1
「朝にフレースヴェルグの村をたって、フォンスマイム、スペルビア……で、今からリベラリタス島嶼群」
「地獄の弾丸ツアーって感じだね……。や、やっと休めるぅ……」
私はアーケディア巨神獣船の船尾にぐったりともたれかかった。観光用に使うものではないので、荷物などが散乱しているけれど、構わず適当な木箱に体重を預ける。
今は巨神獣船の駆動部分にエネルギーを送るために出航待ちの状態だ。船に乗り込んでからジークさんとサイカさんは私の部屋を作ってくれるということで、兵士の人に掛け合ってくれているらしいので別行動だ。
「暑……。いや、熱っ!?」
「? なんだ? どうした、アサヒ」
船尾の邪魔にならない位置でコタローと過ごしていると、スペルビアの気候とはまた別の熱に私は体を跳ねさせた。じりじりと焼かれるような太陽の熱じゃない。もっと直接的な……熱湯の注がれたマグカップを素肌へ直に充てられているような痛みを伴った熱さだ。
鎖骨部分から感じるその場所には
何これ、と呆然とその緑の光を見ていると、その先のスペルビアのどこかで光線が落ちた。
その光景を見た兵士が報告に走り、船尾に人が集まってきたけど、その以降二発目が降ってくることは無かった。段々人混みがまばらになっていく船尾で、ジークさんたちが膝の上に乗せていた認識票を覗き込む。
「ん? アサヒ、なんなん? それ」
「なんや。ボンの持っとったやつに色が似とるな」
男の人らしい、大きな手が認識票に伸ばされたので私はそれをジークさんに手渡した。その時、銀色の膜が雲海の風にさらされて剥がれ落ちた。銀色の細かな光は船の進行方向とは逆の方向に飛ばされていく。その軌跡を見送っていると、慌てたジークさんの声に振り向いた。
「わ、ワイは何もしてへんで!」
「大丈夫ですよ、ただ塗装が剥げただけですから」
「刻まれてた文字、見えなくなっちまったな」
「だね」
コタローが鼻をふすふす鳴らして漏らした感想に同意する。
四割ほどだった地金の部分はその範囲を七割までに広げ、銀色の塗装に書かれていた文字は最初の文字を除いて剥がれ落ちてしまった。誰のせいと言うわけではないと思うけれど、今まで二回、この現象が起きた時の共通点が頭を掠める。
「……光?」
「カラムの遺跡の時のことか?」
「うん。それもあるけど……」
ここに来るきっかけになった、あの光ももしかしたら……。
「あの、ジークさんたちはこの文字とか、これに似た物を見たことありませんか?」
「アルストの公用語とはちゃうようやな」
「ウチ、歴史はちょっと~……」
顎に手を添えてまじまじと認識票を見つめるジークさんとは逆に、胸の前で人差し指同士をくっつけて顔をそむけるサイカさん。別に読めないからと言って追及したりはしないんだけどな……。
「アサヒ、トオノにも聞いてみたらどうだ」
「わっちを呼びんしたか?」
「うわっ!?」
まだ呼んでなかったのだけれど、いつの間にか赤い前帯の着物の女性が私の隣に立っていた。
さほど離れていないのに、手にひさしを作ったジークさんが感嘆の声を上げて、サイカさんに肘鉄を食らっているのを横目で見ながら、トオノに向き直る。
そういえば、今までどこにいたんだろう……。と、いうのは聞かないほうがいいのかもしれない。
「トオノ、この文字かこれ自体に何か見覚えはあったりする?」
「……あぁ、これは良いものでござんすなぁ。古い香り……歴史の香りがしんす」
「読めそう?」
「一文字だけでは読めささんす。でも、これは相当古いものでありんすな」
トオノに見覚えがあるということは、この認識票に書かれている文字はアルストで過去に使われていた文字と言うことなのだろうか。それなら前の世界で誰も読めなかったことには納得がいく。――でも、これは私が生まれて児童養護施設に預けられた時から持っているものだ。なんで私は、アルストの文字が書かれているものをあちらの世界で持っていたんだろう?
