楽園の子   作:青葉らいの

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13『フォンス・マイム港』

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 フォンスマイムの門を潜った時には、私はもう息も絶え絶えな状況で、思わずその場に座り込んだ。ブレイドのコタローでも、この道のりは辛かったのか熊の毛皮みたいな大の字で冷たい石畳に伏せる。

 本来であれば、何もトラブルがなくても半日くらいかけて到着するフォンス・マイムにお昼前にたどり着いたのだから、どれだけの速度で走っていたのかは推して知ってほしい。

 

「ゼ……ゼヒュ……。ゲホゴホッ……! と、とりあえずは……撒けた、かな……」

「っ、あ、あぁ……。あれでまだ、追い掛けて来てんなら……大したモンだぜ……」

 

 と、とにかく今はお水が欲しい。いくら水の豊富なインヴィディアとはいえ、生水を飲む勇気はないので何かしら買わないといけないんだけど。と考えるそんな私たちに、一つ重大な問題が発生した。

 私の荷物は全部フレースヴェルグの村にある。手にあるのは鉱石ラジオただ一つ。

 つまり私たちは今、完全無欠の無一文だ。

 

「……あっ」

「お、おい、やめろよ。今まさに死線を超えてきたところじゃねえか。何なんだよ、その反応は……!? お、俺は嫌だぞ! これ以上問題が起きるのは! もう俺はお腹いっぱいです! わんわんっ!!」

「お財布、というか……荷物全部、村に忘れちゃった……。て――てへっ☆」

「よりにもよって死活問題(そっち系)かよおおおおおおっ!!!!」

 

 コタローが全力で嘆く。ただでさえカッコいい男の人の声であるため、コタローの声はものすごく人目を引いた。このままだと憲兵さんとかが集まってきそうなので、私は慌ててコタローの口を塞いで抱え上げ、広場から脱出そうとする。

 そんな時だ。

「お姉ちゃん?」という、可愛らしい声が背中にかかってきたのは。

 聞き覚えのある声に振り向くと、白い髪を揺らしたイオンちゃんが配給の食べ物を抱えてこちらにやってくるところだった。

 

「やっぱりお姉ちゃんだ! ワンちゃんの声ですぐにわかったよ! 今日はどうしたの? 劇、見に来たの?」

 

 にこやかに尋ねてくるイオンちゃんだったが、私たちの恰好を見て観光じゃないことをすぐに悟ったようだった。確かに私たちの恰好はお世辞にも綺麗とは言えない。名を冠する者の墓でずぶぬれだし、それ以前にフレースヴェルグの村から来たにしては軽装過ぎる。

 

「あ、あのね、コールのおじいちゃんがお姉ちゃんと会いたいって言ってたから、よかったら私と劇場に行かない? 今新しい劇も練習してるんだよ!」

「イオンに付いて行こうぜ、アサヒ。この後どうするにしろ、いったん身を隠すのが最善だ」

「う、うん。いざとなったら裏口からでも逃げさせてもらおうね……」

「? 裏口から逃げるって……お姉ちゃんたち、鬼ごっこでもしてたの?」

「あぁ、割と命がけのな」

 

 詳細はこの年の子に話すには憚られる。コタローの言葉に疑問を抱かないうちに私はイオンちゃんを先に促して私たちはパジェナ劇場へと向かった。

 

 

 

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「なるほど……。そうしてここに来たわけか……」

 

 劇場の中の一番奥まった部屋に通してもらってコールさんとの再会を果たした私とコタローは、ここに来た経緯をかいつまんで話した。アレからコールさんは部屋の片づけなど努力をしてくれているようで、発作は出ていないとのことだった。整理された薄暗い部屋の中で、私たちはお水に口をつける。

 あぁ、生き返る……!

