楽園の子   作:青葉らいの

13 / 94
12『ローネの大木』

 

                         1

 

 

 

 ガキィンっっ!!

 

 

 という金属音が早朝のフレースヴェルグの村に響き渡った。

 

 

 

                         2

 

 

 意識は、ある。

 体も、痛くない。

 咄嗟に閉じた目を恐る恐る開くと、ユウが槍の柄の部分を横にして私を攻撃から守ってくれているところだった。一瞬、なにか幻でも見ているのかと思ったけど、歯を食いしばって耐えるユウの漏れ聞こえた声を聞いて現実だとにわかに悟った。そうして、今の状況も。ユウは多腕のブレイドの攻撃を必死に抑えつけている。しかしそれだけでは、攻撃を弾くことは困難だ。

 私は多腕のブレイドのがら空きの胴に向かってボールを投げつけた。大した威力ではないにしても、仕切り直しをさせるくらいには役に立つ。距離を取られてユウはほっとした顔でこちらを向き笑いかけた。

 

「アサヒ、大丈夫かぁ?」

「無事か!?」

「ズオ! ヴァンダムさん!?」

 

 ユウに遅れてズオとヴァンダムさんまでこちらにやって来てくれた。

 ヴァンダムさんは片腕を三角巾で固定している状態だけど、それでも私を庇うように前に立ち塞がる。それに合わせるようにして、テントからばらばらと人影が出てきた。この村の規模はそこまで大きくない。気が付けば、騒ぎを聞きつけた傭兵団のみんながブレイドや己の武器を準備して、イーラの四人を取り囲むように警戒していた。

 

「チッ! 面倒くせえなぁ! そこの奴だけ殺せりゃ済む話だったのに!」

「この数ならやってやれないことは無いけど……。どうする? ベンケイ」

「決まってんだろ! 全員ぶっ潰す!」

「りょーかい」

 

 数に圧されて逃げてくれるかなって、一瞬期待したけど余計に火をつけたらしかった。

 より好戦的な目をしてしまったドライバーの二人に向かって、数人の傭兵団が飛び掛かる。しかしブレイド二人だけであっという間に払われて吹き飛ばされてしまった。これだけの数に囲まれても戦力が圧倒的だ。

 戦況を即座に分析したのか。ユウやズオの戦う後ろでヴァンダムさんはイーラの人たちから目を離さず、背を向けたまま囁くように言った。

 

「アサヒ、逃げろ」

「っ!? い、嫌です!」

「馬鹿野郎! カラムの遺跡でお前は何も学ばなかったのか!?」

「だからこそ嫌なんです!」

 

 今なら、あの時のレックスの気持ちがわかる気がした。

 嫌だ。大切な人に守られてばかりで、何もできないまま逃げるなんて。

 それでこの人たちを失うなんて。

 何もできずただ逃げ出して、せっかくできた居場所を手放すなんて。

 いつかは元の世界に帰らなければいけない時がくるかもしれないとは思っていた。そのため、この場所を自分から旅立つ日も来るんじゃないかとは思っていた。でもそれは、この村を犠牲にして、踏み台にして、それらを胸に旅立つものだなんて考えたこともなかった。

 そんな旅立ちなんてまっぴらだ。

 いつかこの世界と別れる日が来るとしても。私の、このアルストでの帰るべき場所はここであってほしい。

 

「……コタロー。私が今考えてること、分かる?」

「あぁ。死ぬほど嫌な予感がな。でも、俺も同じ気持ちだ」

「そっか。なら――」

「あぁ、俺に遠慮すんな! 地獄にだって付き合ってやるよ! アサヒ!」

 

 その言葉で、覚悟は決まった。

 コタローと頷きあって、必死で逃がそうとするヴァンダムさんに向かって必要最低限の言葉だけを告げた。

 

「ヴァンダムさん、ごめんなさい。行ってきます!」

 

 ヴァンダムさんに聞き返す暇なんて与えず、私はその大きな体の横をすり抜け、ユウとズオの横を通り過ぎ、そしてイーラの四人のすぐ脇さえも通り抜けた。驚愕の表情を浮かべるみんなの顔を見ながら、村の裏口の辺りまで十分な距離を取った私は朝日を背中に受けみんなに向かって声を張り上げた。

 

「助けを呼びに行ってきます! きっと、きっとレックスたちならこの状況をどうにかできると思うから! 今から走れば間に合うはずです! ですからどうか、持ち堪えてください!」 

 

 その言葉で村にいるほとんどの人たちは私が何をしようとしているか分かったはずだ。

 レックスたちは一週間前に旅立った。

 今どこにいるか、何をしているかも知らないし、ましてや走って追いつけるわけがない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 黙って助けを呼びに行かなかったのも一種の作戦だった。

