楽園の子   作:青葉らいの

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24『古代兵器甲板』

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「やはり、お前だったか」

 

 頭からつま先まで雪のように真っ白なその人は、顔の上半分を鬼のような形の仮面をつけて私たちを見下ろしていた。背中に背負う日本刀のような武器が、ようやく昇り始めた太陽の光を受けて鈍い光を放つ。

 その印象はどこまでも冷たくて、機械よりも感情を読み取れない目をしていた。

 あれが、フレースヴェルグの村でニアちゃんが言っていた、イーラを指揮している人。そして、この騒ぎを引き起こした張本人。

 

「イーラの首魁 シンですね? このファン・レ・ノルン。アーケディア法王マルベーニの名の下にあなたを連行します!」

 

 手にした杖を水平に構え、ファンさんはイーラのトップに向かってそう言い放った。捕り物系の時代劇のような言葉だったが、シンから出たのは許しを請うでも怒りに身を任せた反論でもない。自分の不幸を知らない人に対する同情の声に似ていた。

 

「憐れだな。己が何者かもわからずにあの男の名を口にする。その姿で――」

「あなたは、私を――?」

「天の聖杯 お前も何を涼しい顔でいる? 無関係でいられると思うなよ?」

「そうね、ではあなたの口から教えて。かつて私達と共にメツと戦ったあなたがなぜ今、彼といるのかを」

「シンが、ヒカリ達と!?」

「単純な理由さ……。あいつの中にこそ真理があった。それだけだ」

「言うほど単純じゃなさそうね」

「小賢しいな。相変わらず土足で踏み込んでくる」

「悪いわね、そういう性格なものだから」

 

 勝手知ったると言った応酬が続く。言っている意味なんて、わからなくて当然だった。

 あの人たちの中には、500年間分のいざこざが複雑に絡み合っていて傍目から見た程度で理解出来るようなものじゃない。口を出すだけ野暮だというものだし、それがあったとしてもスペルビアとインヴィディアの関係に亀裂を生むようなことをしていいという理由にはならない。

 

「ヒカリ、まさかシンの奴も」

「そう、彼もブレイドよ。500年前に滅んだ国。イーラ最強のブレイド」

「自分で沈めておいてよく言う……」

「誰よりも強く、誰よりも優しく、そして――誰よりも戦いが嫌いだった。そのあなたがなぜ!?」

「原因の一端がお前にあると言ったら?」

「私に?」

「お前が、眠りにつかなければ……彼女は――!」

 

 意味深げなその言葉に、ヒカリさんは一瞬驚いた顔をしたがすぐに「やっぱり……」と顔を俯かせた。

 彼女? と首を傾げている暇もない。

 シンはおもむろに背中に手を回すと、自分と同じくらいの長刀を引き抜き、構えた

 そして、その顔の上半分を覆う仮面に手を持っていき、外す。何かを私たちに見せつけるように。これが理由だと言外に語るように。シンの顔の全貌が露になる同時に私たちの視線は彼の額に集中する。

 そこにあったのは、赤すぎるほど真っ赤なコアクリスタルだった。

 普通、ブレイドのコアの色はヒカリさんやメツなどの例外を除いてすべて青で統一されている。

 けれど私の中では、その青いコアの中に赤が混じる事例を知っている。レックスたちも、きっと覚えている。

 それは人喰いブレイド(マンイーター)。フォンスマイムのコールさんとシン、彼らが同じものだとするなら、シンのいう彼女と言うのは……。

 

「メレフ様、用心を。あの色、普通ではありません」

 

 カグツチさんの声に、自分がシンたちの発する空気に飲まれていることを自覚して、慌てて刀を握る手に力を籠めてシンを睨む。しかしそのブレイドは私たちの不安を煽るように、あろうことかその二本の足で、ゆっくりと近づいてきた。

 

「剣を収めなさい」

 ファンさんからシンへ警告が飛んだ。

「私の力はブレイドの行動の抑制。あなたがブレイドである以上、この力の影響下では動くことすらままならないはずです」

「ならば、試してみるがいい」

 

 逆にこちらが不安になるような絶対的な自信をもって、その挑発とも呼べる言葉で、シンは言い放つ。

 そして辛うじて均衡の保たれていたその場の空気は、壊れた。

 

 

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 ファンさんの力はブレイドと巨神獣の力の抑制。

 それでも、目の前のシンはそんな制約を受け付けていないかのように剣を振るう。

 

