1
「おい、もうあいつが来るぞ。用意しろ、ヨシツネ」
共通の世界を通じて、同じ天の聖杯を呼び出したメツは己のブレイドであるザンテツと、カラムの遺跡に人質と共に置いてきたヨシツネに声をかけた。返ってきた言葉は一人分だ。ヨシツネのブレイドであるカムイは待ちくたびれたのか飽きたのか、ヨシツネの周りをいつも通り自由気ままに飛んでいた。
「――あぁ、もうそんなに時間が経ってましたか。まぁ、それなりに実りのある時間ではありましたね」
ヨシツネは今まで、楽園の子と呼ばれる少女と話をしていたはずだ。何を話していたかはメツには興味もないことだが、機嫌を見る限りそこそこの成果はあったのだろう。
「
「騒がれると面倒なので、あそこに」
ヨシツネの指さす方向には意識を失った黒髪の少女が倒れていた。その体は不気味なほど沈黙していてパッと見るだけでは生きているのか死んでいるかこの暗がりでは判断がつかない。
よってメツは念には念を入れて、尋ねた。
「殺しちゃいねえだろうな?」
「そんなへましませんよ。証拠に、ほら。彼女のブレイドはそこにいるでしょう」
言われてから気が付く。己の足元にも満たない犬型のブレイドが尻尾と耳をぺたんと伏せてドライバーの顔に鼻を近づけていた。もし彼女が死んでいれば、あれは今頃石くずのようなコアクリスタルになっていることだろう。
「…………」
「意外そうな顔をしてますね。僕だって物事の優先順位くらい弁えていますよ。今は、天の聖杯が最優先だ」
「そうかよ。……おっと、来たな」
「――醜態だな。いつまでその姿でいるつもりだ」
カラム遺跡に唯一繋がる大階段から顔を出したのは、記憶に残る太陽の光のような金色の髪ではなく、燃えるような鮮烈な赤い髪をした少女だった。
2
頭が、重い……。ズンと脳の真ん中に重しが入ったような鈍い痛みが、心臓の鼓動と同じタイミングで痛みを発する。こういうのを、拍動痛っていうんだっけ、と思い返す行為によって脳を徐々に動かしていく。
乾いた匂いに交じって金属が弾け合う音がした。そして、私の顔を湿った何かが押し当てている。
顔を少し上げて目をうっすら開くと、豆柴型ブレイドのコタローが耳をぺたりと伏せたまま悲しそうな顔をしていた。飼い主に置いて行かれてしまったようなそんな顔だった。
うっすらと見える青い緒からコタローの気持ちが伝わってくる。
――すまない、と。
コタローが何に対して謝っているか、それは視線を移動させればすぐにわかった。
いつの間にやってきたのかレックスたちがホムラさんを助けに来ていた。よかった、と思う反面、戦況はレックスたちの分が悪いようだ。みんなの武器からはブレイドの力の象徴である青い光が出ていない。その代わり、辺り一面に漂うのは赤い禍々しい色の粒子だった。
そこでようやく体を動かせるようになって、私は痛む頭を押さえながら体を起こす。そうすると、コタローは私が起きたことにひどく動揺しているらしかった。
「……なんで、このタイミングで起きちまうんだよ……? アサヒ……!」
「コタロー……。状況は……?」
「そんなこと気にしてる場合じゃねえだろ! あのヨシツネってやつに殴られて、今の今まで気絶してたんだぞ!? 動くこともままならねえじゃねえか……!」
「…教えて、コタ」
「……くそっ! 赤眼鏡のブレイドが生み出す反属性のエーテル場で、レックスたちはアーツを使えなくなってる! 俺たちも、たぶんあそこに行けば同じだ。ここは大丈夫みたいだが、あいつらにアーツを使うには遠すぎる」
「じゃあ、私には使えるね……」
深く眠っていたところを無理やり起こされたような体の重みと不快感を無理やり抑えつつ私は回復アーツを発動させた。緑色の光を浴びていると、首の後ろ辺りが痛かったんだなと遅れて自覚する。
アーツのお陰で、頭の重さとそれに伴って思考を妨げていた靄のようなものはだいぶなくなった気がする。
円形の舞台ではニアちゃんとヴァンダムさんがヨシツネと、ホムラさんが見覚えのない黒いサソリのようなブレイドと、レックスがメツと呼ばれていた大柄な男の人と戦っていた。トラとハナちゃんは状況に応じて動いているらしいが、ブレイドの力を阻害する力が働いているのではうまく力が引き出せないようだ。
