楽園の子   作:青葉らいの

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20『アーケディア法王庁 アーケディア大聖堂』

 

 

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 私の中で今まで渡ってきた巨神獣にイメージカラーのようなものが存在する。

 傭兵団のあるインヴィディアの巨神獣は『青』。

 赤土がどこまでも続くような乾燥地帯であるスペルビアが『赤』だとする。

 それならばここ、アーケディアは目が眩むくらいの『白』だ。

 しかも、阿古屋貝のような虹色の光沢に包まれた巨神獣の皮膚は見る角度によってパステル調に色を変える。どこもかしこも美しくて、言葉は知っていても使いどころに恵まれない荘厳という二文字がしっくりくる世界だった。石畳でできた白亜の国。それが私の中のアーケディアという場所の第一印象だ。

 

「はぁぁああ~~! 綺麗なところも~!」

「素敵ですも~!」

「こりゃ圧巻だなぁ。全体が見える前に首が痛くなっちまいそうだぜ」

 

 仲間内では比較的背の低い三人が高くそびえるアーチを見て、早くもテンションマックスと言った風だった。特に足元のコタローは元が小さいのでどんなに首を反らしても、全貌までは見えないのかもしれない。

 私はコタローの前足の隙間に手を入れて、「よいしょー」という掛け声と一緒にフォークリフトのようにコタローを自分の視線の高さ以上まで持ち上げた。所謂、高い高いというやつだ。

 

「おわっ!? なんだなんだ!? アサヒ!?」

「こうしたら高いところまで見えるでしょ?」

「お、おおー。なんつーか……でかいな!」

「え? 感想それだけ?」

 

 せっかく高い高いまでしたのに、と肩透かしを食らった気分の私にコタローは「それも立派な感想だろ」とそっぽを向いてしまった。ごめんごめん、と取り成しているとファンさんの澄んだ声が場を引き締めた。

 

「マルベーニ聖下との面談は明日を予定しています。まずは皆さまで教区内をご覧になってはいかがですか?」

「アーケディアの中を? そりゃめったにない機会だよなぁ」

「キョーミあるも! いろんなところ、ぐるんぐるん回りたいもー!!」

 

 異常なテンションのトラたちにニアちゃんとビャッコさんが「まるで観光だな」と笑う。その様子を見て私は首を傾げた。アーケディアって入国するのがそんなに大変な国なんだろうか。

 その事実を聞く間もなく、観光気分のトラとレックスたちを先頭に一行は進みだす。

 私たちが見上げていたのはヤーナス正門と呼ばれている場所だった。その下を潜り抜けるとカルトス通りと言う露店の建ち並ぶ通りにボルティス円形広場と言う市民の人の憩いの場がある。その一つ一つを丁寧に案内してくれるファンさんに、町の人は気軽に手を振ったり、よそ者であるはずの私たちに声をかけてくれる。ファンさんって慕われてるんだなぁ。と町の人との交流にほっこりしつつも、円形広場を通り過ぎようとする私たちの拓けた視界の先。その先は一段低い場所にあるらしく、そこからだと景色とちぐはぐなテント暮らしの集落の全貌が見える。その中で、吸い込まれるようにニアちゃんが手すり際に寄り、座り込んでる男の人の看板を読み上げた。

 

「ブレイドは戦争の原因だ? ――って、なにあれ」

「法王庁のブレイド施策への反対デモやな。難民の連中が去年位から盛んにやっとる奴や」

 

 その声はサイカさんではない。振り返るとつい数時間前に雲海に落ちたジークさんがいつの間にか私たちの後ろに立っていた。音もなく現れたその人に「忍者か!」と突っ込みたかったけど、それ以上にニアちゃんが思いっきり跳ねて「どっから湧いて出た!?」とまるで虫のような言いようだったので、言わないことにする。

 ニアちゃんの反応が、元の世界で見たキュウリに驚く猫の動画を彷彿とさせたのは秘密だ。

「ブレイド、なにか悪いことしたのかも?」

 揃って首を傾げるノポン族とそのブレイドに対して答えたのはメレフさんだった。

「各国で産出されるコアの管理、供給のバランスは一手に法王庁が担っている。たまに、モーフやバーンみたいな輩が出るがな」

「つまり、法王庁こそが戦争の原因だと?」

「そういう側面もある、ということだ」

 ビャッコさんの言葉にメレフさんは頷いた。

 モーフとバーンと言う人については私は直接会っていないけど、確かコアクリスタルの密輸入などを手掛けていた悪い人たちという話だった気がする。

 ニアちゃんはドライバーとブレイドは戦力の一つに過ぎないと憤慨していたけれど、サイカさんがそれを分かってもらうのは簡単なことじゃないと窘める。確かにパッと見てわかりやすい力というのはそれだけで脅威だ。その使っている人や使い方がどうであれ。