 そもそも、この人たちの狙いは私だけだったはず。

 その標的が単独で逃げ出すというだけでも、この人たちを村から引き剥がす効果はある。それでレックスたちを呼んでくると言ったのは、天の聖杯の脅威はこの人たちにとっても周知の事実があるからだ。

 万が一、億が一の可能性だとしても、絶対に天の聖杯との合流を見過ごすわけにはいかないはずだ。

 予想通り、イーラ―の人たちはこちらに向けて半信半疑のまなざしを向けた。ここで反応を待っていてはブラフだとバレてしまう。言い終わってすぐに、私たちは村の裏門から青の岸壁まで駆け抜けた。

 

 

 

 

「おい! これからどうしようってんだ!? このままフォンス・マイムまで走る気か!?」

 

 青の岸壁を抜け、フォンス・マイムへ向かうための道をひた走る私に、コタローから当然の質問が飛んできた。

 今は武装を解除して身軽さを重視している。カラムの遺跡以降この辺りのモンスターたちはこちらから襲ってこない限り無視してくれるようになった。私は後ろを気にしないようにコタローに問いかける。

 

「コタロー、あの人たち付いてきてる!?」

「あぁ、とりあえずな! あの黒髪のやつ、めちゃくちゃ怖い顔して追いかけて来てるぞ!?」

「その情報は知りたくなかった! とにかく走って! ローネの大木まで!」

 

 そうしてまた、私たちはあの人たちが見失わない程度の速度で走り続ける。これだけ村から引きはがせば、村の方はもう大丈夫だろう。ばててしまわないくらいの速度で、時々後ろを振り返りつつ距離を確認する。今頃、後ろのイーラの人たちにはおかしいと思っているはずだ。でも、それでいい。私たちの目的地は、もう、すぐそこなのだから。

 本来、ローネの大木に行くには高低差のあるジグザグな道を進まなくてはならないが、いちいち下りていたら追いつかれてしまう。私は並走するコタローを抱き上げて、階段の踊り場から踊り場にジャンプする要領でショートカットを試みた。膝を曲げてクッションにして勢いを殺し、時にはコタローの風の力を使って衝撃を緩和する。

 段々やってることが人間離れしてきた。なんて思っていると、風上からレーザーが私の5mくらい先に着弾した。見ればあの人たちも、本来の道など使わずに飛び降りる要領でショートカットをして来ている。

 こっちは決死の覚悟で飛び降りてるのに、あちらは恐怖心など微塵も感じさせない。

 

「このままだと追い付かれるぞ! 策はあるんだろうな!?」

「あるよ! 策と言うには他力本願過ぎるのがね! ――見えたっ!」

 

 私はローネの大木を突っ切り、その先の滝のある行き止まりまで走る。そして、目前に迫ってきた虫眼鏡のような石碑に向かって飛びつくように座り込んだ。

 水場の多いインヴィディアで、ここは例にもれず水浸しだが拘泥している暇はない。まだ苦い思い出の残るお墓の前で、コタローと短く作戦会議をしてその石碑を隠すように立ち上がって正面でイーラの人たちと対面した。

 

「はっ! さっきのは全部コケ脅しってわけ。ずいぶんなめた真似してくれたじゃないか」

 ジャキン、という音と共に、エーテルキャノンの銃口がこちらに向けられる。その一挙手一投足を見逃すまいと必死に目を凝らしてタイミングを読む。

「―――――」

「……あぁ? 何ぶつぶつ言ってんだテメエ。恐怖で頭でもおかしくなったか? まぁ、なんでもいいけど、面倒だからさっさと死んでよ」

 エーテルキャノンの銃口が、エーテルの力を溜めて白く輝きだす。足元にはコタローがいるので、一、二発くらいは耐えられるはずだけど、だとしても怖いのは当然だ。

 それでも、石碑の冷たさを手に感じながら、私は先ほどコタローに教えてもらった言葉を小さな声で復唱する。

 

 

「――私は、あなたとの再戦を望む者」

 

「――私は、あなたの名前に挑む者」

 

「――ただ一つの名を冠する者よ。もう一度、私の前に現れよ!」

 

 

 キャノンを構えたその人の後ろで、金髪の男の人が何かに気付いたように顔を上げた。

「まずい……! 撃つな、ベンケイ!」という制止の声は間に合わない。キャノンのエネルギー充填は恙なく完了して光線が放たれるその直前に、私は口に溜めていた墓に眠る者の名前を呼んだ。

 

 

「出てきて! ――日和散歩のマードレス!!」

 

