楽園の子   作:青葉らいの

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15『廃工場』

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「轟力降臨……! 極・電斬光剣(アルティメット・ライジングスラッシュ)改!」

 

 青の岸壁で使ったジークさんのアーツは進化していた。威力もさることながら『改』の部分だけ範囲が広がったらしく、かなり多くのスペルビア兵の人たちが吹き飛ばされた。

 負けじと、私もコタローと視線を合わせ、おもむろにコタローを抱き上げ空高く放り投げる。

 

「コタロー!」

「おう! 秘められた野生の力、見せてやろうじゃねえか!」

 

 大量の空気を纏ったボールを中心に、巨大な狼の顎がコタローのいる空中に浮かび上がる。

 空気だって、圧はある。それを使えばこんなことだってできるんだ。

 

「インビジブルバイト!!」

 

 不可視の牙がスペルビア兵の人たちを襲う。風に、雷に吹き飛ばされて活路を見出した私たちがようやく息をつくが、それも長くは続けられなかった。蜂の巣をつついたような騒ぎっていうのはこういうことを言うのだろう。

 騒ぎを聞きつけた他の兵隊の人たちが次から次にこちらへと走り寄って来る。

 

「キリがあらへん! どないする、王子!」

「今のうちや、逃げるで!」

「えっ! うひゃあ!?」

「サイカはコタロー抱えや!」

「やったー! もふもふ!」

「やったー! ふかふか!」

 

 私はジークさんに小脇に抱えられ、コタローはサイカさんに抱っこされた。だらしなく鼻の下を伸ばすコタローを見ていると女の人なら誰に抱っこされても幸せなんだろうな、と思う。そんな様子を横目で見ているうちにスペルビア兵はこちらにどんどんと距離を詰めて来る。

 ジークさんたちがどこに連れて行こうとしているかはわからないけど、この人たちまで連れて行くことは無い。

 

「コタロー! 風で砂とか巻き上げられる!?」

「おう! 朝飯前だ!」

 

 でれっとしていた顔を引き締めて、コタローは首だけ動かしてスペルビア兵を見やった。私も同じように首を動かして後ろを見る。その直後、ゴアッという大量の空気が巻き上げられる音が聞こえた。ここは乾燥地帯で、風が強く吹き付ける土地のようだ。コタローの風は思った以上の勢いでスペルビア兵にぶつかり、目くらましというより風圧でその場に押しとどめるような形になった。風の正体は空気だ。その分厚い壁に阻まれてスペルビア兵の声はそんなに離れていないにもかかわらず、くぐもって聞こえる。やがてその声も聞こえなくなり、姿もどんどん小さくなっていくのを見て、私はようやく本当に息をついた。

 

 

 

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 どれくらいジークさんは走ったのだろう。

 土地勘のない私はここがどこかなんて見当もつかないけれど、人里から遠ざかっている感覚はした。

 この人の走る先にあるのは赤茶けた大地、乾燥した植物、モンスター、モンスター、モンスター……。

 時々、人の手が加えられているような建物だったり施設の断片が見える時もあるけど、人の気配はやはり感じられなかった。そろそろどこに向かっているのか聞いてみようと思った時に、不意に視線の先に今まで見てきたものとは明らかに違う、人が立っているのを見つけた。

 女の人だろうか。天女の羽衣のようなものを巻いて、長い杖を支えにまっすぐ雲海の方を向いている女性は、ジークさんたちの足音に気付いて、ゆっくりと視線をこちらに向けた。

 茶色の髪を緩く結んだ女性だった。年は大学生くらいだと思うけど、どこか人とは違う雰囲気にこの人もまたブレイドなのかもしれない。

 

「おーい、ファンー!」

「ジーク様、サイカ様!」

 

 サイカさんがコタローを片手で抱えて、空いた手をぶんぶん振るとファンと呼ばれた女の人が微笑む。

 第一印象はすごく優しそうな人だな、だった。ふとその人と目が合う。日本人に近い顔立ちに不思議そうな表情が浮かんだ。

「あの、ジーク様。この方々は……?」

「あぁ、こいつは……」

 と、ジークさんが私を下ろして紹介しようとしたときに、はっとファンと呼ばれた女の人の顔が強張り、言葉の続きを待たないでこう言った。

 

「ジ、ジーク様! いくらマルベーニ聖下から楽園の子を連れてくるように指示されたとは言え……誘拐はダメです!!」

「なんでやねん!」

 

 流れるようにジークさんの突っ込みが決まって、ファンと呼ばれた女の人はきょとんとジークさんを見返した。

 意図が伝わっていないことを察して、助けを求めるような視線がジークさんから飛んでくる。ともすれば、私からも何か言ってくれと、言外に語っているようだ。

「……ええと、その、ジークさんには困っていたところを助けてもらったというか……」

「せやせや、ウチらは命の恩人やもん!」

「持ちつ持たれつって感じだけどな」

 各方面からのフォローを受けてようやくジークさんの嫌疑は晴れたらしい。丁寧に謝る女の人に対してジークさんは留飲を下げたようだった。

 ようやく話が落ち着いて、口火を切ったのはコタローの一言だった。

 