 レックスが改めてテントの張られているキャンプ地を見下ろす。釣られるように視線を移すと、テントの前でグーラ人の子供たちが走り回っているのが見えて、一瞬インヴィディアのフレースヴェルグの村を思い出した。

「難民、グーラ人が多いね」

「10年前のグーラ争奪戦じゃな。あの戦から逃れてきたんじゃろ」

「けったいな連中やでほんま」

 吐き捨てるようにジークさんが言う。

 

「家建ててもろて、メシ食わさしてもろて、ほんで文句言う。衣食足りて礼節を知るってのは、あれは嘘やな。人間余裕ができ始めるといらん事考え始めるんや」

「手に負えない物は目を向けず、手近なものを攻撃するのは容易いからのぉ」

 

 ジークさんとレックスのじっちゃんの言葉に、私は思わずそんなことない。と言いそうになって、無理やりに口を閉じた。ここから見る景色だけで言うなら、ジークさんたちがそんな感想を抱いてしまうのは仕方ないことだ。

 衣食足りて礼節を知る。なら、元の世界で似たような境遇だった私はできていたのか。と問われたら自信はない。思わず俯いた私の腕に肉球付きの前足がポンポンと触れた。

 

「まともな奴はとっくにこのキャンプから出てんだろうさ。ここに残ってんのは自分の身の振り方を決められない子供と、ジークの言うけったいな奴って訳だ。だから、そんな顔すんな。アサヒ」

 

 ブレイドとして私の過去を知っているコタローは、私の気持ちはお見通しだった。私は何も言わず、感謝の気持ちだけを込めてコタローの頭をぐりぐりと撫でた。

 

 

 

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「この門から向こうが法王庁の内壁、主要な施設や行政区がある区画になります。それでは宿までご案内しますね」

 

 あの後、ホムラさんとメレフさんのお話を聞いたりしながらアーケディアの観光をした私たちが、宿屋のあるこの場所に辿り着いた時には日が暮れかける時間帯だった。そこは巨神獣の背中に近い位置なのか、他の場所より高い位置にあり階段を上った上にある。区役所や市役所が併設された大きな公園や広場のように足が付けられるような水路みたいな水場が設置されたそこは天に聳えるパイプオルガンのような形だ。

 巨神獣のエーテルで光る街灯がオレンジに照らす広場を通り過ぎ、私たちは左手の小さめの建物に案内された。

 その目の前でファンさんは立ち止まる。ここで案内は終わりだ、ということらしい。

 

「謁見は明日、大聖堂の謁見室で行われます。お忘れなきよう。それでは」

「うん、色々とありがとう」

「おやすみなさい、皆さま」

「おやすみ!」

 

 口々にファンさんたちにお休みなさいと伝えて、私たちは案内役の人の後に着いて自分にあてがわれた部屋の中に入る。あてがわれた部屋はツインベッドの置かれたホテルの一室みたいだった。特に目新しい物もない。

 ……うーん、ファンさんはお休みなさいって言ってたんだけど、時間的にはまだ寝るには早いんだよね。

 運ばれてきた夕飯を食べてからは、さらに時間を持て余す。

 部屋の中で荷物の整理やコタローのブラッシングなど必要なことを済ませても、あまり時間は潰せない。

 他の人ってこういう時にどんなことしてるんだろう?

 ふと思い立った私は腰かけていたベッドから立ち上がって、隣でごろ寝していたコタローに声をかける。

 

「コタロー、レックスのところに行くんだけど、来る?」

「? 今から行くのか?」

「そうだけど……。あ、今から行ったら失礼かな。寝ちゃってるかも?」

「まぁ、ドア叩いてみて反応無けりゃ出直せばいいんじゃねえか?」

 

 それもそうだ、と私は荷物を置いて部屋を出た。時間的には20時を過ぎている。

 当たり前だけど建物の中は暗くて人影もまばらだ。ちょっと耳を澄まして他の部屋から微かな生活音が聞こえてくるのを聞きながら廊下を歩く。レックスの部屋は一番入り口に近い部屋だった。

 コンコン、と2回ノックするとすぐに「はーい」というホムラさんの声がして扉が開けられた。

 