 

「それで。やはり、イーラの狙いは楽園の子だったのか?」

「いえ。それが多分違うような気がして……。もしかしたら、イーラの目的はコタローだったんじゃないかなって思うんです」

「何か根拠はあるのかね?」

「カラムの遺跡でも、さっきもあの人たちはコアクリスタルに固執していました。私のことはそのついでみたいな扱いで。でも、コタローはイーラには見覚えはないって言うし……」

「前のドライバーが何か関係しているのかもしれんな」

 

 ブレイドは、ドライバーとの同調が切れるとコアクリスタルに戻る。それから新たに別のドライバーと同調した時には、ブレイドに以前のドライバーの記憶はない。けれど、そんなルールがあっても過去の因縁というものは恐らくなくならない。彼の前のドライバーが善人であれば、何人かの人を救ったのだろうが、逆だった場合何人かの命を奪ったことさえあるかもしれない。

 ブレイドと同調するということは、ブレイドの過去を背負うことに他ならない。

 

「たく、神様っていうのが本当にいるなら、なんでこんな面倒くさい仕組みにしたのか問いただしてやりたいところだぜ」

 

 私の膝の上でコタローがぼやく。と、神様という単語で世界樹に向かったレックスたちを思い出した。

 レックスたちが旅立つ前に、ニアちゃんから聞いた話だとコールさんに世界樹の行き方を教えて貰っていたはずだ。

 

「コールさん、レックスたちの行方を知りませんか?」

「知ってどうする? お前さんたちも楽園に行くのか?」

「……どちらにしても今、私はフレースヴェルグの村には戻れません……」

 

 後悔はなかったつもりだった。けれど、どれくらいの間を村から離れればいいのかなんて見当もつかなかった。それなら、レックスたちの手伝いをしようと考えたのだ。彼らの目指す楽園が私の知る世界でも、そうでなくても。確かめる意味は、きっとあるはずだから。

 自分なりに積み上げた拙い根拠をコールさんに伝えると、その人はローブの下の顔をしかめた。

 

「やれやれ……。ヴァンダムはどこまで見透かしていたのか分からんな」

「? あの……?」

「少し、待っていなさい」

 

 そう言うと、コールさんは自分の寝室に戻っていってしまった。なんだろう、とコタローと顔を見合わせると、大きめのショルダーバッグを持ってこちらに戻ってきた。運動部が使うくらいの大きさで、中身は入っているらしい。それをコールさんは当然のように私に差し出した。

 

「天の聖杯が旅立った後に、傭兵団から荷物の配達があってな。添えてあった手紙には、万が一お前さんに村に戻れない事情ができて、レックスを追うと言ってきたら渡してやってほしいと書いてあった。これは、お前さんのものだよ」

「え? えっ??」

「まぁ、当然の反応だな。――いいか? あのヴァンダムと言う男はな、時々とてつもなく勘が冴える時がある。現に、ワシに世界樹の行き方を聞いてきたのもそうだ。あいつと世界を駆け巡ったのだってここ40年くらいの話で、あいつはワシが天の聖杯と面識があることも、ワシがある男のブレイドであることもずいぶん昔に一度か二度話したきりだ。それにもかかわらず、ただ長く生きているからという理由だけで世界樹の行き方を聞いてきたんだ。考えられるか? 普通。しかも、ワシの話なんてきれいさっぱり忘れたうえでだぞ? ……全く、あいつの直感は奇跡みたいなもんだ……」

「き、奇跡……」

「そう、奇跡だ。そしてそのヴァンダムがそう直感したからこそ、こうしてあんたはここに来た。お前さんの選択はきっと、順当なものであるんだろうよ」

 

 と、コールさんは語りながら微笑んだ。私は膝に荷物を置いて、そのうえにコタローが乗っかった。体が小さいとスペースを取らなくていい。膝が重たいことを除けば、だけど。

 

「天の聖杯たちは、アーケディアに向かったはずだ」

「そこに世界樹の渡り方を知ってる人がいるってことですか?」

「あぁ、そうだ。この世界で唯一世界樹に登ったことのある男がそこにいる。――わしのドライバーでもあった男だよ」

「ドライバー……って、そういえば、コールさんの胸にも……」

「あぁ、わしは元ブレイドで、今は人の細胞を持つが故にブレイドの特性を失ったマンイーターだよ」

 

