1
合流して、船に乗ってから法王庁へは二時間程度で到着するというお話しだった。
そこまでのわずかな時間、船室の一つを借りて私と代表してレックスが今までどういう経緯でここまで来たのかを話し合う。
まずレックスたちは、村をたった後まっすぐにアーケディアに向かおうとしていた。
私と違うのは、レックスたちは、アヴァリティア経由でスペルビアに行くルートを取ったことだろう。しかし、その出立直前にグーラ人の少年にヴァンダムさんから譲り受けたスザクのコアクリスタルを盗まれてしまい、その犯人を追ってグーラに。そして、孤児であったその少年たちが孤児になった理由である盗賊を影ながらに懲らしめ、軍に引き渡した後にようやくスペルビアに向った。
そこでレックスたちは、トラのお父さん(トラは親子三代で人工ブレイドを作る技術者の家系だそうだ)の助手であるノポン族と再会する。その日の夜にハナの先代にあたる人工ブレイド『キク』がスペルビアの街を一部破壊する事件が起こり、キクの調整役として高確率で傍にいるであろうトラのお父さんを探して、スペルビアの廃工場に向かったそうだ。そこでは、アヴァリティア商会のバーンというノポン族が量産型の人工ブレイドを作ってスペルビアに卸していたついでに、イーラとも取引をしていたためその施設をファンさんと共に稼働を停止させ今に至る、という。
ちなみにものすごく要約してこれなのだ。その旅がどれだけ長く険しい物であったかは言わなくてもわかる。
時々レックスの後ろからじっちゃんとホムラさんが注釈を加え、こちらからもコタローのアシストで情報の共有は恙なく終わった。
そのやりとりで出てきた感想は一言。
「なんか、すごい大冒険だったんだね……」
「そういうアサヒだって、大冒険だったじゃないか。しかも、ファンさんを送り届けてくれたのもジークとアサヒだったなんて……」
「レックスに比べたら足元にも及ばない気がするけど……。そういえばどうだった? ファンさん、間に合ったんだよね?」
「そりゃあもう、タイミングばっちりだったよ!」
それは良かった、と私はレックスに返した。あの後はすぐに港へとんぼ返りしてしまっていたので、結局間に合ったかどうかが分からなかったんだよね。と、私はホムラさんの淹れてくれたセリオスティーを口に含みながら頭の中で付け加える。
紅茶のような味なのに、後味はお花みたいな不思議なお茶の香りがほんわりと湯気になって立ち上る。
「あ、そうだ。アサヒに会わせたい人がいるんだけど……」
「ん? あ、あの黒い服の人?」
「うん。メレフって言うんだ」
「メレフ、さん?」
名前を口に出して、ふと既視感を覚えた。その名前には聞き覚えがある。さっきのジークさんとレックスのやりとりの中と、スペルビアの港で兵士の人の口から二回。
「もしかして、特別執権官のメレフ様?」
「やはり覚えられてしまっていたか……」
「わっ!?」
背中から聞こえた声に、冗談抜きで私は飛び上がった。
向かい合った形で先にメレフさんが来ていたことを知っていたレックスは暢気に「船内探索は終わった?」と声をかけている。そんなつもりはなくても、ちょっとだけ腰が引けたまま振り返ると、そこには私よりも背の高い帽子を目深にかぶった人が腕を組んで立っていた。
目の前のその人からは威圧されるような体格差はない。胸から腰に掛けて流線形のある軍服を見るとその人の性別が分かった。ちらり、と目深にかぶった帽子の下を見ると凛と澄ました瞳と視線がぶつかる。
さらにその後ろにはホムラさんと同じくらいの背のある、青く長い髪を揺らした女性ブレイドもいた。糸目、なんだろうか。大胆にスリットの入った真っ青のドレスが陽炎のように地面近くをゆれる。
「君が噂の楽園の子か。アサヒ、と言ったか? 大体の話はレックスから聞いている」
「あ、え、えっと、そうです。アサヒ・セリザワと言います。よ、よろしくお願いします」
「そう畏まらなくてもいい。むしろ、頭を下げなければならないのはこちらの方だ」
