楽園の子   作:青葉らいの

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2章 船出
11『癒しの診療所』


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 雲海の深く潜ったその場所に、イーラの秘密基地はある。

 そこは広大な軍用基地で、5人しかいないイーラのメンバーはそこの好きな部屋を思い思いに使っていた。

 アルストの建築様式は木造や石造りが基本だが、この基地はどちらでもない。超古代文明に詳しいサタヒコがどこからか見つけ、いまだ解析作業をしているような未知の素材だった。

 その灰色の無機質な材質でできた床をベンケイはカツカツと踵を鳴らして進んでいた。その後ろには多腕のブレイドであるラゴウが同じく無言で着いてきている。

 ベンケイの表情は険しく、まるで何かに追い立てられているような雰囲気を醸し出していた。

 

「そんな怖い顔してどこに行くつもりだ? ベンケイ」

「あんたにゃ関係ないだろ。サタヒコ」

 

 モノケロスの発着場に行く途中、待ち構えたように赤い鎧を着た優男が壁に背を預けながら彼女のいく手を遮った。その横には彼のブレイドであるオオツチが物理的に通せんぼをしている。

 今のベンケイはお世辞にも機嫌がいいとは言えない。にもかかわらず、ある意味無謀にも、そんな彼女に対して、サタヒコは続けた。

 

「ヨシツネ、気落ちしてるみたいだね。まぁ、天の聖杯は奪えず仕舞いでカムイまで失って、しかも君に頼まれてたブレイドのコアもとり損ねたらそうもなるよね」

「あっそう」

「あれ、それだけ? 冷たくない?」

「大見得きって失敗したのはあいつだ。アタシはアタシの仕事をする」

 だから早くそこを退けと、目は口以上に物を言う。その射抜くような視線に肩を竦めるだけで済ませるサタヒコはやはり大物なのかもしれない。

 ここでようやく、話は冒頭のサタヒコの問いに戻った。

「どこへ?」

「ああ? ウッゼェなぁ。アタシがどこに行こうとあんたに関係ないだろ」

「シンからの伝言。俺とベンケイにお仕事だってさ」

「……内容は」

「アヴァリティア商会に依頼していた品物をスペルビアまで受け取って来いって」

「面倒くさ……。あんた一人で行けば?」

「何のために俺とベンケイに言われたと思ってるんだよ。積み荷の搬入とか諸々、人手が必要なの」

「チッ」

 シンと言う単語が組み込まれた途端、ベンケイは苦々しい顔をするが強行突破しようとする気概はなくなったらしく、射殺すような視線をほんの少し弱めた。それだけシンという存在が彼女の中では絶大なのだ。

 ここで、サタヒコは内緒話をするようにベンケイに近寄った。

 そうして形のいい耳に手を添えて、こっそりと彼はこう囁きかける。

 

「だからさぁ、あっちは積み荷を用意するまで時間がかかるっていうし、ちょっとくらいなら寄り道してもバレないんじゃない?」

 

 その囁きに、すべてを見抜かれているのかそれとも彼女の挙動だけでわかる事実だけを述べたのかは彼女には判断が付かなかった。けれど、どちらにせよサタヒコはベンケイの意に沿おうと話を持ち掛けている。悪い話ではないのは承知だが、腑に落ちなさ過ぎて、彼女の美麗な眉間に皺が寄った。

「…………」

「どうする?」

「……礼なんて言わないから」

「まぁ、ここはお兄ちゃん思いのベンケイに免じて何も言わないでおいてあげるよ」

「はぁ? ウザ。馬鹿じゃないの?」

「辛辣だねぇ……」

 

 並べる影を2つから4つに増やして、彼女たちは仕事へと向かう。

 

 

 

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「はい、これでもう大丈夫ですよ。お大事に」

 

 モンスターに襲われた人の怪我を治してその背中を見送ると、外の色は微かにオレンジ色を帯びた夕焼けの色だった。分厚い布の中で過ごしてると、どうしても時間の感覚が狂うなー。と、思いながら私は凝り固まった身体を天に向けて伸ばした。お昼を食べてからずっと治療に続く治療だったので、体がだいぶ疲れているようだ。