「あら? アサヒ、どうしたんですか?」

「えっと、ちょっとホムラさん――というか、そのカラムの遺跡で会ったもう一人の……」

「ヒカリちゃん?」

「あ、そうです。そのヒカリさんに聞きたいことがあって……。あ、もう寝るなら明日出直すので――」

「ふふっ。敬語、戻ってますよ?」

「うっ」

「ヒカリちゃんに用事なんですよね? レックスには聞かれないほうがいいですか?」

「いえ……じゃない。ううん、別に秘密にしてるわけじゃないから、大丈夫」

「そうですか。じゃあ、中へどうぞ」

 

 道が譲られてレックスたちにあてがわれた部屋の全貌が露になる。間取りはほとんど私の部屋と同じ。ただ、庭に面する壁には円形の窓が備え付けられていて、ガラスが部屋の光を反射して鏡のように映していた。

 部屋に入ってすぐのベッドに座っていたレックスが片手を上げると、足元からコタローが中に滑り込んだ。

 

「よぉ、レックス」

「あれ、コタローもいたんだ。てっきりアサヒだけだと思ってた」

「ブレイドとドライバーは一心同体、なんだろ? じゃあ、アサヒがいるところに俺がいるのは当たり前じゃねえか。つーわけで、邪魔するぜ」

「お邪魔しまーす……」

 

 扉を潜るとホムラさんがドアを閉めて、それからすぐに目の端で光の粒が見えた気がした。不思議に思って後ろを振り向くと、カラムの遺跡で会ったきりだった金髪のブレイド、ヒカリさんが立っていた。

 す、すごい。全然別人になっちゃってる。

 

「あなたがアサヒね。この姿で直接話すのは初めてね」

「あ、えっと、初めまして……!」

「ちょっと、やめてよ。私とホムラはいつでも入れ替われて、記憶の共有もできるの。厳密には初めましてじゃないし、今までのやりとりも全部知ってるわ。堅苦しいのもなし、いいわね?」

「う、うん。分かった」

 ホムラさんが垂れ目なのに対してヒカリさんはキツめの顔立ちだった。だからだろうか、なんか言葉尻までキツくなってるような……。

「それで? 私に用事ってなんなのよ?」

 促されてようやく私はここに来た目的を思い出した。

 襟元を緩めて銀色のチェーンにぶら下がる、もはや認識票(ドッグタグ)とは呼べない形のそれを取り出して、手のひらに置いてヒカリさんに差し出す。横から頭にコタローとじっちゃんを乗せて鏡餅状態になったレックスも覗き込んで私以外の一同がそろって首を傾げた。

「これって、前に見せてもらったアクセサリー? 俺が見た時とだいぶ違うけど……」

「レックスに見せたのと同じのだよ。訳あって、ちょっと塗装が剥がれちゃったんだけどね」

「ふーん。で? これが何なのよ?」

 ちょんちょんと、その細い指で認識票(ドッグタグ)の金属部分を触るヒカリさんは、どう見ても興味がなさそうだった。

 

「ヒカリさん。これに見覚えとかない?」

「そもそもこれ、何なのよ? サルベージャーの交易品?」

認識票(ドッグタグ)っていうんだ。本当ならこの銀色の所に持ち主の名前とかを書いて、個人の特定とかに使うものなんだけどね」

「形だけじゃない。それが何で一番大事なところが剥げてて、その下に金属板が剥き出しになってるのかってことよ」

「それは私にもわからない。だからこそ、ヒカリさんに聞きに来たんだよ」

 

 トオノはこの認識票をみて古いものだと教えてくれた。それなら、古いことを知っていそうな人に話を聞けばいいと考えた結果、私たちの中で一番古いことを知ってそうのはヒカリさんだった。

 ヒカリさんがそれを知らなかったとしても、500年より前か後かくらいのことはわかるだろう。

 

「この銀色の塗装ね、最近剥がれたみたいなの。一回目はカラムの遺跡。二回目は、スペルビアの廃工場にファンさんを送り届けたちょっと後」

「……!! もしかして…!?」

「よくわからないけど、あの時の光が関係してるのは間違いないと思うんだ」

「………………」

 

 自分が関係しているとはっきりわかってから、ヒカリさんは前のめりに私の認識票を見つめた。触っていいかと聞かれたので、そのまま認識票をヒカリさんに預ける。すると彼女はチェーンの部分をもって自分の顔の前に認識票の板をぶら下げると、金色に輝く瞳を閉じて集中し始めた。

 無言でその様子を見守っているその時、そっとレックスが鏡餅状態のまま私の横にすり寄ってくる。

 集中の妨げになってもいけないので、レックスは私の耳に顔を寄せてこう言った。

 

