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テンペランティアは荒廃した大地という表現がふさわしいような、そんな土地だった。
スペルビアは赤土に覆われた乾燥した大地だったけれど、ここは削岩機も通らないような硬質な岩肌が剥き出しになっていて足場が悪い。厚手のブーツを履いているのに、足裏から岩の固さを感じる。
いくら非武装を約束されているとはいえ、ここは既に戦争の最前線だ。
足を進めるみんなの口は重く、そして速足だった。
テンペランティアの丘陵を登っていると、時折そこに住んでいるモンスターとすれ違うことがある。彼らは人間の私たちなんて目もくれず、何かから逃げるように反対方向に走っていく。
それを見ると、私たちが今向かっている先にある物に対して言いようのない恐怖が募った。
そうして、いくらか走った丘の上。空が群青色に染まり出した頃、その下にある雲はこの船上から登った煙なのか、自然発生したものかが見分けのつかないというほどの悲惨な状況が目の前に広がっていた。
高いところから見渡してる私たちの眼下には、子供が遊び散らかした玩具の兵隊のように散り散りにされたインヴィディアの兵士の人たちがいる。のそり、のそりと這うように移動を続けている人もいるけれど、その大多数は沈黙していた。その奥にあるのは恐らくインヴィディアの巨神獣兵器なのだろう。所々で火を上げるそれは、ようやく日が昇り出した暗がりを唯一照らすかがり火のような役割となっていた。
その光景に絶句する私の横で、恐らく、何の抵抗も出来ずにただ一方的に攻撃されたのだろう。とジークさんがつぶやいた時だった。
「来た、あそこだ……!」
レックスが注意を促した先に、巨大な四本足の何かが歩いてくる。
視認するだけでも大きさが桁違いなそれが、スペルビアで秘匿されていた兵器らしい。平たい四本足の上に楕円形の種のような形の何かを乗せたその兵器は、おもむろに装甲を開いてそこから砲身を露出させた。
早朝には明るすぎる白い光が、膨大なエネルギーとして充填されていく。
「危ない、避けて!!」
警告してくれるヒカリさんに返事をする間もなかった。今いる場所から足元のコタローを抱えて、爆風に背を向けるようにしゃがみこんだ。コタローが抗議したそうに口を開いたけれど、それはド派手な爆発音とみんなの悲鳴にかき消される。
「みんな、無事か!?」
「あぁ、なんとかな」
みんなを代表してジークさんが答える内に、スペルビアの兵器は二発目の充填に入る。そこから無差別に放たれる死の光線は私たち以外にも、スペルビア、インヴィディア関係なくそこかしこを破壊していった。
「止めないと……!」
「でも、どうやって!?」
私の気持ちをレックスとニアちゃんが先に言ってくれた。
今すぐにでも止めなければいけない。でもあんなに大きくて怖いものを私たちだけでどうやって止めれば……!
「――背中の上に、スペルビア製の補助駆動器がある。そこから各脚へと伸びるケーブルを切断すれば、エネルギーの供給が断たれ、停止する」
「メレフ様の仰っていることが本当だとすると、ヒカリ様のお力で破壊はできないのですか?」
「それだ!」
「確かに、破壊することは可能だろう。ただし、この辺り一帯が消し炭になるのと引き換えにな」
「どういうことや」
「以前読んだ報告書によると、あの兵器の主兵装はガス化させた巨神獣の体液を利用したものらしい。ガス化した体液は非常に不安定となり、少しの衝撃や熱量で大爆発を引き起こす。――実際、三カ月前にここで大規模な爆発事故が起きている」
「知らずに撃ってたら大変なことになってたわね」
「くっそう……!」
せっかく見えた活路が潰されて、レックスが歯噛みした表情を浮かべた。
「なぜ、そのような危険な兵器を?」
「よしんば敵陣中で撃破されたとしても、敵もろとも殲滅できる。そういう設計思想なんだそうだ」
「考えたヤツの正気を疑うわ……」
辟易したジークさんの言葉に内心で同意する。スペルビアも、そういう理由があるからこそ、その兵器の開発の中止を厳命したそうだ。スペルビアの陛下、英断過ぎる。
と言うところで、話は具体的にあの兵器を止めるためのものに移行する。口火を切ったのはニアちゃんだった。
「乗ってるやつを引きずり出せないの?」
「操作槽は10層もの強化装甲で守られている。外から入ることも、破壊することも難しい。だが、駆動器とケーブルは全てが装甲で覆われているわけではない。やるとしたら、そこだな」
「でも、どうやって背中に飛び移るも?」
「トラはハナちゃんが飛べるからいいとして……問題は私たちだよね」
