1
リベラリタス島嶼群には眠っている間に着いたらしい。泊りがけの船旅なんて初めてだけど、巨神獣が生き物だからか波の衝撃を吸収してくれるお陰で、すごくよく眠れた気がする。まぁ、ここ数日は目が回るほどに走り回ってたから疲れてたというのもあるだろう。
船室の窓から覗いた景色は、小さな島が連なってできた土地だった。青い空に、萌黄色の明るい草花とのんびりと草を食む生き物がいる世界。ここが楽園だと言われれば信じてしまいそうだ。
「リベラリタス島嶼群は小型の巨神獣が集まって磁場を影響させて一つの陸地にしているんだとよ。俺たちが目指すアーケディアは遥か先に見える雲海の尾根の更に先にあるそうだぜ」
「コタ、おはよう」
「おう、寝坊だぜー? サイカたちはもう起きて準備してるみたいだぞ」
「えっ!? だ、だって誰も何時に起きろとか言われなかったし、起こされなかったから……」
「さっきそこでサイカと会ったけどよ、起きるまで寝かしといてやれって言ってたからな」
「じゃあ、別に寝坊じゃなくない?」
「なくなくないな」
全く、どこでそんな言い回しを覚えて来るんだろう。どこか誇らしげに鼻を鳴らすコタローの顔は、腐っても愛らしい小型犬の姿なので頭のてっぺんと顎のあたりを高速でわしゃわしゃしてうっ憤を晴らした。
「お、コタローの声がしとるから大丈夫やと思ったけど、ちゃんと起きとるやん。感心感心」
「サイカさん。おはようございます」
「おはよーさん。あ、ちょうどよかった! アサヒとコタローに伝えときたいことがあったんや!」
「「私(俺)たちに?」」
とにかくまずは支度をしようという話しになって、薄手の下着とレギンスを履いて寝ていた私は膝上10センチくらい丈のあるワンピースを上からすっぽりかぶって準備完了。とサイカさんに目を向ける。
そういえば、ジークさんはどうしたんだろうと聞くか聞くまいか迷っているうちに、サイカさんは船室の出入り口を立ち塞ぐように仁王立ちになって、人差し指を振り上げた。
「二人には王子と一緒に旅する時の心得を教えたるわ」
「なんだ? ジークってのは細かいところを気にするやつなのか?」
「あー、ちゃうちゃう! ウチが言いたいんは王子と旅する時の注意事項みたいなもんや。ウチに続けて復唱してな?」
「一つ! 港では王子の立っとる位置より巨神獣に近づかない! さん、はい!」
「「一つ! 港ではジーク(さん)の立ってる位置よりも巨神獣に近づかない!」」
「二つ! 王子と一緒に崖や岩が転がってきそうな坂には近づかない! さん、はい!」
「「二つ! ジーク(さん)と一緒に崖や岩が転がってきそうな坂には近づかない!」」
「三つ! 自分の身は自分で守る!」
「「三つ! 自分の身は自分で守る!」」
言われた通りに復唱すると、サイカさんは満足げに「よく出来ました~!」とコタローの頭を撫でた。けれど、コタローは水気を飛ばすときと同じようにプルプル頭を振らしてサイカさんの手から逃れ、キャンキャンと聞こえてきそうな勢いで捲し立てた。
「なんなんだよ、今の復唱!?」
「何って……王子と行動する時の心得やで? なぁ?」
「ええと、私に同意を求められても……。あの、そんなにジークさんは活発に動き回るんですか?」
「いや? 王子の行動範囲は普通やで。ただ、王子はな――めっっっっちゃくちゃに! 運が悪いねん!!」
はぁ? という声は私とコタロー二人から同時に発せられた。
意図が通じていないと分かって、サイカさんは勝手にヒートアップしていく。
「二人も、青の岸壁の時見たやろ? 王子のアーツで崖下に真っ逆さまになったの! それだけちゃうで! 巨神獣にどつかれて雲海に落とされたり、野宿して目が覚めたらモンスターに群がられたり……! とにかく王子はめっちゃ運が悪いねん! せやから、さっき復唱したこときちんと守らへんと、大変なことになるで~~?」
わざわざ、おどろおどろしい雰囲気を作り出してサイカさんは脅す。私は何と言ったらいいか分からず、口ごもり、コタローは「まっさかー」と完全に信じていないように笑う。そんな中で、ふと見た窓の外でジークさんが兵士の人と何か話をしている姿が見えた。うん、すごく普通に兵士の人とお話ししている。
後ろを振り向いてサイカさんとコタローを窓際に呼び、何も問題ないと言おうとしたその時だった。
「「あ」」
「……え?」
窓際に寄ってきたサイカさんとコタローが同じ口の形で窓の外を見て固まった。ワンテンポ遅れて私もそちらに目をやると、同じ港で停泊していた巨神獣がジークさんの頭にかぶりついていた。それはもう豪快に。
