主人公は次から出ます。視点は一話ずつ変わるかもしれません。
00『リベラリタス島嶼群にて』
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ヒィヒィ、ハァハァとかすれた呼吸が、ため込んだ脂肪のツケと運動不足を明確に示していた。
商人風の男がモンスターの脇をすり抜け、また新たな小島を目指す。
荷物は投げ捨てはしたが、胸に抱えた麻袋だけは絶対に手放さなかった。
服の上からゴツゴツとした石のような感触が伝わってくる。これが自分の生命線だ。生きるも死ぬもこの石次第。なんとしても、なんとしてでもこれをアヴァリティアに!! と、いう怨霊じみた執念が血走った目から伝わってきた。
息も切れ切れな状態にも関わらず、商人風の男は口から唾を飛ばしながら叫ぶ。
「どうにかしろ、コタロー! お前はそれでも私のブレイドか!」
脂肪をたっぷり蓄えた壮年の男の足元から返事があった。商人風の男の卑しい風貌に似つかわしくない、愛らしい小型犬のブレイドが並走していた。明るい茶色の毛並みに、体長は男の脛に届くか届かないかくらいの小ささである。首輪の位置には青色のコアクリスタルが跳ねるように駆ける度、太陽光を反射してキラキラと光る。その可愛らしい容姿に似つかず、そのブレイドの声は意外と若々しい闊達そうな男の声で反論する。
「ならその抱えてるもんを捨てちまいな! 命あっての物種だろうが!!」
「ばっ、馬鹿をいうな! これは私が長年かけてアーケディアで貯めたコアクリスタルだぞっ! これだけで100万Gはくだらない! こ、これをアヴァリティアに持って行けさえすれば、バーン会長が――」
そこまでだった。そこから先は、派手な爆発音でかき消されてしまい、足元を物理的にすくわれた男はもんどりうって特注の服を泥と草にまみれさせた。
遠距離からの砲撃だった。
わざわざ男の足元を狙い地面を抉った理由は男の足元にあった小石や貝の破片。爆発の衝撃でそれらは派手に破片をまき散らし男の足をズタズタに引き裂いた。もはや悲鳴も上げられなかったが、そこまでされてなお、散らばっていた青い石――ブレイドの眠るコアクリスタルを手の届く範囲で回収していく。その根性はもはや狂気にも近しい。
「サタ。ヨシツネの言ってたコアクリスタルの密輸人ってのはこいつであってんだよね」
「あぁ、間違いない。証拠にほら。あちこちにコアクリスタルが散らばってるだろ? ずぶずぶに真っ黒だよ」
襲撃者は彼らの背後から悠々と歩いてやってきた。
男女一組み。男の方は金色の髪を後ろになでつけ、甘いマスクで隣の少女に微笑みかけている。赤い鎧が彼の容姿の自信を表しているようだった。一方、笑いかけられた少女はその美貌に似つかず鼻の上にしわを寄せ「ウザイ」の一言で男を一蹴する。切りそろえられた前髪と腰まで届くつややかな黒髪が人形のような少女の美貌をいっそう際立たせている。そして、その後ろに更に巨大な亜種型種族が顔を出す。金髪の男の手には両手より巨大なナックルを。少女の方には身の丈に合わないほど巨大なバズーカ砲をそれぞれ装備していた。彼らもまた地面に転がる男と同様にブレイドと呼ばれる存在と同調したドライバーである。
その時、商人風の男の頭にある単語がよぎった。
密輸人たちの間で実しやかに囁かれる目的も正体も不明な【コアクリスタル狩り】と呼ばれる存在のことを。まさか、まさかと可能性を否定している間に己のブレイドの声が逃避に走ろうとする男の意識を揺さぶり戻した。
「今ならまだ
男の瞳が激しく動いた。抱えている物を手放したくはない。けれど手放さなければ死んでしまう。優先事項がどちらも高すぎた挙句、男は半狂乱になって叫んだ。