「なぁ、今の話本当?」

「……確証はないんだけどね」

「だってアサヒは、その、俺たちの言う楽園じゃない世界から来たんだろ?」

「でも、共通点はあるよ」

 ブレイドの名前、お辞儀と言う文化、思い返したらきりがないほどだ。

「なんで無関係のはずの世界で生まれたはずの私が、レックスたちの世界のものを持っているのか。そもそも、本当にそうなのか。何か一つでも手がかりが見つかれば、予想は絞られると思うの」

 それだけ答えて、私は固唾を呑んでヒカリさんを見守る。

 手がかざされている認識票(ドッグタグ)は、何かに呼応するように淡く光り始め、そして――

 

「きゃああああっ!?」

「ヒカリっ!?」

 

 いきなり目を見開いて悲鳴を迸らせるヒカリさんに、それまでの雰囲気が一変した。

 体を強張らせて中空を見るその人は、まるで何かに感電したようだった。突然のことに金縛りを受けたように動けない私に代わって、レックスが体当たり気味に抱き留める。すると、手のひらから認識票が滑り落ちて、ヒカリさんもまた脱力した形でレックスにもたれ掛かりながら荒く呼吸をした。

「っ、はぁっ、はぁっ……。な、なんなのよ、これ……」

 胡乱な目で認識票を見つめるヒカリさんに、私はようやく金縛りが解けて走り寄る。

「ごっ、ごめんなさい! 私、こんなことになるなんて知らなくて……! 本当にごめんなさい!!」

「なんでアンタが泣きそうな顔してるのよ……。私が勝手にしたことなんだから、謝る必要はないわ。……って君も、いつまで抱き留めてるのよ」

「――うわっ、ご、ごめん!」

 ヒカリさんのちょうど胸の下に腕を回すように抱き留めていたレックスは、ジロリと睨みつけられて慌てて距離を取った。ちょっとだけ調子を取り戻したヒカリさんは、深く息を吸って吐くと太ももに手を当てながら恐る恐ると立ち上がって、埃を払うように体を二度三度叩いた。

 

「それで、先ほどのお前さんには何が起こったんじゃ? そんな風になるのだから、その認識票はよほどのものじゃったんじゃろ?」

「えぇ。……結論から言うと、これはすごく高密度な情報媒体よ。この天の聖杯()が一瞬で処理限界に陥るくらいにはね」

 

 冷や汗を手の甲で拭いながらヒカリさんは続ける。

 どうやらこれは、ものすごい大量の情報を集めて保存する記録媒体だそうだ。受信機付きのUSBやHDDみたいなものを想像すればいいのだろうか。天の聖杯はそこら辺のスパコンと同じくらいの情報処理能力がある。それを持ってしても表層をなぞっただけであの状態になってしまうほど、この認識票にはデーターが詰まっているということらしい。

 

「中にはどんなデーターがあったんだ?」

「色々よ。それこそ、この世界じゃない言語、文化、歴史、数式、化学式、物理、法律……。表層だけで読み取れないくらいなんだもの、きっとこれを読み取れるのは(とうさま)だけね」

 

 へえー。と感心するレックスをよそにヒカリさんの厳しい視線が突き刺さった。

 先ほど床に落ちていた認識票はすでに私が回収していつものように首にぶら下げてある。

 

「アサヒ、これ私たちの他に誰かに見せた?」

「えっと、レックスとフレースヴェルグの村の一部の人と、トラと……ジークさん達、かな」

「メツ達は、このことについては誰も知らないのね?」

「う、うん。そもそも、これの塗装が取れたのってカラムの遺跡の後だったし」

「………………そう。なら、いいわ」

 

 ちょっと安心したようにヒカリさんは私から目を逸らした。けれど、それもつかの間、何かを思い出したようにもう一度顔を上げるとさっきより近い位置で私に迫ってきた。

 

「今後は、これを誰にも見せちゃ駄目。明日会うマルベーニにもよ。約束できるわね」

「そういや、あの法王様ってのはメツのドライバーだったな。しかも楽園から来たお前が、第二の神の代弁者として現れたのか否かってのを聞くために呼んだんだよな。じゃあ、楽園に関係しそうなものを持ってるって知られるのも危険って訳か」

「コタローの言う通りよ。いい? これから楽園の子って言葉を風化させたいなら、絶対にそれは見せないこと。分かったわね? 返事は?」

「わ、分かりました……」

 

 半分脅迫に近い勢いで言い含められたら誰だって頷くしかない。

 妙な制約が加わって、私は明日の謁見に望むことになった。願わくば、法王様の興味がレックスとヒカリさんたちだけに行きますように……!

 そう願わざるを得ない夜は刻々と更けていく。

 




遅ればせながら誤字報告ありがとうございます。
次話『アーケディア大聖堂謁見室』
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