楽園の子   作:青葉らいの

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14『スペルビア帝国 アナンヤム第二船着き場』

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 アルストの空は今日も青い。

 特にスペルビアに来てからは雨が降った記憶はなく、いつも乾いた赤土に砂埃が舞っている覚えしかない。

 ここまで乾燥していると、ひとつ前のインヴィディアの涼しさや湿気が恋しくなってくる。そこにいるであろう大切な人の顔が思い返され、レックスは彼らの顔を振り払うように頭を振る。

 今は帝国を騒がしている人工ブレイドの足取りを追うことが最優先だ。その出どころには、トラの父親が深く関わっているらしい。その事実を探るべく、傭兵団に人工ブレイドを作る際に必要な物資の積み荷の行方を調べて貰っている。今は結果待ちの段階だった。

 一度スペルビアの街に戻ってきたレックスたちに、涼やかな女性の声がかかった。

 

「戻ったわ、レックス」

「メノウ、お帰り!」

 

 積み荷の行方を追うほかに、インヴィディアに派遣していたメノウをリーダーにしたチームが先に戻ってきた。白いとんがり帽子に所々ピンクの鉱石を散りばめさせたその女性型ブレイドは、任務の結果の報告もそこそこに、荷物から手紙を差し出した。レックスはその手紙に見覚えがある。それは、インヴィディアに残っているアサヒという少女に宛てて自分と仲間たちがしたためたものだった。

 それがこうして戻ってくるという事態に、レックスの頭は混乱する。リーダーのメノウは真面目な性格だ。渡し忘れたということは恐らくないだろう。なら、考えられる可能性は限られてくる。

 

「私たちがフレースヴェルグの村に到着した時には、アサヒという子は村を出た後だったわ」

「え、どういうこと?」

「レックス、落ち着いて聞いてね。実は――」

 

 メノウは、同行していた情報収集の得意なブレイドたちから聞いた詳細をレックスに語った。

 フレースヴェルグの村に何者かが襲撃し、アサヒという少女を狙っていたこと。

 彼女は村の人々の力と機転で襲撃者を引き連れ村を出たということ。

 その後フォンス・マイムの劇場でコールという老人と会って、港まで送られた後の行方は知れないということ。

 話の単語単語を聞き拾い、いつの間にか全員が深刻な顔をしてメノウの話を聞いていた。

 

「時間的には、入れ違いだったと思うの。そこの責任者の人に手紙を預けてきてもよかったのだけど、逆に伝言を頼まれちゃってね」

「ヴァンダムさんから? なんて?」

「『アサヒはレックスを追いかけて行ったはずだから、絶対旅を止めるな。お前らの歩いた道があいつの導になるはずだから』って。私もそう思うわ。あなたはあなたのやるべきことをやりなさい」

「レックス……」

「分かってる。大丈夫だよ、ヒカリ。……教えてくれてありがとう、メノウ」

「どういたしまして。ドライバーのためですもの、これくらいどうってことないわ」

 

 微笑むメノウにレックスは笑い返し、先ほどから少しも話さないニアに目を向けた。

 彼女は胸の前で拳を作って不安そうな顔をしていた。年も近い分、アサヒと一番親しくしていたのはニアだった。隣ではビャッコがそんなニアの様子を痛ましげに見守っている。

 

「ニア、大丈夫ですも。アサヒはカラムの遺跡の時も諦めてませんでしたも」

「そうも! コタローもいるからきっと、アサヒなら大丈夫も!」

 

 声は出さず、レックスは頷いた。

 カラムの遺跡でアサヒは瀕死のヴァンダムを死の淵から救い上げた。彼女は命を決して諦めようとしない。

 それなら、自分の命だってきっと放り出したりしないはずだ。

 ニアもそう考えたのか、ほんの少し表情を緩めて「うん、そうだね」と明るさを取り戻した。

 これで、旅はきっと続けられる。いや、続けなければならない。けれど、今アサヒのために何かしてあげられることはないだろうか。

 長考した結果、ひとつの案を思いついた。

 

「――そうだ。あいつなら、もしかして……!」

 

 ここはスペルビア帝国。

 そこで絶大な権力を握る人物を、彼は知っていた。

 

 

 

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 フォンス・マイム港からスペルビアのアナンヤム第二船着き場へは6時間の乗船時間を要するとのことで、道中私はコールさんから渡された旅の荷物の中を確認していた。港のノポン族の話通り、スペルビア直通の巨神獣船の利用者はバスくらいの座席がありながら、数える程度の人しか乗っていない。席が有り余っているのをいいことに、一番後ろの広めの席を陣取って、荷物を開ける。