 マンイーター。直訳すれば、人食い。

 目の前で微笑むおじいさんが、人を食べたというのはにわかには信じられない。

 

「人を、食べたんですか?」

「より正確に言えば、体細胞を取り込んだというべきだな。500年前の聖杯大戦のときに、ブレイドをより強化する実験が行われた。その時に作られたのがマンイーターだ。うまく適合できたものは、特異な力を授かったが適合できなかったものは皆、ろくな末路を辿らなかった」

「ブレイドは、確かドライバーが死なない限り不老不死なんですよね。じゃあ、コールさんは」

「私は無限の時間を失った。だからこそ、この姿となった……」

「ひどい……。人体実験じゃないですか、そんなの……!」

「憤ってくれるのか、優しい子だ……。だがな、時代もあってこういった存在が出るのも仕方がなかった。それに、私は不老不死を失ったおかげで、老いや死を恐怖する人間の気持ちをより理解することができたんだ。それは脚本にも生きて、今日も私の書いた劇はこうして毎日演じられ、そのたびに誰かの記憶に留まり物語は継承されていく。これ以上の喜びは、ないさ……」

 

 コールさんの表情は、本当にそう思って納得している顔だった。

 その表情は養護施設の院長にも、少し似ていた。院長は女性だったけれど、定年して自分の子供も全員一人立ちをして残りの人生をすべて、身寄りのない子供たちに捧げようと、あの児童養護施設を作ったという。

 たくさんの事情を抱えた子供たちを、本当の子供のように接してくれたその人はいつも、今のコールさんのような表情をしていた。一片の後悔もない、それ以上を望んですらいない穏やかな顔。

 

「話が脱線してしまったな。アーケディアに行くなら船しかない。イオンに港まで案内をさせよう。あぁ、その前に、カバンの中身を確かめてくれんか?」

「? はい」

 

 カバンの上で足を折りたたんでいたコタローに声をかけて降りてもらうと、私は荷物を受け取ったカバンのふたを開けた。中身は旅に必要な道具一式と、手紙が添えられている。そして、その中になぜか煌々と青い光を放つコアクリスタルが入っていた。そっと手に持ちあげたそれは、薄暗い部屋の中でキラキラと辺りを海色に照らす。

 

「追われているなら、戦力はあるに越したことは無い。ここで同調していくのも悪くはないだろう」

「ブレイドって複数同調していいんですか?」

「なんだ、お前さんはそんなことも知らないのか?」

「まぁ、昨今はドライバー自体が希少だし、コアクリスタルも手に入りくいからな。ヴァンダムもユウもズオも、ブレイドは一体しか同調してねえし」

「なるほどな……」

 

 コタローのフォローのお陰で、コールさんの疑問は氷解したらしい。

 

「ブレイドは複数同調することは可能だ。戦闘は一体ずつだが、フィールドで使えるスキルは複数のブレイドの力がないと解決できない物もあるからな。今のお前さんなら、コタロー含めて二体までなら同時に力を引き出せるだろう。習うより慣れろだ。やってごらん」

 

 コールさんに促されて、コタローにも頷かれ、いよいよやらざるを得ない雰囲気になってしまった。

 一番初めにヴァンダムさんに教えられたことを思い出しながら、私は手に持ったコアクリスタルと向き合った。

 ええと、気持ちを落ち着けて、そっとコアクリスタルを胸に押し当てる……。そうすれば、放射状に延びる光の量がだんだん増えてきて、気が付けば再び見知らぬ世界にいた。

 殺風景な黒い背景と灰色の地面の空間は相変わらずだ。コタローの時はボールを追いかけたコタローが走ってくるところから始まったけど、今度は何だろう。するといきなり、ベンッという三味線の音があたりに響いた。その音の間隔はだんだん狭くなっていって、かき鳴らすような三味線の音と共に、どこからともなく高下駄を履いて八の字のような歩き方をする前帯をした赤い着物の女性が現れた。