 それは私と同調しているコタローも同じなようで、患者さんがいなくなった途端に大きな欠伸をして診察台を兼ねた布のベッドの隅で丸くなってうたたねをしている。

 

「お疲れ様も~! 今日も大盛況だったも!」

「モミミもお疲れ様。今日の売り上げは?」

「治療費が2000Gで薬や医療品の販売額が600Gも! そのうちの三割はもうモミミの給料分で貰ってあるからあとはアサヒの分も~」

「ありがとう!」

「じゃあ、また明日になったら来るも~」

「お疲れ様、気を付けてね」

 

 モミミの青緑色の背中が遠ざかっていくのを見ながら、私は診療所の売り上げを頑丈で鍵のかかる箱の中にまとめて入れる。その音を聞きつけ、コタローがこちらに歩いてくるのが見えた。

「順調に売り上げが上がってってんな」

「うん、モミミとコタローのお陰だね」

「よせよ、照れるじゃねえか」

 まんざらでもなさそうなコタローについ笑みがこぼれた。本当に、コタローがいなかったらこうして診療所なんて開けなかっただろうし。と、私は相棒の下あご辺りをわしゃわしゃとくすぐった。アニマルセラピーだ。

「今日の診察は終わりか?」

「うん。えっと、包帯とかの補充はまだあったよね? 追加は必要ないかな」

「モミミが在庫を帳簿に付けてんだろ?」

「ゴメン……、また後で読んでくれる?」

「しょうがねえなぁ。まったく手の焼けるドライバーだぜ、お前は」

 とは言いつつ、全力でにやつかせて尻尾をぱたぱたさせているのにコタローは気が付いていない。

 私はこちらの世界の言葉は話せるが、文字を読み書きはできないので帳簿などの読解は全てコタローにお願いしている。いや、私も覚えなきゃいけないのはわかってるんだけど、それ以上に診療所を一つ任されてしまった身としては文字の他にも覚えることはたくさんある。例えば、医療品の輸入のルートとか、行商人さんの顔とか……。後はあちらの世界での医療技術をこちらの技術に落とし込む方法とか。

 そう考えると、運営に関してはまだまだモミミとコタローにおんぶにだっこ状態であることを嫌でも自覚させられる。

 うう、考えたら胃が痛くなってきた……。

 

「よ、よし! ご飯食べよう! 今日は酒場のキッチン借りてご飯作るよ!」

「おっ! アサヒの世界の飯か!?」

「酒場に何があるか次第だけどね」

「プリンとか蒸しパンにしようぜ!」

「それは、ご飯じゃなくておやつだよ。あー、でも親子丼とか食べたいかも」

 

 卵から連想して、今日の食べたいものを決めた私たちは時間帯的ににぎわっている酒場へと足を向けた。

 

 

 

 レックスたちが旅立って一週間が経過していた。

 その間にヴァンダムさんがイーラに襲われ、奇跡の生還を果たしたという噂は村の外まで広がり、それが楽園の子の噂にさらに拍車をかけることになった。

 楽園の子に治療をしてほしいという人は日に日に増え、酒場の一角で構えていた保健室では広さも道具も到底足りず、ヴァンダムさんたちに相談して、中くらいのテントを一つ貸してもらい小さな診療所を名乗るようになった。

 どうやらこの世界では、病院というものはほとんど無いらしく、村や町に代々受け継がれた町医者のような人や、旅をしながら人々を診る旅医者が主流とのことだった。

 回復ブレイドや回復ポッドがあるというこのアルストでは、回復ブレイドを持つドライバーがいれば医者いらずなんて認識がある。そのため、彼らが治せないケガや病気にかかった人は、どうすることもできず死んでいくしかない。

 なんで人は血を出し過ぎるとが死んでしまうのか。なんで心臓を刺されると死んでしまうのか。それをまともに解明しようとした人は、話を聞く限りいないのだろう。一般的な医療知識は民間療法の枠を出ない。そんな中で、今回施した心臓マッサージはこの世界に置いて大変革新的な医療技術だったらしい。