集中すると、まだ少しめまいがする。気絶なんて初めてさせられたけど、こんなに気分が悪くなるものなんだ。
「逃げるぞ、アサヒ! 村の奴を呼んでくるんだ!」
「今から行っても間に合わないよ……」
「だからって、俺たちがここにいて何ができるんだよ!? お前は本調子じゃないし、俺は回復ブレイドで、しかもビャッコみたいな図体もない! どう考えても足手まといになるだけだ!」
逃げるにしても、少しぐらい――なにか少しは援護をしたい。
これは私の我がままだというのはわかっている。だけど、と、機会をうかがっているうちに、あのメツという人は迷う私の前で新たな力を見せつけた。
黒にも見える紫色の力の柱が立ち上る。
私はそれを本能的に恐怖した。だからこそ、目が離せない。あの力が、あの敵意がこちらに向くと想像しただけで体がすくみ上る。
みんなも、その異常さを目にして一瞬動きが止まったようだった。
「めんどくせぇから終わりにするぞ! ヨシツネ!!」
「同感です!」
曲芸のように二本の刀を振り回したヨシツネは獰猛な笑みを浮かべ、同時に走り出した。
メツはレックスとホムラさんを、ヨシツネはニアちゃんを、それぞれ狙っているらしかった。
「っコタロー!」
「あぁ、もう!! しょうがねえっ!!」
あのメツと対峙するのに比べれば、ヨシツネという人の方がまだ怖くない。
私はたまたま近い位置にいたヨシツネと、そのブレイドに狙いを定めて走り出した。階段状になっている観客席を降りているわけだけど、重力の力を借りた足取りは思った以上に速度が出る。その分、足をもつれさせて転んだら大惨事になりそうだった。それでも、私たちはそうなる直前にコタローの風の力を使って補助を受けながら夜空に向かって――飛んだ。
ヨシツネの真上を取るような位置に行き着くと、私は手にしていたボールを膂力と重力に任せて投げつけた。飛んだ直後から武器の発する青い光はどんどん弱まっていくのが分かる。それでも純化、圧縮、凝縮した力が全部抜けるまで少しは時間がかかるようだ。想定していたのよりも一段階下がっちゃったけど、それでも一矢報いることができるなら――!!
ヨシツネがボールに気付いて弾き返すまでは想定通りだ。私は返ってきたボールを、コタローに受け渡した。
「お願いっ!」
「あぁ! 俺様の妙技、とくと見やがれ!」
視認できるほどの風が渦巻いたボールが、砲弾のようにヨシツネに向かって打ち出される!
「エアリアルハウンド!!」
これが、今の私たちに撃てる最大の攻撃だった。
けれど、それは呆気なく彼のブレイドである少女の作り出す盾に防がれた。
後はもう、抵抗する間もない。落ちてきたところでヨシツネに服の襟ぐりを掴まれて遠心力に任せて投げ飛ばされる。続く追撃は、ビャッコさんがヨシツネに飛び掛かってくれたおかげで回避はできたが、固い地面に胴から落ちても勢いは殺せず、二度三度と地面を跳ねてようやく止まった。背中に冷たい風を感じる。どうやら、円形の迫り出した縁の近くで何とか留まったらしい。
「アサヒ! ビャッコ! ――貴様ぁっ!!」
ニアちゃんの怒りを孕んだ声が遠くから聞こえてくるが、それは間もなく短い悲鳴に変わった。
痛みに呻いている間に、目の前に転がるボールからは青い光が失われていくのを、何もできずに見つめるしかなかった。
逃げて助けを呼ぶつもりだったのに、出口から遠ざかっちゃったな……。
さっきアーツで回復したにも関わらず、全身が悲鳴を上げている気がした。体を動かそうとしても、脳がそれを拒否する。これ以上動いたらもっと痛くなるぞ、と言外に伝わってくる。
「アサヒ! 動けるか!?」
「ん……」
「ちっ、この赤い変なのが無けりゃ治してやれるのに……!」
コタローの忌々し気な声と一緒に、出入り口側にいるレックスたちの声が聞こえた。
ヴァンダムさんが奇策を取ったらしいのが、吹き付けて来る風で悟る。領域外の攻撃、ということはきっと離れたところからの援護射撃のようなものだろうか。何とか首だけ動かしてそちらを見ると、ヴァンダムさんが石造りの観客席から飛び降りたタイミングだった。