 チューブトップのドレスのように肩と胸の上半分が露出している。その真ん中には青々と光るコアクリスタル。

 多種多様なかんざしを挿した重そうな頭に、顔にはおしろいと紅があしらわれたその恰好はどう見ても歴史の教科書で見た『花魁』そのものだった。

 彼女の手には番傘と呼ばれる骨組みのしっかりした身の丈ほどの傘が握られていて、ゆっくりとした所作で私の前までやってくるとその緋色の傘を私の目の前でバッと開き、肩のあたりで固定をするとくるくると傘を回す。それに合わせてどこからともなく、水しぶきがキラキラと絢爛な着物の色を弾いた。

 

「わっちは、トオノといいんす。よろしくお願いしんす、ドライバー」

 

 その妖艶が服を着て歩いているようなブレイドに、私はかける言葉を見失ってしばらく視線をさ迷わせた。

 

 

 

 

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「すっごーい、綺麗なお姉さんだ!」

禿(かむろ)は退きなんし。わっちは見世物じゃございんせん」

「何言ってるか分からないけど、かっこいいー!!」

 

 トオノはイオンちゃんを冷めた目で見るが、そのきらびやかな外見とのギャップに更にあこがれを募らせてしまったようだ。コタローとトオノが並ぶ光景は完全にクールジャパンで、その二人のドライバーである私って傍から見れば大の日本好きに見られるんじゃないだろうか。うーん、コタローとは違うベクトルで目立ってる。

 子供を邪険にはできないのか、なんだかんだと言いつつトオノはイオンちゃんに港の案内をされていた。

 フォンス・マイム港は、文字通りインヴィディア唯一の港で、巨神獣船が頻繁に行き来している。さて、アーケディア行きの船ってあるのかな。

 

「コタロー、代読お願いできる?」

「それよか、あそこのノポン族に直接聞いたほうが早くないか?」

 

 運航表の代読をお願いしようとしたら、コタローがチケットもぎりのようなカウンターで渡航者をさばいているレモン色の体毛のノポン族を前足で指し示した。お客さんがいなくなるタイミングを見計らって、コタローを抱えたまま屈みこむ。

 

「あの、アーケディア行きの船ってありますか?」

「もも? リベラリタス島嶼群行きの船はスペルビアからしか出てないも。ちょうどよかったも! 最近スペルビア行きの船を利用してくれる人が減って、このままだと廃線になってしまうところだったも! お安くしておくので、スペルビア直通のチケット、買わんかも?」

「なんで利用する人が減ってんだ? いくら戦争前つっても、宣戦布告をしてねえなら物流もあるだろ」

「確かにスペルビアの輸出は止まってないも~。これ以上のことを聞きたければ、チケットを買ってくれたら話してあげるも~!」

 ノポン族は商魂凄まじいと聞くけど、チケットを売りつけるために情報を出し惜しみするとはさすがだ。

 他の行き方はアヴァリティア経由でスペルビアに行く方法があるそうだが、今は時間が惜しいし早めにレックスと合流するためにもスペルビア直行便を使うことにする。

 チケットの代金を指定通り差し出して、搭乗券をもらうと腕の中のコタローが「さぁ、買うもんは買ったんだ。情報だしな」と柄悪く促した。

 

「どうやら、インヴィディアから来る船にだけ入国審査がちょっと厳しいらしいも。スペルビアは誰かを探してるってもっぱらの噂も~!」

「えっと、それって入国拒否とかされちゃうんですか?」

「どんな奴を探してるんだ?」

「シュガシュガにはそれ以上わからんも。でも、入国拒否はありえないも~。ただ入国するのに時間がかかるだけも!」

「それなら……」

「まぁ……」

 

 そこで、妥協してしまったのがきっとそもそも間違いだったのだろう。

 

 

 

 

 乗船時間6時間を経て降り立った赤熱の大地。

 そこで、主要な町に入るどころか、その手前でたくさんのスペルビア兵に囲まれるなんて誰に予想ができようか。

 

 

 

 

 




次話『スペルビア帝国 アナンヤム第二船着場』
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