「なぁなぁ。それ、楽園に関係ある物なん?」
「お、おお、思った以上にずぱっと聞いてきたな。サイカ」
「コタローはアサヒとずっと一緒やから知っとるかもしれへんけど、ウチら全然その辺の事情知らんもん。王子も聞きたいこと色々あるやろ?」
「そら、無いとは言わへんけどなぁ」
「まぁ、こっちとしても聞いておきたいことは山ほどあるし、ここはひとつ情報交換と行こうじゃねえか」
2
情報交換と言われて、移動した私たちの前にはなぜかキッチンがあった。船の中とはいえ、キッチンは一般的な広さと三口コンロと洗い場だけ。冷蔵庫のようなものは見当たらなかった。机だけは大きく、六人掛けだ。基本的に食べ物は常温保存をしているようだ。
何か食べたり飲んだりしながらの方が話しやすいだろうという、ジークさんたちの気遣いから移動してきたわけだけど。とりあえず、ここにある物は好きに食べていいという許可は既に貰っているというので、各々が好きそうなものを各自で集めていく。
「ジャーキーにサラミって、全体的に乾物じゃねえか。甘味がねえ……」
「コタロー、甘いの好きだもんね」
「堪忍なぁ。この船、酒飲みが多くてこういうものばっかりやねん」
コタローはフレースヴェルグの村ではバニラエッセンスとカラメル抜きのプリンとかお芋の蒸しパンなどを喜んで食べていた。塩気ばかりのものが不満なのだろう。
「キッチン使えるなら、甘い物作れるんだけどね」
「そういうことなら使ってええよ! ウチが許可するし!」
「なんや、サイカ。自分、そこまで甘いもん好きやったか?」
「今は甘いのが食べたい気分なんよー!」
「なら、わっちにも主様のをおひとついただきんすえ」
「ほんならワイも、楽園の味っちゅーのを食わしてもらおか」
……あ、あれ。コタローたちのためにお菓子を作ろうじゃなくて私の料理スキルの品定めに目的が移ってないかこれ? 特にトオノとジークさんは完全に便乗してきている。
でも、まぁこうなったら作るしかない。
地球流、フレンチトーストを!!
フレンチトーストの作り方は、材料と容器とフライパンさえあればさほど難しい物じゃない。容器に卵と牛乳を入れて混ぜたものに、固くなったパンを半分に切って断面を下にして漬け込む。あとは適当にバターで焼いて上から砂糖なりハチミツなりをかければ出来上がりだ。この世界には箸の文化が無いので、フォークでがしゃがしゃと種液を作って、 人数分のパンを浸して漬け込んだ後にバターを溶かしたフライパンで焼く。
表面に薄い黄色とこげ茶のまだら模様が出来たら、お皿に移して完成だ。ほかほかと湯気を上げるフレンチトーストを机にスタンバっていたみんなが前のめりに凝視している。
「えっと、後はハチミツとかお砂糖を好きにまぶして食べてください」
「ウチ、ハチミツ―!」
「あっ! ずりぃぞ、サイカ! 俺にもハチミツくれ!」
食べ方を教えた後は、サイカさんとコタローは奪い合うようにハチミツの取り合いをし始めた。争いに参加しない大人組は、まず卵と牛乳で味付けされたそれだけを口に運ぶ。
トオノの見た目からしたら、ナイフとフォークを使ってるのに違和感を覚えるけど、もっと意外なのはジークさんだった。結構な大きさに切り分けているはずなのに、音を立てずに綺麗にトーストが裁断されていく。
「? なんや?」
「あっ、いえ。綺麗に食べるなぁって思って」
「手掴みで食うようなもんやないやろ?」
「んん~~~! 王子~、これめっちゃうまいで! 王子も食べよ!」
ほっぺたに手を押し当てて、至福の表情でフレンチトーストを食べるサイカさん。演技でもなくお世辞でもなく、本当に気に入ってくれたようだ。
サイカさんの食べ方は普通だった。フォークの進むペースは速いけど、ジークさんのような丁寧さは見当たらない。
「そんで――がつがつ。アーケディア法王が俺たちを連れてこいって、もぐもぐ、どういうことなんだよ。がふがふ」
「コタロー、喋るか食べるかのどっちかにしようよ」
「ちゅーか、コタローはフレンチトースト食べてるん? それともハチミツ食べてるん?」
「どっちでもいい。甘いもんは正義だぜ」
口の周りをハチミツでべっとべとにしてドヤ顔を決めるコタロー。これは後で行水だなぁ……。と思いながらフレンチトーストに塗すためのお砂糖を手に取った。あちらの世界とは違う茶色いお砂糖がどれくらいの甘さなのか分からないので、控えめに一掬い。
