あとあとオレは何度かナワバリバトルを終え、特に変わったことに遭遇することもなく勝利していった。そのすべてが初心者部屋で、どことなく退屈さを感じながら手堅く塗り固める、その繰り返しだった。
気分を変えるために一旦ロビーから出て、エスカベース内のブキ屋へ足を向ける。少し緊張しながら重いガラス扉を押し開けると、見慣れた顔が出迎えた。相変わらずの長話を適当な相槌で聞き流し、今のランクで買えそうなブキを物色する。スプラチャージャーやスプラローラーが並ぶ中、スプラマニューバーというブキが気になって手に取った。店長の「お目が高いでしね!これはスプラマニューバーと言って、新しく作られたマニューバー系の」とかいう説明もそのままに、見本として置いてあるブキを指に引っ掛けてクルクルと回す。これは何か……何というかイカしている。何か良く分からないけどそんな気がする。
「お買い上げありがとうございやしたー!」
そう言いながら店主は右手を上げ、敬礼をしてこちらを見送った。オレの手にはカンブリアームズの箱に梱包された真新しいスプラマニューバ―と、それと同じ包装のスプラシューターが入った袋が提げられている。普段より速足で広場を通り、ロビーの端の床を陣取るとそこで袋の中身を取り出した。ビニール袋が立てるガサガサという騒音も、その音でオレに横目を向けるインクリング達も気にせず箱を引っ張り出す。今はただ、一刻も早く封を開けてバトルに行きたいという気持ちでいっぱいだった。
ロビーを抜け、終始ソワソワしながら緑一色のマッチングロビーへ送られるのを待つ。こういう時に限ってマッチングが遅い。早く、早く。バトルがしたい。
やきもきしながら体感十数秒が経過すると、頭のてっぺんから全身を吸い出されるような、独特の感覚と共に緑一色のロビーへと到着する。オレがこの八人ロビーのインクになじむのと同時にチリンチリンとベルが鳴り、メンバーがそろったことを告げた。どうやら既に七人集まっていたらしい。バトルが開始する旨のアナウンスが流れ、それぞれがバトルステージへと転送されてゆく。少し深めに息を吸い、マッチングロビーの表示でも見ながらはやる気持ちを落ち着かせようとして――咳き込んだ。
「マジかよ……」
オレのその呟きは次のステージへと送られる一瞬のうちに、誰に聞こえることもなく消えていった。
強制スーパージャンプが終わると、周囲の水音と混ざりながらステージの案内とルールの提示が行われる。ステージの名前はモンガラキャンプ場。ここ最近追加されたステージのようだ。だが、正直オレはそんなことに構っている余裕がなかった。至極落ち着いている今回のチームメンバーとは正反対で、オレは不安な気持ちと極度の緊張で顔が強張っている。そんなオレの心中を無視するように、非情にも試合は始まるのだった。
見知った、レディ・ゴー!の文字が消えるとともにリスポーン地点のロックが解除され、チームメンバーたちが一斉に動き出す。それぞれが手に持っているブキはL3リールガン、スプラスコープ、クラッシュブラスターという組み合わせだった。その三人がスタートと同時に一発撃ってリスポーンのある台から下に降り、リールガンが投げたカーリングの塗り跡を一直線に進んで行く。どう見ても手慣れている。マッチングロビーで最後に見た光景が見間違いじゃなかったことに小さくため息を吐く。オレがあの時なにを見たかというと、この部屋の連中のランク表示だ。低いやつでもランク27、高いやつだとランク50だったような気がする。おかしいなオレまだランク一桁だった気がするんだけど、初心者部屋はどこへ行ったんだ。
不意にブキが手から滑り落ちるような感覚に悩まされる。錯覚だとは思うのだが、緊張しているということに変わりはない。
「こんなことならわかばシューター持ってくるんだったな……」
あれだけ浮かれていたというのに、両手に握られたスプラマニューバーが少し恨めしく思えた。
そうは言っても味方の足を引っ張るわけにはいかない。そうやって自分に言い聞かせて気持ちを引き締め、まずはリスポーンまわりの塗られていない場所を塗り始める。その間にも味方は前線へと出て行き、ステージの中央で睨み合いをしているようだ。ガチマッチではないはずなのだが、自分も前線へ行って加勢するべきなのかと錯覚するほど激しい攻防の音が聞こえてくる。
やだなーあの中に行きたくないなーなどと思いながらリスポーン前の広場を塗り進めていくうちに、味方のクラッシュブラスターが敵のプライムシューターコラボと相討ちして帰ってきた。インクタブレットを片手にまた真っ直ぐ走っていく。彼はマップを確認しつつ、水門を通り過ぎた先にある網に向かってブラスターをひと噴きさせ、インクレールを起動するとそれに乗って対岸へと渡っていった。正面を真っ直ぐ行ったところのスポンジもそうだが、このインクレールも新しく追加されたギミックだ。ハイカラシティの時はこんなものなかった。
「ということは……向こうにも同じものがあるはずだし、今左側が激戦区なのか。」
ぽつりとそう溢すと、慣れないブキを片手……両手に持って前線へ撃ち合いに行くより、塗りに徹した方が良いと考えてリスポーン左にある広場の塗りに取り掛かった。