メレフさんは頭の帽子を外して胸に置き浅く一礼した。帽子の中にまとめてある髪をみると私と同じくらいの長さはあるんじゃないだろうか。謝罪の方法が元の世界を彷彿させる。またこちらとあちらでの共通点を見つけた。
「私はメレフ・ラハッド、こちらは私のブレイドのカグツチだ。この度は、我が国の兵士が君に手荒な真似をした挙句、君を拘留をしようとした一件、大変に申し訳なかった」
「わわっ、ちょ、ちょっと待って――あ、あの、顔を上げてください! 私の方こそ、何も知らないでその、抵抗して兵士の人たちに怪我をさせてしまってすみませんでした! あの後、兵士の人たちは……?」
「彼らに重傷者はいなかったわ。あなたたちが手加減してくれたおかげよ」
「カグツチの言った通りだ。しかし、知らなかったとはいえルクスリアの第一王子と楽園の子に剣を向けて、あれだけで済んだのだから彼らは僥倖だったな」
そう言いながらメレフさんは再び帽子をかぶりなおす。ツバの部分が格子上に切り取られていて長い前髪がひと房零れ落ちた。
「スペルビアが、私を探していた理由を聞いてもいいですか?」
「……あー、それについては多分、俺が原因なんだ」
「レックスが原因? どういうこと?」
「俺、村に傭兵団を派遣したついでにアサヒに手紙を届けてもらおうとしたんだ。その時、アサヒはイーラに襲われて村から出てった後でさ。話を聞いたらコールさんの所に行った後だっていうから、多分アサヒもアーケディアに向かったと思ったんだ。それでメレフにアサヒの容姿を伝えて、もしもその子がスペルビアに来たら行き違いにならないように保護してほしいって頼んだんだ」
「メレフ様もいけないんですよ。通常、港の検問に情報を伝達するには様々な部署に偏りなく情報を展開しなければならないのに、一足飛びに管轄の違う部署と直接やりとりをされて……。そのようなことをしたら、下には情報が歪んで伝わってしまうに決まっています」
「あれは、万が一にも他の誰かが楽園の子を手中に収めないようするため、やむを得ない手段だったのだが……。今回の件でもう十分に身に染みた。もう二度と時間を惜しんで手順を飛ばして申請はしない」
「約束ですよ」
どうやら今回の件は各々がちょっとずつ情報不足によって引き起こされた一件だったようだ。
そのおかげでジークさんとも会えたし、結果オーライではあるのだけど。
各々自省モードに入ってしまったレックスとメレフさんに声を掛けられず、私はティーカップを両手で包んで中身のお茶をちょっと啜った。あ、お茶を啜るのってマナー違反なんだっけ。
「……話が逸れてしまったな。以上の経緯から、港での一件はスペルビアがというよりかはレックスが君を探していたということになる」
「そうだったんですね。それを聞けて、ちょっと安心しました」
ティーカップから口を離してメレフさんに向かって笑って答えると、その人は不思議そうに首を傾げた。
「安心した、とは?」
「スペルビアでも楽園の子の噂が広がっていたら、どうしようと思っていたので」
自惚れていると思われるかもしれないけど、もしもスペルビアでも楽園の子の噂が伝わっていたら、私の存在はスペルビアとインヴィディアの戦争の引き金になってしまいかねない。
私単一で何ができる訳でもないけれど、楽園の子の名前はこの世界では強烈だというのは十分に思い知っている。
楽園の子はフレースヴェルグの村、ひいては傭兵団に所属しているというのは周知の事実だし、在籍的に私はインヴィディアの人間になるだろう。もしも、スペルビアで私の身に何かが起きた場合、誰かに『楽園の子はスペルビアの手に掛かった』なんて噂をされてしまったら、もう目も当てられない。
フレースヴェルグの村では確実にスペルビアは悪者扱いだろうし、スペルビア側はどんなに弁明をしたとしても、確たる証拠を提示しなければ信じてもらえない。
私の存在が戦争の引き金になるのだけは、絶対に避けたかった。だから、メレフさんに「スペルビアは大々的には楽園の子を探していない」と言ってもらえて安心した。
「君は、楽園の子の噂が広がって欲しくないと見えるな」