 その話を聞いてどれだけ回復ブレイドに頼り切っていたんだろうか。と苦い感情が芽生える。それとも、限りある資源を奪い合う世界だからこそ、あえて医療技術を発展させないことで人口が増えないようにしていくという意図でもあるのだろうか。

 考えても考えても全然わからない。

 分からないと言えばもう一つ。

 

 私の胸に提げた認識票(ドッグタグ)の塗装が、いつの間にか斑に剥がれていた。

 

 緑色の地金が見える範囲は広がり、それはどうやらただの金属の板ではないようだった。

 例えるならそう……機械の基盤のような。不思議な溝が刻まれ、ICカードなどの四角い金箔が埋められているようだ。

 それに気が付いたのはカラムの遺跡から帰ってきたあの夜。

 ヴァンダムさんの止血用に使った服を抱えて薄手の下着姿でいたところ、ハナちゃんに指摘されたのがきっかけだった。その剥がれたと思われる銀色の塗装は私の皮膚に一部くっついていた。鎖骨の認識票(ドッグタグ)が下げられていた辺りに銀箔がひらりと剥がれ落ちたのを覚えている。

 そこに書いてあった文字も、最後の部分は一緒に剥がれてしまったようだ。

 あの日から怒涛の勢いで毎日が過ぎ去っていった。

 レックスたちと別れ、医療技術をドライバーに伝授するため診療所としてテントを貸し与えられて、運営のためにノポン族のモミミをスカウトして、そうしてようやく今日。

 この認識票(ドッグタグ)を確かめる時間が取れたというわけだ。

 夜も更けた時間に、人気のないテントの外に座り込んでごそごそと準備を始める。

 旅立つ直前にトラから返してもらった鉱石ラジオ。その検波器のところに緑色の地金が四割くらい見えている認識票(ドッグタグ)(とも、もう呼べないかもしれない)を咬ませて金属の板と板をこすり合わせた。

 

 ――ザザッ……。ジジッ……ピー、ザザザッ。

 

 ん。今、変な音拾ったな。

 金属の板を擦り合わせる手を慎重に動かすが、気のせいだったようだ。

 だが、銀色の塗装が剥がれてもノイズが聞こえるということは、電波を受信していたのは銀膜じゃなかったっていうことか。と、更に私は金属の板をゆっくり、ゆっくりと動かす。

 

 ――ザザザッ……。シ……。ジジザザッ……ね、ザザザーッ。

 

 私は反射的に金属の板から手を離した。

 コタローたちがこぞって幽霊の声だと騒ぐあのチャンネルを見つけた。

 今度は位置を忘れないように、黙視でその位置を頭に叩き込む。

 右耳にはクリスタルイヤホンから聞こえてくるノイズと一緒に、か細い女の人……いや、女の人と言うにはちょっと声が高い。どちらかと言うと女の子の声、の方がしっくりくる。

 

 ――シ……。ジジッ…ね、ジッザザーーッ。

 

 あと、もうちょっと。もうちょっとで何か聞こえてきそうだ。

 身を乗り出すようにして鉱石ラジオを見つめる私の頭上に、半透明の巨神獣の皮膚から月明かりが差し込んだ。

 

 ――ガガッ……。シ……。ジジガッ…ん……ね、ズザーッ。

 

 ――シ……。ザザザーっ! ……ん、ね……。

 

 聞こえてくる音はそこですべてノイズにかき消された。

 私は、ひとつの推測を立てて、耳からクリスタルイヤホンを外す。

 考え事をするときに癖になっている人差し指を当てて、ふむ。と間をおいてから誰も聞いてないのをいいことに呟いた。

 

「……ごめんね、かな」

「なにが、ごめんねなんだ?」

「わひゃいっ!?」

 

 しゅ、集中しすぎて気が付かなかった。背後から聞こえてきた声は覚えのあるもので、特に警戒することなく振り返る。すると、寝ていたはずのコタローがじとーっとした目でこちらを見ていた。