壮年の男性とは思えないほどの身体能力で、しっかり両足を地面につけたその人は、自身のブレイドの武器であるツインサイスを構えて、近くに倒れていたレックスに向かって言った。
「いいか、レックス! ブレイドの武器にはなぁ、こういう使い方もある!!」
そうして、ヴァンダムさんはスザクのツインサイスを自分の腰のあたりに深く突き刺した。
ヒッ、と喉が干上がったのを止められず、私は後悔した。ヴァンダムさんをあそこまでさせてしまうほど、私たちは絶体絶命の状況なのだ。そんな状況を、あの人は一人だけの力でどうにかしようとしている。
いくら同調したブレイドの武器だと言っても、体内に直接エーテルエネルギーを注入するのは莫大な負荷がかかるらしい。ヴァンダムさんは苦し気なうめき声をあげ、その姿にメツとヨシツネが初めてひきつった声を発した。
「貴様、まさか――!?」
「武器に残ったエネルギーを、直接体内に……!?」
「へっ……。こうしてりゃ、エーテルの流れなんかは、関係ねえって訳だ!!」
ツインサイスを腰から生やしたヴァンダムさんが、ゆらりと動き出す。そのまま彼は走り出して、スザクが作り出すような小型の竜巻を腕から噴出させ、渾身の叫びと共にまずはヨシツネと言う人を吹き飛ばした!
「っ!!」
交差するように、あの紫色の力をまとわりつかせたメツと拳が交わった。
拮抗する力はメツが一度退いて、その間に青黒いトカゲのようなブレイドが飛び込むが、上からの奇襲でスザクがそのブレイドを地面に縫い付ける。その後はメツとヴァンダムさんの、二人の闘いだった。
ここまでの時間でなんとか体を起こすことはできたけれど、戦闘の格が違い過ぎる。今、あの中に向かっていって、私に何ができるのだろう。
「逃げろ!!」
ヴァンダムさんの声に弾かれるように俯きかけた顔を上げた。
「ホムラを連れて、さっさと逃げやがれ!!」
それはレックスに向かっての言葉だった。ヴァンダムさんは、命を懸けてレックスとホムラさんを逃がそうとしている。なのに、レックスは呆然と倒れたままヴァンダムさんから目を離せないでいる。
スザクが、あの青黒いブレイドに捕まり、逆に地面に叩きつけられた。
青い剣からの斬撃を受け止め、躱し、必死に注意を逸らすヴァンダムさんだが、それでもレックスは逃げない。
ヴァンダムさんを、私たちを置いて逃げたくないというのは痛いほど伝わってきた。
それを振り切らせるように、ヴァンダムさんが叫ぶ。
「レックス! 死なないんだろ――死ねないんだろう!? なら、こんな所にいるんじゃねえ! 生きて――生き延びて――楽園に行くんだぁああああっっ!!!」
直後、誰よりも冷え切った声が響いた。
「行かせねえよ」
一瞬だけ吹き飛ばされたメツの蹴りが、まともにヴァンダムさんの体にめり込んだ。
サイスのエネルギーも底を尽きかけているのか、差し向けた手から生み出された竜巻は、簡単に払われただけで消失する微弱な物。一方、メツはダメージらしいダメージを食らった素振りもない。
残る結末は、一つきりだ。
「いいか、レックス! ――お前の
ヴァンダムさんの魂のような叫びが、月明かりの照らす劇場に響き渡り、そして――。
鈍く重い音をたててヴァンダムさんはメツに切り伏せられた。
3
ヴァンダムさんが、倒れ、て――いく。
その映像がスローモーションのようにゆっくりと脳に焼き付けられていくのを感じた。
「うあああああああああああああああああああああ!!!」
レックスの天を貫くような咆哮が、ビリビリと鼓膜を震えさせる。
「よくもヴァンダムさんを――! ヴァンダムさんをおおおおおおおっっ!!!」
「だ、駄目、レックス! 戻って!!」
ホムラさんの声さえ、今のレックスには届いていない。怒りで我を見失い、猛然とあるいは動物のようにメツに向かっていく。二度、三度の剣戟。それでも、力量差は目に見えていた。
「あ……あぁ……」
私は、舞台際の風が冷たく感じるそこで恐怖に身を震わせていた。
ヴァンダムさんが、斬られた。
遠目からでも見て取れるくらいに、その下から血が溢れてきている。
ブレイドの力を阻害する赤い粒子みたいなものはまだ残っている。これじゃあコタローの力も使えない。
だからと言って、見捨ててもいいの?