「絶刀」

 その身の丈ほどもある刀から二回の斬撃を放ち、

「虚空斬」

 防御に集中している一瞬のスキをついて、体勢を崩させ、

「刹那」

 何もできないまま周囲もろとも、四回の斬撃を食らわせ、

「朧燕」

 そして、打ち上げて地面に叩きつける。

 

 この一連の動作をもって、彼は1対6という圧倒的な戦力差を覆していた。

 昔読んだ本の中で誰かが言っていた。戦争は数であると。

 シンはそんなセオリーを堂々と無視していた。ヒカリさんが言っていた「イーラ最強のブレイド」というのは何の比喩表現でもなく事実だということを証明している。 

 私もここに来るまで何度も戦ってきたはずなのに、その経験が何一つ活かせない。それほどシンは圧倒的な強さだった。その異常とも言える光景にレックスも剣を止める。

 

「なんで……ここまで動けるんだ? ベンケイってやつは、動けなかったっていうのに!」

「いいえ、これでもかなり制約を受けているはず。彼は、史上最強と謳われたブレイドなのよ」

「それでも、今なら倒せる! オレたちの力を合わせれば!」

 

 そう言って己に対して発破をかけるレックス。しかし、シンの表情は動かなかった。

 いや、きっとレックスの言葉に取り合う気もなかったんだろう。シンのその底冷えするような視線は、ある一人にだけ注がれていたのだから。

 その予兆を感じ取れたのは、幸運だったのかもしれない。もしかしたら不運だったのかもしれない。どちらにしろ嫌な予感というものが本当にあるのだと私は知った。

 背筋に寒いものが湧き上がる感覚に、頭ではなく体が即座に反応した。

 

「トオノ! ファンさんを守って!」

 

 一段階だけエーテルの溜まっていた刀をトオノに投げ渡す。一瞬だけ不思議そうな顔をしたトオノだったが、その金色の緒で結ばれているところから何かを感じたのかもしれない。

 トオノの刀から圧を伴った水が噴き出し、鞭のようなしなりを加えてファンさんのいる場所、一歩先めがけて飛んでいく。一見的外れに見える場所への攻撃かのように思えるけど、それは確かに、捕えていた。

 

「惜しいな。その属性、水でなければ一矢報えたかもしれないものを」

 

 その感情を含まない、無機質な声に私とトオノは同時に息を呑んだ。

 何をどうやったのか、見当もつかないけれどシンは片手で持った自身の刀を使ってファンさんの胸、青く光る三角形のコアクリスタルを刺し貫いていた。その一方でトオノの放った威力を上げた水の刃をもう片方の手だけで制している。あの一瞬の間で、少なくとも10メートルは距離が空いている位置から移動している事実も含め、私はもう、何を見たらいいか分からなかった。

 やがて、ピシピシ、パキパキと薄氷を踏むような音がシンの手から聞こえてきて、その白く変色した範囲は一気にトオノの手まで侵食した。ヒヤリとした冷気がトオノの刀から放たれる。

 

「トオノ!」

「ファンさん!!」

 

 レックスと私の声が重なった。

 パンッ! と薄いガラスが割れる音と共に、まとわりついていた氷が割れ、赤い着物の花魁が膝から崩れ落ちた。刀が地面に落ちる音が早朝の渓谷に響く。柄を握っていたトオノの手は、自身の体温との温度差でうっすらと水蒸気が見えるほど冷やされ真っ赤になっている。指があるだけでも、奇跡だ。

「ドライバー、前を見なんし!」

「で、でも!」

「今はわっちを気に掛けている暇じゃございんせん! 前を見なんし! まだ、主様にはやることがありんしょう!?」

 膝立ちで片手を押さえて痛みに耐えるトオノに言われ、私は顔を上げる。

 そして、見てしまった。

 

「解き放とう。その軛から」

 

 そんな、言葉と共にファンさんを貫いているシンの刀が更に押し込められるところを。

 

 

「――――っ!!」

 言葉が出なかった。悲鳴も、声も、出し方を忘れてしまったように息だけが漏れた。

 一瞬だけ目を見開いたファンさんがその手から杖を落とす。だが、そちらに視線を投げることもなく、ファンさんは自由になった片方の手を持ち上げた。もどかしいほど、ゆっくりと。

 そうして、シンの頬に柔らかな掌をそっと押し当てたのだ。母親が子供にするようなそれに、どんな意味があったのかはわからない。でも、今まさにコアクリスタルを貫いたシンは、明らかに何かを感じ取ったようだった。

「っ!!」

 一息で、再びシンはファンさんから10メートル以上離れた。

 