「で、結局この集まりは何なんだ? 俺たちを連れてこいって話らしいが、この美人はどこの誰なんだよ」

「申し遅れました。私はファン・レ・ノルンと申します。アーケディアの法王、マルベーニ聖下の指令から、アサヒ様とレックス様をアーケディアに迎えに来たのです。よろしくお願いいたします」

 

 丁寧にお辞儀をされて、私は慌ててお辞儀を返した。その間にも、ファンさんが紹介の時に言った言葉が頭の中で回る。アーケディアの法王と言う人も、私を探している。レックスはわかるけどなんで私まで……?

 

「あー、意味が分からへんのはしゃーないけどな、今はゆっくり説明してる場合でもないやろ。ボン達がイーラの連中とぶつかる前にファンを合流させな」

「げっ、レックスだけじゃなくてイーラまでスペルビアにいるのか!?」

「なんや。自分らも知っててスペルビアに来たんちゃうんか?」

「私たちがスペルビアに来たのはアーケディアに行くための乗り継ぎ目的だったので……」

「まぁ。それでしたら、ここでお会いできたのはすごい偶然だったんですね」

 

 両手を胸の前でポンと打つファンさん。すごく無邪気に偶然を喜んでいるように見えるけれど、これが本当に偶然ならちょっと怖い。

 聞きたいことは色々あったけど、本当に時間が無いらしくジークさんはもう次の質問に移っていた。

 

「ボン達はこの下の廃工場にいるんやな?」

「はい。報告ではそのようです」

 

 ジークさんの言った『下』というのはファンさんのいた場所の先だった。

 試しにそこを覗き込むと青の岸壁の比じゃないくらいの切り立った崖だ。もちろん、水辺なんてクッションになりそうなものがあるはずもなく、むき出しになった配管やモンスターの影がうろうろとしているのが見える。

 へっぴり腰になった私は後ろに下がろうとするけど、いつの間に移動したのか気付けば再びジークさんに小脇に抱えられた。

 

「……ほな行くで!」

「え!? も、もしかして……!?」

 

 一瞬の浮遊感の後に、その後に続く言葉は吹き付けて来る風に飲み込まれた。

 そうして、果てしなく長いような一瞬が過ぎ去って地上に着いて――

 

「とっ、飛び降りるなら飛び降りると一言でもいいから声かけてからにしてくださいよ! し、死ぬかと思ったじゃないですか!!」

「これくらいの高さなら、足場さえ確認しとったら大丈夫や。なんや、楽園から来たっちゅー割には怖がりやなぁ、アサヒは」

「楽園と高所恐怖症は何の接点もありませんし!?」

 

 高層ビルの屋上から飛び降りたような背筋がぞわぞわする感覚に、私は地面に下されてからへたり込みながらジークさんに抗議した。

 青の岸壁から落ちてからこの人の恐怖心は壊れてしまったのだろうか。紐なしバンジーなんて、一生に三度だってしたくない経験を無理やりさせられた私はトラウマになりかけている。

 一方、平然とした顔で落ちてきたコタローとサイカさんとファンさんが苦笑いをしながら私たちを見守っていた。ファンさん達はやっぱりブレイドだからか、怪我をしても一瞬で治るという余裕があるのか、早くも先にある道に向かって視線を移している。手でひさしを作ったサイカさんが遠くを望んで、

「いやー、ここも数時間ぶりやね。もう大岩が転がったりなんてして来ぉへんよね?」

「そういえば先ほどレックス様達を試す、と仰ってどこかに行かれていましたけど……。もしかして、そのような危険な試し方を?」

「あー、ちゃうちゃう。大岩が来たのはこっちや。いつもの王子の不運が発動しただけや」

「不運……?」

 ファンさんはよくわからないという風に首を傾げた。

 そうこうしているうちに、紐なしバンジーのショックから何とか立ち上がった私たちは、恐らく見つかったら即アウトであろうモンスターたちの隙間を縫うように前方に見える建物へと向かった。

 そこは、使い古されて誰も近寄らないような廃工場のようだった。

 

 

 

 レックスたちがいるというこの工場は、スペルビアの巨神獣がまだそこまで消耗していないときに作られたものだと後にファンさん達が教えてくれた。今、そこは人工ブレイドの工場として密かに稼働しているということも。