家の屋根から屋根に飛び移っていくパフォーマンスとかも世界にはあるらしいけれど、巨大でも動いている何かに飛び移るのは、どんな身体能力を持っていても至難の業だ。ましてや一般人の私にはハードルが高すぎる。
すると、ヒカリさんが振り返り、じっくりと移動中の兵器と近くの立地を見渡して、何かに気付いたように白い手を右のほうに指さした。
「この少し先、崖がせり出している場所があるわ。そこからなら、背中に飛び移れると思う」
「じゃが、タイミングを誤れば崖下へと真っ逆さまじゃぞ?」
「しかも、攻撃をかいくぐってとなると至難の業ですね」
あぁ、だめか。と私は声に出さずにそう思った。足止めだけだったら全員の必殺技か何かで落石を起こして動きも止められると思ったんだけど。レックスのじっちゃんとビャッコさんの言葉で、それは破綻した。
他に打つ手を考えている中で、「私がやります」と進み出たのはファンさんだった。
「私の力で巨神獣の動きを止めている隙に、皆様は巨神獣の背に」
「ファンさん……。わかった、でも無茶はなしだぜ?」
「ええ、承知しています」
ファンさんはレックスに真剣な表情で頷いた。
これ以上拘泥している暇はない、とファンさんは真摯に頷いた。
ヒカリさんが示したこの先、にたどり着くために移動した私たちだったけど現実はそんなに甘くいかなかった。
高々500メートルくらいの場所に走っていく間、件の古代兵器から飛び出してくる砲撃が牙を剥く。
打ち上げ花火を真横で打ち上げられている様な音が、四方八方ひっきりなしに聞こえてきた。唯一の救いは、移動をする私たちに向かって正確に砲撃を当てられないところだけど。それでも、自分たちの走る1メートル先に砲撃が落ちた時には本当に生きた心地がしなかった。
ヒカリさんが指示したせり出た場所までもう少しと言うところで、砲弾の量が増した。相手も私たちが何をしようとしているか気付いているらしかった。
降り注ぐ砲弾の雨。その勢いに足を止めざるを得ず、粉塵とチリチリとした焦げた匂いのする風が視界を奪う中で、一人先行して走っていく人影が見えた。
「ファンさん!」
「任せましょう。大丈夫よ、彼女なら」
アーケディアの女神と呼ばれたその人は、その時だけはブレイドとしての力をいかんなく発揮しているようだった。シューティングゲームの弾幕のように振り落ちる砲弾を、奇跡のようにかいくぐっていく。
大丈夫と豪語したヒカリさんの言葉の意味を遅ればせながらに理解する。
無事に迫り出した崖の上に到着したファンさんは、手に持っていた杖を地面に着けて空を仰いだ。ブレイドの力が一定以上のエーテルを動かしたときに見える、金色のオーラのようなものが、私たちや古代兵器のいる辺り一面をドーム状に包み込んだ。
兵器からの砲撃が止まり、足も止まったことも確認して私たちは風の力を受けて巨大兵器の背中に飛び移る。
もう、無事に着地しただけでも褒めてほしいのに、状況は待ってなんてくれない。
レックスが一番に目を付けた巨大な機械のような何かが動き出して、変形物のロボットみたいにいくつものアームを展開させて私たちの行く手を阻む。かぎ爪のような先端には赤く光るレーダーがあるので、そこで私たちを認識しているんだろう。
「独立稼働機構があるとはな。我がスペルビアの技術、恐れ入る」
「それって、自動迎撃装置みたいなものってことですよね!?」
「しょーもないもん作りおってからに……」
「アサヒも亀ちゃんも、文句は後! 来るよ!」
ニアちゃんの声と同時に、私はボールを手に構えた。
2
「トオノ!」
「わっちを呼びんしたか?」
ブレイドスイッチでトオノを呼び出し、傘から彼女の武器である刀を引き出す。
目の前の自動なんとか機構はヒカリさんやサイカさんの高火力をもってしても、傷をつけられないほどい固い。
今は少しでもダメージを与えないといけない。となれば、コタローよりもトオノに変わったほうが攻撃力は増す。それでも炎、水、雷、地面、各方面から各属性の攻撃を受けてもびくともしないこの兵器に、どこまで通じるか。そんな時に、この中で誰よりも機械関係に強いトラが声を上げた。
「ももっ! 兄貴、こいつ自己再生プログラムが組まれてるも!」
「なんだって!? 通りで何やっても傷つかない訳だよ!」
「どこかに力を供給してるケーブルがあるはずも! それを壊せば、動きが止まるかもしれないも!」
「どこかにって……!?」
辺りを見回すレックス。すると、彼は何かを見つけて機械の背面へ走っていった。それを目で追うと私たちが戦ってる機械の後ろに隠れるように、太いケーブルが隠されているようだった。
「あれか!?」と、即座に発見して走り出して斬りかかりに行ったまではいい。だけど、完全に自動迎撃装置から目を離したレックスを、それは見逃さなかった。ぐるんとその機械は方向を変えて無防備に背を向けるレックスに触腕を振り下ろす!