「はい。できれば、世間知らずの子供ってことにしておいて欲しいくらいです」
「……それなら、まずはその口調を改めてみてはどうだろうか」
思ってもみない方向からの指摘に私はメレフさんの顔をまじまじと見つめた。その顔に答えが書いてあるはずもないので、メレフさんはその意図を顔ではなくきちんと言葉で伝えてくれた。
「君の口調はやけに丁寧だ。私やルクスリアの王族である彼ならば敬語には慣れているが、それだと市井の中では目立つぞ」
「……ねえ、レックス。私、目立ってた?」
「うーん。サルベージャーには年功序列って意識は薄かったからなぁ。でも、確かに知らない人からすると女の子が敬語で話しかけてきたらちょっとびっくりするかもね。嫌な気はしないけどさ」
「そ、そっかぁ……」
嫌な気はしない、とレックスが言ってくれたおかげでほんのちょっとだけ安心した。けれど、思い返してみれば村の中ではみんなヴァンダムさんには砕けた口調だったし、確かにその中で敬語で話す人間が居たら目立っていたかもしれない。一番最初にエドナさんに「スペルビアの貴族」と言われた理由がなんとなくわかった気がした。
今までの出来事に関して記憶を漁るのに忙しい私に、ホムラさんの声がかかる。
「アサヒ。とりあえず、敬語を止めてみたらどうですか?」
「うぅ~。急にやめろと言われても……」
「でも、アサヒはコタローや自分のブレイドとは普通に話してるだろ?」
「それとこれとは話が全然違うよ……」
とは言っても、どこがどう違うのかを説明するのは困難だったので、苦し紛れにお茶を含んで言葉ごと飲み下した。すると、ひょっこりとレックスのヘルメットの中から顔を出していたじっちゃんが小さな羽を使って私の前まで飛んでくる。私は両手をお椀の形にして足場を作ってあげると、じっちゃんはその中に小さな足を着地させた。和毛の柔らかい感触がちょっと病みつきになりそうになる。
「なら、まずは手近なワシらから敬語を止めてみてはどうじゃ?」
「そもそも私、レックスのじっちゃんとこうして喋ることさえ初めてな気がするんですけど……」
「細かいことを気にするんじゃないわい。物は試しというじゃろう。今からワシらには敬語はなしじゃぞ」
「……わ、わかり――わかった……」
言われた傍から危ない私に、レックスたちは先行き不安という顔を向けた。
やめて、そんな顔で見ないで。
2
それからほどなくして、ファンさんがもうすぐ
そこで、時間差で呼ばれたサイカさんが、私と同じように舳先から見える巨神獣を一望して子供みたいに笑った。
「いやー、いつ見ても巨神獣船から見るアーケディアの巨神獣は圧巻やねぇ」
「サイカさん」
「ん? どないしたん? なんか疲れてるみたいやけど」
「な、なんでも、ない……よ?」
苦しい。ものすごく苦しい。そもそも十年以上の間『施設の職員以外の大人には敬語』を貫いてきた私にとって敬語を止めろと言われても「さん、はい」と敬語がやめられるわけがない。
この世界ではこの世界なりの言葉の距離感というものがある。貴族でもない一般人が敬語で話すことが変だというなら、この世界の郷に従うのは私の方だってわかってる。わかってるんだけど……!
「あれ、敬語止めはったん?」
「う、うん。私の口調は町中じゃ目立つって言われて……。変、かな?」
「普通とちゃう? まぁ、ウチとしては砕けてもろた方が嬉しいけど。王子かて、堅苦しいんよりも気楽なほうがええって言うやろしね」
確かに、ジークさんならそう言いそうだ。と、分かるくらいにはそれだけの時間を過ごしていることに今更気が付いた。
フレースヴェルグの村をたって五日間。この世界に来てから、もうかれこれ一カ月は優に過ぎている。
このまま、流されていったら私は最終的にどこに行き着いてしまうのだろうか。
突然降って湧いた疑問は小さな棘となって、しばらくの間私の胸を刺激し続けることになった。
つなぎ回はやはり難しいです。
そしてここから怒涛の偉い人のお話しコンボが待ち受けているという。
次話『セイリリオス広場』