「ファンさん……」

 

 震える声がレックスの口から漏れた。「なんで……、なんで……!?」とつぶやいた疑問の矛先は、今しがたファンさんの命を奪ったシンに向けられた。

 

「シン! お前の目的は何だ、なんでこんなことをするんだ!?」

「なぜ、か――。ならば俺も問おう。超常的な力を神によって与えられたにもかかわらずブレイドはその記憶を持ちえない」

 

 話はこの世界では当たり前なところから始まった。彼は、ドライバーが死ねばコアに戻り、次に同調するときには記憶が消えるというブレイドにしたら当たり前である状況からすでに疑問を抱いていたのだ。

 その後、シンが語るには、ブレイドには人や文化が進化をするために不可欠な記憶という骨子を意図的に制限されていると言った。彼はそれを『(くびき)』と、事あるごとに表現する。そして、その軛を課しているのはコアの供給を制御するアーケディア法王庁であるとも。

 なぜ法王庁がそんなことをするのか。

 それは、()()()()()()()()()だとシンは言う。

 

「――なぜ人ごときに軛をかせられなければならん!! ブレイドこそが世界そのものなのに!」

「ブレイドが世界そのもの? こいつ、何を――」

「この先の世界を見れば自ずとわかる。お前はここまできてしまった。引き返すことは許さん。……だがここで止まることは許そう」

 

 こちらの疑問は、まるでお構いなし。理解をしてほしいとも思っていないのだろう。ただ、彼の言葉のそこここに、何か慈悲めいたものを感じていた。何も知らない私たちが、これ以上傷つかなくてもいいように。ファンさんを、貫いた時にも……。

 

「くっ、がはっ!!」

 

 思考の海に突入しようとした私の意識が、苦し気な息に強制的に戻される。一瞬ファンさんが、奇跡的に息を吹き返したのかとも思ったけれど違った。

 目の前にいたイーラの首魁、シンが自身のコアクリスタルを押さえながら膝を突いて苦しんでいた。何か持病でも持ってるのか。

 思わず、フォンスマイムにいるコールさんの咳が頭をよぎる。駆け出して、至近距離で様子を見るのは正解か、否か。その判断が私には付けられない。

 

「ボン! 今のうちや!」

「えっ――」

「何チンタラしてんねん! あいつはアカン奴や!」

 

 ジークさんの言っていることは尤もだった。けれど、レックスは今まさに苦しんでるシンを攻撃していいか迷っているのが見て取れる。その短い躊躇いの時間の中で、赤い閃光が私たちとシンを分断するように突き抜けたのはどちらにとって幸運だったのか。

 

「何っ!?」

「ヨシツネ!?」

 

 赤い砲撃の発生源は、カラムの遺跡以降姿を見せなかったヨシツネ、その人だった。彼の後ろには誰も居ないところを見ると、あの空を飛ぶブレイドはカラムの遺跡で居なくなったのか、それとも連れてきていないのかは定かではない。以前見た時に、ヨシツネと言う人はずいぶん演技がかった喋り方をしていたけれど、シンに肩を貸し、撤退を伝えるその表情にはふざけている様子はない。

 動くこともままならないシンを担ぎ上げたヨシツネの前に、立ち塞がったのはジークさんだ。

 

「おっと、逃がさへんでぇ!」

「ふっ、あなた達は何もわかっていない。まだ戦いは終わっていませんよ?」

「何やと!?」

 

 不穏な言葉に応じるようにゴゴン! と古代兵器の甲板が揺れる。

 それは、してやったりと笑うヨシツネの後ろで沈黙をしていたスペルビアの自動迎撃装置が息を吹き返した音だった。あれだけの爆発、破壊をして、尚且つ動力源のケーブルも断った。にもかかわらず、なんで動いてるの!?

 

「なんで!? レックスやニアちゃんたちがケーブルを切ったのに!?」

「確かにね。でも、こいつのコアには、まだエネルギーが残っている。同じなんですよ、ブレイドの武器と!」

 

 唖然とする私たちに対して、どこか勝ち誇ったような顔と共に「いずれまた」なんて、そんな不吉な言葉を残したヨシツネは古代兵器の壁を足場にして跳躍し、見えなくなった。

 追いかけることも叶わず、私たちは自動迎撃装置の残存エネルギーを今度こそ空にするために、武器を取るしかなかった。

 

 

