足場を進んだ。
彼女たちがリスポーンからまっすぐ広場へ来るのか、それとも地の利を生かして更に上の高台に来るのか分からない。オレは後ろを気にしながらも、前へ――今まで敵陣リスポーンの方向へ進んできたわけだが、今度は自陣リスポーンに向けて――向き直り二手に分かれた通路を見て頭を悩ませた。
「前はこんなのなかったよな……」
ひとつは真っ直ぐ中央へと向かう通路。もうひとつはさらに外側に設置された金網を歩いていく通路がある。最終的にどちらも中央手前の足場に出るが、外側の方は壁があり、敵陣側からチャージャーなどに狙われないようになっている。ただ、見た感じ外側の通路は逃げ場がなさそうだ。それなら内側の通路を選ぶ。
そう判断して内側の通路を塗り、金網前まで来ると後ろを警戒する。二人のガールはどちらも高台には来てないようだ。中央ルートの下にいるのかもしれないが今は分からない。とりあえず、塗れるところは塗っておこうと、来た道を戻りながら足下の広場に向けてインクを放つ。
半分ほど歩き戻って、振り返った先に二人のガールの姿を視認した。相手はアロワナモールの一番高い通路の上、それもオレに近い方でこっちを見ている。すると、高台にいてリスポーンさせた方のガールが、もう一人の片ゲソガールに向けて頷き、オレのいる通路に降りてきた。そのままわかばシューターを撃ちながら、オレの方にまっすぐ走ってくる。
追われながらナワバリを塗り広げるのは難しい。あまり相手をしたくなかったが、走ってくるガールに向けてこちらもインクを撃ちながら近付いていく。足場はライトブルーのインク、こちらに分がある。短期決戦で済ませてしまおうと一気に走り寄ったその時だった。撃ち合っているガールの頭上から、オレ達の間を割るようにしてスプラッシュボムが降ってくる。中のインクの色は――マゼンタ。
「!!」
咄嗟に身を引いて爆風を避けるが、それでも少しはダメージを受けた。まばらに残るライトブルーのインクの中を泳いで距離を取る。ダメージを回復させるついでに高台の方を見ると、片ゲソガールが二つ目のスプラッシュボムを構えていた。そのまま二つ目も牽制ついでに投げてくる。
厄介なことになった。追われればこのままじりじりとナワバリを奪還されていくし、かといってこの状況の打開策があるわけでもない。様子見に前へ出れば、通路に降りているガールがそれ以上進まないように撃ってくる。それに時々降ってくるスプラッシュボムのおまけ付き、となれば無理に進むこともできない。お互いに打開の糸口を探しながら牽制をするより他なかった。
しばらくそうして撃ち合いを続けていると、高台にいる片ゲソガールのスペシャルが溜まったらしく、緩やかなウェーブの片ゲソと頭が発光してインクが沸き立った。確か、わかばシューターのスペシャルはインクアーマー。試し撃ちでどういう効果が表れるのかあまり分からなかったが、ハイカラシティの時のバリアと似たような効果なら、撃ち続けてインク回復のできていないオレの方が押し負けそうだ。お互いの射線ギリギリまで詰めていたものの少し距離を取る。
その直後、ピィンとシュインの間のような音を響かせ、片ゲソガールからインクの霧のようなものが吹き出してきた。その霧は彼女とその前にいるガールのまわりをぐるりと一周すると、全身をインクでコーティングするようにして密着する。目の前にはガールの形をしたマゼンタ色のインクの塊に、光る眼が二つ。これは……不気味というか少し怖い。
そう思っていると、インクアーマーを付けた通路のガールが一歩前に出た。表情が見えないのでうまく読み取れないが、多分これなら何とかなるという意思を感じる。
今度は確実に追われる側になった。
インクを切らし、肩で息をしながら逃げる。幸い足場はライトブルーのインクだし、少し行けば金網だ。時間稼ぎにはなる。
「……ッ、は……!」
ただ、もう時間がない。ずっとマップを開けられていなかったから分からなかったが、残り一分を切った曲がモール内に流れ始める。歌ってるのは違う人――あと若干アレンジされてる――みたいだけど、この曲は確か『イマ・ヌラネバー!』だ。
ほんの一瞬、そうやって別の事を考えていただけだった。が、追いかけていたアーマー付きのガールに一発当てられ、慌てて鉄板の上の自軍インクに飛び込んでそのままイカ状態でジャンプし、中央の坂上まで逃げる。
そうして三十六計逃げるに如かずのスタンスでいたオレがようやく一息付けたのは、降り立った坂の出っ張りの奥、植木鉢の隣で影に隠れてからだった。ちょっと大回りをして相手の死角をつき、真ん中でとどまっているように見せかけたから多分ここは安全だろう。そうじゃなくとも少しの時間は稼げるはずだ。そう判断してインクに潜りながら息をひそめてインクタブレットのマップを開く。相変わらず状況は芳しくなかった。
まず、これだけ敵陣で塗っているにも関わらず塗り状況を表す指標がピンチ一歩手前から動かない。その上、オレは最初のスタート以降味方に一度も出会っていない。塗り跡から見るに、ランク12のあのボーイにずっとリスキルされてるに違いない。