「わああああああっ! お、王子ー!!」
先ほどの口ぶりからすると日常的にジークさんの不運に巻き込まれているサイカさんも、この事態には動転したらしく部屋から飛び出して行ってしまった。部屋に取り残されたコタローと私は真剣に視線を交わし合う。
サイカさんの言葉、絶対に守ろうね。と目で訴えかけるとコタローも厳かに頷いた。
2
「アーケディアに行くためには、まずはこのリジデ港から真反対にあるイシェバ港に向かわなあかん。船やと遠回りやから、ここからは徒歩やな」
春の終わりのような温かくも少し乾燥した風が吹き抜けた。視線を上げた先から吹き付けて来るその風は、ジークさんのまなざしの先から雲に押しやられるように私たちの頬を撫でて行った。
小島と小島をつなぐのはプラスチックみたいな材質の真っ白な何か。ひざ下くらいまである背の高い草をモンスターたちが食み、その上を悠々と大型の鳥か巨神獣が飛んでいく。昨日までいたスペルビアとは違い、このリベラリタス島嶼群は人の手がほとんど加えられていない自然豊かな場所だった。
ジークさんが巨神獣に頭をかじられた後、驚くことに当の本人は全く意に介していなかった。血相を変えてあちこち確かめるサイカさんに対して「なんでそんなに慌ててるんや?」と言い放つほどに。
念のため回復アーツをかけてはおいたけど、正直いらなかったんじゃないかと思うくらいにはピンピンしているその人は、はるか遠くを見つめながら尚語る。
「ボン達がいつこっちに来るか、正直時間との勝負や。けど、他にも問題はある。――アサヒ」
「は、はい?」
「ここから見えるモンスター、どれでもええ。一人で倒せそうなやつはおるか?」
「う、い、いません……」
「せやろな。ここはインヴィディアやスペルビアよりも人間がおらん。ちゅーことはモンスター同士の生存競争が激しいっちゅーわけやな」
私の視線の先には、因縁の日和散歩のマードレスと同じ形のモンスターまでいる。他にはインヴィディアでは見たこともないような、どう猛そうなモンスターばっかりだ。あの中を通り過ぎるなら、端っこをこそこそ通り過ぎるしかないと思う。けど、話の流れからそれは許してもらえないだろう。
「イシェバ港に行くためにはな、いくつかルートがあるんや。比較的安全で港にも近い、途中にイヤサキ村っちゅー村を通るルートと、回り道且つどう猛なモンスターが多く生息する非推奨のルート。どっちを選ぶかはアサヒに任せたるわ」
にやりと、眼帯をしていないほうの目を細められた。恐らく、ジークさんたちにとってはどちらを選んでも問題ないのだろう。と、なればどっちを選ぶかによって変わるのは私に関わることだ。私は少し考えてからジークさんにこう質問した。
「途中でイヤサキ村に行くルートに変えることはできますか?」
「可能やな」
「私に聞いてくるってことは、ジークさんたちはどちらでもいいんですよね?」
「おう」
「じゃあ……。非推奨ルートに行きます」
私が非推奨ルートを選んだ事が意外だったのか、ジークさんはかすかに目を瞠った。あれ、おかしいな。ジークさんの言い方だと、遠回しだけどこっちを選ぶように聞こえたんだけど……。しかし、更に驚いていたのは足元にいるコタローだった。
「おいおい! わざわざ危ないほうに行くってのか!? なんだってそんな方に……」
「今しかないと思ったの」
コタローの声にかぶせるように、私は言い切った。案の定、小さな犬の姿のブレイドは、私らしくない言い切った言葉に「何がだよ?」と困惑気味に尋ねた。私は身をかがめて、自分のブレイドと視線を合わせて告げた。
「レックスたちと合流した後、私はどんなことに巻き込まれるのか、何かに巻き込んじゃうのか全くわからないけど。――レックスたちはフレースヴェルグの村をたって今まで、色んなところに行って、ホムラさんを狙う人たちやイーラと戦ってきたんだと思う。でも、それなら私は?」
「………………」
「私だけ、逃げて、誰かに助けて貰ってばっかり。イーラから逃げて、スペルビアでジークさんたちに助けられて……。こんなんじゃ、いざというときに動けなくなる。私はレックスと合流したときに、足手まといになりたくないの。みんなに、迷惑を掛けたくないの」
「アサヒ……」
「だから、今しかないと思う。今なら、ジークさん達も居てくれる。無理だと思ったら安全なルートにも戻ることができるし、これから先、こんな風に私が強くなるためだけの時間を取れるかも分からないから、出来る時にやれるだけのことはしなくちゃって、ずっと思ってた」