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 先ほどから人数を倍にした時点で、自動迎撃装置が止まるまで時間は必要なかった。しかし、それでも失った時間は致命的で、終わった時には既にヨシツネとシンの姿はなく、ファンさんのコアも鈍い色に変色して横たわっているだけだった。

 すべてが手遅れな古代兵器の甲板で、仰向けに倒れて二度と目を覚まさないファンさんに向かってレックスが語り掛ける。

 

「何なんだよ……。オレ、ドライバーになったんだぞ。ドライバーになって、だけど何にもできなくて……」

 

 抱き上げたファンさんの横顔は、まるで眠ってるようだった。

 レックスの気持ちが、痛いほどに伝わって来る。彼のブレイドであるヒカリさんはそれ以上に。

 誰も――誰も声を出せなかった。レックス含めて、自分の無力さに打ちひしがれていた。

 

「ファンさん……。これじゃ何にも――何にも変わってないじゃないかよおおおおおっっっつ!!!」

 

 吠えた。

 叫んだ。

 それでも、現実は何も変わらなかった。

 やがて、彼はファンさんの体をそっと元に戻し、天を仰いで呟く。

 

「シン……。あいつの過去に、いったい何が……」

 

 私も釣られて空を仰ぎ見る。明けたばかりの薄青の空が、憎たらしいほどいつも通りに存在している。けれど、その中にぽつりぽつりと、豆粒みたいな黒点が見えて、私は首を傾げた。

 そして、時を同じくしてニアちゃんもその異変に気付いて声を上げた。

 

「なんだ――あれ?」

 

 その黒点は段々と大きくなっていく。やがて、肉眼で形が分かる位置に来てやっと飛行船のようなものが飛んでいるというのが分かった。ここからだと、遠すぎてあれが具体的に何なのか分からなかったけれど、横から飛び出たハナちゃんは、さすが人工ブレイドと言うだけあって視覚は望遠レンズのようにも使えるらしい。そうしてその小さなブレイドが、言うにはあれらはインヴィディアの軍隊とのことだった。

 軍隊、という不穏な言葉に血の気が引いた気がした。

 

「――いかん!!」

 

 そこからメレフさんが何かを予期して振り向く。逆方向には空飛ぶ王蟲と言ったら分かりやすいだろうか。インヴィディアの軍のものよりもよりメカメカしいスペルビアの軍隊がすぐそこまでやって来ていた。地面を見れば、戦車のような巨神獣兵器と、兵隊まで――

 

「誰だ!? 展開命令を出したのは!」

「いけません、このままでは両軍は戦闘に――」

「どういうこと?」

「スペルビアがインヴィディアを攻撃したと思っとるんじゃ。宣戦布告もなしにな」

 

 レックスのじっちゃんのやけに冷静な声が、余計に混乱を加速させる。

 

「こりゃアカンで。事態を説明せえへんと収まらんで」

「だが、今からでは間に合わん」

「どうするのさ!? 何か方法はないの!?」

 

 ここで対策を練っている間にも、両軍の戦闘準備は進む。インヴィディアは蛍の光のような蛍光緑の主砲を充填し始め、それに応じるようにスペルビア軍も主力兵器の展開に入る。

 最悪に最悪を重ねた状況。そもそも、止まっているとはいえこの、破壊したら辺りが消し炭になると言われた古代兵器の間で戦争が始まってしまったら、ここにいる私たちも無事では済まない。

 緊張と混乱の空気が支配する中で、ただ一人沈黙を保っていたレックスが立ち上がる。

 

「間に合う間に合わないかなんて関係ない。――インヴィディアへ行こう!!」

「おう!」

「レックスもジークも、ちょっと待って!」

 

 ヒカリさんが止めたその時だった。

 両軍の間に割って入る影があった。 

 それは私たちのいる場所もろともインヴィディア軍、スペルビア軍を覆いかぶせられるほど巨大で、阿古屋貝のような虹色の光沢に包まれた皮膚。どこもかしこも美しくて、言葉は知っていても使いどころに恵まれない荘厳という二文字がしっくりくるその街を擁した巨神獣が、空を渡って現れた。

 

「何や!?」

「これってもしかして、アーケディアの巨神獣……!?」

 

 あまりのスケールの違いに、レックスが半信半疑で声に出す。

 私はそれに肯定も否定も出来ずに、ただただ茫然と事の成り行きを見つめるしかなかった。

 




2章『船出』完
次章『怒涛』に続きます。
次話『アーケディア法王庁 大聖堂の一室』

そろそろキズナトークとか番外編とか書きたいですが、まず誰のから書いて行こう……。

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