1
騒ぎを聞きつけたフォンス・マイムの軍の人にフレースヴェルグの村へユウとズオを呼びに行ってもらい、私たちは傭兵団の手を借りながら村へと帰ってきた。ヴァンダムさんは重傷。他のみんなも無傷の人なんて誰もいない。それでも、最悪の展開だけは避けることができた。
村の総領が重傷を負ってきたことで村は少し騒然としたけど、その騒ぎも二、三日も経てば徐々に落ち着いていくものだ。レックスたちも、回復アーツと薬と美味しいご飯で順調に元気になっていったらしい。らしいというのは、私がその姿を見ていないからだ。
ヴァンダムさんの寝泊まりしているテントで、私は太い腕を抱えながら手の先を押したり曲げたりしてみる。特に抵抗なく指は私が動かす通りに動く。けれど、そこにヴァンダムさんの意志は感じられなかった。
「……やっぱり、動きませんか? 左手……」
「ああ、肘から上は動くがその下はさっぱり動かねえ。触られてる感触はあるんだがな」
「………………………」
「そんなしょぼくれた顔するんじゃねえよ。生きてただけ奇跡ってもんだ!!」
わーっはっはっは! と太鼓みたいなお腹の底から響くような豪快な大笑と一緒に自由に動く右手で頭をワシワシ撫でられる。私はそれを黙って受け入れた。
ヴァンダムさんは、他の人から見たら奇跡の生還を果たしたと言われているけど、その裏では左手のマヒが残ってしまっていた。私があの時、すぐに動けなかったせいでヴァンダムさんはもうツインサイスを振るえない。
心臓が止まって、脳に酸素がいかなくなった時間によって後遺症が残る場合がある。ということは知識としてあったのに、恐怖に捕われた私は目の前の状況を理解することを一瞬でも拒んでしまった。それが、自分ではなく誰かの致命傷になるにも関わらず。
「ヴァンダムさん」
「おう?」
「ごめんなさい、私がもっと早く処置ができてたなら――」
両ひざに握り拳を押し付けて私は頭を下げて謝罪の言葉を口にした。謝ってどうなることじゃないのはわかっている。それでも、謝らないと私の気が済まなかった。
狡い、というのは理解していた。こんな風に言われたら、誰だって許すしかなくなってしまう。
だが、ヴァンダムさんの声が聞こえてくる前にぽかり、なんて生易しい音じゃない。ゴンッ! という重量級の音がさして広くもない布張りの部屋に響いた。私の頭に特大のげんこつが頭に落ちた音だった。
「~~~~~~~~っっっ!!!」
「おめえ、何謝ってんだ。謝るような悪いことでもしたのか? ああんっ!?」
「ひ、ひいっ、な、なんで怒ってるんですか!?」
「当たり前だろうが! テメェの命の恩人が助けた人間の前でグジグジとしけた面してたら、誰だってこうするだろうがよ!! いいか! お前は何も悪いことをしちゃいねえ! 間違ったこともしてねえ! お前は人一人の命を救ったんだ! もしも、俺の左手がどうのだとか文句を言う奴がいたら、連れてこい! 左手が使える使えねえなんざ関係ねえ、俺がぶっ飛ばしてやる!! それがお前でもだ、アサヒ!!」
「っ!! でも、私は――!」
「まだ言うかっ!?」
「あわわわわわっ!! も、もう、言いません!!」