ヴァンダムさんが受けたのは、胸への一撃。一か所の致命傷だ。
それであれだけの血の量となると、静脈か動脈を傷つけられたのかもしれない。
この世界に病院はない。輸血もない。あの傷を見ればもう助からないものなのかもしれない。それでも、それでも。考えて。思い出して。この世界のルールをきちんと把握して。本当に、助ける方法が無いの?
「アサヒ?」
息が苦しい。呼吸がうまくできない。空気を吸って吐くってどうやるんだっけ。
駄目だ。酸素が極端に減って鈍った脳ではもうこれしか考えられない。
「お、おい! アサヒ! どうしようってんだ!?」
コタローの声が聞こえるけれど、頭でその意味を理解するまでの間に私は豆柴の体を抱き上げてヴァンダムさんに向かって駆け出していた。その先にいる追い詰められたレックスに対して、ホムラさんの絶叫が、私が駆け出したのとほとんど同時に木霊する。
視界を埋め尽くすような莫大な閃光。視線の先には、真っ赤なミディアムショートのホムラさんではなく、太陽の光のような金髪の女の人がホムラさんのいたところに立っていた。
その不思議な光景を、私は全力で無視した。途中でヨシツネがこちらに気付いて敵意を向けるが、メツの怒鳴り声が私に彼の牙が向くのを奇しくも抑えてくれる。その間にも、私はヴァンダムさんのところまでたどり着き、交戦しているレックスたちに背を向ける位置で彼の巨体に自分の体をねじ込んで仰向けにさせた。ウエストポーチの中にある布という布をすべて使ってあふれ出た血を拭っていく。
外側は外気に晒され色を濃くして冷たくなっていたが傷に近づくにつれて、温かさをまだ感じていた。
(布が足りないっ……!!)
緊急用のガーゼも、包帯もすぐに血を吸って真っ赤になってしまう。これ以上吸い込むことはできないと、赤い液体を滴らせているのを確認して、私はそれを地面に放り捨てた。
べしゃり、という水っぽい音が気持ち悪い。
辺りに使える布が無いか見まわすけれど、ここは遺跡だ。石でできた冷たい地面以外にはなにもない。
そうして見下ろした自分の体は、ヴァンダムさんの血に濡れて赤く染まっていた。けれど、自分の着ている服は彼の血に汚れてはいなかった。
「……っ!」
「おい!? どうした、いきなり服脱ぎ捨てて! 気でも狂ったか!?」
コタローの混乱した声が聞こえる。それを無視して私は上着に手をかけた。薄手の下着姿になりながらも、裏返しで脱いだ服を丸めて血の溢れるヴァンダムさんの傷に布を押し込んだ。
「レックス!!」
振り向いて叫ぶ。レックスは金髪の女の人と共に、メツとヨシツネの二人と交戦中だ。
私は砂利で足を取られながら、力の入らない足に鞭打ち走り出しながら叫ぶ。
「アンカーショットを!」
「っ!!」
私の希望通り、アンカーショットを撃ったレックス。標的はヨシツネ。
そういえば、彼らのブレイドの姿が見えないけれど、それなら好都合だ。あのブレイドの力を阻害する赤い粒子もいつの間にか消えていたから。
「このっ、雑魚風情があああああああああっ!」
レックスの攻撃より私の迎撃を優先したヨシツネは、まさに鬼と言っていい形相でこちらに武器を振りかぶった。その後ろで何か、蛍光色の緑が跳ねて飛び出す。
回復ポーション。アンカーショットの副次作用で生成される体力や傷を回復するもの。
「ああああ―――っ!!」
渾身の力で銀色の軌跡を描く刀の軌道から外れる。そして転がるように滑りレックスの作り出したポーションを二本手の指だけで掴むと、踵を返してヴァンダムさんのところにとんぼ返りをした。