「この前の、お化けラジオを聞いてたのか?」

「鉱石ラジオだよ」

 コタローの頭にはお化けとして刷り込まれてしまっているらしい。

「あの、死ね死ね言ってた奴だろ? あんなの聞いてて気味悪くねえのか?」

「いや、本当に怨霊渦巻くレベルの恨みのこもった声だったら二度度聞きたくないけど、この声は違うよ。その、なんて言うか……泣いてるような気がするの」

 この声を聞くたび、脳裏に映像がちらつくのだ。何かにすごく後悔して、もうどうにもならないことが分かってるのに謝ることが辞められない。服の袖で涙をぬぐいながら誰かに向かって「ごめんね、ごめんね」とずっと繰り返している私と同じくらいの年の女の子の映像が。もちろん荒唐無稽な私の妄想だと言われてしまえばそこまでだ。だけど、児童養護施設で過ごしてきて、たくさんの訳ありな人たちと関わってきた私の、こういった直感はあまり外れることが無い。

「この……なんだ? 幽霊が言ってるのが本当に『ごめんね』ってことなら、何に対して謝ってるんだ?」

「ごめんねの前に『し』って聞こえるから、しのつく言葉なんじゃないかな」

 と言って、頭数を一人から二人に増やした私たちは考える。

 しのつく言葉なんていっぱいある。

 白、霜、知る、四季、指令……。でも、ごめんねに掛かる言葉なんて、あんまりいいものではない気がする。

「死んじゃってごめんね。……とか?」

「おいおい、穏やかじゃねえな。それなら幽霊確定じゃねえか。もしかしたら幸せ過ぎて、とかかもしれねえぞ?」

「それだったらこんな風に泣くかなぁ……」

 とは言っても、鉱石ラジオから聞こえてくる音声ではこれ以上のことはわからない。

 今後は継続的にラジオを聞いていくしかなさそうだ。

 いつの間にか、空は白みを帯びていてインヴィディアの巨神獣から発する青と空の青が混じり合い幻想的な色合いになっていた。

 今から寝れば二度寝くらいはできそうな時間。

 冷え込んだ空気に身を震わせて、早く布団に戻ろうと顔を上げたその先に――黒髪の女の子と金髪の男のドライバーが立っていた。みんなが寝静まっている早朝に、彼らの存在は明らかに異質だった。

 多腕で武器を何本も持ったブレイドと、あのメツという人よりも大柄なブレイドを連れた二人のうち、黒髪の年上そうな女の子の口が動いた。

 

 ――見ぃつけた。

 

 声はなかった。離れすぎて聞こえなかっただけかもしれないけど。

 引き裂くように唇を歪ませたその人は、次にこちらにキャノンを構えて引鉄を引いた。

 高出力のエネルギーの光線が、まっすぐこちらに牙を剥く!

 

「アサヒ! 耐えたらすぐに走れ!!」

 

 ブレイドであるコタローが作り出した障壁は全てのダメージは無効化できない。それでも、威力は格段に抑えてくれる。六角形をつなぎ合わせた透明な盾から洩れた力の余波で腕や足を灼かれる痛みに声が漏れても、私は彼の言う通りに行動した。こんな時でも鉱石ラジオを抱えたのは我ながら英断だったと思う。

 後ろのテントを巻き込まない位置まで逃げて、武器であるボールを構えた。

 

「誰なんですか!? どうしていきなりこんな……!」

「かわいい女の子の質問を無碍にするのは気が引けるんだけどさ。あいにく俺たち時間が無いんだよね」

「とか言いつつ喋ってんじゃないよ。さっさとこいつ殺してコアクリスタルを回収するよ。

 ったく、ヨシツネも楽園の子なんかに興味なんて持たなきゃ、こんな面倒なことにならなかってぇのに」

「ま、待って! ヨシツネって……もしかしてあなた達、イーラの……!?」

「あぁ!? 人の話盗み聞きしてんじゃねえよ! 狩られる側の獲物風情が!」

 

 その理不尽な言葉に憤る間もなく、それでも言葉遣いにヨシツネと似通ったものを感じながら、エーテルキャノンから放たれた光線が足元を灼いた。縫い付けられるように動けない私たちに向かって多腕のブレイドが距離を詰めて、四本ある槍を、斧を、刀を、ハンマーを振りかざした。

 

 

 

 

 

 




次話『ローネの大木』多分
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