 アーケディアは全てのブレイドのコアを管理している。ブレイドが供給過多になり過ぎないようにということだが、そこに人工ブレイドが大量に出てきてしまうと、結果各国のコアの供給バランスが崩れてしまうし、何より今までドライバーの適性が無かった人たちにも個人単位で大きな戦力を持つことができる。それは戦争の助長に他ならない。加えて最悪なことに人工ブレイドの取引先はイーラということだった。今のところ、なぜイーラが人工ブレイドを求めているか不明だが、それは阻止しなければならない。

 廃工場の中は見た目よりもずっと広かった。コンクリートのような灰色がかった壁で囲まれ、その中で二足歩行するオウムみたいな鳥人間があっちこっちで作業をしている。

 天井のベルトコンベアーによくわからない物が音を立ててどこかへ運ばれていくのを私は呆然と見送った。

 

「アサヒ、ちょいこっち来ぃや」

「は、はい」

 

 周りに圧倒されている間に、置いてかれてしまっていたらしい。

 足元のコタローがジークさんたちのいる方に駆け出したその後ろをついていくと、焼け焦げた跡のある床をみんなは見ていた。戦闘をした後だったのだろう。焦げ跡を付けた時間は最近なのか、()()()が端の方でチリチリと残っている。

 一目見ただけでこの色はホムラさんの炎じゃないと分かった。

「蒼い炎……。もしかして、スペルビアの炎の輝公子もここにいるのでしょうか……?」

「炎の輝公子?」

「スペルビア最強のドライバーと呼ばれてる奴や。この国の特別執権官でもあるな」

「――あっ!」

「なんや? アサヒ、そのなんとか執権官について知っとるん?」

「え、えっと。直接は知らないんですけど、スペルビアの港で兵士の人が言ってたんです。『特別執権官メレフ様』って人が私によく似た人を探してるって」

「スペルビアがアサヒ様を?」

「スペルビアがそんな大っぴらに楽園の子を探してるなんて、ワイもサイカも聞いたことあらへんな。ファンはどないや?」

「私も聞いたことがありません。お役に立てずに申し訳ありません……。ですが、そのお話が本当なら、このままレックス様達とアサヒ様を合流させるのは危険かもしれませんね」

「せやな。国の力関係的含めて、楽園の子と天の聖杯を今引き合わせるのは避けたほうがええ。イーラもいるっちゅーしな」

 レックスたちとの合流がさらに遅れそうな言葉に、私は口を開きかけてぐっとこらえた。

 国の力関係、なんてものを引き合いに出されたら私の一意見なんて子供のたわ言にしかならないだろう。

 なんだか神妙な顔をして話し合っているファンさんとジークさん達を見ていると、この場から離れたい衝動が一気に襲ってくる。自分の存在がたくさんの人に影響を与え、今ここにいる人たちを困らせてしまっている事実を突き付けられている気分だ。

 私は視線をさ迷わせ、不安に駆られて誰かに手を握ってもらいたいと動きそうな手を固く握って堪える。

 

「なぁ、王子~。そんならアサヒはウチらと一緒に来てもらったらええんちゃう?」

 

 そっと、寄り添うように並んだ影がそう言った。

 

「結局、目指す場所は同じやん。ファンをレックスたちのところに送ったら、ウチらは一足先にリベラリタス島嶼群に行くんやろ? あの子らの見極めも終わってへんし、アサヒに着いて来てもろたら行き違いになることも、合流した後の説明をするのも楽やん」

「そうやなぁ……。それでええか? アサヒ」

「は、はい! 私は、ジークさんたちの迷惑でなければ、それで……」

 

 ジークさんは口をへの字にしていぶかしげな顔をするが、その顔はすぐにファンさんに向けられた。

 ファンさんは柔らかく笑って「ジーク様とサイカ様が一緒なら、安心ですね」と送り出す気が満々だ。

 そうして、ようやくこれからの方向性が定まって、私達は本格的にファンさんをレックスたちのところまで送り届けるために歩き出す。その際に、電球の尻尾を揺らすサイカさんの隣に並んで、私は小声でお礼を言った。

 

「サイカさん、ありがとうございました」

「? ウチ、お礼言われるようなことしてへんよ?」

 

 サイカさんは、心当たりがないという風に首を傾げた。

 本当に無意識での行動らしいと分かると、私は堪えきれず噴き出してしまった。

 だって、あんまりにも()()()から。

 

「な、何やねん急に。ウチ、なんかおかしいこと言うた?」

「いいえ。なんでもないです」

 

 不思議そうな顔をするサイカさんには多く語らず、私は前を向いてジークさんとファンさんの背中を追った。

 ブレイドはドライバーに似るとよく聞くけれど、ジークさんの後ろ姿にほんのちょっとサイカさんの姿が見えるような気がした。

 

 

 




間隔が空いてしまいすみません。
廃工場への決死ジャンプは結構な人が試したのではなかろうかと思っています。
試しましたよね?

次話『巨神獣船 船内』


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