 いくらかのお金が入ってたのは最初に確認はしてたけど、それに含めちょっとした薬や医療品が多めに入れてあるのを見て、本当に私のために用意してくれたんだなと、ヴァンダムさんの直感には驚かされるばかりだ。

 他には携帯できる食器や裁縫道具。あとは手紙が一通入っていた。

 開いてみると、こちらの文字で何か書かれている。

 

「コタロー、読める?」

「あぁ。こりゃ、ヴァンダムからだな。……えーと、要約すると、いつでも戻ってきていいから無理はするな。旅の無事を祈ってる。…って感じだな」

「? ドライバーは、字が読めささんすか?」

「いろいろ事情があってな。割と突飛な行動やらもあるから、今のうち覚悟しておけよ、トオノ」

「心配ござんせん。わっちは主様(ぬしさま)が白と言いんしたら白、黒と言いんすなら黒とするだけでござんす」

「つまりそれって、何を間違えても教えてくれないってことだよね……」

「さぁ? どうでありんしょう?」

「……ガンバリマス」

「おい、すでに主導権握られてんぞ」

 

 そんなことを言われても、トオノから滲み出るなんか凄く高貴なオーラにあてられた小市民に為す術はない。

 とかなんとかやりとりをしつつ、トオノのブレイドとしての特徴や、突発的なコタローの文章講座を入り混じらせたら6時間は思った以上に早く過ぎて行った。

 巨神獣船にアナウンスの機能はないのか、窓の外から陸地が近づいてきたことで到着を知る。ほかの乗客の人たちも、思い思いに荷物を担ぎ出して、接岸を待ちわびた。

 

「うわあ……!」

 

 外に出た時、目の前に広がる赤土の色に声が漏れた。

 インヴィディアの巨神獣は半透明の皮膚をもって体内で村や町が栄えていたため、太陽の光は柔らかく気温はあまり上がらなかった。気候的には涼しいくらいだったのに対して、ここのスペルビアは気温が高い気がする。そしてとても乾燥していて、写真でよく見るグランドキャニオンとかハリウッドの地質に乾いた砂が混ざっている。

 緯度や経度がこの世界でもあるのかはわからないけど、巨神獣を移っただけでここまで気候が違うのには驚いた。

 接岸した巨神獣船は出入り口にタラップが備え付けられていて、乗船客はみんなそこで兵士の人と会話をしている。これが港で聞いていた入国審査なのだろう。座っていた位置もあって一番最後に船を降りた私は、最後尾の行商人と思われる男の人の後ろに並んだ。

 漏れ聞こえてくる声を聞く限り、スペルビアに来た目的と簡単な手荷物検査があるようだ。二人一組で、左の兵士が主に質問をして、もう一人は紙と乗船客を見比べながら黙っている。

「何見てるんだろう?」

「手配書、とかじゃねえか?」

 腕の中にいるコタローの言葉になるほどと頷いた。

 列は滞ることなく進んでいき、前の男の人が終わると私の番になる。

 西洋の甲冑のような鈍色の鎧をまとった兵士の人が、こちらをじろりと見た。厳密には私じゃなくて、コタローとトオノだけど。その目が何か値踏みしているようで、感じが悪い。

「入国の目的は?」

「えっと、アーケディアに行くための乗り継ぎです」

「滞在は?」

「えっ、うーんと……。街で一泊していくならどれくらい必要でしょうか?」

「……三日でいいな」

「じゃあ、それでお願いします」

 質問された内容は他の人と同じだったけれど、私と話していたのとは逆の兵士の人が一番最後の紙をめくった時に、食い入るように紙を見つめていたのを目撃してしまった。同じくらいに、相方の兵士さんも様子がおかしいことに気が付き、二人はこそこそと喋り始める。

 

「この、―――項目、は―違――ない」

「あぁ。だが――。いつ――? 朝には――」

「ついさっき、追加――。だから、時間は――」

「もし――人工――――絡み――?」

「わか――。とに――、――を」

 

 断片断片で聞こえた単語はお世辞にも穏便な会話とは言えない、ぎすぎすした雰囲気だった。

 方向性が決まり、スペルビア兵の二人がこちらを向く。そこには先ほどまでの、流れ作業的な雑さはなくどこか緊張をした気の抜けない雰囲気を感じた。

「特別執権官メレフ様より、貴様の風貌とよく似た者を連れてこいという命令が出ている。身元の確認ができるまで、お前を拘留させてもらおう」

「えっ!? い、いきなりそんなこと言われましても……。私、本当にここには乗り継ぎに来ただけで、もし入国をしちゃいけないというなら、今すぐアーケディアに行きますから――」