「あいつ、この状況で治療を!?」
「馬鹿野郎! 目を逸らすなヨシツネエっ!!」
剣戟の音が鳴りやまないが、こちらに攻撃が飛んでこないようにレックスが庇っているのか、何事もなくコタローのいるヴァンダムさんの元へとたどり着く。
「お前、なんつー無茶してんだ!」
「お説教は後で聞くから! 今は一刻を争うの!!」
丸めて血を吸った服を抜き取り、その上から回復ポーションを振りかけていく。どういう作用でどういう成分で傷を癒しているのか分からないけど、振りかけた傍から出血は目に見えて止まり、傷もうっすらだが塞がれた。けれど、自発呼吸には届いていない。私は脱ぎ捨てた服をヴァンダムさんの首の後ろに押し込み、気道を確保して心臓マッサージをする体勢をとる。こういう場合は素人だからとか、失敗したらとか思っちゃダメなんだ!!
「コタロー! ヴァンダムさんに呼びかけて!」
「畜生! あっちでもこっちでも何しようとしてんだか全くわからねえ!」
コタローの視線の先でいったいどんなものが繰り広げられてるのか、今は気にしている余裕はなかった。
本で読んだ知識、聞きかじりの知識、テレビでの知識を総動員して心肺蘇生を行う。やり方が正しいか、正しくないかは拘泥している暇はない。心臓のある部分を的確にとらえて圧迫と弛緩を繰り返す。
数を数えながら、一方では心の中でヴァンダムさんを呼び続けた。
戻ってきて――!
戻ってきて――!!
お願い! ヴァンダムさん――!!
「アサヒ!!」
ニアちゃんの叫ぶような声と「ばはっ……」というヴァンダムさんが詰まっていた空気を吐き出したのは同時だった。そして、私たちのいる5㎝先のせり出した半円の舞台に罅が入るのも。
コタローが軽くジャンプして崖から下がり、それにつられて顔を上げるとメツとヨシツネが崖下に吸い込まれていく瞬間を見た。
脅威の去った遺跡の上で、ヴァンダムさんのか細い呼吸がやけに目立つ。まだ、気は抜けない。心肺蘇生を繰り返しながら脳に酸素を送り込むポンプ役を続ける。その間に、ばらばらと足音が聞こえてきた。
「アサヒ! ヴァンダムさんは……!?」
「レックス! 誰でもいいから、回復アーツを!」
「わ、分かった。ニア!」
「う、うん!!」
ニアちゃんのヒーリングハイローだろうか。
しゅわわーん、という音と共に緑色の光がヴァンダムさんを包み込む。
傷がみるみる治っていって、それと一緒に、目に見えてヴァンダムさんの体が跳ねた。
「――がっ! がはごほっ!!」
激しくせき込むヴァンダムさん。ゼェゼェとかすれた呼吸ではあるが自分で呼吸をできるようになったその人は、うっすらとその瞳を開く。
「っ、やった! 目を覚ましたよレックス! アサヒ!!」
「ヴァンダムさん。ヴァンダムさん、俺たちが分かる?」
「お前、ら……?」
寝ぼけたような顔であたりを見回すヴァンダムさん。そうだよね、一度切り伏せられたんだもの。状況がつかめないのは容易に想像がつく。けれど、それを説明するにはここにいる全員が満身創痍だ。誰も彼も口を開くことさえ重く、その中で私は真っ赤になった手の甲で零れ落ちて来る涙をぬぐうことしかできなかった。
手はおろか、体がまだ恐怖で震えている。
それでも、ヴァンダムさんを助けられたことができて本当に、良かった。
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次話『酒場ヴァーゲル』