げんこつの二発目を予期してこれ以上たんこぶは増やしたくない私は、両手で頭をガードして身を縮こませる。しかし、いつまで経っても二発目は落ちてこず、そうして訪れた静寂にゆっくりと顔を上げると、眉をを下げて笑うヴァンダムさんがいた。あぁ、この目は養護施設で見たことがある。子供たちが大人の注意を向けたいがために反発したり、困らせたりした時に大人が見せるあの「しょうがないなぁ」と許すまなざしだ。
私は自分で作り出してしまった空気を取り払うように、話題を引き戻した。
ヴァンダムさんの左手を取って指を一本ずつ畳ませ、開いていく。ヴァンダムさんはされるがままにその様子をじっと見つめていた。
「え、えっと……ヴァンダムさんの左手は、脳から左手に命令を送る信号がうまく伝達できないから動かないんだと思います。なので、こう……こうやって毎日少しずつ手を動かしていって、脳にもう一度命令の送り方と手の動かし方を学ばせることによって、全快とはいかなくても、日常生活には差し障りがないくらいには動くようになるかもしれません」
「それも、お前の世界の知識か?」
「はい」
「お前のいた場所では、誰でもそういう知識を持ってるのか?」
「知識だけなら、誰でも調べれば学べるとは思います。でも、基本的には専門の人に掛かるのが普通です、私もそっちの専門に進みたかったんですけどね」
「誰でも、医者に掛かることも目指すこともできる世界なんだな。お前の世界は」
「……どうしたんですか? 今日はやけに私の世界の話を聞いてきますけど……」
治療を開始してから私は、ヴァンダムさんには私の世界のことは包み隠さず話すようにしていた。そうすることで何のためにこうしているのか、どういう意味のある行動なのかを理解してもらえれば治療の効果も上がるかもしれないからだ。けれど、ヴァンダムさんは必要以上に私の世界のことは聞いてこなかった。
それなのになぜ今日に限って、と思っていると言いにくそうにヴァンダムさんは重い口を開いた。
「元の世界に、戻りたくなったりはしねえのか?」
それは、フォンス・マイムでコールさんに聞かれたことと同じだった。なんでいきなりそんなことを尋ねたのだろう。もしくは当然の流れだったのかもしれないが、問われている内容が同じならそれなら私の答えは同じだ。
「ない、とは言えないですけど……。私がいた場所と、みんなの言う楽園は似て非なる物だと思っているので……。ホムラさんやレックスが目指す楽園が、私の元いた場所と本当に同じなのか確証はありませんし、あまり考えないことにしてます」
「今回みたいな目に遭っても、同じことを言えるか?」
「………………」
私は、数日前のことを思い出して、そのたびに寒気が走る体を両手で擦った。
村の外でモンスターと戦うのとは全く違う明らかな敵意と殺意、命のやりとり。
元の世界ではおおよそ経験することのなかった出来事を私はまだうまく消化できていない。
しかも、あのイーラという組織の本当の目的は人類の抹殺だと、後にレックスたち聞いた。
本当にゲームかアニメのようなお話だけど、あのメツと呼ばれたもう一人の天の聖杯は、実際500年前に世界を滅ぼしかけたらしい。
自分の住む国が他国と戦争しようとしている他、世界は困窮状態で尚且つみんなの知らないところで人類は抹殺されようとしている。
それでも尚、元の世界に戻りたいか迷っているなんて、本当に自分でも意味が分からない。
膝に置いた両手を凝視して沈黙を続ける私を、ヴァンダムさんはどう理解したのか「いや、もういい」と言われてしまい、慌てて顔を上げた。今、もしかして呆れられた?