しばらくはそうして平和に自陣を塗り尽していたが、自陣左の広場奥の通路を塗り切り、あとは壁のみとなったところで迷いが生じる。
このまま人目を忍んで塗っているだけでいいとは思えない。オレも撃ち合いに加勢すべきなんだろうが、だがただ闇雲にこの人達とやっていても勝てる見込みがない。何せこっちはスクエアに来たばかりで、持っているブキも買ったばかりの新品だ。まともな撃ち合いができるとは思えない。堂々巡りを続ける思考に決着をつけるため、モンガラキャンプ場中央の壁裏を塗り、上に登って壁の向こう側の様子を窺った。
中央では両陣営のチャージャー同士が撃ち合いを続けており、自陣左側の角に陣取っている味方のリールガンは、こちらへ攻め込んで来ようとしている敵のプライムシューターコラボと激しい睨み合いをしていた。塗りと障害物の関係からリールガンの方が少し有利ではあったが、プライムシューターコラボの間合いに詰めるにはあと一歩及ばず、といった具合でどちらも攻めあぐねている。
どちらも動きが膠着してしまっていて、しびれを切らした方が負けるとはこういうことだろうな、と半ば諦めの混じった思考でオレは壁から向こう側へと降りた。
降りた場所から左の角までインクの中を泳いでいると、対岸の坂からチャージャーのインクが飛んできて思わず声を上げる。
「うおっ!?危ねえっ!!」
金網の足場の横を通り過ぎた直後、背後をかすめていった黄緑色のインクに背筋が凍る。下の通路に降りたところにはちょうど壁があり、相手のチャージャーから撃てない位置にいたのだが、通路上のインクに落ちた音でオレが左の角へ行こうとしたことに気付いたらしく、しっかりとこちらに向けて撃ってきた。今の俺では敵わない相手で間違いない。あのチャージャーの相手は味方に任せて先を急いだ。
左の角の広場まで来ると、リールガンのボーイがこちらに気付いて近寄ってくる。
「君、ランク一桁の子だよね?初心者?」
「あー、ええと今日ハイカラスクエアに来たばっかりでさ……」
「ふーん、じゃあハイカラシティだと?」
「そこそこってとこ、かな。」
どうせ大したウデマエでもなかったことだし、自分からそういったことを言うこともないと思って言葉を濁す。その様子で察したのか、リールガンのボーイはそれ以上聞いてこなかった。
「……まぁいいや、俺スペシャル貯まったら突っ込むからさ、それと一緒に来て左の奥にいるプライム倒すの手伝ってくれないかな?」
リールガンのボーイはほんのわずかの間に俺を含めた勝機を思案して、そう提案してきた。意外な申し出だったが、オレもこの状況は変えたいと思っていたし素直に頷く。
「よし、じゃあ俺今からスフィアで突っ込むからよろしくな。」
そう言ったリールガンのボーイがカーリングボムを構え、綺麗なフォームで細い下の通路に沿って走るよう投げた。そのカーリングボムが敵インクの黄緑を割いて進み、網の下まで届くと奥の方で爆発する。それと同時に隣からキュピーンというスペシャルウェポンの溜まった音がした。リールガンのボーイの方を振り返ると、彼はすでに身を丸め透明の球体に包まれている。そのままオレの方をちらりと見て球体ごと転がり始めた。既に塗ってある細道ではなく坂道の方を選び、器用に障害物を避けながらくるくると動き回っている。
それに合わせて端から徐々に塗り進め、ここに居るらしいプライムシューターコラボの敵を注意深く探った。こちらに逃げてこられないように坂は念入りに塗り返し、降りきったところの合流点も綺麗に塗る。視界の端でリールガンのボーイがイカスフィアを爆発させると、最奥の壁を背にするようにしてプライムシューターコラボのボーイが姿を現した。
爆発後の硬直が終わって動き出したリールガンのボーイが距離を詰めてゆく。オレもそれに続いて、彼の足元を塗るようにインクを飛ばした。ほどなくして、リールガンの彼が足場を失ったプライムシューターコラボのボーイを仕留める。
黄緑の敵色インクを適当に塗りつぶしながら残った彼に近寄ると、短く協力への礼を言って網の上を歩いていこうとする。オレはなんとなくそれを呼び止めて、話を切り出した。
「オレの方からもちょっと提案があるんだけど……」
急ぎを顔に出しながらもリールガンのボーイは足を止めてくれた。プライムシューターコラボが復帰してきても撃ち合いしやすいように、網を上がり切ったところで迎撃したいから手短にしてくれという。それに賛同の意を示すよう素早く頷いて口を開く。
「凄く真面目な話なんだけど、ちょっとあの壁塗ってってもらってもいい?」
そうしてオレが指差したのは、バトルに何の関係もない川沿いの壁だった。
Tips
スクエアカップ
複合企業イカトロニクス主催の公式大会。年一回あったりなかったり、もしかすると年二回あったりする非常に緩い大会。ただし非公式大会と違って広く周知されており、ギャラリーが多いため毎回凄まじい盛り上がりを見せている。各エントリー条件が厳しいが手っ取り早く有名になれるため、ロビーに名を刻みたいイカからの期待がアツい。