「危ないっ!!」
私は叫ぶと同時にレックスと機械の間に体をねじ込み、刀を納めたトオノの番傘を開いた。トオノの武器である番傘型の仕込み刀は刀さえ収めれば、傘の部分にもブレイドの力が行き渡り盾のようにも使える。
待ち受けてたとは言っても真上からのものすごい重圧がかかり、押しつぶされそうになるのを私は食いしばって耐えた。やがて、傘が軽くなり頭から外すと、トラとメレフさんがブレイドの力を使って注意を逸らしてくれていた。ほっとしたのもつかの間、背後からレックスの声がかかる。
「ありがとう! 助かったよ、アサヒ!」
「どういたしまして! それよりそのケーブル、何とかなりそう?」
「オレ一人じゃ無理だ。誰かに手伝ってもらわないと!」
「じゃあ、ジークさんとニアちゃん! 私とメレフさんとトラはあの機械の注意を引くから!」
「オッケー! みんな、アサヒの言った通りに頼む!」
「「「「了解(も)!!」」」」
ニアちゃんとジークさんと位置をバトンタッチして、私はトオノと一緒にメレフさんとトラのいるところに駆けつける。こちらの到着を待っていたメレフさんは、手に伸縮する二本の剣を持ってうっすらとこちらに向かって微笑んでいた。
「先ほどの動き、いい判断だった」
「あ、えっと……。あ、ありがとうございます……?」
「あぁ。こちらでの君の活躍も期待している。さぁ、行くぞ!」
「は、はい!」
足元に潜り込んでしまったほうが触腕からの攻撃を受けることは少ないのだけれど、あえて横並びになることで攻撃の防波堤になるように戦った。しかし金属に対して有効な一撃を与えられないまま、ただ攻撃を弾き、いなし、後ろに被害が及ばないようにするので精いっぱいだ。人間の力とは比べ物にならない勢いの金属を弾くだけでも息が上がる。
「敵はかなり固い。それに、ケーブルがある限り致命傷を与えるのは不可能か」
「なら、足止めに徹しますも!」
「ハナ、アレは固定されてるから足止めも何もないも」
「言葉の綾ですも、ご主人」
どことなく力の抜けるやり取りが展開されている間に後ろの方を盗み見るが、あちらはあちらで自動反撃の装置が働いているらしくまだ時間はかかりそうだ。こちらとしても、まず体力がなくなってしまっては話にならない。私は頭の中の知識を総動員して考えた。
ゲームやアニメだと機械は雷に弱かったり水に弱かったりするけど、耐水、耐電加工なんて想定の範囲なはず。他に、機械じゃなければ金属で考えたら?