「なぁ、アサヒ。この村は好きか?」
「えっ? はい、もちろん!」
反射的に答えるとヴァンダムさんは一瞬面を食らったような顔をして「よし! なら、俺から言うことはなにもねえ!」とまた豪快に笑うのだ。ころころと顔色と話が変わるので、私の混乱は増すばかりだ。
「やっほー、ヴァンダムさん。お見舞いに来たよ」
「楽しそうですね。なんのお話をしていたんですか?」
レックスとホムラさんが見計らったように訪ねてきてくれたので、私はヴァンダムさんに目配せをして二人に挨拶をしてから席を外すことにした。
狭いテントの出入り口を譲ってもらって先に外に出ると、待ちかねたようにお腹が控えめに鳴る。
そういえばここ数日は、ずっとヴァンダムさんの看病してたから、ご飯もお見舞いの果物を分けて貰ったりばっかしてたなぁと思い出す。
分厚い天幕の中ではレックスたちの声は不明瞭に漏れ聞こえるだけだ。この分ならあの怒鳴り声はあたりに聞こえてない……といいなぁ。と希望的観測を抱きながら野営地のような私は酒場に向かった。
2
時間帯としてはお昼とおやつの間くらいの時間だ。この時間に食堂兼酒場を利用している人は少ない。大体これから夜にかけて仕事をする人たちが軽食や夜食を作りに来る時間だ。ガラガラな丸机が目立つ中で、黄色のツナギのような服のグーラ人の女の子と白い虎見つける。
「ニアちゃん。ビャッコさん」
「ん? おっす、アサヒ」
「こんにちは、アサヒさん。お加減はいかがですか?」
「あ、えっと、大丈夫です。元からあんまり怪我してなかったですし」
「あれ? コタローは?」
「コタはお散歩だよ。ニアちゃんたちは?」
「レックスがヴァンダムに話があるっていうから、待ってんの。終わったらフォンス・マイムに行ってコールに会いに行く予定だよ。そこからどこにいくかはまだ分かんないけど……」
「そうなんだ。見つかるといいね、楽園」
「ありがと」
ニアちゃんの足元には買い物の荷物が置かれていた。ずいぶんすごい量を買ったみたいだけど、この量だけでみんなの旅がどれだけ大変なのかわかる気がする。旅なんてずっと縁のないものだと思っていたけど、実際に数日間とはいえ旅をしてみて、余計に私には無理だと感じることが多くなった。私はフレースヴェルクとフォンス・マイムの往復で十分だ。
「……自分には無理だって顔してるね」
「えっ!?」
「あんたってさ、感情は表に出ないのに何考えてるかすぐわかるよね」
歯を見せて笑うニアちゃんに、私は何も答えられない。そんな風になってるなんて考えてみたこともなかった。
「そんなにわかりやすい……?」
「少なくとも今のは。旅なんて私にはできないー、自分はフォンス・マイムとフレースヴェルクの往復だけでいいやー。って顔してた」
「そこまでわかるんだね……」
むにむにと自分の頬を触ってみる。鏡でも見れば何かわかるだろうか。
そんなことを考えていると、横にいたニアちゃんが突然表情を暗くした。いきなりどうしたんだろうと、顔色をよく見ようと覗き込むと小さな八重歯の生えたニアちゃんの口から「ゴメン」という言葉が飛び出してさらに驚かされた。
「ヴァンダムが斬られたとき、何もできなくてゴメン……。あたしがあの時動けてたら、ヴァンダムを――ヴァンダムが斬られることもなかったかもしれないのに……」
胸の前で握った拳をもう片方の手で覆うニアちゃん。
それが、あまりにもさっきの私と似ていて思わず、私も手をげんこつの形にした。そしてそれを目の前で振り上げて、咄嗟に目を瞑ったニアちゃんに向かって、そっと彼女の頭を小突いた。
「それ、ヴァンダムさんの前で言ってたら、この百倍の勢いでげんこつが落ちてたよ」
「は? ……え?」
「かく言う私も、ほら」
呆然とするニアちゃんの手を取って頭頂部に誘導すると「うわ、ほんとだ……!」と驚きの声を上げた。
やっぱり、こぶになってたか。と知りたくなかった事実に苦笑いが浮かんだ。
「あの時、みんなは自分の最善を尽くそうとしてたよ。ヴァンダムさんは命を懸けてレックスを逃がそうとした。レックスはホムラさんを守ろうとしたし、ニアちゃんたちも守ろうとしてくれたよね? もしも、誰かがあの時自分のこと一番に考えて、手を抜いてしまっていたら、絶対にみんな生きて帰れなかったと思う。だから、私はヴァンダムさんに怒られた。お前は何も悪いことをしていない、間違ったこともしていない。お前は人一人の命を救ったのに、なんでうじうじした顔してるんだって。