そんなことを考えているうちにピピッ、と短いコール音が聞こえるとすぐ足元に味方のジャンプマーカーが表示される。名前はあのイノシシボーイのものだ。
それを確認すると同時にオレは身を強張らせてその場を離れた。いくら物陰とは言え、ここはそんなに高さがない。高さがないと言う事はつまり、このジャンプマーカーが敵にも見えると言う事に他ならない。
案の定、インクアーマーを纏ったガールがオレの使ったルートで中央へ降り、くるくると回っているジャンプマーカーに対して容赦なくインクを撃ち続けている。ほどなくして、アロワナモールの遥か上空を飛んできたイノシシボーイが着陸し、そこから一歩も動くことなくまたリスポーンへと送り返されていった。
その直後、彼女を包んでいたインクアーマーのコーティングが消え、中から緊張した面持ちのガールが顔を出す。今がチャンス。そう思ったオレは、控えていた場所からイカ状態で一気に距離を詰めると、インクから飛び出して目の前のガールに向けてインク弾を撃った。
「……っ!……!」
何かを叫んだ通路からの片ゲソガールの警告もむなしく、中央へ降りていたガールは短い悲鳴と共にリスポーンへと戻って行く。それを確認し、さっきの警告で片ゲソガールが鉄板の位置にまで来ていることを知ったオレは、ガールを一人キルした勢いでくるりと振り向き、片ゲソガールに目標を定めると、彼女から少し離れた金網に向けてスプラッシュボムをゆっくりと落とす。バッチリと目が合ってしまった彼女は慌ててオレの射程外へ逃げようと、金網に向けて退いて行った。オレはわかばシューターのインクを振り絞り、彼女に向けて鉄板から金網へ行くように撃ってゆく。そのまま金網へと追い立てられた片ゲソのガールは、オレの思った通り、時間差で接地したスプラッシュボムによってライトブルーのインクを散らし、先に飛んで行ったガールの後を追うことになった。
「ふー……なんとかなったな。」
そう呟きながら、すっからかんになったインクタンクを回復させるためにインクに潜る。もう時間がない、ここから逆転勝利するのは絶望的だが、この大差を少しでも埋めるために塗ろうと決意した。
半分ほどインクを回復させて、待ちきれずにヒト状態で塗り直し始める。残り三十秒ほど。キルしたガール二人には最後の最後に出会うかどうかといったところで、今警戒すべきなのは一番最初にキルしたボーイの方だ。左通路でブッキングしかけてから一度も会っていない。さっきマップを見た限りだと通路を塗り返して、今いるエリア周辺まで来たあと、ここの塗り返しもほどほどにライトブルー側のリスポーンへと走って行ったようだ。おそらくランク12のボーイと楽しいキルタイムでも過ごしているのだろう。塗りが雑で助かった。それからエリア周辺を重点的に塗りなおし、索敵も終わったところでいざ敵陣下の一番面積がある広場を塗り返そうと坂上に立った。
その時だった。
背後からインクを飛ばす音がして、オレが振り返るよりも先にそれは俺の背中を捉えた。慌てて身を捻り、左右に動きながらこちらも応戦する。相手は、スプラシューターコラボを握ったあのボーイだ。
いつの間にかこちらに来ていたリスキルボーイは、やや不満げな顔をしながらこちらに向けて殺意の篭る弾を容赦なく撃ってくる。正直なところ、射程の差があり過ぎてわかばシューターでは歯が立たない。残り時間もわずかなこの瞬間でキルされるのであれば、最後まで足掻いてやろうと、坂の端を蹴って空中に身を投げ出しながら弾を撃つ。この下は水面近くまで低い足場のある場所で、これくらいなら身を乗り出しても足場に付く――はずだった。
「あ。」
マズい。ちょっと余裕なさ過ぎた。これ、落ちるわ。
「あ~~マジかよ初デスが水落ちとかダッセェ……」
そう言いながら顔を覆った。すぐに水に落ちる感覚が背中に来たが、その感覚がどうもおかしい。加えて、一向に沈まないのだ。
「えっ……」
もらったギアは『トータスコート ヘッド』と『トータスコート オーバー』とかいう名前で、アタマとフクでワンセットの黄色くて裾の長いレインコート。これが水を弾いて沈まないようにしている。あくまでそんな気がしている、ってだけだが。
ただそれもつかの間、ギアの効果に気付いてから五秒もしないうちに一気に水の中へと沈み込み、神妙な顔をしたランク12のボーイに見守られながら、オレはフィニッシュの笛の音が聞こえるよりも先に溺死した。
Tips
撥水力アップ
ロウトータス固有のギアパワー。水に対して強い抵抗力を示し、水没を防ぐ。その性質から、僅かな間だが水の上を歩くことができる。しかし、ステージ内の水にのみ効果を発揮し、ステージ外の水や高所からの飛び込みデスに対しては通常通りデスポーンするため、ギアパワーが生きるステージが少ない。現在はイカトロニクスの判断で、ギアパワーのサブ欄に着かないように設定されている。