 

 私の声に応えるように、燐光みたいな光がその形を作り出すまで1秒も必要なかった気がする。

 二階建てのバスくらいの巨大な花のモンスターと、そのモンスターに青い緒でつながれている四つ足のブレイドが私とイーラの人たちの間に現れた。

 名を冠する者(ユニークモンスター)『日和散歩のマードレス』

 フォンス・マイムにへ向かう道中に一度だけ戦った、私を含むドライバー5人がかりでようやく倒せた強敵。

 それが現れた直後、花を模した巨体が振動を受けたように微かに揺れた。イーラの一人が放ったエーテルキャノンが、日和散歩のマードレスに直撃したのだ。最初の印象では年上で怖かった黒髪の女の人だったが、モンスターの隙間から垣間見えたその「あっ」という顔だけは、年相応にも見えた。

 モンスターの攻撃の優先順位はまず、攻撃した人。次いで攻撃姿勢のある武器を構えている人。そして目立つ人だ。……と、なれば、

 

「くそっ! 狙いがこっちに……!?」

 

幾本もの植物の蔓が鞭のようにしなり、ベンケイと呼ばれた女の人の足を止める。それを庇うように赤い鎧を着た金髪の男の人が自分のブレイドと一緒に前に躍り出た。

 

「一度下がれ、ベンケイ! 俺が狙いを引き受ける! オオツチ!」

「サタ! あいつが逃げる!」

「構ってる場合か!」

 

 サタ、と呼ばれた男の人は自分の腕がすっぽり覆われてしまうほど大きなナックルを構えて日和散歩のマードレスに殴りかかった。目という器官がこのモンスターにあるのかは分からないが、与えた一撃は先ほどの女の人のキャノンよりダメージがあったようでターゲットが移るのが分かる。

 黒髪の女の人がこちらに向けて怒りを露わにした目を向けたけれど、その頃に私たちはすでにベルザ水門に向けて走り出していた時だった。

 咄嗟に思い付いた作戦にしては、うまくいってよかった。なんて胸を撫でおろしたいが、その暇はない。それは自分の安全が確保できてからでいい。

 

 今はフォンス・マイムを目指す。先のことは全てその後だ。

 

 

                         3

 

 

 サタヒコは楽園の子と呼ばれた少女を追いかけているときに聞こえた、彼女のブレイドに対して返したその言葉の意味を、今更ながらに理解をして思わず苦笑いを溢した。

 

『あるよ! 策と言うには他力本願過ぎるのがね!』

 

 他力本願。なるほど、これは確かに他力本願だ。

 この辺り一帯に名を馳せるモンスターの力をあてにするなど。いや、それともこちらの戦力のことを言っていたのかは、今になっては判別はつかないところだった。

 今まさに光の粒子となって再び墓の下で眠りにつく名を冠する者(ユニークモンスター)は、何はともあれきっちりと役目を果たした。石のモニュメントになってしまったそれに、苛立ったままのベンケイが足蹴にするが、先ほどのモンスターが再び現れる気配はない。むしろ現れてしまったら困る。

 

「やられたね。まさかあんな奇策をうってくるとは思わなかった。なかなかどうして、頭が回る子だったということかな」

「暢気なこと言ってんじゃないよ! クソっ、いまからでも追いかけて――!」

「無理だって。ここで結構足止め食らっちゃったし。それに、俺たちのほうもそろそろタイムリミットだよ」

 

 インヴィディアに来たのは紛れもない寄り道だ。それはベンケイの方がよく分かっているだろう。

 ちょうど先ほどのモンスターを倒した時にコアクリスタルを運よく拾ったので、以前の彼女のミスは数字だけで言えば帳消しとなった。これ以上、あの少女に割く時間は、今この二人にはない。

 サタヒコは楽園の子という存在に対して、もともとあまり興味はなかった。楽園が今更見つかったとして、それがなんだ。彼が楽園を渇望した時代はとうに終わっている。

 けれど、その考えは今日で改めることにした。あの少女の目。その光の中に、500年生きた自身の淡く苦い記憶をチクチクと刺激するものがあった。

 今もまだ、楽園なんて半信半疑だ。でも、だとしても――

 

「まぁ、出来るならもう一回くらい会いたいね」

「はぁ? あんな奴がいいっての? 趣味悪っ」

「なんだよベンケイ、嫉妬したか?」

「死ね」

「ガチなトーンはやめて。割と傷つく」

 

 少女の向かっていった方向とは別の方向に、彼らは歩き出した。

 瞬間的な交錯を果たす場所となったローネの大木に静寂が再び訪れる。

 

 

 

 




次話『フォンス・マイム港』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。