――ニアちゃんもそれは一緒だよ。あなたは何も悪いことをしてない。間違ったこともしてない。最善を尽くそうと頑張ってくれたのに、それを誰が責める権利があるの? もしもそんな人がいたら教えて。私が――う、うーんと……お、お仕置き? してあげるからさ」
慣れない単語を使ったからか、最後はものすごく締まらない形になってしまって羞恥心が煽られた挙句、尻窄んでしまった。これじゃあ説得力もなにもあったもんじゃない。案の定、ニアちゃんは私の言葉にキョトンとした後、堪えきれないというように噴き出した。
「ふはっ――! あははははは!! アサヒが言うと全然怖くないね! お仕置き……! お仕置きって! 他に言い方なかったのかよ……! ふふっ!」
「えっ!? ひ、酷くない!?」
「ごっ、ごめんごめん。あんまりにもアサヒに似合わなくてさ……!」
「なにもフォローになってないし!」
と、ちょっと怒っては見せたけど、すぐに怒りはしぼんでしまった。あまりにもニアちゃんが笑うから、私もつられて可笑しくなってきてしまった。声をあげて笑い合う私たちを、ビャッコさんはとても優しい眼差しで見守っていた。
「はぁー、笑った笑った。なんかレックスたちと旅を初めてからは、こんな風に笑ってばっかな気がするよ」
「それは何よりだと思うよ」
「ねえ、アサヒはやっぱりここに残るの? 楽園の子って呼ばれてんだろ? 楽園に行ってみたいとか、ううん。他のアヴァリティアとかグーラとかを見てみたいとは思わないの?」
「う、うーん、そういうのはあんまり……。私はここで拾われたから、他の国とか知らないし。ここでも、コタのアーツが必要な人はたくさんいるから、私はここにいるので、いいかな」
村に帰ってから、回復したレックスに一緒に行かないかと誘って貰えた。楽園の子という名前でイーラに興味を持たれたことも含めて、一緒にいたほうが安全だとも。けど、それでも私は断った。ヴァンダムさんは傷は治っていても重傷患者だ。感染症の危険性やリハビリもあるし、最近はヴァンダムさんを助けた話が徐々に広がりつつあって、私に直接会いに来る人がちらほらと出始めていた。
今、旅立つわけにはいかなかった。
ニアちゃんもダメもとで声をかけたのだろう。もう一度、説明をすると「そっか」とちょっとだけ寂しそうに笑って、それ以上何も言わなかった。少し気まずい沈黙が下りる。すると、ピクリとニアちゃんとビャッコさんの耳が同時に動いてその音の方向に二人は同時に振り向いた。
彼女の視線を辿ると、ホムラさんを連れたレックスがこちらにぶんぶんと手を振っている。ヴァンダムさんとのお話が終わったようだ。そのレックスの顔を見て、ニアちゃんに視線を戻すとそのネコみたいな金色の瞳に淡い感情が揺れているのがわかった。憧憬とほんの少しの……。
「ねえ、アサヒ。もしも、あんたが今後、あたしたちと一緒に楽園を目指すことがあるなら。その時は聞いてもらいたい話があるんだ」
「? 今じゃダメなの?」
「その時まで秘密。トップシークレットってやつだからね」
いつかの言葉を言い返されてしまった。
楽園を目指す旅に出る自分なんて今の自分には想像もできないから、どうしても返事が曖昧になってしまいそうになる。でも、いつかもしも万が一本当にそんな時が来た時のために私はきちんと頷いた。
「わかった。もしいつか、一緒に楽園に行くときが来たら聞かせてね。――あ、でも途中からじゃ迷惑かな……?」
「なぁーに言ってんのさ! あんたが仲間に加わるのに、レックスに駄目だなんて言わせないよ!」
頼もしい限りの言葉に私たちは笑い合う。いきなり話に巻き込まれたレックスは「なに? 何のこと?」と私たちを見比べて不思議そうな顔をしている。
「なんでもないよ、もう出発する? レックス」
「あぁ。ヴァンダムさんから引き継ぎもしてもらったし、後は旅をしながらちょくちょくこっちに帰ってきて課題をクリアーしていく感じになるかな」
「……? なに? ヴァンダムさんからの引継ぎって、何の話?」
「アサヒ、ヴァンダムさんから聞いてないんですか?」
「何をですか?」
「ヴァンダムさんが傭兵団の団長を退いて、これからはレックスが傭兵団の団長になるんですよ」
「へっへーん。っていっても最初は見習いみたいなもんだけどね」
鼻の下を擦って胸を張るレックスを見て、それが冗談ではないということはわかる。分かるからこそつまり、知らなかったのって、私だけ……? なんで?