「お前の都合など聞いていない。すべてはメレフ特別執権官のご命令だ。お前に拒否権などない!」

 たぶん、その特別執権官と言う人はスペルビアのすごく偉い人なんだとは思うけど、そんな人に呼ばれるなんて身に覚えがなさすぎる。もしかして楽園の子って単語がこのスペルビアまで届いてる……? 今まで他の巨神獣から私を訪ねてきたことが無かったので油断していたけど、可能性としては十分ありえそうだ。

 

「手間をかけさせるな。さっさとこっちに来い!」 

 

 考える暇も与えてもらえず、有無言わさずに手首を掴まれたときに、思った以上の力で握られて私は思わず体を強張らせた。そのままの力で連れて行かれそうになって、私は何とか踏みとどまろうとしながら、連行する人の注意を向けようとさせる。

「いっ……! 痛いです! 離してください、離してっ!!」

「ドライバー!」

 そういってトオノは番傘の柄を掴んで、その中身を引き出した。質量保存の法則を完全に無視した青い光を放つ刀が飛び出す。所謂、仕込み刀というものだ。

 武器を取り出したのを抵抗の意思表示であると受け取ったスペルビア兵の人は、この時を待っていたと言わんばかりににやりと笑った。

「我らスペルビア軍に反抗の意思を見せるというわけだな?」

「トオノっ! こっちから手を出しちゃダメ!」

「もう遅い! おい、お前たちも手伝ってくれ!」

 その声で辺りを哨戒していた他の兵士の人たちがわらわらと集まってあっという間に取り囲まれた。

 中にはドライバーも混じっているようで、ちらほらとブレイドの姿が見える。

 後ろは雲海。前には兵隊。逃げ道はない。

「今武器をしまえば、穏便に済ませてやるが?」

「数で黙らせようとしてるくせに、穏便だって!? どの口が言ってんだ!?」

「コタロー! 挑発しないで!」

「この人数相手に勝てると思っているのか? 万が一勝てたとしても、お前は本当にお尋ね者なるぞ。さぁ、嫌なら我々に同行してもらおうか」

 これはもう、正当防衛だとか気にしてる場合じゃない。

 私と並ぶ様にいるであろうトオノに視線を向けようとした瞬間、青白い光が――閃いた。

 

 

 突然のまばゆさに目を眩ませたほんのわずかな時間だった。にもかかわらず、その人は私に背中を向けて立っていた。バスケットボール選手のような体格で、大剣を背負ったその人は、スペルビア兵から私を守るようにして、その特徴的な訛りのある言葉で言った。

 

「自分、困っとるか?」

「え?」

「困っとるか聞いとるんや。――どないや?」

 

 その時、私はいつか青の岸壁の近くでのやりとりを思い出した。

 本当に最初の最初。コタローと同調したばかりで、レックスたちとも出会ってなかった頃に、私は同じことを聞かれていた。あの時は碌な困りごとが無かったから有耶無耶にしてしまったけど、その別れ際に、結果的にご飯のお礼を返しそびれたその人はこう言っていた。

 

『あれで終わった訳とちゃうからな。なんか困ったことがあったら、ワイが助けたる。これはワイが納得するまで有効やから覚えとき』

『……律儀な野郎だな。だとよ、アサヒ』

『ふふっ、はい。()()()()()()()()()()()()()()()、その時はよろしくお願いします』

 

 そう、それはアルスト最凶のドライバー。ジーク・ B・(アルティメット)・玄武さんと、そのブレイドのサイカさんと交わした約束だ。

 スペルビアの気候とは別の理由で干上がりそうになりそうな喉を、私は必死に震わせた。

 胸の前で拳を作って、俯かないように毅然と顔を上げ、その人をまっすぐ見上げる。

 

 

「こ、困ってます! すごく、すごく困ってます! だから、お願いします。――助けてください!」

 

 

 すると、目の前の黒い服を着た大柄なその人――ジークさんは、なにか感慨深いものを感じているように黙り込む。そうして息を深く深く吸い込むと、お腹の底から出しているような声を張り上げた。

 

「よっしゃぁ! あんときの礼、ここで返させてもらうで! ――サイカ!」

「あいよー! ウチに任せときぃ!」

 

 いつの間にか、その人のブレイドのサイカさんまで前に立っていて、その光景はまるで、絶体絶命のピンチに正義のヒーローが駆けつけてくれたように見えた。

 そうなれば、結果は決まっている。

 今この状況で、正義のヒーローが負ける可能性は1%たりともないのだから。 

 

 

 




次話『廃工場』
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