「自分、アーケディア法王庁についてはどれくらい知っとるんや?」
「ええと……ごめんなさい。何も知らないです……」
「アーケディア法王庁はブレイドの供給を管理しとるっちゅーのは、さっきファンから聞いたやろ? そこの法王はマルベーニ言うてな、メツのドライバーや」
「へえ……。――ええっ!? メ、メツって、あの天の聖杯の黒い人ですよね!?」
「せや。その反応を見る限り、アサヒは天の聖杯のコアクリスタルがどうやってアルストにもたらされたかもしらんようやな」
「あっ、確か……世界の滅亡の時に神様がもたらしたってお話し、だったような……?」
「『英雄、アデルの生涯』ではそうや。しかし、実際は500年前にそのマルベーニが世界樹に登って神から賜ってきたゆう話になっとる。真実がどうだったかは知らんけどな」
「500年前!? 何かの間違いじゃないのか!?」
コタローがハチミツまみれの顔を上げた。私としては500年生きている法王様より、コタローの顔面に驚いた。これは、トオノの実戦投入前にトリミング用に力を借りる必要がありそうだ。
「アーケディア人は長命やからねえ」
「サイカ、ワイにもハチミツくれ」
「ええよー」
ハチミツを一口分のパンに垂らすと、大きく口を開けてジークさんはフレンチトーストを頬張った。私も近くに来たハチミツを拝借してフレンチトーストにかける。トオノに目配せをすると静かに首を横に振られ、また元の位置に戻した。
「まぁ、マルベーニが500年生きてることは、この際重要じゃあらへん。重要なのは、マルベーニが世界樹に登ったことがあって、尚且つ神の持ち物を持ってきたっちゅーところや」
「だからレックスはアーケディアに……。でもどうして
「今ゆーとったやろ、アサヒが楽園の子だからや。楽園は神の住まう場所。そしてマルベーニが法王の座に着いたのも偏に、楽園から天の聖杯を持ち帰ってきた功績として『神の代弁者』であるところが大きい。だからこそ、アーケディアは見定める必要があるんや、楽園の子っちゅう名の第二の神の代弁者が現れたのか否か、な」
「えっ。だって私、世界樹から来てないですし、神様とも会ったことなんてないですよ?」
「そんなんアサヒの自己申告にしか過ぎひん。ほんなら、アサヒはどこから来た? どこでその知識を学び、何がしたくて旅するんや。それが今ここで、ぱっと答えられるか?」
「それは…………」
私は何も答えられなくて、顔を下げる。
答えられないことが、アーケディアに行かなければならないことを、明確に示していた。
3
雲海のあるこのアルストは、巨神獣船は泳ぐというより空気をかき分けて進んでいるのに近い。海や湖を船が進むときに船尾にできる白い波はここでは見えないようだ。船尾を照らすのは巨神獣のエーテルを使って生み出す心もとない明りと月の光だけ。あちらの世界と比べて、光源が少ないからその少しの明かりだけで視界は十分確保できている。
昼間はずっとジークさんたちとお話ししていたので、一番試したいことを試すのにこんな時間になってしまった。同室のサイカさんを起こさないように客室から出てきた私は、誰もいない船尾のデッキで鉱石ラジオを取り出して、いつものようにセットする。クリスタルイヤホンを耳に差し込み、この前覚えた「ごめんね」と謝るチャンネルにひとまず合わせた。
――ザザザザザーッ……。ジジジッ、ザザーッ。
――ガガッジジガガガガッ…、ズザーッ。
チャンネルをいくらすり合わせても、今夜はあの声が欠片も聞こえてこない。試したタイミングはまちまちだからいつでも聞こえるものだと思っていたけど、もしかしてインヴィディアでしか聞こえないとかあるのかな。
そんな予想をしつつそっと微調整を繰り返すが、やはり成果は芳しくなかった。
唯一の成果と言えば、何かの電子音声みたいな声の聞こえるチャンネルが発見できたくらいか。
――……こ……、ザザザジッ…ン。ズザザザッーー。…い、れい……き…ジガガガーッ……す。
――……ら、セ……ザザザジッ…。ズザザザッーー。ガガガッ――い……き…ジガガガーッ…す。
文章が途切れ途切れで、意味の通じるように組み立てるには単語が足りない。
そうこうしているうちに、やがてどのチャンネルからも音がしなくなると私は、サイカさんたちが起きてしまう前に鉱石ラジオを抱えて客室へと戻ることにした。
次話『リベラリタス島嶼群 リジデ港』