3
時間はアサヒがテントから出て行った時まで遡る。
天の聖杯であるホムラを引き連れたレックスが、ひとつの決意をヴァンダムに語った。
もしも何かが間違っていたら、ヴァンダムの墓前に語り掛けたかもしれない内容を本人の前で語ることができた。それだけでこの状況を生み出したアサヒに感謝しかない。一通り話すだけ話して、言いたいことを全部告げてレックスは清々しい気分で息を吐いた。
「俺が話したかったのはこんなとこ。聞いてくれてありがとう、ヴァンダムさん」
「なぁに、いいってことよ! まぁ、その代わりと言っちゃあなんだが、レックス。二つほど頼まれちゃくれないか?」
「なに? 俺にできること?」
「お前にしか頼めねえことだ」
ヴァンダムはそう言いながら懐を探って、コアクリスタルをその手の上に乗せた。
「スザクのコアクリスタル……?」
「おう、どうやら遺跡で俺たちの同調は切れちまったらしい。レックスが拾っておいてくれたおかげで、こいつはまた同調できるようになってる。こいつを――お前に託す」
「ええっ!? だってそれ、ヴァンダムさんにとって大切なブレイドだろ!?」
「おう、俺の元相棒だ。けどな、俺は今、左手を動かせない。こいつの武器はツインサイスだ。ドライバーが振るえないんじゃこいつと俺が同調する意味は薄いんだよ。だからこそレックス、お前にこのスザクと……傭兵団を預けたい。ゆくゆくはお前が団長になるか、団長なんていなくても大丈夫なくらいに強い組織にしてくれ」
「…………」
「すぐにってわけじゃねえ。すぐに頭を挿げ替えるっつっても納得しないやつも多いからな。お前にはちょくちょく傭兵団の仕事を流してやるから、無理しない程度にそれをこなしてくれ。ある程度規模がでかくなったら引継ぎの試練を出してやる。それをクリアー出来たら、もっと難しい仕事を斡旋してやる。それを繰り返して、傭兵団をでかくしちゃくれないか」
「ユウやズオは……?」
「相談済みだ。許可も出てる。お前が引け目を感じる必要はねえ」
「……どうしても、ヴァンダムさんが引退しなきゃダメなの?」
恐る恐るレックスは尋ね返す。彼くらいの少年には重すぎるくらいのものだが、それ以上重い声でヴァンダムはまだ生々しく残る自分の死について語り始めた。
「俺は……一度死んだ。今がどうあれ、死んだんだ。ユウとズオもそうだが、村の人間には俺が死んだときのことをよく言い含めてあった。本来なら、遺言通りにユウとズオがお前に同じことを頼んだろうさ」
「でも今は――!」
「あぁ、俺はいま生きてる。運よくな。だが二度目があるとは思っちゃいない。左手が動かねえのはその戒めだろうさ。だからこそレックス、今こそお前みたいな若いやつが、フレースヴェルグを引っ張っていかなきゃならねえ。それが、一つ目の頼みだ」
レックスは言葉に窮した。こんな大役を自分が引き受けられるのだろうかと、不安になるのも尤もだ。だからこそヴァンダムは時間をかけて行っていけるように提案をしたのも理解している。
待ってくれ、と言えばきっとヴァンダムは待ってくれるだろう。だが、ドライバーとしての師匠のようなヴァンダムたっての願いを無碍にする方がレックスには難しかった。
「……わかった。きっと、すごく時間がかかると思うけど……それでもいい?」
「もちろんだ! それでこそ俺が見込んだドライバーだぜ!」