「いっ、嫌だあああああああああああああああ!!!!!!」
そうして男は辛うじて自由に動く両手で麻袋を抱え込んだ。饅頭のような体勢になったというのは、せめてもの防御姿勢なのかもしれない。ただしこの時点で運命は確定した。
結果は間もなくやってくる。
「もういい? あんた、サタよりウザいよ。
男に突き付けられたのは、自分の頭と同じくらいあるバズーカ砲の銃口だった。その状態でトリガーを引かれたらどうなるか。結果は自明である。
ッドォォンッ!!! と派手な爆発音がリベラリタス島嶼群の小島で炸裂した。付近にいたモンスターたちは警戒の雄たけびを上げて翼のあるものは雲海に向かって滑空していく。そこに生きて残ったのは襲撃者たちだけだった。首から上のない胴体だけとなった男の死体は横倒しとなり、彼が抱えていたコアクリスタルを詰め込んでいた麻袋を赤い鎧の男が回収する。
「あーよかった。血ぃ付いてなくて。あのクソ坊主が関わってるってだけで虫唾が走るのに、こんな薄汚れたヤツの血までモノケロスに持ち込みたくないからさぁ。……? なにしてるの、ベンケイ?」
元標的の首なし死体の隣で熱心に地面を見つめていたベンケイは、赤い鎧の男――サタヒコに呼ばれて肩を震わせた。しかし、それ以降彼女のアクションはない。それを不思議に思いつつ、男が散らばらせたコアクリスタルを自分や彼女のブレイドが拾ってきて腕の中の麻袋にしまいこんでいた。その時にようやく合点がいった。
コアクリスタルの数が足りない。少なくともドライバーとの同調が切れて間もないコアクリスタルは、色がくすむはずだ。それが、少なくともさっきの男のブレイドの分だけはあるはずなのに、一つもない。
「え、もしかしてさっきの爆風で……吹き飛ばされた?」
「…………」
「この雲海の下に……?」
「…………」
「無言で視線逸らせてないで、そうだったらそうだったって言って! 別に怒らないからさぁ!」
むしろさっさとに泣きついてくれた方が助かるのだが、じゃじゃ馬どころか暴れ馬もびっくりな気性の荒さのベンケイは親の仇でも見るような眼で雲海を睨みつけていた。
折れたのはサタヒコの方だった。
「とりあえず、モノケロスに戻ってコアクリスタルを保管しに行こう」
「サタッ――!!」
「勘違いしないでほしいんだけど、シンには後で報告するよ。シンには秘密で他のコアでもなんでも回収できれば、帳尻を合わせたことで報告すればいい」
「回収って、具体的には」
「そこは、ベンケイが頑張ってよ。ヨシツネの……厳密にいえばカムイだけど、その探索能力があればなんとかなると思うけど」
サタヒコの予想通り、ベンケイは辟易とした顔をしたが帳尻を合わせる方法を具体的に提案されて、少しは頭が冷えたのかもしれない。「クソッ」という言葉は後悔と借りを作ってしまった悔しさが入り混じった悪態をつきながらもサタヒコの後を追い抜いてのしのしと歩いて行ってしまう。左右に揺れる黒髪が眩しく、その後を多腕と大柄のブレイドたちも追っていった。
最後尾になったサタヒコはふと予感に駆られて振り返った。そこには先ほどの男だった死体が散らばっている。ほどなく血の匂いに惹かれ小型のモンスターが群がってくるだろう。それを狙って大型のモンスターが食い荒らしてくるかもしれない。
本当にこの世界は、反吐が出るほど何事もなく回っていく。
上手くいかないのは自分たちばかり。なんて500年も前から分かっていたはずなのに。
(あーあ、ここらで一発、何か起きないかなあ。番狂わせとかいらないから、ちょっとした……そう。
世界樹は平等に各
――そして彼は知る由もない。その時、彼らのいる場所からかなり離れた雲海に小さな水柱が立ったことを。
次話『インヴィディア烈王国 フレースヴェルグ』