「――そうだ。金属なんだから、たわんだり歪んだりしたら動き止められないかな」
「そうなると、必要なのはハンマーなどの打撃でござんすなぁ。わっちらとは相性が悪ぅござんす」
「……ううん。金属だって熱で溶けるもの。表面が解けて歪んじゃうくらい熱くできればもしかしたら……!」
「アサヒ、何か手があるですも?」
「えっと、もしかしたらなんだけど――」
相手が機械であるのが幸いした。操縦者のいない自動迎撃装置なら作戦会議を聞こえるようにしたって対抗策なんて出して来ない。一通り話終わると、メレフさんとカグツチさんは了承の意味を持って頷いてくれた。
トラとハナちゃんにも顔を向けると、同じように頷いてくれる。
私の作戦に乗ってくれるみんなを見て覚悟を決めた後、トオノの刀を構えて、息を吸い気合を入れた。
「みんな、うまくいかなかったらゴメン!」
「気にするな、その時にはまた考えればいい。行くぞ!」
「もももーっ!」
それぞれの武器を構えて、私たちは一斉に駆け出した。
レックスたちに影響が出ない程度に散り、今までは受けるだけだったのを攻撃に転換する。
刀なんてこちらの世界に来るまでは触れたこともなかったけれど、今ならトオノのアシストもあって体が勝手に最適な動きをしてくれる。ギィン、ギィンと固い金属に弾かれる手ごたえだけが返ってくるけれど今はそれでいい。
「ハナ・ミサイルですもーっ!!」
JKモードになったハナちゃんの両腕から撃ち出されるミサイルが、機械の一番大きい本体にぶつかり大爆発を起こす。圧倒されるような火力だが、持続的に燃えている範囲は少ない。この炎も、やがては消えてしまうだろう。
時間との勝負だった。私はトオノを横目で見て、合図を図る。
ここまでで圧縮できたエーテルは二段階。
「トオノ! やっちゃって!」
「わっちに任せなんし」
上に放った刀は空中でくるくると回り、トオノの手に吸い込まれるように収まる。まるでダムが決壊するような、お腹に響く重低音と共にトオノの刀の刀身から水があふれ出した。
緋色の着物の花魁は、それを天に掲げるように構え一直線に振り下ろす。
「両断・竹取――!」
名の通りの両断する勢いに圧縮された水と、先ほどのハナちゃんのミサイルの影響で残っていた炎が反応しあう。それは大量の水蒸気となって、私たちの視界を覆い隠した。
みんなの姿が見えない。だからこそ、私はありったけの声量でその人の名前を呼ぶ。
「メレフさん、お願いします!」
「メレフ、やっちゃえやっちゃえも~!!」
その声に応じるように水蒸気の一部が歪み、そこから蒼い炎が噴き出した。
「渦龍!!」
渦を巻き、本物の龍のような蒼い炎は触腕を振り回す機械もろとも飲み込んだ。そしてさらに、細かな粒子となって漂っていた水蒸気に着火する。
水蒸気爆発。同類で小麦粉のようなもので爆発をする粉塵爆発の仲間だ。
機械の装甲が固くて、武器で傷つけられないのではドライバーの連携は無意味。そこでメレフさん達が教えてくれたブレイドのアーツ同士の属性を相乗したブレイドコンボだった。
派手な爆発音とともに、辺りを覆っていた水蒸気のカーテンが四散する。そうして、そこに立っていたのは、流線形の鎧をまとう特別執権官その人だけだった。
機械の触腕は力尽きたように地面に倒れ伏し、ピクリとも動く様子がない。
「派手にやりおったなぁ! メレフ!」
「あぁ、オレたちも負けちゃいられないよ! ね、ヒカリ!」
「当然よ!」
後ろからの声に私たちは振り返った。それまでも攻撃を受け続けていた太いケーブルはもはや虫の息という様子だ。どうやらかなり苦戦させられたらしいけれど、破壊具合は素人の私が見ても「あぁ、これ直せないな」と思うレベル。
そこからあっという間にジークさんの大剣、レックスの片手剣、ニアちゃんのツインリングでケーブルが断絶されると、先ほどに比べたら小規模な爆発を二度、三度繰り返して完全にエネルギーの装填を停止した。
スペルビアの巨大兵器も動きを止めた、と分かって武器を納めた私たち。
そんな時だった。
私たちの頭上から、冷たく刺すような男の人の声がどこからか聞こえてきたのは。
「やはり、お前だったか」
その人は私たちのいるところよりさらに上、操縦席に近いところに立っていた。
頭からつま先まで真っ白で、顔の上半分を鬼のような形の仮面をつけたその人は、背中に日本刀のような武器を背負っている。その印象はどこまでも冷たくて、機械よりも感情を読み取れない目をしていた。
「シン……!」
レックスがその人と思われる名前を呼んだ。
シンという名前は聞き覚えがある。確かフレースヴェルグの村でヨシツネという人が襲って来た時に、ニアちゃん達が出した名前だ。ということは、この古代兵器を操って、インヴィディアとスペルビアに戦争を起こそうとしていたのは……。
「イーラ、だったんだ……」
その人は私たちをただ見降ろす。
その無機質な目から、私は視線を外すことができなかった。
スパイクを見逃すと大体あそこで二、三度死にますよね。
最初は全滅した意味が分かりませんでした。
そして、ここからは戦闘ラッシュ。でもすでにこの回で戦闘描写はお腹いっぱいなのでどうなることやら……。先行きが不安です。
次話『古代兵器甲板部分』うまくいけば