契約の証として、スザクのコアクリスタルがヴァンダムから手渡される。これを持つ意味と重さを分からないほどレックスは子供ではない。まだその時じゃないとカバンの一番大切なもの入れる場所に青いクリスタルをしまいこみ、深呼吸をして覚悟を決める。その凛々しくなった横顔をホムラは優しい笑みを浮かべて見守っていた。
「よし、じゃあ次の頼みだ」
「あ、そっか。二つって……。まさか、次のも今みたいな重いもんじゃない……よね?」
「さぁてなあ! 受け取り方はテメエ次第だな! がーっはっはっは!!」
訝しんで警戒を露にするレックスをヴァンダムはその大笑で一蹴した。そういわれると余計に不安になるのが人の情というものだが、そんな中でもすぐに前向きなのが彼の長所だ。暗澹とした想像を頭の隅に追いやって、レックスは話を聞く姿勢をとった。
「で、二つ目の頼みって?」
「あぁ。アサヒのことだ」
アサヒという名前を聞いて、レックスとホムラはほとんど同時に顔を引き締めた。彼らの中のアサヒという少女が、それだけ真剣なまなざしを引き出せるような存在になっていることを実感し、ヴァンダムはひっそりと笑みを噛みしめた。
「アサヒを、どうするの?」
「今はどうもしねえさ。あいつが望む限り、このまま傭兵団にいさせるだろうよ」
「……よかった~。ヴァンダムさんだから大丈夫だと思ったけど、外を旅してこいーって追い出されちゃうのかと思った」
「旅を望んでねえ奴にそんなことするわけねえだろ。まぁ、この話は保険程度に考えてくれ」
「保険、ですか?」
と首を傾げるホムラにヴァンダムは頷く。
「おうよ。俺の直感からするとあいつは楽園に行く。行かなくちゃならねえ。それを裏付けるようにお前たちが来て、イーラが来て、あいつは天の聖杯に関わった。ただの取り越し苦労ならそれでいい。だが、万が一あいつが何らかの理由で、自分の意志で楽園にたどり着こうと決めたなら――」
「手伝ってやってくれねえか? あいつをお前たちの旅に同行させてやってほしい」
思ってもない言葉にレックスは目を丸くする以外リアクションが取れなかった。いくらフレースヴェルグが傭兵を多く輩出していると言ってもドライバーの数は限られている。更にその中でも回復ブレイドといえば村の貴重な人材だ。アサヒにもその自覚があり、同行を断られている。
それをヴァンダムが直々に連れて行ってくれというには、それだけの確信があるのだろう。
「わかった。アサヒならいつ来てくれても歓迎するよ」
レックスはそう言って椅子から立ち上がった。だいぶ長話をしてしまっている。
「すまねえな。後これは、アサヒには秘密だ」
「了解。アサヒに話したら気にしちゃうからね」
「ま、タイミングを見計らって俺から話しておく。お前も、ちょくちょく顔出しに来いよ」
そこで二人には認識の相違が発生した。
レックスとホムラはアサヒが楽園関係に今後も巻き込まれるだろうということ、そしていつか旅立つことになる、ということを秘密にすると思っていた。一方ヴァンダムは、傭兵団の団長をレックスに譲ることも含めて秘密にしておいてほしいというつもりだった。
そうして発生した行き違いによって、ヴァンダムの休むテントにアサヒが突撃し、先ほどの話が全部ばれたのは言うまでもない。
1章『漂流』完。
次章『船出』