そう。ずっと思っていただけで、今日まで実行できてこなかったそれが、今できる環境にいる。この機会を逃したくはなかった。
コタローはまだ何か言いたげだったが、それを振り払うように体を震わせてこちらを見上げた。そこにはもう躊躇いはなかった。ただまっすぐに私の目を射抜く。全て任せた、と言ってくれているように。
「それなら、メインは俺じゃなくてトオノに代わっておけよ。トオノとの連携も鍛えるんだろ?」
「うん。回復が必要になったら呼ぶね。――トオノ!」
名前を呼ぶと、コタローの小さな体が光になってその場から消え、代わりに長身の花魁が私に向かって妖艶に微笑んで見せた。
「わっちを呼びんしたか? ドライバー」
「……あなたとの戦い方を教えてほしいの。しばらくは、前線に出てもらえる?」
「ドライバーの思う通りに」
明らかに自分より年上の人に畏まられると、どうしていいか分からなくなる。でも、と私は精一杯強く首を縦に振って彼女の傘を装備した。
3
非推奨ルートの敵は、さすがに非推奨とされているだけあって、どれもこれも一筋縄ではいかないモンスターばかりだった。
空を飛ぶ敵は攻撃が当てにくいし、攻撃を弾いてまともにダメージが与えられない敵もいる。吹き飛ばしたり、臭いにおいを擦りつけてきたりと、様々な方法で狩られまいとするモンスターたちを、私は襲ってくる端から相手をしていった。おかげで治しても治しても生傷が絶えないけれど、確実に自分の中で何かが蓄積していっているのを感じる。
自分より何倍も大きな青い極彩色な四つ足のモンスターは、もう虫の息だった。四肢を折りたたみ、それでもその瞳からは好戦的な光が消えていない。ちょっと離れたところで戦っているジークさんの視線を感じてそちらを向くと、一つ頷かれた。ちょうどよく、トオノの刀にエーテルが溜まっていたので、これで終わりにしろと言うことだろう。
「トオノ! お願い!」
「わっちに任せなんし」
投げ渡した青く光る刀身から、トオノの属性である水が泉のようにあふれ出す。
「断裁・雨月」
凛と通るトオノの声と共に刀身が通常の何倍もの長さに伸び、その圧倒的な水量で刀の周りが白く煙る。
硬いものを水圧で削るというのは確か、歯科の治療でも用いられた技術のはずだ。
「クォオオーン」というか細い嘶きを残して、そのモンスターは体を地面になげうった。
他に襲ってくるモンスターもいないので、ジークさんたちがこちらに合流してくる。眼帯を付けたその人は、息を切らして立ってるのもやっとな私を、意外というまなざしで見つめた。
「この短時間で、目に見えて動きがよぉなったな」
「そ、そろそろ限界ですけどね……」
肩提げカバンから水筒を取り出して呷ると、私は辺りを見回した。こちらを侮って襲ってくるモンスターと全部戦ってたら、今いる島から動物が消えた。吹き抜ける風は、空を旋回している大型の鳥や巨神獣のモンスターの余波だ。彼らの視界の先には私たちなんて目に入っていないように、どこまでも気ままに飛んでいく。
トオノとコタローのスイッチのタイミングや、ジークさんの戦い方の特徴や、トオノのブレイドとしての癖を叩きこまれた頭は少しオーバーヒート気味だった。熱のこもった頭と汗をかいた肌に吹き抜けていく風が気持ちいい。
連戦に次ぐ連戦で、その場で座り込んでしまったけれど顔を上げた先の小島には、まだうようよとモンスターがいる。あれも、倒すのかぁ……。と、ちょっとげんなりするけど、それを決めたのは私なので、何も言えない。
「よい、しょ……」
「もう、休憩はええんか?」
「はい。あんまりずっと休んでると、余計に疲れが溜まっちゃいそうですし」
「さよか。なら、行くで!」
勢いつかせるためか、ジークさんは私の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
これでも一応女の子なので、あんまり髪をぼさぼさにされるのは嬉しくない。手櫛で整えるのも限度があるけど、その間にもジークさんは頭の後ろで手を組んで、蟹股でどんどん先に行ってしまう。
な、なにがしたかったの、あの人……。
4
「ボンと言い、アサヒと言い、ほんまに目が離されへんな」
「王子には言われたくないやろけどね」
少女と花魁のいるその先を歩く二人が、そんなやりとりをしていたことを彼女たちは知る由もない。
すみません、どうしても主人公のレベルアップイベントは書いておきたかったんです…。
次こそはレックスたちと合流する所存です。
次話『イシェバ港』必ずや